焼き鳥の串


 8月に腕を骨折した息子(6歳)の「串抜き」に付き添ってきた。

 「串抜き」というのは私が勝手に呼んでいるもので、ホントは何というのか知らない。手術の際、折れた骨を固定するために2本の細い鉄の棒を腕に刺し入れたのだが、骨がほぼ元通りに修復されたので、その棒を抜いたのである。

 麻酔なし、ラジオペンチで2本同時にグイッと……。うぅぅ、痛そう。
 正直に「抜く」と言ったら息子は絶対に嫌がって泣き叫ぶので、「傷口を消毒するだけだから」とウソをついてやってもらった(笑)。

 息子「ホントに消毒だけ?」
 看護師「そうだよ。消毒だけ」
 息子「だったらどうして(ベッドに)横になるの?」
 看護師「消毒しやすいようにね」

 などとやりとりしているところを、おもむろにグイッ!
 さすがに医者は慣れたもので、2本交差させて入れてある棒を一瞬で同時に抜いてしまった。息子は「痛い!」と叫んだものの、5分後にはもうケロっとしていた。

 抜いた棒を記念にもらってきた。見た目は、長さといい、先が尖っているところといい、焼き鳥の串にそっくり。ただし、竹ではなく金属製。

 これでようやく一安心。
 だが、次の日曜日にある学校の運動会には、大事をとって出ないことにした。
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夏目房之介『あの頃マンガは思春期だった』

 
あの頃マンガは思春期だった (ちくま文庫)あの頃マンガは思春期だった (ちくま文庫)
(2000/09)
夏目 房之介

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 夏目房之介著『あの頃マンガは思春期だった』(ちくま文庫/700円)読了。

 ――単行本のときは『青春マンガ列伝』というタイトルで出ていたもの。夏目氏自身の青春を振り返ると同時に、1960~70年代の思い出のマンガについて綴ったもの。
 筋金入りのマンガ・ファンであり、青春時代にも一貫してマンガを描きつづけてきた夏目氏が自らの青春を語れば、おのずとマンガ論にもなる。中島梓にも『マンガ青春記』という著書があるが、あれの夏目房之介版である。

 私の好きな永島慎二や宮谷一彦について言及した章が読みたくて読んだのだが、ほかの章も面白かった。
 私は夏目氏を取材したこともあるし、著作もけっこう読んでいるが、こんなにまっとうな青春を送ってきた人だとは思わなかった。もっと、なんかこう、マンガを読み描きすることにだけ忙しい「元祖オタク」的な人だとばかり思っていたのである。

 ところが、ここに綴られた氏の青春は、私の思い込みよりもずっと「フツー」だった。『同棲時代』が流行るよりも先に彼女と同棲はするわ、ミナハイ(ハイミナール=睡眠薬)でラリるわ、テニスはやるわ、ジャズ喫茶には通いつめるわ……という具合だ。かなり意外。

 私は年齢のわりにはマンガの好みが古くて、1960年代後半から70年代前半にかけてのマンガに好きな作品が多い。そのため、好きな作家・作品が多く取り上げられたこの本は、マンガ評論としても読み応えがあった。
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『ビハインド・ザ・サン』

 ビハインド・ザ・サンの画像

 『ビハインド・ザ・サン』を観た。10月公開予定のブラジル映画だ。

  公式サイト→  http://www.gaga.ne.jp/behindthesun/

 監督は、『セントラル・ステーション』のウォルター・サレス。原作のイスマイル・カダレの小説(『砕かれた四月』)は東欧アルバニアが舞台だが、映画は20世紀初頭のブラジルの農村が舞台となっている。監督自ら原作者を訪ね、直談判して翻案の許可を得たという。

