ポール・ケネディ『人類の議会』


人類の議会〈上〉―国際連合をめぐる大国の攻防人類の議会〈上〉―国際連合をめぐる大国の攻防
(2007/10)
ポール ケネディ

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 ポール・ケネディ著、古賀林幸訳『人類の議会/国際連合をめぐる大国の攻防』(上・下/各1890円/日本経済新聞社)読了。

 正月休みに読もうと思っていた書評用の本なのだが、食あたりで寝ていてほかの仕事ができなかったので、年内に読み終えてしまった。

 世界的ベストセラー『大国の興亡』(1987年)で知られる歴史学者(米イェール大学教授)であり、軍事・外交史、国際関係論を専門とする著者が、「人類の議会」――国連の歩みを振り返った大著。さすがに質は高く、今後国連について考察するときの基本文献になるものだと思う。 

 三部構成である。著者は、まず国連の前史たる「国際連盟」の短い歴史を第一部で描き、つづく第二部(本書の大半を占める)で国連の諸機関の歩みを6つのテーマに分けてたどる。「安全保障理事会の難問」「平和維持と平和執行」「国際的な人権の推進」などというテーマである。たとえば、第一章では国連安保理の歴史だけに焦点を絞るのだ。
 
 賢明な構成だ。単純な年代記形式で国連の歴史をたどったら、あまりに複雑で巨大な国連組織の入り組んだ構造のせいで、読者の頭はこんがらがってしまっただろうから。
 なにしろ、俗に「アルファベット・スープ」と呼ばれる略称だらけの国連諸機関は、名称を覚えるだけで一苦労なのだ。

 そして、最後の短い第三部では、今後、国連改革はいかになされるべきかなど、国連をめぐる展望が語られる。

 全編を通じてつらぬかれる著者のスタンスは、「建設的批判」という一語でまとめることができる。

 人間が集ったあらゆる組織がそうであるように、国連にはさまざまな欠点、改善すべき点がある。60年余の歴史の中には、無惨なばかりの失敗も少なくない。国連憲章に掲げられた気高い理想と、加盟各国の(とりわけ大国の)利害とエゴが激突してままならない現実――両者のギャップは、とてつもなく大きい。

 そのようなネガティヴな側面から著者は目をそらさず、時に筆鋒鋭く批判をくわえる。しかしそのうえでなお、国連のもつ素晴らしい可能性にも目を向け、その未来に熱い期待をかけるのだ。

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「生もの不敗神話」崩壊(笑)

 年末も押し迫ってから、寝込んでしまった。尾籠な話で恐縮だが、食あたりである。
 丸2日何も食べられず、死ぬかと思った。

 原因は、たぶん4日前の生カキか3日前のレバ刺し。2夜連続で生ものを食するのも我ながらどうかと思うが、もともと私は生カキ、レバ刺し、白子など各種刺身・生ものに目がなく、しかもこれまでは一度もあたったことがなかったのである。
 「生もの不敗神話」崩壊(笑)。「もう生ものを食べるのをやめよう」とマジで思う。今回の食あたりはきっと「身体からの警告」なのだ、と……。中国人は生ものを食べないのだそうだが、私もそのような食生活に変えよう。

 あまり腹痛がひどいので病院の救急外来に行ったところ、「ウイルス性の胃腸炎」と診断された。

私「ノロウイルスの可能性はないですか?」
医師「もちろん可能性はありますが、救急外来ではそれを確認するための設備がありません。薬を出しますので、それを飲んで様子を見てください。ノロウイルスなら高熱が出るはずですが、ふつうのウイルス性胃腸炎ならしだいに症状がおさまるはずです」 

 で、とりあえず高熱も出ず、症状もおさまってきたので、さいわいノロウイルスではなかったようである。

 ふと気づいたのだが、私はこれまでも年末年始に風邪を引いたりして寝込むことが少なくなかった。自己分析するに、年末年始には取材がないから、どこかで気がゆるむのだろう。取材の場合には「風邪引いたから行けません」などとは言えないから、気が張っているのだ。
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『プライスレス ~素敵な恋の見つけ方~』

