諸星大二郎『碁娘伝』

 諸星大二郎の『碁娘伝(ごじょうでん)』(潮漫画文庫)を読む。2001年に出た同名単行本の文庫化。版元から送っていただいたもの。

 天宝のころの唐を舞台に、碁と剣術の名人である美貌の女殺し屋を主人公にしたアクションである。
 諸星作品の中でも屈指の、徹底した娯楽作。足かけ17年にわたって複数の雑誌で発表された4つの連作短編を収めている。

 後半の2編を『コミックトムプラス』で読んだときにはさしたる印象を受けなかったが、1冊にまとまったものを読み返すと、じつに面白い。それぞれが独立した短編ではあるものの、4編を通読して初めて全体像が見えてくる作品なのだ。

 まだモノクロだった時期の黒澤明の娯楽時代劇にも近い、痛快無比で、それでいて深みもある面白さ。
 

碁を打つことを手談というそうだな。手による対話と…だが、わしは碁を知らぬ……わしが手談をしようと思えば剣を使ってするしかないのだ。


 これは、碁娘との真剣勝負を望む剣豪のセリフ。このように含蓄あるセリフが随所に登場する。

 かくいう私は、じつはまったく碁がわからない。やったことすらない(その私が読んでもこのマンガは十分面白いのだから、大したもの。本物のエンタテインメントである)。碁の好きな人ならなおさら面白いだろう作品。

 
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渡辺淳一『鈍感力』

鈍感力 鈍感力
渡辺 淳一 (2007/02)
集英社

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 渡辺淳一著『鈍感力』(集英社/1155円)読了。

 仕事上の必要があって読んだ。
 ホントは図書館で借りて買わずにすませたかったのだが、図書館の蔵書はすべて貸し出し中で予約者150人超(!)という状態だったので、仕方なく買った。

 予想どおりクダラナイ本。あまりに内容が薄いので20分で読めた。

 著者の言う「鈍感力」の大半は、「図太さ」と「楽天性」の言いかえにすぎない。

 著者いわく――。
“世間ではとかく「鋭さ」ばかりが能力の尺度になるが、じつは「鈍さ」こそ生きていくために必要な能力である。たとえば、多少仕事ができても、上司に小言を言われていちいち気に病むような人間は大成しない。小言など気にしない「鈍感力」の強い人間こそ健康に恵まれるし、大成しやすい(趣意)”

 全編こんな調子で、“人生、じつは鈍いほうが何かと得だよ”という例があれこれ並べられていく。
 後半になると色恋の話になり、最後は女性礼賛(=女性のほうが痛みや出血に強いし、脂肪が多かったりして、総じて鈍感力に恵まれているから)になるあたりはいかにも渡辺センセらしいところ。

 帯には、「今を生き抜く新しい智恵渡辺流! 男と女の人生講座」という惹句がある。しかし、細かいことを気にしない人間のほうが何かと生きやすいのはあたりまえの話で、そんなことをなぜわざわざ渡辺に教えてもらわにゃならんのか? ベストセラーになっている理由がさっぱりわからない本だ。

 (ただし、私は初期の渡辺作品にはいくつか好きなものがある。『冬の花火』など)
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呉智英『健全なる精神』

 呉智英著『健全なる精神』(双葉社/1400円)読了。
 
 この間呉智英の新刊『マンガ狂につける薬 下学上達篇』を読んだばかりなのに、またもや新刊が。つまり、今月は2冊いっぺんに新刊が出たのである。粗製濫造の某や某々ならよくあることだが、呉智英には珍しい。

 こちらは、さまざまな雑誌・新聞に掲載された、短期連載もしくは単発の評論/コラムを集めた本。呉智英のこの手の著作は、おおむね2種類に大別できる。『サルの正義』(私はこれがいちばん好き)や『バカにつける薬』『危険な思想家』などの時評系と、『言葉の常備薬』などの「日本語うんちくエッセイ」のたぐいである。

 そのうち、私は時評系は愛読してきたが、うんちくエッセイのたぐいはわりとどうでもよい(その手のものは呉智英以外にも書き手がたくさんいるし)。
 本書は久々の「時評系」であって、さすがの面白さ。重箱の隅をつつくようなものもないではないが、多くは、重いテーマを・軽やかに面白く・しかも意表をつく観点からとらえたものである。

 呉智英のことを、「保守派の論客」と誤解している人は多い。だが実際には、保守も革新も等しくおちょくってきた書き手であり、その「おちょくり芸」の切れ味こそが魅力なのである。