 ブラジル東北部の荒涼とした農村。そこに住む2つの家族は、土地の権利をめぐって長年血で血を洗う殺し合いをつづけてきた。そのうちの1つ、ブレヴィス家の次男トーニョ(演じるのは、『ラブ・アクチュアリー』にも出演した美形ロドリゴ・サントロ)が、この映画の主人公だ。
 舞台をブラジルに変えたことが奏功して、南米の作家による「マジック・リアリズム」の世界を思わせる映画になっている。“『ロミオとジュリエット』meetsガルシア・マルケス”といった趣。

 「100年前の話とはいえ、殺し合いながら警察が登場しないのは不自然」とか、そういうことは言いっこなし。これは神話的な「マジック・リアリズム」の世界なのだから。
 「次の満月の夜まで」と期限を切って結ばれる休戦協定とか、殺された者の血染めのシャツを陽に干し、血が黄色く変色するのを待って復讐するとか、小さなエピソードや登場人物のセリフも、いちいち神話めいている。

 たとえば、こんなセリフ。争いつづける両家を評して、村にやってきたサーカス一座の男が言うセリフだ。

【引用始まり】 ---
「あいつらのやっていることは、昔見た蛇の闘いと同じだ。2匹の蛇が互いの尾に食らいついて輪になっていた。相手の姿がなくなるまで食い合い、血の跡だけが残った」
【引用終わり】 ---
 ロミオとはちがって、トーニョは対立するフェレイラ家の娘に恋するわけではない。彼が恋に落ちるのは、サーカス一座の娘・クララだ。

 クララを演ずるフラヴィア=マルコ・アントニオが、抜きん出た存在感を発揮している。実際にサーカス団員出身の女優(!)なのだそうで、ジーン・シモンズばりの火吹きや火食いなどの曲芸を軽々とやってのける。こんな女優、初めて見た。
 ハリウッド女優とはコードの異なる野性的な美しさも魅力的。小麦色の肌に漆黒の髪。細身ながら、全身から神秘的な生命力をみなぎらせている。

 マルケスなどの「マジック・リアリズム」の小説は、殺人などの陰惨な世界を描いても、ギラギラと輝く強烈な生命力を感じさせるものだ。いっぽう、この『ビハインド・ザ・サン』はひたすら陰鬱なだけで、いささかパワー不足。“痩せこけた弱々しいマジック・リアリズム”――そんな印象なのだ。
 そんななか、“野生のヒロイン”の力強さが、この映画を救っている。
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『ジョゼと虎と魚たち』

ジョゼと虎と魚たち ジョゼと虎と魚たち
妻夫木聡 (2006/10/20)
角川エンタテインメント

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 『ジョゼと虎と魚たち』を観た。
 
 「脚の不自由な女の子と大学生のラブストーリー」という骨子だけを断片的に知って、「お涙ちょうだい映画」なのだとばかり思っていた。それに、タイトルの印象から「スカしたオシャレ映画」なのだろうと思い込んでいた。

 その予想はいい方向に外れた。観てよかった。これは傑作。恋の始まりから終焉までをみずみずしく描いた、ラブストーリーのお手本のような映画だ。
 それでいて、クサくない。「セカチュー」や「冬ソナ」を観て「ヘソが茶ぁ沸かすわ!」と思ってしまうようなスレたあなたにも、オススメ。

 登場人物たちがあやつる関西弁と、随所にちりばめられたコテコテの笑い、舞台となる大阪の下町が醸し出す濃密な生活感……それらはいずれも、物語の骨子がもつクサさを“脱臭”する役割をよく果たしている。

 原作は田辺聖子の短編小説だから、大阪が舞台なのは当然といえば当然なのだが、これがもし舞台を東京に変えての映画化であったら、受ける印象はまったく違うものになっただろう。

 ヒロインの「ジョゼ」(でも、本名はくみ子)を演ずる池脇千鶴の大阪弁が、メチャメチャ耳に心地よい。もともと私は「女性の大阪弁フェチ」で、妻のどこに惚れたかといえばまず大阪弁に惚れたのだが(笑)、それを差し引いても、この映画の池脇は好演。