 渋谷のシネカノン試写室で、『プライスレス ~素敵な恋の見つけ方~』の試写を観た。来年3月公開のフランス映画。

 公式サイト→ http://www.priceless-movie.com/

 『アメリ』『ダ・ヴィンチ・コード』のオドレイ・トトゥ主演のロマンティック・コメディである。

 オドレイ・トトゥ演じる玉の輿狙いの美女・イレーヌは、リゾート地の高級ホテルに網をはり、落すべき大富豪を物色していた。
 その彼女に一目惚れしたホテルのウエイター、ジャンは、大富豪のふりをしてイレーヌに近づき、夢のような一夜をすごす。しかし、ジャンがしがないウエイターであることがバレると、イレーヌはさっさと彼の元を去り、次の“獲物”を探してコート・ダジュール(紺碧海岸)に行ってしまう。

 イレーヌのことが忘れられないジャンは、彼女を追ってコート・ダジュールへ。だが、文無しの彼は当然相手にされない。やがて彼は、彼女のそばにいたい一心で、リゾート・ホテルで暮らす有閑マダムのジゴロになる。そのことで「ストーカーから同業者に昇格」したジャンに、イレーヌはパトロンの口説き方や貢がせ方をレクチャーする。

 そうこうするうち、イレーヌの心の中で、ジャンの存在はしだいに大きくなっていく。「お金こそすべて」と考えていた彼女に、ジャンは「お金では買えない愛」のありかを教えてくれたのだった。
 
 偶然だろうが、物語の構造がテレビドラマ『やまとなでしこ』によく似ている(ひいては、その元ネタたる『ティファニーで朝食を』にも)。
 『やまとなでしこ』は、周知のとおり、玉の輿狙いのスチュワーデスが、「お金では買えない愛」を見つけるまでを描いたラブコメディであった。

 とはいえ、男のほうもジゴロにしてしまう、という展開の強烈なヒネリは、さすがフランス映画である。

 オドレイ・トトゥが、水着姿や露出の多いドレスなどで大サービス。スレンダーな肢体がまぶしい。コメディエンヌとしての才能もなかなかのものだ。
 
 隅から隅までオシャレでゴージャスな、極上のロマンティック・コメディ。「デート・ムービー」として最高の仕上がりである。
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『いつか眠りにつく前に』

 渋谷のショウゲート試写室で、『いつか眠りにつく前に』の試写を観た。来年2月公開のアメリカ映画。
 
 公式サイト→ http://www.itsunemu.jp/

 スーザン・マイノットの同名小説の映画化で、脚本も彼女が監督と共同で書いている。

 死の床にある老いた母が、混濁する意識の中で、「ハリス」という男の名をくり返す。見守る二人の娘たちは、その名に心あたりがない。
 目覚めた母に、娘は尋ねる。
「ねえママ、ハリスって誰?」
「ハリスは私の最初のあやまちよ。最初のあやまちは、ファースト・キスみたいに忘れられないものなの」
「?」
「ハリスと私が、バディを殺したの」

 謎めいた母の言葉に、困惑する娘たち。映画は、母と娘たちの「現在」と、母の若き日の「あやまち」の記憶を交互に描いていく。それは、アメリカが最も豊かだった1950年代の、裕福な家に起きた「愛をめぐる悲劇」だった。

 母・アン役がヴァネッサ・レッドグレイヴ、その若き日を演じるのがクレア・デインズ、彼女の親友ライラ役がメリル・ストリープ、ライラの母親役がグレン・クローズ……大物女優のゴージャスな競演が見物だ。

 メリル・ストリープの出演場面は、死の床にあるアンを見舞って数十年ぶりに再会する、というワンシークェンスのみ(彼女の若き日を、実の娘であるメイミー・ガマーが好演)。
 だが、短い出演にもかかわらず、強烈な印象を残す。彼女とアンが再会を果たす場面の素晴らしさは際立っているのだ。遠い日の悲劇を乗り越えて互いを許し合う、若き日の親友同士。ここに、この映画のコアがある。

 1950年代の記憶を描く部分は、海辺の瀟洒な別荘での豪華な結婚式が舞台になっていたりして、一歩間違えばハーレクイン・ロマンス、という感じのクサさを漂わせている。それでもハーレクイン・ロマンス的紋切り型になっていないのは、繊細な心理描写ゆえだ。

 古き佳きハリウッド映画を思わせる、正統派の感動作。
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佐々木かをり『自分が輝く7つの発想』



