![]() | ねにもつタイプ (2007/01/25) 岸本 佐知子 商品詳細を見る |
岸本佐知子著『ねにもつタイプ』(筑摩書房/1500円)読了。
いいねえ、このタイトル。つねづね公言しているとおり、私は「思いっきり根にもつタイプ」なので(座右の銘は「臥薪嘗胆」)、シンパシーを感じる。
人気翻訳家の第2エッセイ集。第1エッセイ集『気になる部分』がメチャメチャ面白かったので、つづけて読んでみた。帯には次のような惹句がある。
観察と妄想と思索が渾然一体となったエッセイ・ワールド。ショートショートのような、とびっきり不思議な文章を読み進むうちに、ふつふつと笑いがこみあげてくる。
――この惹句のとおりの本である。
著者の妄想パワーは前作にも増して炸裂。“小説寄りのエッセイ”が前作よりも多く、エッセイの枠を超えて読者を引き込む。ほかの誰にも書けない、奇天烈なユーモア・エッセイの連打。
面白さの一端を、引用で紹介してみよう。
「床下せんべい」は、幼年期の「思いこみ」の数々を披露する一編。たとえば、矢吹丈がリングでノックアウトされるたびに口から飛び出す「白いもの」についての、こんな思いこみ。
私は長いこと、じょーの口から出てくる、そのソラマメの形の血にまみれた白いものを、腎臓だと思っていた。(中略)毎回そんなものを出してしまってじょーは大丈夫なんだろうか、と内心心配だった。
そういえば、私も小さいころ、「東名高速道路」のことを「透明高速道路」だと思いこんでいた。透き通った未来派ハイウェイなのだと思っていたのである(「透明高速道路」でググってみたら、同志がたくさんいた → 「バカ日本語辞典」参照)。
また、『花のピュンピュン丸』というアニメのセリフに出てきた「栄耀栄華」という言葉について、「栄養映画」だと思いこんでいた。「観るだけでおなかいっぱいになる不思議な映画」があるのだと思っていたのだ(子ども向けアニメのセリフに「栄耀栄華」なんて言葉を使うほうも使うほうだ)。
子どものころや若いころの思い出をつづったエッセイが半分ほど。残り半分は、現在の著者の日常から生まれる妄想をつづったもの。翻訳の仕事を進めながら、著者はしばしばささいなことから妄想をくり広げ、作業を中断させる。たとえば――。
ニュースなどで「犯人は訳のわからないことを話しており」というのを聞くと、その“訳のわからないこと”がどんな内容なのか、むしょうに知りたくなる。(中略)“訳のわからないこと”として片づけられてしまった無数の名もない供述、それを集めた本があったら読んでみたいと思うのはいけない欲望だろうか。そこには純度百パーセントの、それゆえに底無しにヤバい、本物の文学があるような気がする。(「むしゃくしゃして」)
著者の妄想にこちらがうまくノレず、面白く感じられないエッセイもあるにはある。が、玉石混淆ではあっても、「玉」のほうが確実に多いエッセイ集である。「床下せんベい」「むしゃくしゃして」以外では、「ホッホグルグル問題」「ニュー・ビジネス」「疑惑の髪型」「心の準備」「生きる」「夏の逆襲」「とりあえず普通に」「裏五輪」「部屋のイド」「グルメ・エッセイ」「難問」あたりが傑作。
なお、一編一編にクラフト・エヴィング商會が味わい深いイラストをつけており(装丁も)、本書の愉しさをいっそう増している。
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