「オタク世代抒情派」長嶋有の作品

ジャージの二人の画像

「オタク世代抒情派」「オタク世代の北杜夫」長嶋有の作品  
 私は、この作家をすごく気に入っている。
 1人の作家を好きになるには、2つの道がある。「この人は自分とはまるで違うけど、素晴らしい」とあこがれる道と、「この人は自分に似ている」と共感する道だ(異性を好きになる場合も同じだろう)。
 長嶋有は、私にとって後者の代表格。
 若手の中でいちばん優れた作家だとは思わないが(失礼!)、「いちばん自分に近い」気がする書き手なのだ。彼の小説を読むたび、まるで「自分で書いたけど、書いたことを忘れていた小説」を読んでいるような錯覚を覚える。

『タンノイのエジンバラ』(文藝春秋)
 『猛スピードで母は』につづく第2作品集。

 いまの日本の小説家でタイトルのつけ方がうまい人といえば、1位村上龍、2位片岡義男というところだろうか。

 長嶋有は、その2人にはまだ及ばないものの、最近の新人のなかでは群を抜いてタイトルがいい。

 デビュー作が「サイドカーに犬」で、2002年に芥川賞を受賞した出世作が「猛スピードで母は」。そして、芥川受賞後初の作品集となる本書は『タンノイのエジンバラ』。

 どのタイトルをとっても、「なんだろう?」と読者の目を引きつけ、読み終わってみれば「なるほど」と納得させ、心に残る。

 そうしたタイトルづけのうまさは、長嶋が別名義で歌人としても活動をつづけていることと無縁ではあるまい。少ない言葉で多くを表現する訓練を積んできたことが、活かされているのだ。
 もちろん、タイトルだけではなく、小説の中身にも短歌的なセンスが濃厚に感じられる。

 長嶋の小説はどれも、普通の人々のささやかな日常を、ささやかなまま、しかし味わい深く描いている。そこでは、生きるの死ぬのといった大きな事件は何も起こらない。

 しかし、読み終えると、なんでもない生の営みが愛おしく思え、登場人物は古くからの友人のように鮮やかな印象を残す。新人離れした、したたかな芸である。

 この『タンノイのエジンバラ』は、表題作を含め4つの短編を収めている。日常のひとコマをセンスよく切り取る長嶋の作風は、もともと短編向けだと思う。
 4作品とも、長嶋の資質が十全に活かされた好編となっている。

 4作品には大きな共通項が2つある。「父親の不在」と、主人公のモラトリアム的なあり方である。

 「猛スピードで母は」も母子家庭の物語だったが、本書の4作品も、主人公が母の手一つで育てられていたり、主人公の姉が離婚していたりという形で、「父親の不在」が物語の通奏低音として流れている。

 また、失業中の若者を主人公にした表題作や、不倫のゴタゴタからピアノ教師をやめて腰掛け的にパチンコ屋で働く女性を主人公にした「三十歳」など、「モラトリアム人間」を描いたものばかりである。

 現代という時代をリアルに描こうとしたとき、必然的にそのような主人公像が選ばれたのであろう。

 あたりまえの話だが、「現代」は、メル友殺人や児童虐待やネット心中など、新聞沙汰になる事件の中にだけあるわけではない。しかし、若い作家ほど、突出した事件や現象の中に現代を描こうとしがちである。

 長嶋有はそうしなかった。
 死ぬまでに一度も新聞に名前が載らないような、普通の人間の普通の日常の中に現代を描こうとしたのである。宮台真司風に言えば、「終わりなき日常」。だが、長嶋の小説の中にあっては、その「終わりなき日常」がまったく新しい輝きを帯びる。

 主人公たちは、これといった目的もなくモラトリアムな日々を暮らしているが、とくに焦るわけでも負い目を感じるわけでもない。

 世のフリーターやオタクやパラサイト・シングルたち(3つはしばしば重なっているわけだが)は、長嶋有の小説を読むとホッとするのではないか。
 ここにあるのは、「ダメダメ」とか「イケてない」とか「ヘタレ」などという言葉で表現される、熱度の低いいまどきの若者の正確なスケッチである。

 …などと紹介すると、読むだけで無気力が伝染しそうなネガティブな小説を想像されてしまうかもしれない。

 だが、そうではない。ここに提示されているのは、収入や社会的地位を上げたり、見栄えのいい恋人をつかまえたりすることに生きがいを見出す旧来的な価値観ではない、新しい生の価値観なのである。