 佐々木かをり著『自分が輝く7つの発想――ギブ&テイクからギブ&ギブンへ』(光文社知恵の森文庫/520円)読了。

 これは、素晴らしい本だ。タイトルは「よくあるクッサイ自己啓発書」風だが、ヘタな自己啓発書10冊分の価値がある。

 著者の佐々木さんは、言わずと知れた「スーパー・ワーキング・マザー」。2つの会社を経営しながらテレビ・コメンテイター、大学教授などさまざまな仕事をし、八面六臂の活躍をつづけている。

 その華麗なキャリアから、佐々木さんについて、「お嬢様育ちの帰国子女」みたいなイメージを抱いている人が多いと思う(私もそうだった)。
 が、実際には帰国子女ではなく、15歳のころからさまざまなバイトをし、働きながら大学に通い、自力で「英語の達人」になった人なのだ。

 私は、彼女のような「セルフメイド・パーソン」(自力で自分を作り上げてきた人)が好きだ。本書には、佐々木さんの前向きな人生哲学が、豊富なエピソードを通して語られている。
 主要読者層としては「働く女性たち」を想定しているのだろうが、男が読んでもものすごく参考になる。勇気づけられる。とくにフリーランサーにはオススメ。

 

「人はギバーかテイカーのどちらかなの。どちらでもない、という人はいないわ。でも何より大切なことは、本人の意志次第で、そのどちらにも一瞬のうちにシフトできるということなのよ」
 私が通訳として出会った、アメリカ人のトレーナー(セミナー講師)のダーシー・ニールさんが、こんなことを言ったことがある。



 ――こんなふうに書き起こされる本書の全編をつらぬいているのは、他者に対して「テイカー(奪う人)」ではなく「ギバー(与える人)」でありつづけようとする姿勢である。
 「ギバー」とは、一言でいえば、周囲に「プラスの影響を与えている人」のこと。「テイカー」とは逆に、「周りの人を後ろ向きにさせてしまう人」、「燃え上がっている炎を一瞬のうちに消してしまう消火器みたいな人」のこと。

 私は会社員ではないから、自分がいまギバーであるかテイカーであるかの判断がつけくにいが、できるだけギバーでありたい、と切に思う。
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逮捕されてません(笑)

 ブログをやっている者のささやかな楽しみの一つとして、アクセス解析の「検索フレーズ」を見てみる、というものがある。
 自分のブログにアクセスしてくる人たちが、いったいどんな情報を求めてやってくるのかが、検索フレーズからわかって興味深いのである。

 「検索フレーズ」とは、検索ワードをいくつか組み合わせた状態のこと。ときどき、とんでもない組み合わせがあってビックリする。

 今日、アクセス解析を見てみたところ、「前原政之 逮捕」という検索フレーズでやってきた人がいて、ちょっとドッキリ。

 この人は、いったいどんな思惑でこの検索をかけたのか? 私の秘められた犯罪歴でも暴こうと思ったのか(笑)。それとも、私と同姓同名の人が何かの事件で逮捕されたのか。

 私は過去に逮捕されたこともないし、逮捕されるような悪いことも(たぶん)していない。
 ……ということだけは、この場を借りて明確に述べておきたい(笑)。 
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2007年映画ベストテン

 今年はわりとたくさん映画を観たので、私的ベストテンを選出してみよう。

 試写を観た日ではなく、公開年月で区切ってのベストテンとする。また、プロパーの映画評論家ではないので、見逃している作品もかなりあることをお含みおき願いたい。個人的に観たかった作品にかぎっても、『クワイエットルームにようこそ』『中国の植物学者の娘たち』『ディスタービア』などを見逃している。

※各タイトルをクリックすると、このブログのレビューに飛びます。 

■洋画(邦画以外)編
1.『パンズ・ラビリンス』
2.『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』
3.『この道は母へとつづく』
4.『墨攻』
5.『迷子の警察音楽隊』
6.『約束の旅路』
7.『バベル』
8.『僕がいない場所』
9.『雲南の少女 ルオマの初恋』
10.『ツォツイ』
次点『消えた天使 -The Flock-』