 たとえば、本書に収録されたコラムの一つは「あーあ、保守よ情けない」というタイトルだが、その次のページには「あーあ、革新も情けない」というコラムが載っているのだ(笑)。

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スーザン『コンプリート・スーザン』

 スーザンのベスト盤『コンプリート・スーザン』(ソニー/3150円)がアマゾンから届いたので、さっそく聴き倒す。

 スーザンは、1980年代初頭のYMOブームの際、その余波から生まれたテクノ・シンガーである。 → 本人のサイト(!)のプロフ・ページ

 たった2枚だけ発表したアルバムは高橋幸宏プロデュース。演奏・作家陣にはYMOの3人をはじめ、故・大村憲司、立花ハジメらの「YMO人脈」がズラリと勢揃いしている。

 この『コンプリート・スーザン』は、2枚のアルバムの全曲のほか、シングルでのみ発表された4曲も収録。「『スーザン』名義で発表された全曲を収録」した、まさに「コンプリート」な1枚である。

 私の目当ては、セカンド・アルバム『恋せよ乙女』(1981)。発売当時、坂本龍一がDJをしていた「サウンド・ストリート」にスーザンがゲスト出演し、そこで流れた曲のカッコよさにKOされ、翌日アナログLPをゲット。10代半ばだったころに聴きまくった思い出のアルバムなのである。じつに四半世紀ぶりの再会(LPも探せばどこかにあると思うけど)。

 やっぱり、これはいま聴いても名盤。ファーストが「もろテクノ」なのに対し、このセカンドにはオールディーズ・ポップスのような躍動感が加味されている。テクノとニューウェイヴと黄金時代のポップスの、幸福な融合。スーザンの変幻自在のヴォーカルも素晴らしい。

 なお、このアルバムのライナーノーツに本人が寄せた文章には、次のような印象的な一節があった。
 

80sのみんな・・みなさんはオトナになりましたか? 私は雪のように白い女の子を産んで、お母さんになりました。




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加藤周一『日本文化における時間と空間』

日本文化における時間と空間日本文化における時間と空間
(2007/03)
加藤 周一

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 加藤周一著『日本文化における時間と空間』(岩波書店/2415円)読了。

 日本文化論はすでに汗牛充棟の観がある。日本の知識人なら誰もが書けそうな気になる分野であるし、なぜか日本人は日本文化論を読むのが大好きだから、一定の需要もあるのだろう。

 しかし、日本に生まれ育った知識人が自己の知的来歴を語っただけで、まっとうな日本文化論になるわけではない。日本文化のなんたるかを熟知し、なおかつ諸外国の文化にも通暁したうえで臨まなければならない。そうしなければ、日本文化のありようを鏡に映すように相対化することができないのだ。

 その点、加藤周一は日本文化論の書き手としての資格を十二分に具えている。なにしろ、『日本文学史序説』などの大著をもち、フランス・カナダ・中国・メキシコなど諸外国の大学で日本文化を講じてきた「国際派知識人」なのだから。

 その加藤が「日本の思想史について私の考えてきたことの要約」として書いた本書は、さすがに読みごたえある日本文化論になっている。その場の思いつきで日本文化を語ったようなお手軽本とは格が違う。
 加藤は当年とって88歳のおじいちゃんだが、さすがは論壇の重鎮、老いてなお明晰である。論述に少しの乱れもない。

 加藤は、古代から現代に至るあらゆる日本文化を鳥瞰し、そこに通底する基本原則を抽出しようと試みる。各分野・各時代を刺しつらぬく串となるのは、「時間と空間」という切り口である。

「時間と空間に対する態度、そのイメージや概念は、文化の差を超えて普遍的なものではなく、それぞれの文化に固有の型をもつにちがいない」

 ――そう考える加藤は、日本文化に「固有の型」を探していく。
 三部構成で、第一部で時間、第二部で空間を扱い、結論にあたる短い第三部では時間と空間の相関が論じられる。

 「時間と空間」という漠としたものを読者にも可視化するため、文学作品にあらわれた日本人の時間意識、代表的建築や絵画にあらわれた空間意識などが、次々と指摘されていく。
 膨大な日本文化からその特徴を抽出し、さらに膨大な諸外国の文化と比較対照して差異を浮き彫りにするという難作業のくり返し。それを加藤は、並外れた博識と分析力で軽々とやってのける。