 表題作「タンノイのエジンバラ」は、一人暮らしの若者が、ふとしたことから隣家の幼女を丸一日預かることになる物語。若者と幼女の奇妙な交感が、ユーモアと抒情の中に描かれる。

 タイトルは、主人公の部屋にあるただ一つの高級品、オーディオ・メーカー「タンノイ社」のスピーカー「エジンバラ」を指す。この名機から流れ出る音楽が、若者と幼女の心を結ぶ鍵となる。
 ロリオタどもが喜びそうな設定だが、そこは長嶋有、けっして鬼畜的な展開にはならないので、ご安心を。

 収録作に共通する美点は、上品なユーモアと場面設定の巧みさ、そして、人間関係の「距離感」をデリケートにとらえる精緻な心理描写である。

 たとえば、「バルセロナの印象」は、主人公が妻と姉ともとにバルセロナを旅するという、ただそれだけの小説である。なのに、すこぶる面白い。たとえば、こんな一節の面白さ――。

「二人はバルセロナに到着して以来、ガウディの建築物のみならず、街にあるものすべてを『センスがよい』と褒めそやした。ショーウインドウの中の雪だるまがよいと褒め、石畳に停車中のフィアットを褒め、地下鉄のポスターを褒め、信号機の柱が日本と違って黄色いのがいいとまで言い出した。
 『センスセンスセンスセンス』僕は吐き捨てながら、どこかにセンスの悪いものはないかと思って探したが、バルセロナはたしかにお洒落な街でなかなか隙を見せない」

 こうした微笑を誘うユーモアは、どこか北杜夫の諸作を彷彿とさせる。
 作品全体に漂うはにかみのようなもの(=主人公がけっして偉そうに自分を飾らない点とか)も、北作品に通ずる。北杜夫ファンでもある私が心惹かれる理由も、一つにはそのへんにあるのだろう。

 人間関係の「距離感」をデリケートにとらえているという点では、「夜のあぐら」が最も優れている。

 女2人・男1人の姉弟の物語だが、
「両親が離婚したとき、高校生だった私だけが母にくっついて」
「大学生だった姉はそのとき既に一人で暮らしていて、まだ中学生だった弟は父の元に残った。だから、私たちにはお互いの知らない数年間がある」
 という凝った設定がなされていて、再会した3人の間には親しさとよそよそしさが複雑に共存している。
 その微妙な距離感を、長嶋は繊細な筆さばきで見事に描いてみせるのだ。

 4作品のうち、最も起承転結がはっきりしていてストーリーが面白いのは、「三十歳」である。

 「猛スピードで母は」について、「テレビドラマの脚本のようだ」と評した人がいたが、この「三十歳」もそのままドラマ化できそうなストーリー。場面設定の巧みさも、この作品がいちばん際立っている。

 『絶対安全剃刀』のマンガ家・高野文子がカバーを描いていて、そのセピアカラーの絵がじつにいい感じなのだが、収められた作品もどこかセピアカラーのイメージ。

 原色を塗りたくったようなどぎつい小説に食傷したあなたに、オススメである。


『ジャージの二人』(集英社)
 3冊目の作品集。
 
 表題作「ジャージの二人」とその続編「ジャージの三人」を収めているが、実質的には一つの長編。長嶋にとっては初の長編ということになる。

 まず、『ジャージの二人』というタイトルからして長嶋有らしい。ジャージ姿ですごすときの脱力感、心なごむ日常感覚こそ、長嶋有の小説に通底するものだ。
 ふつうの小説はとかく非日常を描こうとするが、長嶋有の小説はなにげない日常をこのうえなく愛おしく描く。そして、その一点にこそ、この人の才能の輝きがある。
 
 単行本の帯につけられた惹句は、「ジャジーなジャージ文学登場!」。
 ふうむ、ジャジー(=ジャズっぽい)ですか。たしかに、そんな感じ。ただし、間違ってもマイルス・デイヴィスとかコルトレーンではなくて、ビル・エヴァンスのピアノのように静謐で優しい印象の小説である。

 カヴァー・イラストを大島弓子が描いている。前作『タンノイのエジンバラ』のカヴァーは、『絶対安全剃刀』の高野文子が描いていた。2人とも、筋金入りのマンガ・オタクである長嶋有のお気に入り作家なのだろう。
 そして、大島弓子や高野文子のマンガ世界もまた、長嶋有の小説に近い。