■邦画編
1.『しゃべれども しゃべれども』
2.『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』
3.『キサラギ』
4.『それでも僕はやってない』 
5.『素敵な夜、ボクにください』
6.『やじきた道中 てれすこ』
7.『キャプテン』
8.『蟲師(むしし)』
9.『風の外側』
10.『恋するマドリ』
ワーストワン『プルコギ -THE焼肉MOVIE- 』
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中島岳志さんを取材

中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義
(2005/04)
中島 岳志

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 昨日は、北海道大学で中島岳志さん(同大准教授)を取材。
 中島さんの著作4冊――『中村屋のボース』『パール判事』『ヒンドゥー・ナショナリズム』『インドの時代』――を読んで臨む。

 中島さんは、気鋭のインド/アジア研究者。まだ32歳の若さだが、いまや「論壇の寵児」としてマスコミにさかんに登場している。
 取材を終えてホテルに戻り、『毎日新聞』の夕刊を開いたところ、会ってきたばかりの中島さんの大きな顔写真が……(中島さんは現在、毎回相手を変えての対談を連載中)。うーむ、売れっ子なのだなあ、と実感。
  
 今回読んでいった4冊も、それぞれ素晴らしい本。
 とくに、最初の著作『ヒンドゥー・ナショナリズム』(2002年)はまだ27歳のころに書かれたものなのに、堂々たる語り口に舌を巻いた。ヒンドゥー・ナショナリズムについての優れた概説書であると同時に、実際にヒンドゥー・ナショナリストたちの中に飛び込んで書かれた出色のルポルタージュでもある。

ヒンドゥー・ナショナリズム―印パ緊張の背景 (中公新書ラクレ)ヒンドゥー・ナショナリズム―印パ緊張の背景 (中公新書ラクレ)
(2002/07)
中島 岳志

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 沢木耕太郎のデビュー作『若き実力者たち』は彼が25歳のころの作品で、にもかかわらず完成された文章に目を瞠ったものだが、分野こそ違え、中島さんにも同様の「天才性」を感じた。世の中には、「出発当初からすでに完成されている」選ばれた書き手もいるのだ。

 さて、今回の取材テーマは「ガンジー主義と2008年の世界」というもの。
 私は、子ども向けではあるけれどガンジーの伝記を書いたこともあるので、ガンジーについてはわりとくわしいつもりでいたが、中島さんのお話には「目からウロコ」の部分が多々あった。さすがは気鋭のインド研究者。

パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義
(2007/07)
中島 岳志


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 札幌は大好きな街で、一時期は頻繁に取材で訪れていたのだが、今回は数年ぶりの再訪となった。
 魚がうまいし、寒いけれど気持ちが引き締まるさわやかな寒さなので、その寒さも嫌いではない。

 昨日の夜は、札幌の街に少し雪が舞った。傘を差すほどでもない降りだったので、頬に雪を受けつつ歩いた。それもまた心地よい。

 お土産は「白い恋人」(笑)。
 食品偽装騒動を「変毒為薬(毒を変じて薬と為す)」して売り上げが3倍増したそうだが、なるほど、新千歳空港で飛ぶように売れていた。
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船上忘年会

 昨夜は、ライターとしてかかわっている雑誌の忘年会。
 浜松町の日の出桟橋から出る船に乗り、2時間半かけて東京湾をぐるっと回りながらフランス料理のディナーをいただくという、ゴージャスなものであった。

 お台場などの湾岸の夜景が、きらきらと美しかった。
 いやー、こういう気の利いた忘年会企画はうれしいね。「来年から、この雑誌の仕事をもっとがんばろう」という気分になる。

 「こんどは家族で来たいな」と思ったのだが、この「東京湾ディナータイム・クルーズ」は、15人単位のグループでないと申し込めないのだそうだ。

 くわしくはこちら→ http://www.vantean.co.jp/main.html
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岡田晴恵『H5N1』『H5N1型ウイルス襲来』

H5N1型ウイルス襲来―新型インフルエンザから家族を守れ! (角川SSC新書 12)H5N1型ウイルス襲来―新型インフルエンザから家族を守れ! (角川SSC新書 12)
(2007/11)
岡田 晴恵

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 昨日は衆議院議員会館で、高木美智代代議士と岡田晴恵さん(国立感染症研究所研究員)の対談に立ち会った。私が対談のまとめをやるのである。