 意表をつく指摘が多く、“目からウロコが落ちる”たぐいの知的興奮が随所で味わえる。
 たとえば、日本の歴史的建築は「平屋または二階建て」が基本であったことと、日本舞踊の踊り手の足は「両足が同時に床を離れることはない」こと。一見無関係な二つの例から、加藤は日本文化の「水平志向」を指摘し、その意味を考察していくのだ。

 加藤は、日本文化は時間においては「今」に、空間においては「ここ」に意識が集約された「今=ここ」の文化であると結論する。そしてその特徴が、現代に至るまで日本人の行動様式を決定づけているとしている。

 「過去は水に流す」という意識のありよう、集団帰属意識の強さなど、正負両面の“日本人らしさ”の理由が、文化の本質から解き明かされていく。古典のような風格を具えた、重厚な日本文化論である。

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『キャプテン』

愛蔵版 キャプテン (第1巻) 愛蔵版 キャプテン (第1巻)
ちば あきお (1991/09)
ホーム社

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 『キャプテン』を観た。野球マンガの名作の実写映画化である。8月公開予定。

 公式サイト→ http://www.captain-movie.com/

 私は、『キャプテン』の連載をリアルタイムで読んでいた世代である。『キャプテン』はもちろん、その続編『プレイボール』も、また、作者・ちばあきおの自殺で未完に終わったボクシング・マンガ『チャンプ』も、こよなく愛するファンの一人だ。

 これは、その私にも十分納得のいく映画であった。
 脚本も書いている監督の室賀厚は、原作の魅力がどこにあるのか、よーくわかっている。そう感じさせる内容なのだ。

 『キャプテン』は、中学野球の世界を描いたマンガ。舞台となる「墨谷二中」野球部のキャプテンが代替わりするたびに主人公も替わるという、特異なスタイルで連載がつづけられた。

 この映画版は、最初の主人公となった谷口キャプテン時代にしぼった内容。「しぼった」といっても、谷口キャプテン時代はけっこう長いので、それを1本の映画に収めるには内容の省略とアレンジがかなり必要となる。
 その省略・アレンジが、この映画では非常にうまくいっている。98分と比較的短い映画なのに、谷口のキャプテン就任から地区予選決勝(墨谷二中対名門青葉学院の試合)までが、無理なく描かれている。そして、短いながらも原作の面白さのポイントは的確におさえているのだ。

 墨二野球部の主要キャラクター3人――谷口・丸井・イガラシは、マンガから飛び出してきたようにイメージぴったり。顔が似ているのではなく、雰囲気がそっくりだ。

 谷口役の少年がセリフ棒読みだったり、小さな瑕疵もあるにはあるが、それがまったく気にならない。素直で好感のもてる映画版。原作ファンにもオススメできる。
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『幸せの絆』

『幸せの絆』を観た。7月公開の中国映画。日本円にして約2500万円という低予算で制作されながら、中国で興業収入1位に輝いたというヒューマン・ドラマである。

 中国のメディアはこの映画を「大催涙弾」と評したのだそうだ。それくらい泣ける、ということですね。
 映画館の多くが「泣けなかった観客には入場料を払い戻します」なるキャッチコピーをつけて上映したそうだが、払い戻しを要求した観客は一人もいなかったのだそうだ。

 で、どういう映画かというと……。

 山西省の山間にある貧しい村に、7歳の少女・小花(シャオファ)が行き倒れていた。小花は孤児で、里親の虐待に耐えきれず、近くの村から逃げ出してきたのだった。

 村の老人・宝柱爺は小花を不憫に思い、引き取って暮らすことを決める。だが、老人と同居する息子とその嫁は、自分たちに子どもができない焦りも手伝い、小花につらく当るのだった。

 「おじいさんに恩返しがしたい」という一心で、子どもながらも懸命に家の手伝いをし、自分をいじめる嫁にもけっして恨みを抱かない小花。その一途なけなげさ、いじらしさは、村人たちの心を揺り動かし、ついには嫁の冷たい心をも溶かしていく。

 …とまあ、そんな感じのストーリー。
 『おしん』少女編と『小公子』『小公女』を足して3で割り、舞台を現代中国の農村に移した、という感じ。

 「けっして『お涙ちょうだい』ではないが、感動的」という常套句があるが、この映画はむしろバリバリに「お涙ちょうだい」である。これでもかとばかりにあざとい「泣かせ」の連打。
 しかも、「さあ、ここが泣き所ですよ」というシーンにさしかかると、時代がかったパセティックな音楽が鳴り響く。