 この映画の場合、ヒロインが身障者であるという設定は、観客の涙を誘うためではなく、恋愛感情を“純粋抽出”して描くためにある。
 ジョゼはずっと祖母と2人暮しで、乳母車に乗ってする散歩だけが「外の世界」であった。だからこそ、主人公の大学生・恒夫(妻夫木聡)と恋に落ちてから「世界が変わって見える」さまがいっそう痛切で、胸に迫るのだ。

 2人で見る海がジョゼが生まれて初めて見る海であり、2人で動物園に行って見る虎が初めて見る虎なのである。

 虎の檻の前で、ジョゼが言うセリフがよい。
「いちばんコワイもんを見たかったんや。好きな男の人ができたときにこうやって……。もしできんかったら、一生本物の虎は見られへん。それでもしゃあないと思てた。けど見れた」

 よしもとばななの初期作品「うたかた」の、こんな一節を思い出した。 
「彼と言葉を交わした瞬間、突然世間に色がついて見えたので私はびっくりしていた」
 この『ジョゼと虎と魚たち』には、恋をして「世間に色がついて見え」る歓喜、恋が終焉に近づくにつれて世界が色褪せていく哀しみが、ともに見事に描かれている。 

 妻夫木演ずる恒夫が、やさしいだけでなく、弱さとずるさとあふれんばかりの性欲ももった「普通の若者」である点も好感。すこぶるリアル。

 くるりの音楽も素晴らしい。こんなにも自然に映像と溶け合った映画音楽に、久しぶりに出合った。とくに、エンドロールにかぶさるテーマ曲「ハイウェイ」のあまりのハマりぶりに、背筋がゾクゾク。


 ●以下は9月25日に追記

 田辺聖子の「ジョゼと虎と魚たち」を、図書館で借りてきて読んだ。
 映画版があまりによかったので、原作も読みたくなったのである。
 
 映画のほうがはるかによかった。

 原作の小説にも「原石の輝き」はもちろんあるけれど、映画版を「宝石」にまで磨き上げたのは脚本家と監督の功績だと思う。原作は短編だから、映画の中のエピソードの多くは原作にはないのだ。アニメ『火垂るの墓』と原作の短編小説(野坂昭如)に近い関係。

 とはいえ、映画版『ジョゼと虎と魚たち』に惚れこんだ人は、原作も読んでみるとよいと思う。あの映画がより深く理解できるから。

 原作の印象的な一節を、メモがわりに引いておこう。

 ジョゼのいうことは嘘というよりは願望で、夢で、それは現実とは別の次元に、厳然とジョゼには存在しているのだ。
               *
 大学のキャンパスで見る女の子たちはみな、すこやかな雌虎のようにたけだけしく、セクシュアルだったが、ジョゼには性の匂いはなく、旧家の蔵から盗み出してきた古い人形を運んでいるような気が、恒夫にはした。
               *
 恒夫はこれがはじめての経験ではなく、女子学生と何べんか体験はあったが、こんなこわれもののようなもろい体ははじめてだった。その日、はじめてジョゼの繊い脚を直接に見て、これも人形のような脚だと思った。しかし人形は人形なりに精巧にできていて、少なくとも女の機能はかなり図太く、したたかに、すこやかに働いているのがわかった。


 動物園の虎の檻の前でジョゼが言うあのセリフは、原作では微妙に違って、こんなふうだ。
「一ばん怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。怖うてもすがれるから。……そんな人が出来たら虎見たい、と思てた。もし出来へんかったら一生、ほんものの虎は見られへん、それでもしょうない、思うてたんや」

 それにしても、今日フランソワーズ・サガンの訃報を聞いたのは、私にとってはささやかなシンクロニシティだ。というのも、「ジョゼと虎と魚たち」はサガンの小説が重要な役割を果たす作品だから。
 「ジョゼ」とは、ヒロインのくみ子(原作では「クミ子」)が愛読するサガンの小説のヒロインの名なのである。
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沖縄家庭料理「かじまやー」