 大島ファンなら、名作『毎日が夏休み』のテイストを思い浮かべてもらうとよい。この『ジャージの二人』は、カメラマンの父親と、仕事を辞めて作家を目指す三十近い息子の、まさに「毎日が夏休み」のようなひと夏の山荘生活を描いているのだ。

 息子の妻が浮気をしていて夫婦関係が破綻寸前であるなど、いろいろ深刻な事情もあるのだが、そうした事柄も力んだ調子では描かれない。山荘で五右衛門風呂を焚いたり、犬の散歩をさせたりといった日常の出来事と同じ筆致で、淡々と描かれていく。

 その、淡々とした筆致がじつによいのだ。けっして大上段に振りかぶらない。大仰な言葉を用いない。そして、全編をつらぬく品のよいユーモアとリリシズム。

 長嶋有らしさがよく出たうまい表現を、ピックアップしてみよう。

「永久の愛なんてあり得ないということは既に思い知っているけれど、永久が八十年もあるからつまずくのであって、八十年じゃなくて十年ぐらいの永久の愛なら、誓い合えるかもしれない。滑り込みセーフかもしれない」
 ――これは、犬の寿命は十年程度だから「コンパクトでいい」という一節につづく文章。

「あんな喧嘩は額面にすれば一円や五円のようなものだ。どれだけ注意して減らないようにしても、結局は一円や五円の節約にしかならない。いきなり数百万単位の取り合いになったら、そんな節約は役に立たない」
 ――ささいな夫婦ゲンカを小銭に喩えるあたり、うまい。

 「『携帯電話だ』手渡された写真を見て僕はつぶやく。熊手を弁慶の長刀のように携える花ちゃんと僕と父が、携帯電話のアンテナのようにみえる」
 ――かつて、1つのベンチに離れて座る2人の老人をブックエンドに喩えたのはポール・サイモンだったが、それを彷彿とさせる巧みな比喩。

 また、この小説全体に言えることだが、携帯電話やメールなどの現代的な小道具の使い方が、非常にうまい。
 たとえば、「ジャージの三人」のクライマックスは、主人公の携帯電話に、妻から訣別を告げるメールが入る場面だ。その場面が、じつにうまい。松井雪子の芥川賞候補作「イエロー」(メールが重要な役割を果たす)など、長嶋有のうまさの比ではない。

 「オタク世代抒情派」「オタク世代の北杜夫」「純和風ミニマリズムの旗手」(と、私は勝手に長嶋有にキャッチフレーズをつけている)の面目躍如たる佳編。
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桜の街で

東京 東京
サニーデイ・サービス (1996/02/21)
ミディ

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 今日から妻子はこの時期恒例の里帰り。私はつかの間の一人暮らし。いや、正確には愚犬と「一人と一匹」暮らし。

 この時期になるときまって聴きたくなるのが、サニーデイ・サービスのセカンドアルバム『東京』(1996年)。

 田舎から上京してきた22歳のころ、東京に桜の樹が多いことに驚いたものだ。ちょうど満開であった。「東京は桜の街だ」と思った。

 サニーデイ・サービスの『東京』も、満開の桜をジャケット写真に用いていた。それを見て、「あ、こいつらも『東京は桜の街だ』と思っているんだな」と、なんとなくうれしくなった。
 『東京』というタイトルなら、ふつうはビル街や夜のまばゆいネオンをジャケットに使いそうなものだ。あえて桜の写真を使うあたり、いかにもサニーデイ・サービスらしいセンスである。

 もちろん、中身もこの時期にぴったり。とくに「会いたかった少女」「あじさい」は1970年代テイストの“切なカワイイ”名曲である。

 東京は夜が美しい街だが、昼間の東京がいちばん美しいのは、いまこの季節であろう。
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『週刊文春』販売差し止め問題

1.当初の感想(2004年3月19日記)
 『週刊文春』の販売差し止めには私も驚いたが、東京地裁の決定を「表現の自由を侵す暴挙」と非難する気にはなれずにいる。

 ここ1、2年、日本の名誉毀損訴訟の賠償額は高騰傾向にある。ついひと昔前まで、勝訴しても認められる賠償金は高くてせいぜい100万円だったのに、このところ、1000万円を超える賠償が命じられることが多くなっているのだ。

 そのことを「司法の暴走」と批判する向きもあるが、私はむしろ「適正化」だと考える。これまでの賠償額が安すぎたのだ。報道被害をテーマに原稿を書くことも多いから、そう思わずにはおれない。
 そして、賠償額高額化は、悪質な報道がのさばる現状を司法が憂えて、一つの方向性を選択した結果なのだと思う。

