北尾トロ『怪しいお仕事!』

怪しいお仕事! (新潮文庫)怪しいお仕事! (新潮文庫)
(2006/03)
北尾 トロ

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 北尾トロ著『怪しいお仕事!』(新潮文庫/500円)読了。

 非合法、あるいは合法すれすれの「怪しいお仕事」をしている人たちを、一章につき一人・一業界ずつ紹介するインタビュー・ノンフィクション。三才ムックの『裏仕事師の本』シリーズに、北尾が寄せた原稿を集めたものだ。
 登場するのは、悪徳興信所、競馬の予想屋、カギ師、野球賭博師、「車で融資」の金融業者、お寺売買のコーディネーターなどなど。

 ノンフィクションといっても、北尾トロのことだから、「脱力系お笑いノンフィクション」だ。
 この手の本を書かせると、やはり北尾トロはバツグンにうまい。力の抜き加減と、サラリと笑いを取る間の取り方が絶妙である。
 最近隆盛しているお笑い裁判傍聴記だって、阿曽山大噴火などより北尾トロのほうがずっとうまい。

 そして、笑いの中にも胸にしみるペーソスがある。裏仕事にのめりこむ人々の語る仰天エピソードの中に、ふと浮かび上がる人生の哀歓――。味のある、いい本だ。
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信田さよ子『依存症』



 信田さよ子著『依存症』(文春新著)読了。

 味も素っ気もないタイトルといい、生真面目な内容といい、文春新書というより昔の岩波新書みたいな本(馬鹿にしているように聞こえるかもしれないが、ほめているのだ)。

 これは、意外な拾いもの。堅すぎず柔らかすぎない明晰な文章で、ていねいに綴られた良書だ。
 依存症の手際よい概説書であると同時に、依存症問題を「窓」として日本社会を考察した書でもある。(私のようなシロウトにとっては)目からウロコの知見や卓見が多数ちりばめられている。

 たとえば、酒類の自動販売機があるのは世界で日本だけだということを、私は本書で初めて知った。
 そのことが象徴するように、日本は世界水準から見たら著しい「アルコール容認文化」の国であり、諸外国に比べ薬物乱用者が少ない一つの要因がそこにあるのではないか、と著者は言う。つまり、酒容認文化の国であるからこそ、他国なら薬物依存に走る層が、かなりの部分アルコール依存症にとどまっている、というのだ。なるほどなるほど。

 そして、たんなる概説書であるにとどまらず、ときに文学的感動を呼ぶようなくだりすらある。臨床心理士としてさまざまな依存症患者に長年向き合ってきた著者が、その経験のなかで思索を深めてきた軌跡が、本書の内容にもそのまま反映されているのだ。

 とくに最後の5~6章は、依存症とAC(アダルト・チルドレン)についての考察を窓口に、近代以降の歴史を鷲づかみにするような大胆な展開を見せて、読みごたえがある。
 たとえば、著者はこう言う。

 

 資本家・労働者という生産関係における支配を読み解いたのがマルキシズムであった。男性による女性の支配を読み解いたのがフェミニズムであった。そして親と子という関係における親の支配を読み解いたのがACというコンセプトであった。


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ジャン=リュック・ポンティ『The Very Best of Jean-Luc Ponty』

The Very Best of Jean-Luc PontyThe Very Best of Jean-Luc Ponty
(2000/06/26)
Jean-Luc Ponty

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 最近私が日常的にいちばんよく聴いている音楽はジャズ・ロックである。それも、「ロック寄りのジャズ」から「プログレ寄りのフュージョン」までを含んだ、広義のジャズ・ロック。いまはこのへんがいちばん聴いていて落ちつく。

 で、今日は、ジャズ・ロック・ヴァイオリニストの雄、ジャン=リュック・ポンティのベスト盤『The Very Best of Jean-Luc Ponty』(ライノ)を購入。

