『クラッシュ』

クラッシュクラッシュ
(2006/07/28)
サンドラ・ブロック、ドン・チードル 他

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 『クラッシュ』を、ケーブルテレビで鑑賞。
 今月から住まいにケーブルテレビを引いたのだが、忙しくて映画を観るヒマもない。で、観たい作品はとりあえずHDDに録画してある。

 この映画もあとで観ようと思っていたのだが、開巻間もなくググッと作品世界に引き込まれてしまい、けっきょく最後まで観てしまった。

 『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家ポール・ハギスの初監督作品(もちろん脚本も)。2005年度アカデミー賞で作品賞・脚本賞・編集賞の3部門を制した。

 いやー、これは素晴らしい作品だ。並みの映画3本分くらいの濃密な人間ドラマが、ギュッと詰め込まれた群像劇である。複雑にからみ合うドラマを手際よく交通整理し、ラストに向けて収束させていく脚本の手綱さばきが鮮やか。

 人種差別がテーマになってはいるのだが、その描き方が少しも紋切り型ではない。差別する側を悪(あるいは強者)、される側を善(あるいは弱者)として単純化していない。人間の描き方が重層的で奥深いのだ。
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小谷野敦『評論家入門』

評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に (平凡社新書)評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に (平凡社新書)
(2004/11)
小谷野 敦

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 小谷野敦著『評論家入門』(平凡社新書/798円)読了。

 「ライター入門」や「小説家入門」のたぐいは山ほどあるのに、ありそうでなかったのが「評論家入門」だ。本書のあとがきで小谷野も「本書を引き受けたのは、こういう題名の本がほかにないからである」と書いている。

 「清貧でもいいから物書きになりたい人に」という副題のとおり、評論家がいかに儲からず、労苦が報われることが少ない仕事であるかに、かなり紙数が割かれている。そのうえで、評論家として生きていくための基本的な事柄に、ひととおり触れられている。

 評論と論文(学術論文)との違いが、一章を割いて説明される。そのことが示すとおり、かなりアカデミズム寄りの内容である。
 まあ、著者自身が学者なのだから当然といえば当然だ。たとえば、『批評の事情』を書いたライターの永江朗が評論家入門を書いたとしたら、根本的に違う内容になったことだろう。

 とはいえ、本書は、広い意味での「物書き」を目指す人なら一読の価値がある。小谷野自身が売れっ子になるまでの雌伏期についても赤裸々に書かれているし、金銭面も含めた物書きのギョーカイ事情が豊富な事例とともに興味深く紹介されているからだ。

 とくに、これからプロの物書きになろうとしている人が抱きがちな「幻想」を、自らの経験に照らして突き崩してくれる点が有益である。
 「幻想」とは、「著作を一冊出せばバラ色の未来が開ける」というたぐい。具体的には、「著書がベストセラーになって原稿依頼・取材依頼が殺到するはずだ」とか、「雑誌に署名原稿を書いたら、具眼の編集者からの執筆依頼が押し寄せるはずだ」とか……。

 ほかならぬ私自身、かつてはそんな「幻想」を抱いていた。
 また、そういう「幻想」を抱いたままヘタに小説新人賞など取ってしまうと、有頂天になって勤めをやめたもののその後の執筆依頼は絶無だったりして、泣きを見る羽目になる。

 「幻想」といっても、世の中には実際に一冊目の著書で大成功してしまう書き手もいるから、まったく無根拠な幻想ではない。だが、本書に書かれているとおり、そんなことは起こるほうが奇跡的なのであって、起こらなくてあたりまえなのである。

 たんに読み物として読んでも、かなり面白い。小谷野の『バカのための読書術』や『もてない男』を楽しく読んだ人なら、評論家志望者ならずとも、本書も楽しめるはずだ。
 
 小谷野は、じつは読者を楽しませるサービス精神に富んだ人だと思う。
 たとえば、本書の第4章は丸ごと柄谷行人の『日本近代文学の起源』の批判的再読に充てられているのだが、そんなカタい内容の章でさえ、笑えるくだりがいくつもある。次のように――。
 

 柄谷の講演を聴いて、私は「暗い林家三平」だと思ったくらいで、何やらとぼけた味わいがある



 ましてや、自らの“論争史”を振り返ったくだり(第6章「論争の愉しみと苦しみ」)や、著名評論家を容赦なくランクづけしたくだり(第3章「評論をどう読むか」)は爆笑ものである。

 なお、最終章は、「ここまでは『評論』について書いてきたが、そんなガシガシ勉強したり論争で神経をすり減らしたりするのはイヤだ、けれど何か書きたいと思う人には、エッセイを勧めたい」と、「エッセイストのすすめ」が書かれている。その中の笑えるくだりを引こう。

 

 特に注意して欲しいのは、自分のマヌケぶりを書いてエッセイストになりたい、と考えている女性が最近多いようだが、仮に著者インタビューなどが雑誌に出て、美人であると、読者の共感を失うという厳然たる事実である。むろん、美人だから男の間に密かに人気が出るということもあるが、これはコアながら少数でしかないので、大きな稼ぎにはつながらない。






 
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キング・クリムゾン『Cirkus』 

CirkusCirkus
(1999/05/25)
King Crimson

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 キング・クリムゾンのライヴ・ベスト盤『Cirkus: The Young Persons' Guide to King Crimson - Live』(輸入盤)をアマゾンで購入。ヘビロ中。

