朴泰遠『川辺の風景』


川辺の風景川辺の風景
(2005/08)
朴 泰遠

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 朴泰遠(パク・テウォン)著、牧瀬暁子訳『川辺の風景』(作品社/2400円)読了。
  
 朴泰遠(1910~86)は、朝鮮近現代文学の水準を高めた作家の1人である。南北分断後に北朝鮮に渡ったため、韓国では長らくその作品はタブー視されてきたが、88年の「越北作家」解禁以後、再評価が進んでいる。

 本書は、1938年に上梓された彼の代表作。70年近い年月を経て、ついに初の邦訳がなった。

 舞台は、ソウル中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)の川辺。時代背景となる1930年代当時、ソウルはすでに大都市だったが、清渓川周辺は華やかさとは無縁の庶民が住む地域であったという。

 清渓川は、周辺住民にとってなくてはならない生活河川でもあった。川中の洗濯場での女たちの会話から始まる物語は、全50章からなり、いずれも川辺に住む庶民の姿が活写されている。

 さまざまな立場の老若男女が、章ごとに1人ずつクローズアップされていく。何章かにわたり登場する人物はいても、特定の主人公はいない。各章は一見独立した掌編に見えるが、じつは登場人物相互の関係によって網の目のように結ばれ、巨大なパノラマを成している。

 文豪バルザックが自らの全小説を通して19世紀フランス社会史を描こうと試みたように、朴泰遠は川辺の庶民群像を通して1930年代朝鮮社会の縮図を描こうとしたのだろう。

 日本による植民地統治時代が舞台なのに、この小説に日本人は登場しない。登場人物が日本語まじりの会話をかわしたり、日本の流行歌を歌ったりする場面があるのみ。
 当時、清渓川周辺は「日本人の進出を阻む最後の境界線ともいえる」地域だったのだという。この一事が示すように、本書は植民地時代の生活史の得がたい史料でもある。

 丹念に描きこまれた暮らしの手触りと人情の機微が、この作品の大きな魅力だ。庶民の優しさやけなげさ、狡猾さや滑稽さなど、正負両面が、淡いユーモアとペーソスをにじませた文章で描写されていく。

 貧しい暮らしのなか、小さな幸せを求めて懸命に生きる庶民の姿が、胸を打つ。

 たとえば、天涯孤独で人生の辛酸をなめてきたカフェーの女給・キミコ(源氏名が日本風)が、悪い男にだまされた若い女性を見かねて引き取り、共に暮らすうちに初めて家族のあたたかさを知る、というエピソード。
 このように、卑小な俗物に見えた登場人物がふと垣間見せる人間性の輝きが、全編にちりばめられている。“庶民讃歌の文学”といえよう。

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『大停電の夜に』

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豊川悦司 (2006/05/12)
角川エンタテインメント

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 六本木のアスミック・エース試写室で、『大停電の夜に』の試写を観た。11月19日公開、今年の「クリスマス映画」の一つである。

 公式サイト→ http://www.daiteiden-themovie.com/

 監督は源孝志。もともとはテレビ畑の人だが、今年『東京タワー』で映画監督デビューを果たした。

 江國香織の同名小説を映画化した『東京タワー』は、私の周辺ではやたらと評判が悪い。
 私は未見なので『東京タワー』と比較して語ることはできないが、少なくとも、この『大停電の夜に』は素晴らしい映画だと思った。

 クリスマス・イヴの夜、東京が大停電に見舞われ、都市機能がすべて麻痺してしまったとしたら――。
 そんな設定の映画。凡庸な作り手ならパニック映画にしてしまうであろうこの設定から、源監督(相沢友子と共同で脚本も)はあえてラブストーリーを作った。その着想がまず卓抜だ。

 世代も立場も異なる12人の男女を主人公に、一夜の出来事を描いた群像劇である。

 人妻となったかつての恋人(原田知世)を忘れられないジャズ・バーのマスター(豊川悦司)。そのマスターにひそかに想いを寄せる、向かいのキャンドルショップの店主(田畑智子)。
 上司(田口トモロヲ)との不倫がその夜終わったばかりのOL(井川遥)と、彼女と2人でホテルのエレベーターに閉じ込められる羽目になるベルボーイ(阿部力)。
 仲睦まじい老夫婦(宇津井健・淡島千景)。だが、妻は夫に対して1つの秘密を抱えていた。
 病院の屋上から飛び降りようとする美しい女性(香椎由宇)を天体観測中に見つけ、その命を救う少年(本郷奏多)。
 刑期を終え出所してきた元ヤクザ(吉川晃司)と、ほかの男と結婚したかつての恋人(寺島しのぶ)。

 それぞれの愛の物語が、大停電というハプニングに背中を押されて、一気に動き出す。
 そして、同時進行していく各ストーリーは、やがて“合流”する。豊川のかつての恋人が田口の妻であることがわかるなど、偶然の積み重ねによって、主人公たちが一本の線で結ばれていくのだ。