 対談のテーマは、岡田さんがいま盛んに「啓蒙活動」をしておられる、強毒性新型インフルエンザウイルスの脅威について。岡田さんの近著『H5N1』(ダイヤモンド社)、『H5N1型ウイルス襲来』(角川SSC新書)を読んで臨んだ。 

 いまの「鳥インフルエンザ」を引き起こしているのが「H5N1型ウイルス」で、このウイルスは早晩、人間の間でもパンデミック(爆発的流行)を起こすと考えられている。しかも「強毒性」であり、いまのインフルエンザとは比べものにならない激烈な全身症状を引き起こす。致死率も高く、パンデミックが起これば日本だけで210万人、全世界で1億5000万人もの死者が出るとの試算もある。

 ぞっとする話である。さらに恐ろしいのは、パンデミックがいつ起きても不思議ではないとされる現状なのに、日本のH5N1対策が遅れていること。
 
 たとえば、「プレパンデミック・ワクチン」と呼ばれる備蓄ワクチン(鳥インフルエンザにかかった鳥から作られたもの。人間型に変化したあとのウイルスとは完全には一致しないと考えられるが、それでも、「基礎免疫」をつけることで重症化を防ぐ役割を果たす)は日本には現在、1000万人分しかない。 それに対し、たとえばスイスでは全国民分のプレパンデミック・ワクチンが用意されているという。

 正直なところ、私は岡田さんの本を読むまで、鳥インフルエンザの恐ろしさをまるで理解していなかった。多くの日本人がそうだと思う。
 2冊のうち、『H5N1』は、新型インフルエンザのパンデミックが日本が起きた場合を想定したシミュレーション・ノベル。長めの「あとがき」が問題の簡潔な要約になっているので、まずはここだけ読んでもよいと思う。
 また、もう1冊の『H5N1型ウイルス襲来』は、概説書であると同時に、どのようにパンデミックに備えたらよいかを記したガイドブックでもある。一読をおすすめしたい。

■H5N1の脅威の概要がわかるサイト
http://blog.moura.jp/influenza/2006/06/post_c0b6.html
http://www.phcd.jp/shiryo/tashirokouenkai.html#tuika
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苫米地英人『スピリチュアリズム』

スピリチュアリズムスピリチュアリズム
(2007/07/27)
苫米地 英人

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 苫米地英人著『スピリチュアリズム』(にんげん出版/1600円)読了。

 書名とキンキラキンの表紙(ウェブ上では黄色にしか見えないが)から、まるでスピリチュアリズム(心霊主義)礼讃の本のような印象を受ける。
 じっさいにはまったく逆で、テレビ番組『オーラの泉』に代表されるいまのマスコミの安易な「スピリチュアル志向」を、痛烈に批判した書である。

 「オカルト」というといかがわしいが、「スピリチュアル」と言いかえると何やら高尚に思えてくる。「コルトレーンの『至上の愛』はスピリチュアルだよな~」みたいな。
 しかし実際には、『オーラの泉』的スピリチュアリズムは、オウム真理教事件から10年がすぎて「ほとぼりがさめた」のを見計らって、テレビ・マスコミが「オカルトを衣替えして復活させた」ものにすぎない。

 著者は、いまの日本のスピリチュアリズムは事実上「霊的真理教」であり、マスコミのスピリチュアル志向を放置すれば第2のオウム事件は必ず起きる、と警鐘を鳴らす。

 前半のテレビ・マスコミ批判、江原啓之(スピリチュアル・カウンセラー)批判は、痛快で説得力がある。
 著者は江原を、ただの「自分探し君」にすぎず、スピリチュアリストとしてもまだ「勉強中」「発展途上」であるとする。そして、江原があと10年くらい勉強してチベット密教にたどりついたとき、麻原彰晃と同じことを言い出す危険性がある、と指摘する。このへんはたいそう面白い。

 しかし、後半になって著者独自の(としか思えない)仏教観を披露するあたりになると、にわかにアヤシゲになる。前半だけ読むとよいと思う。 
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原田知世『music&me』



 原田知世のニュー・アルバム『music&me』(ヒップランド/3150円)をヘビロ中。

 「なぜに突然(あるいはいまさら)原田知世?」といぶかる向きもあろうが、これが極上の出来映えなのである。かつてのアイドル時代の色眼鏡で見てはいけない。一人の女性ヴォーカリストのアルバムとして、たいへん優れている。