 昨日は、久々の完全オフ。

 昼間はゆったり子どもと遊ぶ。近くの公園に行って、そこに流れる小川で、息子とザリガニとりなどをする。立川あたりはまだ豊かな自然が残っていて、遊び場には事欠かない。

 夜は友人夫婦と一緒に、近所に最近オープンした沖縄家庭料理の店「かじまやー」へ。

 立川の沖縄料理店というと、北口にも「四つ竹」というのがあるが、私の生活エリアである南口側では、この「かじまやー」が初めて。

 味は、けっこうよかった。ゴーヤチャンプル、ラフテー、ソーキそばなどの定番メニューをあれこれ頼んだが、どれも水準以上(ワタシ基準)。クーブイリチー、ミミガーの酢味噌和えなどもグー。

 「家庭料理」と銘打ってあるせいか、味つけが素朴でよい。我が家はヨメが大阪出身なので薄味に慣れているのだけれど、この店の味つけには違和感を感じなかった。やや薄味・ダシ重視の沖縄料理という印象。

 「中央線各駅ガイド」のたぐいには、立川のことを「グルメ砂漠」などと評しているものがある。要は「うまい店がない」という意味である。

 まあたしかに、遠くからわざわざ「その店の料理を味わうためだけ」にくるような有名店は皆無に等しい。

 しかし、「うまい店がない」なんてことはない。私は「味覚のストライクゾーン」がわりと広いせいか(女性に対するストライクゾーンも広いw)、立川にもうまい店はたくさんあると思う。
 この「かじまやー」も、私の「脳内グルメガイド」にくわえることとしよう。

 なお、昨夜は久々に「泥酔」という感じの酔い方をしてしまった。
 泡盛はやっぱりキツイなあ。「まだまだいけそう」な感じがしたのだけれど、家に帰ってきてからグワーっと効いてきた(てゆーか、私が酒に弱くなったのかも)。
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養老孟司『生の科学、死の哲学』


 養老孟司ほか著『生の科学、死の哲学』(清流出版/1400円)読了。
 大ベストセラー『バカの壁』の著者がホスト役をつとめた対談集である。

 対談相手の人選が面白い。作家・マンガ家・彫刻家・武道家・写真家など、著者とはまったく畑違いの相手のほうが多いのだ。
 そして、多彩な分野の精鋭を向こうに回して、つねに養老のほうが“教える側”に立っている点がすごい。「今日は、養老先生にぜひ教えていただきたいことがありまして」といった言葉が、相手の口からしばしば出てくるのだ。

 それは、たんに養老が博学だからではあるまい。
 養老は高名な解剖学者だが、「以前からお前のやることは哲学だといわれることが多かった」と自ら述べるとおり、科学と哲学の架橋作業をつづけてきた人でもある。一貫して、「『ヒトとはなにか』を科学の視点から考えようと」しつづけてきた人なのだ。芸術であれ武道であれ、人間を扱うものには違いないから、「人間科学」の泰斗たる養老に教えを乞いたいと思うのだろう。

 養老の著作のうち、自ら文章を書いたものは総じてわかりにくく、読みにくい。正直、私は一度も面白いと思ったことがない。『バカの壁』は、有能な編集者が養老の談話をわかりやすくまとめたもの(このことは養老も公に認めている)だからこそ、ベストセラーになったのだろう。

 しかし、対談集はおおむね面白い。本書もしかり。
 収められた19編の対談はいずれも、とくにテーマを定めず自在に話を広げたものであり、「生の科学、死の哲学」というほど大げさな内容ではない。むしろ、解剖学などの知見をふまえた“ハイブロウな雑学集”として愉しめる。たとえば、次のような興味深いトピックがちりばめられているのだ。

 “死体の解剖は、手足に手袋と靴下をはかせて行なう。そうしないと、乾燥してミイラになってしまうから”