 ロック系のヴァイオリニストというと、エディ・ジョブソンとかダリル・ウェイなどのプログレ勢がいるわけだが、ジャン=リュック・ポンティの音楽は彼らよりもポップで聴きやすい。「プログレ寄りのフュージョン」の範疇に入るジャズ・ロックである。

 超絶技巧をちりばめつつも、適度に浮遊感があり、適度にメロディアスで、適度にロマンティック。極上のBGMだ。

 1970年代半ばのソロ・デビューから80年代半ばまでのアルバムからセレクトされている。
 80年代の作品は、ニューエイジ・ミュージック的な色合いが強くなって、いまいち面白くない。

 やはり圧巻は、アラン・ホールズワースやダリル・スチューマーらの流麗なギターとポンティのヴァイオリンがバトルをくり広げる70年代の作品。
 「ミラージュ」「エニグマティック・オーシャン」「オーロラ」「エゴセントリック・モリキューズ」 「テイスト・フォー・パッション」といった曲はまことに素晴らしい。

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西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』

どうで死ぬ身の一踊りどうで死ぬ身の一踊り
(2006/02/01)
西村 賢太

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 西村賢太著『どうで死ぬ身の一踊り』(講談社)読了。

 西村の第一作品集。昨日読んだ『暗渠の宿』同様、私小説集である。
 収録作品はいずれも、主人公が大正期の私小説作家・藤澤清造を「師」として崇め、その顕彰と鎮魂に全精力を傾ける(私費を投じての全集刊行を準備しているほか、追忌法要の施主になったりしている)姿が、ストーリーの核になっている。本書のタイトルも、藤澤が遺した句から取られたものだ。

 ……と、その点だけを取り出すとなんだか美談のようで、「亡き師のために力を尽くすとは、いまどき奇特な」と感心してしまいそうだ。
 だが、そうではない。西村は(と、主人公と同一視すべきではないかもしれないが)、藤澤清造の顕彰に異様なまでの情熱を傾ける以外は、とんでもないダメ男なのである。生活力もなく、酒乱ぎみで、酒の上での暴力沙汰で警察のやっかいになったこともあり、性欲ばかり旺盛で、同居している恋人には暴力を振るったりする……というありさまなのだ。

 彼の作品はみな、「清造キ印」ぶりを縦糸に、すさんだ私生活を横糸にして編まれている。陰惨といえば陰惨このうえない小説なのだが、それが暗さを突き抜けて「ルサンチマンの笑い」として炸裂するところに魅力がある。いわば、「こわいもの見たさ」で読んでしまう小説なのだ。

 「日経BP」のウェブ連載「文学賞メッタ斬り!」で、大森望が西村を次のように評していた。

 この人は、純文学界の業田良家になれるかもしれない。業田の「自虐の詩」が好きな人なら、「どうで死ぬ身のひと踊り」にも絶対ハマるよ。



 うーん、言い得て妙。ただし、『自虐の詩』には豊かにあったペーソスには乏しいし、間違っても泣けるような小説ではないけど。
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西村賢太『暗渠の宿』

暗渠の宿暗渠の宿
(2006/12)
西村 賢太

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 西村賢太著『暗渠の宿』(新潮社)読了。この人の小説を読むのはこれが初めてである。

 表題作は野間文芸新人賞受賞作なのだが、私には併録作の「けがれなき酒のへど」のほうがはるかに面白かった。表題作は、主人公の男(作者の分身)が同居中の恋人をネチネチなじったり殴ったりする場面が不快。

 若さに似合わず、古風で強烈な私小説を書きつづけている人であるらしい。
 大正あたりの小説を模したような擬古文的文体なのだが、それでいて、ところどころに現代的な言葉遣いが散見される。そのちぐはぐさが、むしろ個性になっている。

 21世紀のいま、あえて私小説の孤塁を守っている作家といえば、車谷長吉がまず思い浮かぶ。車谷作品に比べて西村の小説は文章の彫琢が浅いし、中身も浅い。が、作品全体に満ちた自虐の笑い・ルサンチマンの笑いには、捨てがたい味わいがある。
 その「ルサンチマンの笑い」が効果的に炸裂しているのが、「けがれなき酒のへど」だと思う。