 過日「finetune」で、たまたまこのアルバムに収録された「太陽と戦慄パート2」を聴き、あまりのカッコよさにぶっとんだため。
 これまでいろんなバージョンの「太陽と戦慄パート2」を聴いてきたが、管見の範囲ではこの盤の演奏がピカイチだと思う。緻密さと荒々しさ、緊張感とカタルシスを兼ね備えた、ものすごい迫力の演奏。「ライヴ・ベスト」と銘打つだけのことはある。

 それ以外の曲も名演ぞろい。ジャケットの不気味カワイイ絵もいい感じ。
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マズローの「第6段階」

マスローの人間論―未来に贈る人間主義心理学者のエッセイマスローの人間論―未来に贈る人間主義心理学者のエッセイ
(2002/06)
エドワード ホフマン、

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 米国の心理学者アブラハム・マズローは、人間の欲求には階層があり、下位の欲求が満たされるごとに次の段階の欲求があらわれるとする「欲求段階説」を唱えた。最下位にあるのが「生理的欲求」で、それが満たされると次の「安全の欲求」(生を脅かされないことへの欲求)があらわれる、という具合だ。

 従来、この「欲求段階説」は、最上位に「自己実現欲求」を置く5段階で考えられていた。しかし最近になって、「じつはマズローは6段階目を考えていた」とする新説があらわれた。
 6段階目――すなわち“欲求ピラミッド”の頂点に、「コミュニティ発展欲求」を置く説である。

 「コミュニティ発展欲求」とは、組織や地域社会、国家、ひいては地球全体など、自分が所属する「コミュニティ」全体の発展を望む欲求を指す。5段階目の自己実現欲求までが利己的欲求であるのに対し、これは「利他」の欲求といえようか。

 マズローがこの6段階目をあえて発表しなかったのは、東西冷戦下の米国にあって、「共産主義者」のレッテルを貼られることを恐れたためだという。マズローの近くにいたという人物が、最近そのように証言した。

 この「欲求の6段階」は、「親が子に望むこと」にそのままあてはまりそうだ。

 たとえば、マズローのいう「生理的欲求」「安全の欲求」は、「子どもが元気で生きていてくれればいい」という最低限の願いにあてはまる。
 次の「社会的欲求(親和・所属の欲求)」は、「他人と同じようにしたい」という欲求であるから、我が子に世間並みの学歴や就職を望む心情に通じよう。

 その次の「自我の欲求」(他者から尊敬・賞賛を得たいという認知欲求)は、一流大学に進んだり、高い社会的地位を得たりすることを望む心情にあてはまる。
 5番目の「自己実現欲求」は、「我が子がほんとうにやりたいこと、夢を実現してほしい」という親の心情に通じよう。

 そして、最後の「コミュニティ発展欲求」は、「我が子が世のため人のためになる人間に育ってほしい」という思いに通じるといえそうだ。
 しかし、多くの親は最後の第6段階にまでたどりつけない。
 
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勝間和代『お金は銀行に預けるな』

お金は銀行に預けるな   金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)
(2007/11/16)
勝間 和代

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 勝間和代著『お金は銀行に預けるな』(光文社新書/735円)読了。
 
 言わずと知れたベストセラー。読んでみたらけっこういい本だった。勝間の専門分野の著作であるだけに、中身が濃い。濃い内容がわかりやすく盛り込まれている。金融リテラシーの啓蒙書として上出来だと思う。

  “こうやって投資すれば儲かる”と安易に煽る本ではなく、“シロウトが聞きかじりの知識でボロ儲けできるほど、資産運用は甘くない”ということを教えてくれる本。
 そのうえで、資産運用の基礎の基礎を、噛んで含めるように著者は説く。

 この本一冊だけあれば資産運用はオーケイ、という本ではなく、あくまで最初の入り口として用意された本。入門書としてよくできているし、良心的でもある。

 シロウトの私に目からウロコだったのは、「金融には、政治と同じように社会を変えうる力がある」という指摘。

 金融は、ただ単に自分の身を守るためだけの運用や蓄財という視点だけではなく、自分の意思を積極的に表していくことが可能なものであるということです。私たちが選挙で政治家を選ぶ際に投票を行なっていくように、一定の意思を持って投資先を選ぶことで積極的に資本主義と関わっていくことができるのです。

 

 そして著者は、「投資先を選ぶことで積極的に資本主義と関わっていくこと」の具体例として、「社会(的)責任投資」(SRI:Socially responsible investment)という考え方を紹介する。

 ■参考:「社会的責任投資」について
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岡野宏文・豊崎由美『百年の誤読 海外文学篇』

百年の誤読 海外文学編百年の誤読 海外文学編
(2008/03/04)
岡野 宏文、豊崎 由美 他

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 岡野宏文・豊崎由美著『百年の誤読 海外文学篇』(アスペクト/1680円)読了。

 3年半前に出た『百年の誤読』は20世紀の国内ベストセラーを年1冊ずつ取り上げた毒舌レビュー対談であったが(→当ブログのレビュー)、本書はその海外編だ。

 前作は文学のみならずノンフィクションやエッセイなど広い分野のベストセラーを取り上げるものだったが、今回は書名のとおり文学に的を絞っている。そのため、トンデモ本は登場せず、名作・傑作として評価の定まったものばかりが俎上に載る。
 したがって、バカ本を笑い飛ばすたぐいの毒舌は前作より抑えぎみで、その分“お勉強モード”が強まっている。20世紀文学史の概説書としても読めるし、意外にまっとうで「ためになる」内容なのである。