 “写真のフラッシュをたいたとき、瞳孔部分が赤く写るのは、網膜の血管が写るため”

「運動性の失語症になっても、話はできないけれど歌は歌えるのです。だから歌詞というのは脳の右側でやっている。言葉のようで言葉ではない」

 そうした中にときおり、雑学を超えた「哲学」を感じさせる言葉が出てくる。たとえば――。

 「(現代人が)言葉をこんなに甘く見るようになってしまった原因に、メディアの発達がありますね。これだけ言葉の量が増えると、安いものだと勘違いしてしまう」

 人間について、生と死について「考えるヒント」に満ちた、好対談集。 
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永島慎二『漫画家残酷物語』


漫画家残酷物語―シリーズ黄色い涙 (1)漫画家残酷物語―シリーズ黄色い涙 (1)
(2003/06/01)
永島 慎二

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 アマゾンに注文してあった永島慎二著『漫画家残酷物語』の第2巻(ふゅーじょんぷろだくと/1470円)が届いた。

 1960年代前半に貸本専門マンガ誌『刑事(デカ)』に連載され、多くの若者たちに熱狂的に愛された伝説的名作の復刻版。「永島慎二漫画家生活50周年記念出版」である。
 
 2巻の帯には、マンガ評論家の村上知彦がこんな言葉を寄せている。

「あなたの生涯の一冊は? などという無茶な質問を受けたときは、この『漫画家残酷物語』を挙げることにしている」

 私もそうだ。私にとっての生涯ベストワン作品。すべてのマンガの中でいちばん好きである。

 永島慎二はすでにマンガ家としては引退に近い状態で、西荻窪(阿佐ヶ谷から引っ越した)の自宅で油彩画や版画に取り組む日々だそうである。
 それでも、私にとっては敬愛してやまない人。東京に出てきてほどないころに入手した氏のサイン色紙は、私の宝物だ。

 1961~1964年にかけて発表された作品だから、私もさすがにリアルタイムで読んでいたわけではない。1970年代後半の「第1次マンガ文庫ブーム」の際、小学館文庫で文庫化されたのを機に読んだのだ。当時、私は小学6年生。

 衝撃的だった。
 マンガを愛するがゆえに、創作に悩み苦しむ若きマンガ家(とその卵)たちの青春群像。おそらくはマンガ史上初めて試みられた、私小説的な「自己表現」。この作品ほど、私に直接語りかけているように思えたマンガはなかった。いまに至るもない。

 今回の復刻は、幻の生原稿が多数発見されたことを受けての、「初の完全復刻」である。
 というのも、当時はマンガ家の原稿を保管しておく習慣そのものが業界になく、生原稿は捨てたり読者プレゼントに使われたりして、散逸してしまうのが普通だったから。つまり、私がこれまで読んでいた小学館文庫版やサンコミックス版は、トレス版(掲載誌のページをトレスしたもの)だったのである。

 今回読み直してみても、やはり素晴らしい作品だと思った。

 40年も前のマンガだから、技術的にはごく素朴で、1ページにこめられた情報量はいまのマンガよりもはるかに少ない。

 また、各編(全28編の短編連作で、それぞれ主人公は別のマンガ家)のストーリーも、いまの私の目からみると、飛び抜けて素晴らしいというほどではない。映画などからのパクリも目立つ。たとえば、ガンに侵されたマンガ家を主人公にした「生きる」は、黒澤明の『生きる』のパクリだ。

 だが、それでも、読者に訴えかける力にはすごいものがある。作中でマンガ家の一人がつぶやくように、「血を流して描いているんだ」という印象なのだ。

 また、1編ごとに表現スタイルを変え、絵柄さえもしばしば変えて、新しいマンガ表現を模索しているその実験性にも、目を瞠る。「貸本マンガ」という、一般のマンガ界からは軽んじられていたフィールドだからこそ、表現の実験が存分に行なえたのである。