 ヒロイン・小花があまりにも「いい子」すぎて、リアリティがない。「こんな、ひとかけらの邪心も持たない天使みたいな女の子、現実にはいないよ」と思えてしまう。

 それでも、クライマックスのシーンでは私もちょっと泣けましたが……。
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藤原治『ネット時代10年後、新聞とテレビはこうなる』

 藤原治著『ネット時代10年後、新聞とテレビはこうなる』(朝日新聞社/1470円)読了。

 「時代の寵児」だったころのホリエモンがさかんに口にしていた「ネットとテレビの融合」など、ネットを核としたメディアの未来像を展望した本である。著者は、電通のお偉いさんだった人(昨年定年退職)。

 3部構成のうち、未来像にあたるのは第3部のみで、残り2部はネットとメディアをめぐる歴史(第1部)と現状(第2部)をそれぞれ扱っている。ゆえに、肝心の未来像部分の内容が薄く、ちょっと肩透かしの印象。「目からウロコ」の指摘もほとんどない。

 ただし、「ネットとメディア」の歴史と現状を腑分けして説明する手際は鮮やかで、入門書としては秀逸。「つい最近ネットを始めました」というオジサンが読んでも、ひととおりのことが理解できるだろう。


 
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チャクラ『さてこそ』『南洋でヨイショ』


さてこそ+5さてこそ+5
(2011/10/19)
チャクラ

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 最近、1980年代初頭のマイナーな国産ロックのCDなどをアマゾンで購入することが多い。当時まだ中学~高校生くらいで、乏しいお小遣いでは買いたくても買えなかったLPを、いまになってCDで買ったりするわけである。いわゆる「大人買い」。

 とんでもなくマイナーなバンドまでがCDで復刻されていたりして、驚く。
 たとえば、この前買ったのはシネマの『GOLDEN BEST』。今日届いたのはチャクラの『さてこそ』と『南洋でヨイショ』。こんど買おうと思っているのはスーザンのベスト盤『コンプリート・スーザン』。

 このうち、買ってガッカリしたのはシネマの『GOLDEN BEST』。
 ベストといってもこのバンドは1枚しかアルバムを出さずに解散してしまったのだが、その唯一のアルバム『モーション・ピクチャー』と、レアトラックスを集めた2枚組である。

 シネマは鈴木さえ子がドラマーとして所属していたバンドで、私は鈴木のソロアルバムのファンであるから買ってみたのだが、鈴木のカラーは感じられなかったのでガッカリしたしだい。完全に松尾清憲のバンドだったのだな。

 チャクラは、小川美潮と板倉文(元キリング・タイム)がやっていたバンド。小川が90年代に発表した『4to3』というソロアルバムはまことに素晴らしく、私は愛聴していたものだが、チャクラのアルバムは当時ラジオで何曲か聴いたことがあるだけだった。


4 To 34 To 3
(2005/04/27)
小川美潮

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 『さてこそ』と『南洋でヨイショ』は、たった3枚のアルバムを遺して解散してしまったチャクラの、2nd&3rdアルバム。『さてこそ』は細野晴臣のプロデュース。
 どちらもわりとよかった。アヴァンギャルドでありながらポップでもある音。誰にも似ていない、鉄壁の独創性をもった音。小川美潮の奔放なヴォーカルはビョークよりもスゴイ。
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『魔笛』

魔笛 [DVD]魔笛 [DVD]
(2008/01/25)
ジョセフ・カイザーエイミー・カーソン

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 渋谷の東芝エンタテインメント試写室で、『魔笛』の試写を観た。7月14日公開のイギリス映画。いうまでもなく、モーツァルト最晩年の傑作オペラ「魔笛」の映画化である。

 公式サイト→ http://www.mateki.jp/

 35年の短い生涯に、21曲ものオペラを作曲(未完作品含む)したモーツァルト。その中には「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」などの傑作が含まれるが、なかでもこの「魔笛」こそは、モーツァルトのオペラの集大成である。オペラに限らず、モーツァルトの全作品中の最高傑作に挙げる識者も多い。

 ……と、知ったふうなことを書いたが、以上はプレスシートの受け売りであって、私はオペラにはまったくの門外漢である。なにしろ、「魔笛」全曲を通して聴いたのも、じつはこれが初めてだったりする(ああ恥ずかしい。そっち方面の教養が私には欠落している)。