 とはいえ、毒舌も随所にちりばめられているし、オヤジギャグとオバサンギャグの軽やかなラリーも楽しめる。
 前作についてのレビューで私は岡野について酷評してしまったが、今回、岡野もすごくがんばっている。見直した。
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勝間和代『勝間和代のインディペンデントな生き方実践ガイド』

勝間和代のインディペンデントな生き方 実践ガイド (ディスカヴァー携書 022)勝間和代のインディペンデントな生き方 実践ガイド (ディスカヴァー携書 022)
(2008/03/01)
勝間 和代

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 勝間和代著『勝間和代のインディペンデントな生き方実践ガイド』(ディスカヴァー携書/1050円)読了。
 2006年1月に刊行された勝間のデビュー作『インディでいこう!』を、一部加筆して新書化したもの。

 勝間自身も「はじめに」で「この本は私の原点です」と言うとおり、その後にベストセラーとなった一連の「勝間本」(『効率が10倍アップする新・知的生産術』『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』『お金は銀行に預けるな』など)のエッセンスが、本書の中にもすでにある。

 本書がほかの「勝間本」と異なるのは、はっきりと女性向けに書かれているところ。それも、20代~30代のワーキング・ウーマンにターゲットがしぼられている(私は仕事上の必要から読んだ)。

 元の書名にもなっていた「インディ」とは、パートナーや親などに経済的・精神的に依存せず、いきいきとインディペンデントな(自立した)生き方をつらぬく女性の謂である。

 勝間は、次の3条件をクリアした女性を「インディ」と呼ぶ。

1.年収600万円以上を稼ぎ、
2.いいパートナーがいて、
3.年をとるほど、すてきになっていく。

 いっぽう、「インディ」とは正反対の「自立していない」女性の類型として、勝間は「ウェンデイ」というモデルを立てる。『ピーターパン』の物語にヒロインとして登場する、「子ども部屋から出ることを拒否した」女性の名に由来するネーミングだ。

 「インディ」とは逆に、「ウェンディ」は次のような特徴をもつ女性だという。

1.年収が低く、増える展望も増やす意欲もなく、親やパートナーに経済的に依存しようとする。
2.パートナーがいないか、いても自慢できるような相手ではなく、友人と集まるとパートナーについての愚痴話に花が咲く。
3.美容やファッションには気を配って努力しているが、年を取ることがこわくてたまらない。

 このような2類型を提示したうえで、“あなたもウェンディから脱皮してインディになろう”と勝間は呼びかける。そして、「インディ」になるためにどのような心構えをもち、どんな努力をしたらよいかを、わかりやすく説いていく(これは、米国のベストセラーによくあるスタイル)。

 ……と、アウトラインのみを紹介すると、「勝ち組/負け組」の単純な二分法とか、少し前の「負け犬」という流行語を思い出して、顔をしかめる向きもあるかもしれない。「なんだよ、この勝間って女は、『アタシは勝ち組』と臆面もなく自慢していやがるのか」と……。

 実際に読んでみるとそんな不快感はない。
 「年収600万円以上を稼いで」うんぬんというのも、某女医の「年収4000万以下の男とは結婚しない」などという宣言とはまったく意味合いが違う。それは「女性がハンデなく社会参加するため」にどうしても必要な額として設定されているのだ。
 たとえば、年収が600万円あれば、「不満のある結婚生活を経済的な理由のために続ける必要はありません」と勝間は言う(ちなみに、彼女は「バツ2」だそうだ)。
 
 読んでいて不快でないどころか、むしろ、一連の「勝間本」の中では本書がいちばん笑えるくだりが多く、痛快な一冊なのだ。

 『効率が10倍アップする新・知的生産術』などを読むと、「著者は、四六時中効率アップや年収アップのことばかり考えているマシーンのような女なのだろうか」というイメージを抱きかねない。
 それに対し、本書は「勝間本」で唯一色恋の話が多く(なにしろ、「男選び」の極意について一章が割かれているのだ)、勝間の意外にお茶目で人間臭い一面が垣間見られて面白い。たとえば――。

 

 (男の)成長力を計るわかりやすいポイントとして、「昔話の頻度」なんかいいかもしれません。成長していない男性の場合は、やたらと過去の昔話、特に自慢話が多くなると思います。
    *       *       *
 くらたまさんの漫画『だめんず・うぉ~か~』に出てくる女性は、けっこう仕事もがんばっていて、しっかりとした女性であるケースも多いようです。では、なぜ、しっかりとした女性の中に、こんなに、だめんず・うぉ~か~が多いのでしょうか?
 答え――実は、世の中の男性はだめんずのほうが大多数だから、です。



 わははは! 言えてる。
 
 自己啓発書としてもたいへんよくできている。女性なら、勝間本はとりあえずこれから読むとよいかも(男が読んでもけっこう面白いけど)。

 ただ、最初の単著ということもあってか、文章はかなり粗雑。
 それは、上の引用文だけ見てもわかる。「過去の昔話」などという「馬から落馬」式の珍妙な言葉遣いとか、「では、なぜ、しっかりとした女性の中に、こんなに、だめんず・うぉ~か~が多いのでしょうか?」というもたもたした読点の打ち方とか、粗だらけだ。
 文春新書とかなら、編集者がこのへんの粗は指摘して直させるのだろうけど……。
  