 なお、7月下旬発売予定の第3巻(最終巻)が、まだ出ていない。
 連載がつづくにつれ、尻上がりにどんどん凄みを増していったこの作品は、最後のほうに傑作が集中している。
 「蕩児の帰宅」「遭難」「びんぼうなマルタン」「陽だまり」などという傑作を、私は何度読み返したことか。

 3巻を早く出せ、ふゅーじょんぷろだくと。
 出たら、またこの文章に追記します。
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コーディネート仕事の思い出

 映画評論家の山口猛さんが亡くなられた。54歳というから、まだお若い。ご冥福をお祈りしたい。
 一般に知られているのは松田優作関連の一連の著作だろうが、映画評論家としての代表作は、「満映(満州映画協会)」の歴史を掘り起こした『幻のキネマ満映/甘粕正彦と活動屋群像』(平凡社/1989)であろう。
 
 もう12、3年も前の話になるが、私は2つの月刊誌でカルチャー・ページの「コーディネート」の仕事をしていた時期がある。

 コーディネートとは、雑誌の受け持ちページの入稿までの段階を引き受けること。
 つまり、「企画→原稿依頼→原稿取り→写真素材集め→タイトル&キャプションつけ」までを私がやって、あとの作業は編集者にまかせる、という仕事だ。

 その仕事の中でレギュラーとして映評をお願いしていた1人が、山口猛さんであった。お名前の読みは「たけし」だが、周囲はみな「モウさん」と呼んでいた。

 訃報に接して、当時の思い出があれこれよみがえってきた。

 私は、純然たる編集の仕事はしたことがない。
 編プロ時代からライター専業であったし、フリーになってからも、「編集を手伝ってくれないか?」という誘いはことわってきた(ライター一筋でいきたかったので)。
 その私が、キャリアのなかでいちばん「編集に近づいた」のが、このコーディネート仕事であった。

 これは、たいへん勉強になった。初めて「編集者サイドの視点」から物が見られたし、第一線で仕事をするカルチャー系ライターたちの仕事ぶりを垣間見ることができたからだ。
 
 一流と目される書き手の中にも、とんでもない手抜き原稿を書いてくる人や、信じられないようなシメキリの破り方をする人が少なくなかった。
 
 逆に、こちらの期待を超えて「さすが!」と唸るようなコラムを書いてくる人は、ごく一握りであった。
 その中にはたとえば、いまをときめく重松清さん、サイエンス・ライターの金子隆一さん、ライターの中田潤さん、映画評論家の藤田真男さんなどがいる。私はいまだにこの方たちには一目置いている。

 もちろん、私自身もいろんなコラムを書き、インタビュー記事なども書いた。
 デビュー間もないころの花村萬月氏や長野まゆみ氏、かねてより大ファンであったザバダック(上野洋子さんがいたころの)などにもインタビューをした。

 本・映画・音楽・演劇・マンガ・さまざまなブームなどの「旬の話題」を扱うページだったから、当時の私はそうしたカルチャー全般に対するアンテナを「ピン!」と立てていたものだ(いまはそのアンテナもほとんど錆びついているが)。
 あれはじつに楽しい、実り多い仕事だった。  
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「一線」を踏み越えたテロリスト

 ロシアの学校占拠事件。あまりにも悲惨な結末に、怒りや悲しさを通り越してただ唖然となった。何を言ってよいのかわからないが、何か書かずにいられない。

 これは、「9・11」と並んで、今後世界を負の方向に大きく突き動かす事件だろう。じっさい、「ロシアの9・11」というフレーズで事件を報じたマスコミもある。現代史の悲しい里程標――。

 人質の8割以上が死亡という恐るべき事態は、もしかしたら、ロシア当局側に「最初から救出する気がなかった」ことを示しているのではないか?
 救う気になればもっと救えたものを、あえて救わなかったのではないか? 「今後、誰を人質にテロを行なおうと無駄だ」ということを、子どもたちを“いけにえ”にしてでもテロリストに思い知らせるために……。

 …と書いたあとで、「特殊部隊の突入は偶発的なものだった」とする報道があった。テロリスト側の爆弾が偶然に一つ爆発し、それを「特殊部隊突入」と誤解したテロリストたちがパニックに陥って銃の乱射を始めたため、突入せざるを得なかったのだという。
 そうだったとしても、もう少しやりようはなかったものか。いったいなんのための「特殊部隊」なのか?