■収録曲目
1. Cruel Park(伊藤ゴロー オリジナル曲)
2. 色彩都市(大貫妙子選曲 カバー曲)
3. きみとぼく(伊藤ゴロー オリジナル曲)
4. Are You There ?(バートバカラック カバー曲/選曲&編曲:高橋幸宏)
5. I Will(ビートルズ カバー曲/コーラス:キセル)
6. Wondefull Life(オニキユウジ オリジナル曲)
7. 菩提樹の家(鈴木慶一 オリジナル曲)
8. シンシア(セルフカバー曲/編曲:伊藤ゴロー)
9. Aie(高木正勝 オリジナル曲)
10. ノスタルジア(伊藤ゴロー カバー曲)
11. くちなしの丘(キセル オリジナル曲)
12. 時をかける少女(セルフカバー曲/編曲:伊藤ゴロー)



 大貫妙子、アン・サリー、カヒミ・カリィ、小野リサなど、けっして熱く歌い上げない一群の女性ヴォーカリストがいる。「植物系ヴォーカル」とでもいおうか。このアルバムの原田知世は、その系譜につらなる、じつに素敵なヴォーカルを聴かせてくれる。

 伊藤ゴローが中心になって作られたバックのサウンドも、素晴らしい。ナチュラルというかオーガニックというか、アコースティック寄りで一見地味なのに、よく聴くとすこぶる色彩感豊かな音。ボサノヴァやジャズのテイストも随所に漂わせつつ、全体の感触としてはまぎれもない最先端のJ-POPになっている。
 ただし、「上品」という一語がしっくりくる「大人のためのJ-POP」だ。大きな音でかけても、少しも耳障りではない。むしろ、大きな音でかけるとものすごく心地よい。

 バート・バカラックやビートルズ、大貫妙子のカヴァーもそれぞれよいのだが、何より、「きみとぼく」という伊藤ゴローのオリジナル曲が極上の出来。これは、すでにして名曲。

 アルバムの最後を飾るのは、ボサノヴァにアレンジされた「時をかける少女」のセルフカヴァー。四半世紀の時を経て、「ようすのいい」大人の女性になった原田知世(彼女ももう40歳だが、それでも少女のような透明感はいまなお健在)の余裕が、なんともいい感じ。
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ムスメの読書に「ダメ出し」

 中学2年のウチの娘は、最近ようやく大人と同じような小説を読むようになってきた。

 読書癖だけはつけてやりたいので、「本を買いたい」と言ってきたときには惜しまず(どうせ文庫本とかが中心だから大した額ではない)お小遣いを与えるようにしているのだ。
 ただし、そのお金でなんの本を買ったのかはちゃんと聞く。で、お節介ではあるけれど「ダメ出し」をしたりする。

 『恋空』とかいうろくでもないケータイ小説を買ってきたときには、「ダメだよ、こんなの買っちゃあ」とウザがられつつも文句をつけた。感性の柔らかい時期にヘンなものを読みつけると致命的ダメージを受けるから。
 「Yoshiの小説だけは読んじゃダメだよ」と口うるさく言っているので、さすがにあれだけは買ってこない。 
 (まあ、そういう私も中学生のころには大藪春彦とかにハマってたわけだけれどw) 

 もっとも、「古典文学でないとダメだ」とか、「性描写があるのはダメだ」とか、そんな教育ママみたいなことを言っているわけではない。

 昨日娘が買ってきたのは、前川麻子と川西蘭の小説。これなら、まあ許容範囲。
 前川麻子さんには、彼女が演劇をやっていた80年代に一度取材で会ったことがある。見事小説家に転身を果たしたのは慶賀に堪えない。

 川西蘭のことを、娘は女性だと思っていた。クマみたいな顔をしたオッサンだと教えてやったら、「うわー、ちょっとショック」だって。

 ちなみに、娘は石田衣良も女性だと思っていたという。
「本の表紙に写真が載っていたのを見て、『なんだ、オッサンじゃん』とガッカリした」のだそうだ。
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宮内勝典『惑星の思考』