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メアリー・カルドー『グローバル市民社会論』



 メアリー・カルドー著、山本武彦ほか訳『グローバル市民社会論/戦争へのひとつの回答』(法政大学出版局/2800円)読了。

 近年、グローバリゼーションの進展によって各国の市民社会が相互に結ばれ、国境を越えた「グローバル市民社会」が成立をみた。本書は、グローバル市民社会とはいかなるもので、それが今後の世界にいかなる役割を果たすのかを深く考察した論文集だ。

 著者は、ロンドン大学政治経済学院「グローバル・ガバナンス研究所」の所長。「ヨーロッパ核軍縮運動(END)」の創設に参画するなど、自らも市民社会運動に携わってきた。多年にわたる実践・研究をふまえた立論は、緻密かつ説得的である。

 著者はまず、「市民社会」という概念の変遷史を丹念にたどる。
 そして次に、「1989年革命」(東欧諸国の共産主義政権の連続的崩壊・民主化)の意義を、一章を割いてとらえ直す。一連の革命において、東欧各国の「市民社会アクターは国境を越えた連合を形成し、国家のみならず国際制度に働きかけ」た。ゆえに、「グローバル市民社会」の概念は1989年革命の中で誕生した、と著者は言うのだ。

 つづく2つの章では、1990年代以降、「グローバル市民社会」の台頭によって政治や国家のありようが劇的に変化したことが、さまざまな角度から論じられる。

 第4章では、NGOや国際市民ネットワークなど、市民社会のアクター(ここでは「行為主体」の意)ごとに政治のグローバル化の様相が素描される。

 第5章では逆に、国家の変容に光が当てられる。国家を超えたグローバル・ガバナンスの枠組みが発展することで、今後、国家は「単独主義的な戦争遂行国家から、多国間主義に基調をおく立法国家へと変貌」していく、と著者は論ずる。本書の副題「戦争へのひとつの回答」は、グローバル市民社会の台頭によって「国家やブロックのあいだの戦争を超克する歴史的な可能性」が示されたことを意味するのだ。

 著者は本書で、グローバリゼーションのポジティヴな側面に重きを置いて論を進めている。
 もちろん、グローバリゼーションにはよい面ばかりがあるわけではない。それは国境を越えた市民の連帯を後押ししたが、一方では「新たな暴力の形態もまた国境を越えて蔓延し、その結果、戦争や無法状態を領域内に封じ込めることはもはや不可能となった」のだ。国家の枠を超えたテロリストたちの結びつきは、負の側面の最たるものである。

 著者も、そうした負の面から目をそむけているわけではない。「9・11」テロ後の世界状況をふまえた最終章では、グローバル市民社会の前に立ちはだかる難問について論じているのだ。
 著者の眼には21世紀の世界が、グローバリゼーションの正負両面のせめぎ合いの場として映っているのだろう。

 市民の力で暴力の連鎖を抑止する方途を探った、「世界平和のいま」を考えるヒントに満ちた好著。
 ただし、訳が硬いのか原文が硬いのか、文章は生硬でかなり読みにくい。2度読んでやっと意味がつかめる、という感じ。 
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確定申告あれこれ

日本一やさしいフリーのための確定申告ガイド―「白色」「青色」両対応!!日本一やさしいフリーのための確定申告ガイド―「白色」「青色」両対応!!
(2007/12/15)
はにわきみこ

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 申告期限に一日遅れてしまったが、今日確定申告をしてきた。
 
 ライター生活も20年以上になり、その間ずっと自分で申告してきた(=税理士に依頼したことがない)ので、申告書を書くのはもう慣れたもの。半日もあれば書き上がる。

 とはいえ、目先の切迫したシメキリに日々追われているので、その半日がなかなか捻出できない。「あとでもいい」事柄はどんどんあと回しになるのである。

 最近は、「e-Tax」とやらいうもので、国税庁のサイトを通じてパソコン上で申告を済ますこともできるのだそうだ。
 しかし、私は今後も税務署に申告書を提出しに行くほうを選ぶと思う。この時期の税務署は人間ドラマの宝庫であって、不謹慎を承知で言うなら、刑事裁判の法廷並みに「面白い」からである。

 「納得できません!」と血走った目で税務署員に食ってかかる人とか、逆に税務署員に叱られてシュンとなっている零細企業主(推定)とか、生々しい悲喜劇がそこかしこで展開されているのだ。

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いそいそと申告準備(2004年3月7日記)
 今日は確定申告の準備。
 フリーになってからずっと自分でやっているので、もう慣れたものである。半日もあれば準備完了。あとは明日提出するだけだ。

 フリーライターでも、事務所を会社形態にしている人は、当然税理士に頼んでいるだろう。
 また、確定申告だけをスポット的に税理士に依頼する人も多いようだ。私の知人の場合、1回7万円を税理士に支払って申告書を作成してもらうという。これが相場なのかどうかはわからない。ま、それによって7万円以上の節税ができれば「お得」ということになるのだろう。

 私の申告のやり方はけっこうアバウトである。
 厳密にいえば私にも「帳簿記帳義務」があるのだが、帳簿まではつけていない。交通費・資料費などの種目別に分けて袋につめてある領収書を足し算して経費を計算し、「収支内訳書」に書き込んでいくだけ。