 もっとも、西村賢太は大正~昭和初期の私小説作家・藤澤清造(私は読んだことがない)に私淑して「没後弟子」を名乗っているので、車谷との比較は不本意だろうが……。
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『ニッポンの映画監督』ほか

AERA MOVIE ニッポンの映画監督 (AERA Mook AERA MOVIE)AERA MOVIE ニッポンの映画監督 (AERA Mook AERA MOVIE)
(2008/02/19)
不明

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 ムック2冊――『AERA MOVIE ニッポンの映画監督』 (朝日新聞社/1200円)と、『もっとすごい!! 「このミステリーがすごい!」』 (宝島社/650円)を購入。

 前者は、日本映画の「いま」を、代表的監督のフィルモグラフィーや監督インタビューなどから鳥瞰する試み。作家性に重きを置き、大ヒット作も非ヒット作も、超メジャー監督もマイナー監督も等価に扱うスタンスが好ましい。

 後者は、「このミス」の愛称で親しまれる『このミステリーがすごい!』の、20年に及ぶ歴史をまとめたもの。改めてこれまでの「ベスト・オブ・ベスト」作品を選んでいるほか、歴代1位に輝いた全作家にインタビューしている。

 ざっと読んだだけだが、2冊とも、資料的価値もガイド本としての価値もすこぶる高い。
 とくに、『もっとすごい!! 「このミステリーがすごい!」』 の650円という価格は激安だと思う。 

もっとすごい! このミステリーがすごい! [別冊宝島1503] (別冊宝島 1503 カルチャー&スポーツ)もっとすごい! このミステリーがすごい! [別冊宝島1503] (別冊宝島 1503 カルチャー&スポーツ)
(2008/02/07)
不明

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ダニエル・ピンク『ハイ・コンセプト』


ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代
(2006/05/08)
ダニエル・ピンク

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 ダニエル・ピンク著、大前研一訳『ハイ・コンセプト』(三笠書房)読了。

 訳者の大前研一によれば、邦訳のタイトルをつける際、『第四の波』とする案があったそうだ。いうまでもなく、アルビン・トフラーの四半世紀前のベストセラー『第三の波』をふまえたものである。
 『第三の波』が情報化社会の到来を告げた本であったのに対し、本書は情報化社会の次の「コンセプチュアル社会」の到来を告げるものなのだ。

 情報化社会とは「ナレッジ・ワーカー(知的労働者)」が花形となる社会であったが、そうした社会はすでに終焉を迎えている、というのが著者や大前の主張だ。
 なぜなら、知的労働であっても、インドや中国など賃金の安い国にアウトソーシングできることや、コンピュータやロボットにできることに対しては、もはや高い給与が支払われることはないから。ゆえに、これからは、コンピュータやロボットにはできないこと、途上国にアウトソーシングできないことができる人――新しいコンセプトを考え出す人――にしか、富はもたらされない。

 ……と、ここまでならとくに目新しい主張ではない。賃金の安い中国人労働者の流入で立ちゆかなくなった業者など、日本でもいまや珍しくないのだし。

 本書が面白いのは、これからの「コンセプチュアル社会」に求められる人材像を、「6つの感性」をキーワードにして具体的に描き出している点。
 「6つの感性」とはたとえば、「機能だけでなく『デザイン』」「議論よりは『物語』」「個別よりも『全体の調和』」などを重んじる感性のこと。
 著者は、それらの感性一つひとつについて、なぜそれが重要なのかを、具体例を挙げて説いていく。あわせて、どのようにしてそれらの感性を磨いたらよいかのアイデアも提示する。

 おもな対象読者層はビジネスマンなのだろうが、私のようなフリーランサーにとっても示唆に富む良書であった。
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茂木健一郎『すべては音楽から生まれる』