 定期購読している『DAYS JAPAN』の最新号(9月号)では、ジャーナリストの林克明氏が、チェチェンのテロリスト側に立ったリポート「瓦礫となったチェチェンの街で」を寄稿している。ロシア側からの情報に偏った現今の報道では得られない「もう一つの視点」を与えてくれる良質な記事である。
 チェチェン紛争に関するかぎり、「チェチェン人のテロリストが悪で、ロシアが正義」という単純な図式は成り立たない。

 ……とは思うのだが、今回の事件で、テロリスト側は越えてはならない一線を踏み越えてしまったのではないか。

 ロープシンの『蒼ざめた馬』の中の、有名なエピソードがある。 
 帝政ロシア時代、大公暗殺を狙ったテロリストが、大公の乗る馬車に向かって爆弾を投げつけようとした。
 だがそのとき、馬車の中に子ども(大公の甥と姪)の姿が見えたことで、テロリストは爆弾を投げられなかった。たとえ所属する革命組織の命令と大義に背くことになっても、「人間として」投げられなかったのである。

 それが、テロリストのぎりぎりの「一線」であろう。その一線を踏み越えてしまったあとでは、どんな「大義」もただむなしい。
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みなもと太郎『レ・ミゼラブル』

 みなもと太郎の『レ・ミゼラブル』(ブッキング/2600円)を再読。
 来週みなもと氏を取材予定なので、その準備を兼ねて。

 いうまでもなく、ヴィクトル・ユゴーの名作のマンガ化である。
 約30年前に発表されたこの作品は、いまなお「文学のマンガ化」の一つの“お手本”として高く評価されている。今回「復刊ドットコム」で復刊希望の声が高まって2度目の復刻がなったのも、その高評価ゆえだろう(しかし、「完全版」とはいえ、コミックスとしては高いね)。

 この作品の何がスゴイかといえば、一つには、感動の大河ドラマ『レ・ミゼラブル』を、吉本新喜劇直系のコテコテ・ギャグマンガに仕立てている点。もう一つには、文庫本で約2500ページにおよぶ大長編を、約400ページのマンガの中に無理なくダイジェストしているところ。
 きちんと笑えるギャグ・マンガになっている。それでいて、ちゃんと感動もできる。ユゴーの原作のストーリーの「コア(核)」、ひいては底流にある精神性のコアを、きっちり押さえているのである。
 
 長編小説からあらすじだけを拾った安直なマンガ化とか、最近よくある『3分でわかる名作のストーリー』などという俗流教養本の対極にある、独創性あふれるマンガ化なのだ。

 みなもと氏といえば、いまなお連載中の“笑えて学べる日本史ギャグ・マンガ”『風雲児たち』で、マンガ家としての評価を決定づけた人である(手塚治虫文化賞・特別賞、受賞おめでとうございます!)。

 呉智英、関川夏央、糸井重里などの読み巧者もこぞって絶賛した『風雲児たち』は私も大好きなマンガだが、あの作品の原点こそ、この『レ・ミゼラブル』なのである。
 『風雲児たち』が関ヶ原以降の日本史とがっぷり四つに組んだマンガであるように、この『レ・ミゼラブル』はユゴーの文学およびフランス近代史とがっぷり四つに組んだ作品なのだ。そのうえでギャグマンガに仕上げるという離れ業は、ほかの誰にも成し得なかった。

 そして、2つの作品を共通してつらぬいているのは、「ひと握りの英雄ではなく、民衆こそが歴史を動かす」という民衆史観である。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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