 そんなわけで、この作品がオペラの映画化としてどの程度の水準にあるのか、私には皆目わからない。
 ただ、門外漢の私にも、2時間19分の長尺を最後まで退屈せずに観通すことができた。それくらい一大エンタテインメントになっている映画である。

 監督のケネス・ブラナーは、「魔笛」を大胆に翻案し、第一次世界大戦前夜のヨーロッパに舞台を移し替えている。「平和への祈り」を底流に置いたうえで、ファンタジー、ロマンス、アクションの要素を兼ね備えた現代的なオペラにしているのだ。オペラというよりはミュージカル映画のようである。

 CGを大胆に駆使した映像はカラフルで美しく、展開もスピーディー。映像の随所にトリッキーな仕掛けが施されており、その「仕掛け」が、私のような門外漢をも物語の中に引き込む力になっている。子どもが観てもそこそこ楽しめるだろうし、オペラの世界に初めて触れる人のための入門編としても上出来だ。

 主要キャストは、実力とルックスを兼ねそなえた人気オペラ歌手揃い。既成の役者に演技させて歌手に声だけ吹き替えさせるようなごまかしはせず、歌手が演技もしているのだ。とくに、ヒロイン「パミーナ」役のエイミー・カーソンが美しい。

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 試写室で川本三郎氏をお見かけした。
 氏は映画評論家でもあるから、試写室で見かけても不思議はないが、私は初めての遭遇。川本氏の著作をずっと読みつづけてきたファンである私は、それだけのことでうれしい気分になった。 

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呉智英『マンガ狂につける薬 下学上達篇』

マンガ狂につける薬 下学上達編 (ダ・ヴィンチブックス)マンガ狂につける薬 下学上達編 (ダ・ヴィンチブックス)
(2007/05/30)
呉智英

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 呉智英著『マンガ狂につける薬 下学上達篇』(メディアファクトリー/1200円)読了。

 雑誌『ダ・ヴィンチ』に95年から長期連載中の「マンガ狂につける薬」の単行本化第3弾。
 
 このシリーズは、呉がオススメのマンガを毎回一作ずつ紹介するエッセイなのだが、つねに活字作品とワンセットにして語るという趣向になっいる。「あるマンガ作品が語っていること、あるいは語りえなかったこと、それは活字の本の中でどう論じられているか。逆に、活字の本の主題は、マンガならどうそれを描いたか」を論じていく連載なのだ。

 このシリーズの面白さの何割かは、マンガ作品と何をセットで取り上げるかという組み合わせの妙にある。その組み合わせがうまくいった場合には、ほんとうに面白い。
 逆に、ネタに困って苦肉の策でセットにしたような回もあって、そういうときは、マンガ・エッセイと書評を無理やり糊付けしたようなチグハグな印象が残る。

 そうした瑕疵はあっても、全体としてみれば価格に見合った面白さが味わえ、情報としての価値も十分である。呉智英は、よい意味で職人的な評論家だと思う。「職人」だからこそ、いただいたお代の分の仕事はきっちりとこなすのだ。

 この第3弾も、マンガ好きなら十分に愉しめる1冊。
 2002年4月号から2006年5月号掲載分をまとめたものなので、その間のマンガ界の話題作が多く取り上げられている。『夕凪の街 桜の国』『失踪日記』『シグルイ』などを呉がどう評価しているかが一望でき、興味深い。

 シリーズ前作『マンガ狂につける薬21』をサイトで取り上げたとき、私はその装丁(↓)を「葬儀の案内状のよう」とこきおろしたのだが、やはり評判が悪かったのか、この第3弾からはデザイナーが変わっている。こんどのブックデザインは上品でよい。

マンガ狂につける薬21 (ダ・ヴィンチブックス)マンガ狂につける薬21 (ダ・ヴィンチブックス)
(2002/03)
呉 智英

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歯に衣着せろ

 カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した河瀬直美監督が、自らの次回作で主演する長谷川京子について、記者会見で次のようにコメントしたそうだ。

「(出演した)テレビドラマを観ていて、まだ演技は評価できない。心を強く入れてやっているとは思えない。それを強化してできるようにするためのスタッフを今、集めています」(「サンケイスポーツ」Web版/6月8日)