 
惑星の思考―〈9・11〉以後を生きる惑星の思考―〈9・11〉以後を生きる
(2007/09)
宮内 勝典



 宮内勝典著『惑星の思考』(岩波書店/2600円)読了。

 宮内さんのウェブサイト「海亀通信」の「海亀日記」をまとめたものであり、元の文章を私はいずれも一度は読んでいるはずだが、本になったものを読むとかなり印象が違う。大幅な加筆修正もなされているのだと思う。

 「海亀日記」の単行本化はこれで3冊目だが、本書は3冊のうちでもいちばん「創作日記」としての色合いが濃い。
 10年越しの長編『金色の虎』を完成させる過程、長編『焼身』(読売文学賞受賞作)を完成させる過程、そして、いまも進行中の『長編X』(これは、どうやらマハトマ・ガンジーについての小説らしい。期待しまくりだ)の執筆過程……寡作の宮内さんが、精力的に3つの長編に立てつづけに取り組む日々の記録なのである。

 私は三島由紀夫の小説以外の著作では『小説家の休暇』がいちばん好きだが、本書は宮内さんにとっての『小説家の休暇』だといえるかもしれない。自在な断章形式によってエッセイと評論の狭間を揺れ動き、著者の思想、文学観のエッセンスを開陳したものなのである。

 メモしておきたいようないい文章、ハッとするような卓見が随所にちりばめられている。
 そして何より、当代一流の小説家(私は宮内さんこそ、日本が世界に誇るべき最高の文学者であると信ずる)が、その創作過程を惜しげもなく明かした書として、本書は高い価値をもつ。
 たとえば、小説家志望の若者に対するアドバイスとして書かれた手紙の一節を引こう。

 

 **さんがいま抱えている不安は、詩の消滅の不安かもしれません。でも小説は詩とちがって、ある程度の成熟がなければ書けるものではない。それから才能。もしも書きたいという情熱が、日常生活に埋没して、なしくずしに消えていったとすれば、それだけの才能にすぎなかったということでしょう。その消滅を恐れながら、それでもなお書きたいという衝動があるのだったら、ひたすら持続していくしかない。本を読み、手を動かすことを忘れないように。興が乗ろうが乗るまいが、書きつづけるしかないのです。手が救ってくれることもある。作家はいつもいつも「天才的な高揚感」のなかで書いているわけではないのです。


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『ハーフェズ ペルシャの詩』

 京橋の京橋テアトル試写室で、『ハーフェズ ペルシャの詩(うた)』の試写を観た。来年1月公開のイラン映画。
 
 ヒマなわけではなく、試写会にも仕事で行っているのである。……って、誰に向かっていいわけしているのやら(笑)。

 公式サイト→ http://www.bitters.co.jp/hafez/

 ヒロインを、なんと日本の麻生久美子が演じている。ただし、麻生が演ずるのは日本人女性ではなく、イラン人とチベット人のハーフで、チベットで生まれ育ったためにペルシャ語もままならないという女性だ。

 「ハーフェズ」とは、「『コーラン』を美声で朗誦する者」を意味する尊称。14世紀のペルシャにもこの尊称で呼ばれた高名な詩人がおり(日本での一般的な表記はハーフィズ)、これはその大詩人の詩にインスパイアされた物語。ただし、舞台は現代のイランである。

 主人公の青年シャムセディンは、コーラン全編を諳んじている者に与えられる称号「ハーフェズ」を得て、高名な宗教者の娘・ナバート(麻生)に『コーラン』を教える役割をおおせつかる。

 『コーラン』を学ぶうち、2人はいつしか惹かれ合い、詩を読み交わす。だが、ハーフェズの称号をもつ者にとって、「結婚前の娘と詩を読み交わし、見つめ合う」というただそれだけのことが、信仰上許されざる行為であった。家政婦にそのことを密告され、彼はハーフェズの称号を剥奪される。

 プレスシートには、「イラン版『ロミオとジュリエット』」という惹句が躍っている。ハーフェズとナバートの恋を引き裂くのは、『ロミオとジュリエット』のような「両家の確執」ではなく、宗教上の掟だ。その掟を乗り越えて、2人は結ばれることができるのか? ……という物語。

 シェイクスピア悲劇のような波瀾万丈のストーリーを期待すると、肩透かしを食う。また、刺激過多のハリウッド映画を見慣れた目には、この映画は何やら茫洋としてとらえどころがない。ハリウッド映画とは異なるコードで作られているのだ。