 確定申告を始めて間もないころにはちゃんと帳簿もつけていたし、領収書類もきちんと仕分けして申告書と一緒に税務署に持参したものだ。
 が、たとえそうしたところで、税務署側は申告書を受け取るのみなのである。

 もちろん、万一私に税務調査が入ることでもあれば、帳簿も作って提出しなければならない。が、会社形態にしていない、とくに大儲けしているわけでもない白色申告のフリーライターに税務調査が入ることなど、まずないのだ。

 そんなわけで、毎年手抜きの確定申告をしている。手抜きではあっても脱税はしていませんよ、念のため。

 ついでにいえば、申告期間は3月15日までだが、還付金を受け取る立場である我々の場合、多少遅れても平気なものである。
 私は申告時期に多忙を極めたため5月に申告をした年があったが、税務署員は「はい、ご苦労様です」と申告書を受け取るのみで、とくに文句も言わなかった。

 私の知り合いのカメラマンなど、「毎年申告するのはメンドクサイから」と、3年分くらいまとめて申告するという(そこまでいくとさすがにどうかと思うけど)。

 確定申告にもいろいろ思い出がある。 

 最初の確定申告のときにはあまりに収入が少なく、「ホントにこれだけですか? 経費が収入を大幅に上回ってますけど」などと税務署員に言われたものだった。
 もっとも、ふつうは申告書をただ提出するだけなので、税務署員とそんな言葉を交わすことはない。その年には右も左もわからなかったので、よせばいいのに、「申告のやり方を教えてください」と私から頼んだのである。

 2回目の確定申告から「文筆家等用」の申告書が届くようになったとき、なんとなくうれしかったものだ。
 ちなみに「文筆家等用」の場合、「発刊書等の名称」「印税・原作料等の収入金額」などを書き込む特殊な「収支内訳書」が同封されている。

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税務署からのキョーフの電話(2004年6月14日記)
 通常は確定申告をしてから1ヵ月程度で振り込まれる還付金が、なぜかいっこうに振り込まれない。
 「おかしいなあ、申告内容になんか問題でもあったのかなあ」と心の隅でドキドキしていた。

 そうしたら、今朝きた、電話が。
「税務署の者ですが、確定申告の件でお伺いしたいことが……」

 ひえ~。ついに税務調査か!

 「よもや白色申告のライターごときに調査は入るまい」とタカをくくってはきたものの、最近はフリーの物書きでもちょっと羽振りがよいとやられるらしい。
 「ああ、去年わりとがんばって仕事したからなあ」と半ば観念した(やましいところはないけど)。

 だが、税務調査ではなかった。
 住宅取得についての借入金控除の計算が間違っていて、20万円ほど少なく申告してしまったのだという。

「修正申告をしていただく形になります」

 ホッとした。
 今日の午後にさっそく行ってこよう。

 それにしても、たとえ脱税していなくても、税務署からの電話というのはなんとなくコワイものだな。ビビった。

 我々フリーランサーは還付金を「春のボーナス」と呼んでいるのだが(「収入」ではないけど、まとまった額になるから、「気分はボーナス」)、今年は「夏のボーナス」になってしまう。トホホである。

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『マンデラの名もなき看守』


マンデラの名もなき看守 [DVD]マンデラの名もなき看守 [DVD]
(2014/12/02)
ジョセフ・ファインズ、デニス・ヘイスバート 他

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 『マンデラの名もなき看守』を観た。5月公開の仏・独・ベルギー・伊・南ア合作映画。

 南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ前大統領は、「現代の巌窟王」とも呼ばれる。アパルトヘイト(人種隔離政策)に抗して闘ったマンデラは、1962年に反逆罪で逮捕されて以来、27年半、じつに1万日もの長い年月を牢獄で過ごしたからである。

 この映画は、マンデラの獄中闘争を1人の看守の目を通して描いたものである。
 主人公の看守・グレゴリーは、マンデラの故郷近くで生まれ育ったことから彼らの言葉・コーサ語に堪能だったため、マンデラの担当に抜擢される。
 グレゴリーは当然のごとくレイシスト(人種差別主義者)であり、マンデラを「憎むべきテロリスト」と考えていた。だが、看守としてマンデラに接するうち、その知性と人格の輝きに触れて、少しずつ変わっていく。

 マンデラに傾倒するにつれ、アパルトヘイトについても疑問を抱き始めるグレゴリー。だが、その変化は彼と家族を危険にさらすものでもあった。
 とくに、面会に訪れたマンデラ夫人に夫からのクリスマスプレゼントをこっそり渡したことが新聞にすっぱ抜かれると、それを機に、彼と妻はコミュニティの中で決定的に孤立する。「黒んぼびいきは殺す」という脅迫電話もかかってくる。

 自らの良心に従うべきか、それとも、家族の安穏のためマンデラの敵側に立ちつづけるべきか? 大きく揺れ動きながらも、運命の糸に導かれるように、グレゴリーはマンデラの獄中闘争に伴走しつづける。マンデラは3つの刑務所を経験したが、移送後もグレゴリーが担当看守に選ばれたのだ。タイトルどおり「名もなき看守」にすぎなかった彼は、人類史に残る人権闘争のひとこまに加わることで、歴史的な役割を果たすのだった。

 アパルトヘイトを描いた映画としては『遠い夜明け』や『ワールド・アパート』といった先行作があるが、これはその2作をしのぐ感動作だと思う。なにしろ、「アパルトヘイトをめぐる最も劇的な人生」を生きてきたマンデラの人間像を、初めて真正面から描いた作品なのだから。