 同様に、今回の販売差し止めも、当該記事の中身についてだけ論じるのではなく、そこまでに積み重ねられてきた数多くの報道被害(田中家以外の人たちが受けたものも含め)もふまえて論じられるべきではないか。
 担当した裁判官の心には、あえて異例の決定を下して世間の注目を浴びることで、マスコミの現状に警鐘を鳴らすというひそかな意図もあったのではないか。
 
 今回の差し止めには、たしかに「権力による表現の自由への介入」という側面もあろう。だが、権力が介入せざるを得ないほどに腐敗し、自浄作用が期待できないマスコミ(とくに出版社系週刊誌)の責任も、同時に問われてしかるべきである。

 当該記事については、テレビで大谷昭弘が言っていた言葉に同感。いわく――。
「表現の自由は大事だけれど、正直言って、この記事を掲げて表現の自由のために闘う気にはなれません」。

 『週刊文春』がどう言おうと、あれはただの低劣な覗き見記事でしかない。ジャーナリズム本来の使命である権力批判とはなんの関係もなく、公共性・公益性などありはしない。
 文春側のコメントに「表現の自由」とか「公共性」とかいう言葉が躍っているのを見ると、猥褻図画頒布罪で捕まったエロ本屋が「オレたちには表現の自由がある!」と言っているみたいで、鼻白む思いがする。

 憲法21条で保障された「表現の自由」を基礎とした「言論・出版の自由」は、そもそもなんのための自由であろう?

 民主主義社会で国会議員などがもっている権力は、主権者たる国民が、自分たちの代表である彼らに「一時的に貸し与えたもの」である。だから国民は、貸し与えたその権力が正しく行使されているか否かを、チェックする必要がある。

 まさにそのためにこそ、「言論・出版の自由」「報道の自由」が保障されているのである。すなわち、「言論の自由」「報道の自由」とは、ほんらいは「権力批判の自由」を意味するのだ。
 一私人のプライバシーを暴く記事を正当化するために「言論の自由」を持ち出すなど、片腹痛いというものだ。

 マスコミが自己正当化のためにしばしば持ち出す、「知る権利」(「表現の自由」に含まれる)についても同じだ。
 それはほんらい、市民が自分に関係する利害のある事柄を「知る権利」である。たとえば、議会や警察やさまざまな公共団体が何をしているかを知る権利であり、政治家などの公人が公的活動の中で何をしているかを知る権利である。政治家の娘や芸能人のプライバシーを知る権利ではけっしてない。

 だいたい、日本のマスコミは政治家の私生活に鼻を突っ込みすぎる。
 公人の生活にも「公人的部分」と「私人的部分」がある。公人的部分にプライバシーが認められないとしても、私人的部分には当然プライバシーがあるのだ。ましてや、田中眞紀子の娘はまぎれもない一私人である。

2.「真紀子の娘」は公人か私人か?(2004年3月22日記)
 『週刊文春』の販売差し止めについては、その是非について世論が真っ二つに割れている。意見を分かつ大きなポイントは、記事の“主役”となった田中真紀子元外相の長女の立場を、公人とみるか私人とみるかである。
 
 「政治家、それもきわめて知名度の高い政治家の娘なのだから、私人とはいえない」という意見が一方にあり、もう一方には、「たとえ親が著名な政治家であっても、当人は政治家でも政治家秘書でもなく、公職に就いているわけでもないのだから、私人である」という意見がある。

 公人と私人の立て分けについては、法律に明確な線引きがあるわけではない。弁護士でもある枝野幸男・民主党政調会長が今回の問題について、「そもそも法的に人を〈公人〉〈私人〉に分けることはできず、公と私は、その行為によって峻別されるべきだ」と述べたとおりである。
 現職の国会議員のように誰がみても公人でしかない立場もある一方、公人と私人の間のグレイゾーンともいうべき領域がある。

 たとえば、各省庁の官僚は基本的に公人だが、「では、どのクラスの官僚までが公人なのか?」と改めて問われれば、これはなかなか難問である。「課長までは公人で、課長補佐以下は私人」などと線引きをするわけにはいかないからだ。
 ただ、公務員の場合、役職にかかわらず、自らの職務に関する部分については公人であるといえる。
 田中元外相の長女が身を置いているのは、「公人の娘」という、さらに微妙なグレイゾーンである。