 バラバラに見えたいくつものラブストーリーが、ラストシーンに向けて少しずつ収束し、やがて一幅のタペストリーを成すという凝った構成。
 主人公たちを結びつける偶然には「話が出来すぎ」の観もあるが、映画全体がファンタジックな雰囲気なので、気にならない。

 同様に、「一歩間違えばわたせせいぞう的クサさ」になる場面とか、「一歩間違えばわざとらしい泣かせ」になる場面も散見されるが、ぎりぎりで“気にならない許容範囲内”に収まっていると思う。

 日本のクリスマスがもっぱら“子どもと若者のためのイベント”になっていることを反映して、大人向けのクリスマス映画は邦画には皆無に等しかった。
 そのなかにあって、この作品は画期的な「大人にこそ愉しめるクリスマス映画」として成功している。

 優しいジャズの音色が全編を彩り、適度に笑いがちりばめられ、終盤には気持ちよく泣ける映画。2時間13分の長尺を少しも飽きさせない。
 おしゃれだし、深刻ではないし、ハッピーエンドだし、クリスマス・デートで観る映画としては満点の出来である。

 特筆すべきは、撮影・照明・美術の素晴らしさ。
 序盤のネオン輝く東京の夜景や、停電でそのネオンがドミノ倒しのように消えていく場面の美しさに陶然となった。また、停電後の各シーンでは、さまざまなキャンドルで作られる「光と闇の饗宴」が、目に心地よい。

 撮影監督は、おもにフランス映画界で活躍し、セザール賞最優秀撮影賞(2002年)も受賞している永田鉄男。
 照明の和田雄二は、あの『ロスト・イン・トランスレーション』の照明を手がけた人だという。納得。『ロスト~』も、東京の夜景がすこぶる美しく切り取られた映画であった。

 なお、この映画は、地球温暖化防止を目指すプロジェクト「チーム・マイナス6%」と連携し、「冬のライトダウン」を呼びかける作品でもある。
 たしかに、この映画を観たあとでは、「キャンドルの光だけで夜を過ごすのも悪くない」と思える。
 ストレートに地球温暖化防止を訴えるセリフや場面は1つもなく、「啓蒙映画」としてはじつに洗練された作りである。
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『探偵事務所5』

探偵事務所5” Another Story File 4 探偵事務所5” Another Story File 4
柏原収史 (2006/03/23)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ

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 『私立探偵 濱マイク』シリーズの林海象監督が、新しい「ネットシネマ」を始めた。公式サイト で、一話30分の連作短編シネマ26本を無料配信していくのだという。

 今回も、『探偵事務所5』 なる「探偵もの」だ。「濱マイク」シリーズが好きだった私としては、大いに期待。

 「MYCOM PC WEB」の記事(9月29日)を引用してみると…。

 物語の舞台となるのは、神奈川県・川崎にある「探偵事務所5」。創立60周年を迎えた"由緒"あるこの事務所では、所属する探偵達全員が3桁のコードナンバー「5XX」を持つ。物語の主人公は、会長「500」(宍戸錠)、幹部「501」(佐野史郎)、老探偵「511」(引退/石橋蓮司)、新米探偵「596」(柏原収史)、同「591」(成宮寛貴)、受付探偵「517」(上原歩)、変装の天才「532」(夏生ゆうな)、オッドアイ「542」(鈴木リョウジ)、人間兵器「555」(虎牙光輝)、浮気調査専門「522」(宮迫博之)、仮想世界の住人・探偵「599」をよび出すIT探偵(櫛山晃美)……ほか89名。

 つまり、「探偵100人がいる探偵事務所。探偵の数だけ事件が、ストーリーがある」(林監督)ということ。ネットシネマ、映画を封切に、今後は漫画(2月を予定)、テレビ、小説、舞台等々あらゆる媒体を通じ、探偵達を送り出していく。


 ううむ、メチャメチャ面白そうではないか。

 日活アクションに、大藪春彦の小説を鈴木清順が映画化した『探偵事務所23(ツースリー)』という傑作があったけれど、林海象はあれを意識しているのだろうか? だろうな。『探偵事務所23』に主演していたのは、この作品で事務所の「会長」役をしている宍戸錠だし…。
 『探偵事務所5』という一見そっけないタイトルには、「2+3=5」と、『探偵事務所23』へのオマージュが秘められているのだろう。

 さっそく、すでに配信中の第1話を観た。
 『私立探偵 濱マイク』が比較的リアルなタッチであったのに比べ、こちらは探偵たちが古典的探偵スタイル(中折れ帽に黒いスーツ、黒い伊達メガネ)であるなど、リアリティをはなから無視している。「秘密の七つ道具」なども登場し、『007』シリーズや『スパイ大作戦』のような遊び心に満ちた作り。

 第1話を観たかぎりでは、このままテレビドラマとして放映してもよいくらいのクオリティー(深夜ドラマっぽいけど)。老探偵を演ずる石橋蓮司がいい味出してる。
 
 テレビ版の『私立探偵 濱マイク』は、鳴り物入りで始まりながら視聴率的には惨敗したが、今回の作品で捲土重来はなるか。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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