すべては音楽から生まれる (PHP新書 497)すべては音楽から生まれる (PHP新書 497)
(2007/12/14)
茂木 健一郎

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 茂木健一郎著『すべては音楽から生まれる/脳とシューベルト』(PHP新書/714円)読了。音楽にも造詣が深い脳科学者による、刺激的な音楽論である。

 音楽が脳に与える影響を脳科学的見地から分析した本かな、と期待して読んだのだが、その面での記述はごく一部でしかなかった。
 とはいえ、期待外れだったわけではない。脳科学うんぬんはとりあえず脇に置いて、単純に音楽論として読んでも示唆に富んでいる。(本書にもその一部が何度か引用されている)小林秀雄の『モオツァルト』を彷彿とさせる部分もある。

 一言でいえば、これは脳科学者ならではの視点から綴られた音楽讃歌である。音楽という芸術がいかに素晴らしいものであるかを、著者は飽かず語っている。ちょっと大げさすぎるのではないかという表現までちりばめて。たとえば――。

 

 本当の感動を知っている人は、強い。生きていく上で、迷わない。揺るがない。折れない。くじけない。
 音楽は、そんな座標軸になり得る。音楽の最上のものを知っているということは、他のなにものにも代えがたい強い基盤を自分に与えてくれるのだ。



 また、音楽にかぎらず、人生万般に通ずる真理を語る至言もちりばめられている。たとえば、シューベルトの音楽について語ったくだりには、こんな一節がある。

 

 人間の感受性を深めるのは、優越感よりも劣等感ではないだろうか。
 優越感ほど人を油断させて、つまらなくするものはない。




 最後の章を丸ごと割いて、ルネ・マルタン(音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」のプロデューサー)と著者の対談が掲載されている。この対談もなかなかの読み応え。 メモしておきたいようないい言葉の連打なのだ。たとえば――。

 

 私にとって音楽とは、最も美しい言語なのです(マルタン氏の発言)
  
 脳の中の神経細胞であるニューロンの働きは、交響曲を奏でているような全体像を持っているともいえます。つまりそれは、一千億のニューロンが、ある法則とともに微妙に変化しながらそれぞれのタイミングで活動しているので、たとえば、一つひとつの働きに音を与えたとしたら、その重なりはシンフォニーのようになるだろう、という意味です。
 ですから、脳の中に音楽が入ってくることによって、もともと脳内にある「音楽」と共鳴を起こし、いろんなものが鳴り響いてくる、といった感覚があるのでしょう。つまり、ある音楽を聴いても、それを自分の脳の中のシンフォニーとどれくらい共鳴させることができるかによって、感動の度合いが変わってくると私は考えています(むろん茂木氏の発言)

 

 言及されている音楽の多くがクラシックなので、私は門外漢なのがちょっと残念。茂木氏はクラシック以外の音楽も幅広く聴くそうなので、次はロックやジャズについてがっちり論じた著作を出してほしい。 
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『パリ、恋人たちの2日間』

2 Days in Paris2 Days in Paris
(2007/10/09)
Original Soundtrack

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 京橋の映画美学校第一試写室で、『パリ、恋人たちの2日間』を観た。5月公開のフランス=ドイツ合作映画。

 演技派女優ジュリー・デルピーが、監督・脚本・主演・製作・編集・音楽の1人6役をこなした作品。おまけに、ジュリー演じるヒロインの両親役は、彼女の実の両親だ。まさに「ジュリー・デルピーズ・フィルム」である。

 フランス人写真家のマリオン(ジュリー)と、アメリカ人インテリア・デザイナーのジャック(アダム・ゴールドバーグ)は、ニューヨークで暮らすカップル。マンネリぎみの関係をリフレッシュしようとヴェネツィアへヴァカンスに行き、その帰途に2日間だけ、パリにあるマリオンの実家に立ち寄る。その2日間に起こるさまざまな出来事を描いた、ちょっとシニカルなラブコメディー。