 人間の偉大さは、逆境のさなかにあってこそ輝く。1万日にわたる獄中生活という究極の逆境にあってさえ、なお獅子のごとく気高いマンデラの姿が胸を打つ。

 当時、マンデラたちが収容された牢獄には、白人看守にこびへつらう囚人もいたという。だが、マンデラは獄中でもけっして誇りを失わず、権力に屈しなかった。のみならず、自らの豊富な知識(マンデラは弁護士でもある)を、ほかの囚人に教えることにも力を注いだ。氏が収監されていた独房を、囚人たちは「マンデラ大学」と呼んでいたという。

 そのことは、かの吉田松陰が野山獄に幽閉されていた時期の逸話を彷彿とさせる。
 松陰は獄中でもほかの囚人に学問を教えつづけた。のみならず、「皆さんもまた私の師匠です」と、囚人たちにそれぞれ得意分野についての“講義”をさせ、学ぶこと・教えることの歓喜を伝えていった。松陰は獄中で最年少であったが、囚人たちから「先生」と呼ばれ、深く敬愛されたという。

 マンデラと松陰をつなぐものは、他者の人間性の輝きを引き出す並外れた感化力である。

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梁石日『超「暴力」的な父親』

超「暴力」的な父親 (ベスト新書 152)超「暴力」的な父親 (ベスト新書 152)
(2007/07/19)
梁 石日

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 梁石日著『超「暴力」的な父親』(ベスト新書)読了。

 前半は『血と骨』の主人公のモデルにもなった著者自身の父親について、後半は父親としての著者自身について述べた、語り下ろしのエッセイ(著者の談話をライターがまとめている)。

 20分で読めてしまったほど中身が薄い本。
 前半は『血と骨』を思いっきり水で薄めたような内容だし、後半も印象が薄い。
 著者自身の文章で書けば後半も面白くなったのだろうが、ライターがなんとも芸のないまとめ方をしている。ほとんどテープ起こしそのまんまみたいな感じ。

 だいたい、梁石日の半生についても、『修羅を生きる』のような回想録が彼自身の筆ですでに書かれているのであって、この本を出す必然性がどこにあるのかさっぱりわからない。
 「『血と骨』はミリオンセラーになったから、“リアル版『血と骨』”ってことをセールスポイントにすれば、その10分の1くらいは売れるだろう。それでもベストセラーだ」――と、そんなさもしい皮算用で安易に作ったのではないか。
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女心といふもの

 昭和7年生まれで今年76歳になる我が老母が、白内障の手術をした。

 手術は一週間の間隔を置いて片目ずつ行い、日帰りできるかんたんなもの。術後の具合を聞いたところ、痛みもまったくなく、「ものすごくよく見えるようになった」とのことだ。

 「ただ、一つだけいやなことがあるんだよ」
 「え…、なに?」
 「あんまりよく見えるようになったものだから、シワが見えすぎて気持ちが落ち込むのよ。『ああ、あたしの顔にはこんなにシワがあったのか』って……」

 私は思わず吹き出しそうになってしまったが、母の口調は真剣そのものである。

 「お母さん、それはべつにシワが急に増えたわけじゃないんだから、しょうがないよ」
 「わかっているけど、それでもガックリきちゃったんだよ。化粧するのが毎日の楽しみだったのに、なんだか鏡を見るのが憂鬱なのよ」

 ううむ。
 女心といふものを、老母の言葉から改めて思い知らされた。
 たとえ相手がどんなに高齢であろうと、女心を傷つけるようなことはけっして口にするまい。
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丸尾末広『パノラマ島綺譚』



 丸尾末広著『パノラマ島綺譚』(エンターブレイン/1029円)を購入。

 江戸川乱歩の代表作を、妖美な絵を描かせたら天下一品の丸尾末広が完全劇画化した話題作である。

 マッチングの妙で、イマジネーションに富んだ素晴らしい作品に仕上がっている。なにしろ丸尾自身がもともと乱歩に強い影響を受けている人だから、ノリにノって描いている印象なのだ。

 時代背景となる大正末期から昭和初期の雰囲気が濃厚に再現されているし、目玉となる「パノラマ島」の描写も圧巻。何度も読み直して「絵」として愉しめそうだ。

 丸尾のクレジットが「脚色・作画」となっているとおり、原作にかなりアレンジが加えられているのだが、そのアレンジもうまくいっている。

 丸尾本来のエログロ風味は、完全オリジナルの作品に比べてやや抑え気味。
 いや、この作品も十分エロティックかつグロテスクではあるのだが、エログロというよりは耽美的・幻想的、そして思いっきりレトロ。

 カラーは巻頭4ページのみだが、全ページをカラーにしたらもっとすごい作品になっただろう。海外向けにオールカラー版を作ってもよいかも。  
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木村泰司『名画の言い分』


名画の言い分 数百年の時を超えて、今、解き明かされる「秘められたメッセージ」名画の言い分 数百年の時を超えて、今、解き明かされる「秘められたメッセージ」
(2007/07/26)
木村 泰司

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 木村泰司著『名画の言い分』(集英社/2286円)読了。
 古代ギリシアから19世紀の印象派まで、約2400年にわたる西洋美術史を駆け足でたどった入門書である。