 公人と私人の区分をどう考えるかについては、米国の判例が参考になる(米国の判例がそのまま日本に援用できると言っているわけではない。念のため)。
 というのも、米国では、報道機関を対象にした名誉毀損訴訟で、公人・私人の立て分けがきわめて重要な意味をもつからだ。

 日本の名誉毀損訴訟の場合、報道内容に「公共性・公益性・真実性」があるか否かが、名誉毀損成立の可否を分かつポイントとなる。対して米国では、「報道された対象が公人か私人か」が最重要ポイントとなる。
 そして、公人と見なされた場合にはメディア側が圧倒的優位に立ち、私人と見なされた場合には逆にメディア側が不利になる。米国の法廷では、公人に対する名誉毀損はきわめて成立しにくく、逆に私人への名誉毀損は比較的容易に認められるからである。

 クリントン前大統領の不倫スキャンダルが米メディアによって微に入り細を穿って暴かれたのも、米国の司法が「公人のプライバシー」をきわめて限定的にとらえているがゆえである(その点、公人に対してもプライバシーを尊重するフランスとは大きく異なる)。
 公人に対しては、虚偽でさえなければほとんど何を報じても名誉毀損に問われないといってもよいほどだという。

 では、そのように公人・私人の区分が厳密に問われる米国の司法は、どのような基準でその区分を判定しているのだろうか?

 特徴的なのは、「二種類の公人」という考え方である。
 公人の中にも、「大きな力と影響力をもっているがゆえに、あらゆる目的において公人とみなされる人」と、「公共的な議論の最前線に身を投じ、その論点に関する解決に影響を与えようとして、その論点との関係においてのみ公人とされる人(限定的公人)」の二種類があるという考え方だ。

 前者は政治家などの「誰が見ても公人」である人たちのことだから、議論の余地はない。「公人か私人か」の議論の対象となるのは、後者についてである。

 誰かが「限定的な公人」であるか否かを判断するためには、「公共的な議論があるか」「その議論の最前線に身を投じているか」の二つのポイントを見なければならない。

 「公共的な議論」とは、もちろん「大衆が興味をもつ事柄」とイコールではなく、公共の利害にかかわる議論を指す。そうした議論が存在し、なおかつ、当人がその議論の最前線に積極的に身を置いている場合には、その論点との関係においてのみ「限定的公人」であるということになる。

 たとえば、蓮池透氏は政治家でも公務員でもないが、北朝鮮による拉致問題の解決という公共的議論の最前線に積極的に身を投じており、なおかつ大きな影響力をもっているから、拉致問題との関係においてのみ「限定的公人」であるといえよう。
 すなわち、拉致問題がからむ事柄については、蓮池氏のプライバシーは一般の私人よりは狭まることになる。

 『噂の眞相』が、蓮池氏が競馬の馬券を買うところを盗撮し、無類の競馬好きであることを報じたことがあった。拉致問題とはなんの関係もない話だから、これは当然不当なプライバシー暴きである。

 それでは、田中元外相の長女の場合はどうだろう?
 東京地裁は、販売差し止めの決定の中で長女を「純然たる私人」と表現した。この表現に異論をもつ人は多いだろうが、少なくとも彼女が「純然たる公人」、つまり「あらゆる目的において公人とみなされる人」だと考える人はいるまい。

 「限定的公人」である可能性についてはどうか? 
 すでに述べたとおり、限定的公人であるか否かは、「公共的議論があるか」と、「当人がその議論の最前線に積極的に身を投じているか」の2点で判断される。
 元外相の長女が、なんらかの公共的議論に積極的に身を投じたことがあっただろうか? 少なくとも、差し止め以前にはまったくなかったはずである。

 では、『週刊文春』が報じた長女の夫婦間問題は、「公共的議論」であろうか? 文春側は長女の抗議に対して、「公人の娘は私人ではなく、また取材内容にも公共性がある」と回答したそうだが、いったいどこに公共性があるというのだろう?