 2人がかわすユーモアとウイットに富んだ会話が、映画の中で大きなウエイトを占めている。ブロンドで奔放なマリオンと、神経質でユダヤ系のジャック――そんな2人の関係は、『アニー・ホール』などでのダイアン・キートンとウディ・アレンを彷彿させずにはおかない。じっさい、ジュリー・デルピーも十二分に2人を(映画作りの上ではアレンを、役作りの上ではキートンを)意識している。

 ただし、『アニー・ホール』から30年経った時代の変化は、この映画にもしっかりと反映されている。『アニー・ホール』よりももっと痛烈で猥雑、神経症的で狂騒的……ひっくるめて言えば、よい意味でクレイジーな映画だ。

 「風変わりなパリ観光案内」といった趣もあるけれど、この映画を観て「パリに行きたい」とはとても思えない。それくらい、パリがクレイジーな街として描かれているのだ。 
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池谷裕二『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』

怖いくらい通じるカタカナ英語の法則 (ブルーバックス (B-1574))怖いくらい通じるカタカナ英語の法則 (ブルーバックス (B-1574))
(2008/01/22)
池谷 裕二

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 池谷裕二著『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』(講談社ブルーバックス/1050円)読了。池谷さんを何度か取材したご縁で献本いただいたので。

 『進化しすぎた脳』などのベストセラーで知られる気鋭の脳科学者が書いた「英会話本」。米コロンビア大学に客員研究員として渡った際、英語に苦労したすえにたどりついたという、開き直り的「カタカナ英語の法則」を、一般向けに開陳したものだ。

 ここでいう「カタカナ英語」とは、ネイティヴの発音になるべく忠実に「カタカナ化」した英語のこと。たとえば「I got it」は「アイ・ガット・イット」ではなく「アイガーレッ」となり、「What do you think about it?」は「ワルユーテンカバウレッ?」になる。

 この種の本にはハイディ矢野などによる先行の類書もあるが、本書は、脳科学者ならではの理論付けがなされているところがミソ。
 幼少期から非ネイティヴの発音に慣れてしまったフツーの日本人は、脳科学的見地からも、英語力をネイティヴ並みに高めることはもう不可能だ、と著者は言う。「私たちには英語を発音するための脳回路がないのだから」と……。
 それならば、といわば明るく開き直って、日本人らしいカタカナ英語を突きつめようとしたのがこの本なのだ。

 基本は実用書だが、言語習得のメカニズムを脳科学的見地から語った最後の「理論編」は、科学読み物としても秀逸で、独立した価値をもつ。

 

 まず重要なことは、日本人が日本語を使っているときと、アメリカ人が英語を使っているときで、それぞれ脳の働き方を調べるとはっきりと違いがあることです。ともに母国語を操っているにもかかわらず、脳の活動が違うのです。日本語脳と英語脳といったらよいでしょうか。



 ……このような、「目からウロコの」知見が満載だ。
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『ランジェ公爵夫人』

 京橋テアトル試写室で、『ランジェ公爵夫人』の試写を観た。
 4月5日公開のフランス映画。文豪バルザックの原作を、『美しき諍い女』のジャック・リヴェットが映画化した文芸大作だ。

 リヴェットがバルザックの小説を映画化するのは、今回が3度目(『美しき諍い女』も、バルザック作品を現代劇に翻案したもの)。 

 公式サイト→ http://www.cetera.co.jp/Lange/

 これは、なかなかのものだった。美術や撮影が非常にていねいで、一つひとつの場面を観るだけで眼福。絵画を観るように愉しめる。
 舞台となる19世紀初頭のフランス貴族社会のありようが、重厚華麗に活写されている。羽ペンで書かれて封蝋で閉じられる恋文、舞踏会の模様など、ディテールがいちいち興味深い。

 貴族社会の描き方が、ハリウッド大作風に“消毒”された感じではない。もっと生々しくて人間臭いのだ。
 たとえばライティング一つとっても、隅々まで明るく照らし出すのではなく、薄暗さを残しているところがリアル。舞踏会のシーンでは、行き来する人々の靴が床をこすって「ギュウ、ギュイ」という耳障りな音を響かせるあたりがリアル。