 「美術は見るものではなく、読むものです」と、西洋美術史家の著者は言う。
 西洋美術作品に内在するメッセージや意図を読み解くためには、その時代の歴史・政治・宗教観などについての膨大な知識が必要であり、感性だけで理解できるものではない、という意味だ。

 とはいえ、一般人が美術を鑑賞するためだけに、本格的に西洋美術史を学ぶわけにもいかない。そこで、各時代の美術に関する重要なポイントだけをかいつまんで教えましょう、というのがこの本だ。

 読んでいて思い出したのは、町山智浩の名著『〈映画の見方〉がわかる本』。
 あの本は、「映画だけでは見えない意図や背景、いわゆるサブテキスト」を知ってこそ映画が「わかる」のだと、名作映画を題材にその“読み解き”の手本を示してみせたものだった。
 本書も、『西洋美術の見方がわかる本』ともいうべき内容なのである。

 「数百年の時を超えて、今、解き明かされる『秘められたメッセージ』」という副題は大げさすぎるが、私のように美術に疎い者にとってはたしかに目からウロコの連続だった。

 特筆すべきは、語り口の平明さ、楽しさ。西洋美術史の概説書はほかにもたくさんあるだろうが、これほどわかりやすくて面白い本はまれなのではないか。
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宋文洲『仕事ができない人は話も長い』

仕事ができない人は話も長い仕事ができない人は話も長い
(2006/10/30)
宋 文洲

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 宋文洲著『仕事ができない人は話も長い』(日経BP/1300円)読了。

 宋文洲(ソフトブレーン創業者)に注目している。
 「NBonline」の連載コラム「傍目八目」や、週刊『エコノミスト』で始まった巻頭コラム「闘論席」(佐藤優、池谷裕二らとリレー連載)を読んで、「いいこと言うなあ。この人、タダモノじゃないなあ」と思ったのだ。

 で、著作もこれから何冊か読んでみようと思っているのだが、まずは1冊目。

 本書は、ソフトブレーン発行のメルマガを書籍化したもの。
 タイトルどおり、対象読者層はビジネスマンなので、私には興味の持てないテーマが取り上げられた回も多い(「ホワイトカラーの業務改善」についての提言とか)。しかしそれでも、フリーランサーの私が読んでもハッとする卓見が多数ちりばめられている。以下、そのいくつかを引用――。

 

 「差」はマネージメントの源泉である。全員優秀な組織は、全員優秀ではない組織と同様に、パフォーマンスが悪い。社員の個人能力ばかりを求める組織にはマネージメントがない。だから優秀な人間が多過ぎる会社では利益が出難い。
     *       *       *
 我々は「完璧」に大きな代償を払っている。
 現金五円が合わないためにレジの従業員は数人で残業する。三時間後に床の隙間から五円のコインを見つけた時、コストは数万円になっている。「完璧」は非合理を招き、人々を疲労させる。(中略)「完璧」は開拓と革新を阻害する概念である。
     *       *       *
 「営業のプロ」と自負する人ほど、営業改革に抵抗することが多い。「営業とは」から始まり「営業は特殊な世界」に終わる。とにかく「プロの私に指図するな」という意識が強い。結果がボロボロであるにもかかわらず、である。似た現象は業界のプロ、業種のプロ、専門のプロと自負する人に普遍的に存在する。結局、プロと自負する人は、自分が覚えてきた知識と経験に頼っている職人である。偽のプロである。
 真のプロは、変化に応じて結果を出す人のことである。そのために、業界や専門を離れて普遍的原理原則を知る必要がある。そのために異なる業界、異なる専門との出合いが必要である。
     *       *       *
 良い経営者は「異」の経験が多い。異なる業界、異なる会社、異なる文化、異なる国、異なる業務、異なる友人との経験をたくさん持っている。極めて単純なことをいうと、外国人の奥さんをもっている経営者はほぼ一○○%魅力的で経営の業績も良い。
     *       *       *
「お金を目的にすると成功しないというのは、実は理由がはっきりしているんです。精神論的にどうこうということではなくて、単純に視野が狭くなるんですね。広いビジョンで会社や世の中を見ることができなくなる。お金だけを目的にして会社を経営するというのは、身体だけを目的にして女性とおつき合いするのと同じです(笑)」(杉本宏之との巻末対談より)


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Perfume『GAME』

GAME(DVD付) 【初回限定盤】GAME(DVD付) 【初回限定盤】
(2008/04/16)
Perfume

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 4月16日発売のPerfumeのセカンド・アルバム『GAME』(徳間ジャパン)を、送ってもらったサンプル盤で聴いた(※)。

※雑誌にCDレビューを書くために送ってもらったのであって、一般配布はされていません。念のため。

【収録曲】
01. ポリリズム ※NHK環境・リサイクルキャンペーンソング
02. plastic smile
03. GAME
04. Baby cruising Love
05. チョコレイト・ディスコ
06. マカロニ
07. セラミックガール ※BSフジ連続ドラマ「スミレ 16歳!!」主題歌
08. Take me Take me
09. シークレットシークレット
10. Butterfly
11. Twinkle Snow Powdery Snow
12. Puppy love

 すごくいい! ファーストよりもさらにゴージャスで、「アイドル」の枠を超えた内容。耳の肥えた洋楽ファンにも十分アピールする仕上がり。「中田ヤスタカ、本気だな」という感じである。