 映画を観る根源的な愉しみの一つに、「映画を通じてまだ見ぬ異文化に触れる」ことが挙げられる。ただし、世界の隅々まで均質化が進む現代にあっては、たいていの国の映画はハリウッド映画とさして変わらないから、「異文化に触れる醍醐味」は近頃滅多に味わえない。
 
 これは、その醍醐味を久々に堪能させてくれる作品だ。
 舞台となるのはテヘランのような都市ではなく、時代から取り残されたような砂漠の田舎町。だからこそ、現代の日本人にとっては見たこともないような異世界・異文化が、つぶさに描かれている。

 イスラム法が、日常の中に深く根づいた世界。宗教も音楽も慣習も、我々のそれとはまったく異なる世界。日本人にとってこれほどエキゾティックな映画もほかになく、細部に至るまで興趣尽きない。

 ところで、この映画の麻生久美子はすこぶる美しい。アラブ人の濃い顔の中に一人だけ和風の顔が混じっているので、周囲から屹立するような清冽な存在感を放っているのだ。
 
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『子猫の涙』

  『子猫の涙』を観た。来年1月公開の邦画。
  1968年のメキシコ五輪で銅メダルを獲得した伝説のボクサー、森岡栄治の生涯を描いた作品だ。

 公式サイト→ http://www.koneko-namida.com/

 タイトルの印象から、「人畜無害な感じのお涙ちょうだい映画なのかなあ」というイメージを抱いていた(「文化庁支援作品」なんて冠もついているし)。その印象はよいほうに外れた。

 これは、お涙ちょうだい映画でもなければ偉人伝でもない。
 なにしろ、森岡はケンカっ早くて女好き。妻子がありながら美人と見れば即ナンパする「エロオヤジ」であり、網膜剥離のため引退したあとは長い間定職にも就かなかった「ダメオヤジ」なのだ。それでもなお愛すべき人物である森岡を、この映画は長女の視点からあたたかく描き出す。

 監督・脚本の森岡利行は、森岡栄治の甥にあたるのだそうだ。そのことも、この映画のあたたかい雰囲気の源の一つなのだろう。

 ちりばめられたユーモアは名作『どついたるねん』を彷彿とさせ(赤井英和も刑事役で出演)、昭和の風俗がていねいに描かれている点は『ALWAYS 三丁目の夕日』を思わせる。何より、「人情映画」として出色である。

 主演の武田真治がすごくがんばっている。体つきも動きも、ちゃんとボクサーに見えるのだ。これは、彼の代表作になるだろう。
 
 2人目の妻を演じる広末涼子もいいけれど、長女・治子役の藤本七海の好演がひときわ光っている。「アイドルリカちゃんコンテスト」なるものでグランプリを得て芸能界入りした子なのだそうで、ほんとうにお人形みたいな美少女。大きな瞳が愛くるしく、全国のロリオタ諸氏のハートを鷲づかみするにちがいない。

 治子は、父譲りのボクシング技術でいじめっ子男子をKOしてしまうような勝ち気な少女。ダメオヤジに何かと苦労させられながらも、明るくたくましく成長していく。この映画は、森岡の伝記であると同時に、一人の少女の成長物語でもあるのだ。

 すごく図式的に説明してしまうと、『どついたるねん』と『じゃりン子チエ』を足して2で割って、『ALWAYS 三丁目の夕日』の昭和レトロ風味もくわえてみました、という感じの映画なのである。

 心に残るいいシーン、いいセリフも多い。そのうちの一つを引こう。「お父ちゃんの人生、負けてばっかりや」とボヤく治子に、祖父が返すセリフである。

 

「人生の勝ち負けは他人が決めるもんとちゃう。自分で決めるもんや。自分が負けてへん思たら、負けてへんのや」



 これは、この映画をつらぬくテーマを象徴するセリフでもある。

 それにしても、このタイトルはよくないなあ。
 子猫は序盤にちょっと出てくるだけだし、このタイトルでは映画の中身が少しも伝わらない。
 「子猫と涙がくっつけばもう最強! これで女性客が増えるはずだ」という妙な皮算用でつけたのではなかろうか。

 もっとも、映画の原作となった舞台劇のタイトルが『路地裏の優しい猫』なのだそうで、それをふまえたものなのだけれど……。 
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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