 ランジェ公爵夫人と、ナポレオン軍の英雄・モンリヴォー将軍との間にくり広げられる、「恋の駆け引き」の物語。夫人には当然夫がいるわけだが、家名を汚さない程度の恋愛ゲームは周囲に許容されているあたりが、いかにも往時のフランスらしい。

 さまざまな手練手管を使って将軍の気を引き、じらしながら、手の甲へのキスまでしか許さない、気高く美しい公爵夫人。しかし、じらされつづけてついにブチキレた将軍が仕掛けた“逆襲”によって、2人のパワーバランスは逆転する。そして……。

 ラストシーンが、目がテンになるほどすごい。ネタバレになるので具体的には書けないが、ハッピーエンドでないのはもちろん、ハリウッド映画的な悲劇の終わり方ともまったく違うのだ。曲がいちばん盛り上がったところで突然音を断ち切るような終わり方。唖然とした。
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佐藤優『野蛮人のテーブルマナー』

野蛮人のテーブルマナー野蛮人のテーブルマナー
(2007/12/07)
佐藤 優

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 金・土・日と、取材で広島・福岡・神戸・名古屋を回ってきた。二泊三日の行程で、8人を取材(次の単行本の取材が追い込みなのである)。さすがにクタクタになって、最後のほうは取材でも相槌ばかり多くなってしまった。

 佐藤優著『野蛮人のテーブルマナー』(講談社/1050円)読了。

 一昔前なら落合信彦が書いていたような感じの本。外交官としての豊富な経験をふまえ、“合法的諜報”としての「インテリジェンス」の世界を、一般ビジネスマン向けの「情報戦術」にブレイクダウンした本。
 
 思わず人に語りたくなるような洒落た蘊蓄をちりばめて、面白く読ませる技術とサービス精神はたいへんなもの。内容のおよそ半分が対談でもあり、これまでの「佐藤本」の中で最も軽い内容だが、価格分は十分愉しめる。
 
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リズ・ライト『オーチャード~禁断の果実』

The OrchardThe Orchard
(2008/02/26)
Lizz Wright

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 リズ・ライトのニュー・アルバム『オーチャード~禁断の果実』(ユニバーサル/2500円)を、送ってもらったサンプル盤で聴く。一般には明日発売(米盤のほうがなぜか遅くて、2月26日発売)。

 リズ・ライトは、2003年のデビュー当時からしばしばノラ・ジョーンズと比較されてきた。
 リズはノラより1歳年下(1980年生まれ)で、1年遅くデビュー。ノラが名門ジャズ・レーベル「ブルーノート」から登場したように、リズも名門「ヴァーヴ」から登場した。そして2人とも、ジャズの枠に収まらない幅広い音楽性をもち、自ら曲を手がけるソングライターでもある。
 比較するなというほうが無理だろう。リズのデビューは、「ブルーノートのノラ・ジョーンズに対する、ヴァーヴからの回答」として受けとめられたのである。

 だが、表面的な共通項とは裏腹に、2人の音楽は大きく異なっている。ノラがキャロル・キングらの白人女性シンガー・ソングライターの系譜を継ぐ存在であるのに対し、リズの音楽の土台にはゴスペルがある。リズは米南部ジョージアに、教会の牧師兼音楽監督の父と、教会オルガン奏者の母との間に生まれたのだ。

 この新作『オーチャード~禁断の果実』は、過去2作以上にジャズの枠に収まらない内容だ。ジャズのスタンダード曲は一つもなく、かわりにレッド・ツェッペリンの「サンキュー」をカバーしていたりするし、自作曲(共作)が8曲もある。

 ファースト・アルバム『ソルト』(私はこれも好き)は、大御所トミー・リピューマらをプロデューサーに迎え、フュージョン/AOR色も濃い内容だった。セカンドの『ドリーミング・ワイド・アウェイク』ではAOR色がかなり薄れ、ゴスペル色が強まってきていた。本作はセカンド以上にゴスペル寄りで、サウンドもアーシーだ。ただし、歌詞に宗教色はまったくない。