 私同様、一抹の恥ずかしさを覚えつつファーストを買ったオジサンたちも、これなら堂々と評価できるだろう。「こんどのPerfume、いいよね」と……。

 レコード会社によって「情報解禁日」が定められており、その日まで中身について書けないことになっているので、いまはこれくらいのことしか書けない。
 ともあれ、ファーストが気に入った人なら、予約で買っても後悔しない内容だと思う。

 ■初回限定盤と通常盤でジャケ写が違う。下が通常盤のジャケ。
GAMEGAME
(2008/04/16)
Perfume

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梁石日『タクシードライバー日誌』

タクシードライバー日誌 (ちくま文庫)タクシードライバー日誌 (ちくま文庫)
(1986/10)
梁 石日

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 梁石日著『タクシードライバー日誌』(ちくま文庫/525円)読了。
 四半世紀近く前に出た本だが、初読。

 『血と骨』などの作品で知られる在日文学の雄・梁石日(ヤン・ソギル)は、作家デビュー以前、10年間にわたって東京でタクシー運転手として働いた。本書はその10年の間に体験した出来事を、日誌を模した断章形式で綴ったノンフィクションである。

 タクシー運転手の苛酷な労働環境がつぶさに描かれるとともに、さまざまな乗客の姿が随時スケッチされていく。傲慢でいやな客、こっけいな客、変わった客、悲しい客……。タクシーはさまざまな人間ドラマの宝庫だ。また、タクシー仲間の暮らしぶりもいきいきと描写されている。

 優れた作家の目がタクシーという「レンズ」を通してとらえた、ある時代の東京の虫瞰図。全編に漂うほろ苦いペーソスが胸に迫る。
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久保博司『新宿歌舞伎町交番』

新宿歌舞伎町交番 (講談社文庫)新宿歌舞伎町交番 (講談社文庫)
(2006/03/15)
久保 博司

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 久保博司著『新宿歌舞伎町交番』(講談社文庫/620円)読了。

 わずか0.38平方キロのエリアでありながら、一日数百万人が足を踏み入れる「眠らない街」新宿歌舞伎町。そこにある、日本で最も多忙で、最も危険な交番を舞台にしたノンフイクションである。
 
 新宿署地域課の中でも、最も有能で士気の高い警察官が配属されるという歌舞伎町交番。あらゆるもめ事がひっきりなしに起きるそこでの一年は、「他の交番の三年から五年に匹敵する」という。

 綿密な取材をふまえ、交番の警官たちを主人公にした一話完結のドラマ仕立てで構成されている。
 警官たちの前に次々と現れる、さまざまな犯罪者と被害者たち。その姿を通して、緊迫した、それでいてときには滑稽な「人間ドラマ」が描かれていく。

 危険をかえりみず任務に邁進する、仕事熱心な警官たちの姿が感動的。とくに、主役級で登場する伊達巡査部長はすこぶる魅力的だ。

 内容とは関係ないが、パット・メセニー・グループの『オフランプ』を意識したとおぼしきカバーデザイン(タイトル文字が道路標示を模している)が、なかなかいい感じ。
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『ラフマニノフ ある愛の調べ』

ラフマニノフ ある愛の調べ [DVD]ラフマニノフ ある愛の調べ [DVD]
(2009/05/29)
エフゲニー・ツィガノフヴィクトリア・トルストガノヴァ

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 『ラフマニノフ ある愛の調べ』を観た。G.W.公開のロシア映画。
 『交響曲第2番』などの名曲で知られる作曲家/ピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフの伝記である。
 
 公式サイト→ http://rachmaninoff.gyao.jp/

 ラフマニノフはロシア革命を逃れてアメリカに亡命し、後半生をそこですごした。この映画は、アメリカでの暮らしを「現在」に据え、そこから回想の形で随時ロシア時代を描く構成をとっている。

 ベートーヴェンの生涯に「不滅の恋人」をめぐるミステリー(遺品の中にあった、宛名のない恋文が誰に宛てられたものかという謎)があるように、ラフマニノフの生涯にもライラックの花をめぐるミステリーがあった。
 ラフマニノフが演奏会を開くとき、必ず白いライラックの花束が届けられたが、その差し出し人が誰なのかがいまもってわからない、というミステリー。その謎解きが、ストーリーの鍵となっている。

 この映画はラフマニノフの生涯を、彼が愛した3人の女性たちとの関係を縦糸に、彼の3つの交響曲の創作過程を横糸にして描いている。そしてそこに、ライラックの花が重要な役割をもってかかわってくるのだ。

 地味な作品だが、ラフマニノフの音楽そのままに、ロシア的憂愁に満ちた薫り高い映画に仕上がっている。

 ラフマニノフの天才ゆえの孤独が、全編をつらぬく通奏低音となっている。
 彼は作曲家としてもピアニストとしても天才であったがゆえに、2つのバランスをめぐって生涯苦闘しつづけた。
 たとえば、少年時代からの師・ズヴェーレフは、ラフマニノフが作曲をすることを喜ばず、ピアニストとしての精進に全力を注ぐことを望んだ。その意に反して作曲をつづけたことで、ラフマニノフはついに師と訣別するのだった。
 また、亡命後にピアニストとして華々しい成功を収めながらも、彼はそのことを少しも喜ばない。むしろ、「ピアニストとしての仕事ばかりしているから、作曲ができない」と悩みつづけたのだ。

 才能をもつことの幸福と、才能をもつことで生まれる苦悩――。2つのうち、苦悩のほうをより多く味わった一人の天才の物語である。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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