 撮影はこれからだというのに、主演女優に向かって“大根宣告”をするとは……。

 どういう経緯で主演が決まったのか知らないが、主演女優といったら、野球でいうとドラフト1位指名の投手みたいなもんでしょ。プロ野球の監督がその投手に向かって、「甲子園での投球を見ていて、まだピッチングは評価できない。心を強く入れてやっているとは思えない。それを強化してできるようにするためのスタッフを今、集めています」と言い放つようなもんですよ、しかも入団前に、マスコミに向かって。

 これはもう、「それを言っちゃあおしまいよ」という言葉ではないのか。ハセキョーがこの言葉に発憤してがんばってくれるタイプならよいが、「ヘソ曲げっぱなし」になってしまったらどうするのか。

 河瀬監督の発言には、この間も首をかしげた。

 一つは、カンヌでグランプリを獲得して凱旋帰国したその日が誕生日だったとかで、記者会見で「みなさん、プレゼント待ってます」と催促をしたこと。あつかましい。

 まあ、そこまではまだ「茶目っ気」として受け止めてもよい。

 だが、「めざましテレビ」だったか、どこかのテレビ番組が監督を取材した際、レポーターが讃岐うどんをプレゼントしたところ、「うどんやんかあ……。みなさん、もっといいもんください」とカメラに向かって言ったのには呆れた。

 というのも、帰国記者会見で彼女自身が、「うどんが食べたい」と言ったのをふまえてのプレゼントだったからである。

 「私の言葉を覚えていてくれたんですね。ありがとう。うどん大好きです」と、なぜ言えない。

 ハセキョーに“ダメ出し”をした記者会見では、「世界のクロサワ、オオシマの次の世代の代表として“カワセ”があると思ってます」なる発言も飛び出したそうだ。
 そんなことは世間様が言うべきこと。自分で言うな。

 カンヌでグランプリをとってすっかり舞い上がり、「世界はアタシのもの」気分になっているのだろうか。河瀬監督には、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」との古諺を贈りたい。
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眞鍋かをりさんを取材

 
学校では教えてくれなかった英文法 基本編 学校では教えてくれなかった英文法 基本編
眞鍋 かをり (2007/04/19)
表参道出版

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 昨日は、都内某所で「元祖ブログの女王」眞鍋かをりさんを取材。

 20万部以上売れたという『眞鍋かをりのココだけの話』を読んで臨む(同名ブログをまとめた本で、面白い。ペーパーバック風のブックデザインもよい)。

 眞鍋さんがコメンテイターをされているテレビの『とくダネ!』をいつも見ているのだが、テレビで見る印象よりもずっと小顔で、美人。

 サービス精神旺盛というか、こちらが記事にしやすいように気配りしつつ話をしてくれる感じ。賢くて明るい素敵なお嬢さん、という印象。

 よい意味で「普通っぽい」のだが、取材後にカメラマンに話を聞いたところ、「さすが芸能人。取材中も一瞬も表情に隙がなかった。つねに撮られることを意識している感じ」とのこと。うーん、プロですね。

 ※「トラックバック数最高記録」をもつ眞鍋さんのブログに、トラバしてみる。アクセス増えるかな。
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『宮谷一彦自選集 スーパーバイキング』


スーパーバイキング―宮谷一彦自選集 (Gekiga Etoile)スーパーバイキング―宮谷一彦自選集 (Gekiga Etoile)
(2007/06)
宮谷 一彦

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 夏目房之介さんのブログ「で?」で知ったのだが、『宮谷一彦自選集 スーパーバイキング』(チクマ秀版社/1890円)が間もなく刊行されるそうだ(夏目さんは解説を寄せておられる)。 → 版元による紹介ページ

 その圧倒的な画力で大友克洋らに大きな影響を与えながら、いまでは作品の大半が絶版状態である、マンガ界の生ける伝説・宮谷一彦。

 今回刊行される自選集は、中編「スーパーバイキング」と「ダビデの眠る日」、短編「嘆きの仮面ライター」「ワンペアプラスワン」の計4編を収録したもの。
 「スーパーバイキング」は、1982年に『ヤングジャンプ』に短期連載されながら、これまで一度も単行本化されていなかった幻の作品。
 ほかの3編は過去に単行本化はされているものの、いずれも現在は入手困難。

 マンガ好きなら、これは買いだ。当然、私はさっそく予約注文。

 ■当ブログの関連エントリ
 その1 → 生ける伝説・宮谷一彦さんとの“遭遇”
 その2 → 岡崎英生著『劇画狂時代』書評
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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