 「マイ・ハート」のように、宇多田ヒカルが歌っても違和感のなさそうなキャッチーなR&Bナンバーも中にはあるが、全体に地味で静謐な印象のアルバム。生ギター中心のシンプルなバラード曲が多い構成なのだ。

 だが、聴き込むうちに、ビロードの質感を思わせる低い声のヴォーカルが深く心にしみてくる。ヴォーカリストとしてのリズ・ライトの魅力が、これまでで最も強く発揮されたアルバムだと思う。
 アイク&ティナ・ターナーの「アイ・アイドライズ・ユー」のカバーで聴かせる、粘っこく官能的なヴォーカルのカッコイイこと。「ヘイ・マン」の冒頭で聴かせる堂々たるアカペラの素晴らしいこと。

 洗練を極めた、「都市のゴスペル」ともいうべき音楽――。
 

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北野宏明・竹内薫『したたかな生命』


したたかな生命したたかな生命
(2007/11/15)
北野 宏明、竹内 薫 他

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 今日は、取材で仙台へ。
 仙台と塩釜で2人の方を取材したあと、東京に戻ってまた別の方を取材。強行軍に、さすがにクタクタになる。

 行き帰りの車内で、北野宏明・竹内薫著『したたかな生命』(ダイヤモンド社/1680円)読了。以下、感想――。

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 分子生物学の劇的な進歩とヒトゲノムの完全解読によって、我々はいわば、“生命がどのような部品で構成されているかの見取り図”を手にした。
 だが、それらの部品がいかなる相互作用のもとに生命現象を成り立たせているかの研究は、まだ緒についたばかりである。そこで、生命を一つのシステムとしてとらえ、その構成原理・基本原理を解明しようとする「システム生物学」が生まれた。

 本書は、まだ黎明期の学問分野であるシステム生物学の一般向け概説書だ。
 著者の一人、北野宏明は日本におけるシステム生物学の第一人者。もう一人の竹内薫は、自らも理学博士である気鋭のサイエンス・ライターである。論文の形で読めば難解きわまるはずのシステム生物学について、その基礎的概念が面白く、わかりやすく説かれている。この平明さは、テレビの科学番組にかかわることも多い竹内の手柄であろう。

 本書は、システム生物学の中核概念「ロバストネス」に的を絞って書かれている。「ロバストネス」とは、あるシステムがさまざまな擾乱(じょうらん=定常状態からの乱れ)に抗してその機能を維持する能力のこと。竹が強風にしなりながらも折れないような、「しなやかな強さ」である。

 生物種の多くが、高度なロバストネスを備えている。
 たとえば、我々の身体は周囲の気温や湿度、酸素濃度などが多少変動しても柔軟に対応するし、病気になっても多くは回復する。そのような生物のロバストネスがいかなるメカニズムに基づいているかを解明することは、生命科学という一分野の進歩にとどまらない大きな意義をもつ。たとえば、著者たちは本書で、癌を「ロバスト・システム」として分析し、システム生物学の知見を応用して新たな癌治療の方向性を提示している。

 そして、企業などの組織も一つのシステムだから、ロバストネスの概念を用いてその強さ・弱さを分析することができる。

 著者によれば、ロバストネスはフラジリティ(脆弱性)とトレードオフの関係にあり、ある面のロバストネスを高めれば別の面のフラジリティが増すという。
 本書では、「吉野家」や「ルイ・ヴィトン」の企業戦略を例に、フラジリティとのトレードオフをふまえつつ組織のロバストネスを高める方途が探られている。そのことが示すとおり、科学啓蒙書の枠に収まらず、組織論としても示唆に富む好著だ。
  
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浜口直太さんを取材

 
デキる人は皆やっている一流の仕事術デキる人は皆やっている一流の仕事術
(2007/05)
浜口 直太

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 今日は、国際経営・起業コンサルタントの浜口直太さんを取材。麹町のオフィスにて。
 
 浜口さんは、これまでに34冊もの著書をお持ちである。ゆえに全部は読めなかったが、それでも、『デキる人は皆やっている一流の仕事術』『天職の見つけ方』『仕事と人生を熱くする、いい話』など、7冊の著作を読んで取材に臨んだ。

 米国の経営大学院に進んでMBAを取得し、現在までに日・米・アジアで1200億円以上の資金調達をし、50社以上の上場を支援するなど、浜口さんの経歴は華麗そのものだ。

 だが、そんな浜口さんも、高校までの成績はつねに学年で最下位近い「落ちこぼれ」であったという。担任がご両親を学校に呼び、「このままでは、息子さんは進学どころか卒業も危うい状態です。勉強だけが人生ではありませんから、違う道を考えられてはいかがでしょう」と言ったほどだとか。

 しかし、「人生の師匠」からの励ましなどによって、高校3年の夏に一念発起。そこからは「圧倒的努力」で自らを鍛えあげ、大学時代には逆に優等生に。その後、米国に渡り、世界一流のコンサルタント会社でスピード出世していくのだった。

 浜口さんの著作の数々には、ご自身のそんな経験をふまえた、「人間、苦手なことでも命がけでやれば、必ず大きな成果が出せる」という熱いメッセージが脈打っている。

 ライターとしてさまざまな世界の方々を取材してつくづく思うのは、「世の中にはすごい人がたくさんいる」ということ。偉人は偉人伝の中にだけいるわけではないのだ。

 そういう「すごい人たち」から直接話を聞き、さまざまなことを学べるのが、ライターという仕事の一つの醍醐味である。
 
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高山文彦『エレクトラ』


エレクトラ―中上健次の生涯エレクトラ―中上健次の生涯
(2007/11)
高山 文彦

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 高山文彦著『エレクトラ――中上健次の生涯』(文藝春秋/2500円)読了。
 
 中上健次の生涯を、彼が作家として世に出るまでの雌伏の日々――著者は「神話時代」と表現する――に重点を置いて描いた長編評伝である。「岬」による芥川賞受賞がクライマックスに据えられていて、そこから死去までの16年間については、最後の2章で駆け足でたどっている。

 力作である。著者はノンフィクションの枠を超えそうなほどに踏み込んで、若き中上の心の内までを描いていく。評伝というより、良質の小説のようだ。

 デビュー当時の中上の「伴走者」となった2人の編集者に、とくに光が当てられている。そのうちの1人・鈴木孝一(当時『文藝』編集者)との、互いの生身を激しくぶつけ合うような真剣勝負の関係に胸打たれた。
 文学に人生を賭けた、若き作家と若き編集者。その「関係」が始まり、終わるまでの経緯は、あたかも一編のラブストーリーのようだ。

 鈴木は、デビュー前の中上の作品をボツにして、こう言ったという。

 

「梅干をしゃぶると、最後は硬い種の殻に当たる。あなたの小説はその硬い殻には当たっているけど、まだそこまでなんだよ。殻をかち割ると、なかから真っ白い核が出てくるだろう。その核が見えないんだ。小説を書く人間なら、殻まではだれだって書くことができる。殻を突き破るかどうかが、本物の作家になるかどうかの境目なんだから、割ってくれなきゃ困るんだ。おれはあなたが殻を割る瞬間をずっと待ってるんだよ」



 「エレクトラ」とは、若き日の中上が渾身の力を込めて書きながら、鈴木があえてボツにしたことで世に出なかった小説のタイトル。のちに中上宅が火事になったときに原稿も焼失し、文字どおり「幻の作品」となる。

 中上は小説家になるべく生まれついた人間だった。しかし、彼が原石から宝石に変わるまでには、いくつかの宿命的な出会いを経なければならなかった。本書はその「出会い」の一つひとつをつぶさに描いて、強烈な印象を残す。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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