 野村克也・阪神前監督と妻沙知代さんについて、「シーズン終了後『離婚確実』」などと報じた『週刊新潮』の記事が裁かれた裁判で、昨年8月、東京地裁は新潮社に330万円の賠償金支払いを命ずる一審判決を下した。判決は、「夫婦関係は私生活上最も私的な要素が強く、著名な人物であっても公共性は認められない」として、プライバシー侵害を認めた。
 ましてや、彼女自身は著名人でも権力者でもない元外相の長女の夫婦関係には、ひとかけらの公共性もない。

 百歩譲って、長女が「公人の娘」であるがゆえに「生まれながらの限定的公人」(そんなものはないと思うが)であったとしても、夫婦間の問題は断じて「公人としての領域」に属するものではない。「私生活上最も私的な要素が強」い問題についての『週刊文春』のプライバシー侵害が、免責されるいわれはどこにもないのである。

3.『週刊文春』の「反撃大特集」を読んで(2004年3月25日記)
 『週刊文春』が出版差し止めについて大特集を組んだ最新号(4月1日号)を、迷った末に買って読んだ。誤解を恐れず言えば、たいへん「面白い」特集であった。

 「『出版禁止』事件 私はこう考える」というコーナーの中には、『週刊文春』にとって耳の痛い「差し止めやむなし」の立場で書いている識者も何人かいる。このように両論併記の原則を守るあたり、『週刊文春』は『週刊新潮』に比べればずっと良心的といえよう。

 『週刊新潮』は、『フォーカス』が酒鬼薔薇聖斗の顔写真を掲載して物議を醸した際、「人権大合唱で圧殺されたこれだけの『民衆の声』」なる特集を組んだ。そこに集められた「識者の声」は、見事なくらい『フォーカス』擁護論ばかりであったのである。

 特集の目玉は、立花隆の「緊急寄稿 これはテロである」。
 私は、立花の著作で好きなものがたくさんあるし(『宇宙からの帰還』『脳を鍛える』『ぼくはこんな本を読んできた』など)、まあファンといってもよいのだが、どうもこの人は、この手の問題になると露骨に週刊誌寄りになる。やっぱり、『週刊文春』の記者から物書き稼業をスタートしたというキャリアゆえであろうか。

 その立花でさえ、次のように『週刊文春』側の主張に批判的であるのは面白い。

「文春はなぜかこの記事をのせた理由として、真紀子の長女ないしその配偶者が、後々田中家の政治的後継者となる可能性があるから、その●●問題も公共の利害に関する事項とみなしたのだと主張した。これはいかにもとって付けたような主張である。(中略)私にいわせれば、そういう主張をしたから文春は争いに負けたのである」

 この点はまったく同感。しかし、そのあとの主張には首をかしげた。立花は、「長女が純粋の私人のわけがない」と言い、その論拠として、文春の記事中にある地元記者の「真紀子さんの後継説も一部で出ていました」という発言を挙げる。

 これはおかしい。
 政治家の子弟は、本人の意志にかかわらず、周囲が「いずれは後継者になるにちがいない」と言えば、即公人になってしまうものなのだろうか?
 たとえば、裁判官は公人であるし、裁判官の子どもが裁判官になる確率は一般人に比べれば高いだろうが、だからといって、裁判官の子弟が即公人であるとは誰も言わないはずである。日本の政治家に世襲が多いからといって、政治家の子弟が即公人と見なされプライバシーを制限されるいわれは、どこにもない。

 また、「田中真紀子長女記事 小誌はなぜ報じたか」という記事の中で、『週刊文春』側は長女を公人と見なした理由として、1.真紀子の選挙運動に同行したことがあること、2.真紀子が中国へ行った際に同行して中国の要人に面会したこと、3.真紀子のオーストリア外遊時に同伴したことがあることを挙げている。

 これまたおかしな話だ。
 自分の親が選挙に出たら、娘として選挙運動に同行し、支持者に頭を下げるくらいは当然するだろう。一緒に中国へ行った際(これは真紀子が「一主婦」だった時代)、要人と会う機会があったら、後学のために同席もするだろう。それがどうして「公人とみなす根拠」になるのか?

 ほかにも、「私はこう考える」の識者コメントはツッコミどころ満載である。
 藤本義一は地裁に申し立てをしたのが真紀子本人だと勘違いしてコメントしているし、やくみつるはこんなことを言っている。
「今回、報じられた内容は、本来秘匿されなければならない彼女の電話番号、銀行口座、病歴といったものではありません。彼女の社会的活動であり、秘匿される必要もない」
 夫婦間の問題が「社会的活動」であるとは知らなかった。

 記事中で『週刊文春』擁護に回った「識者」の何人かは、「真紀子の長女というだけでさまざまな恩恵・特権を受けているのだから、少しくらいプライバシーを暴かれても仕方ない。甘受すべきだ」という主旨の発言をしている。

 田中角栄の孫、真紀子の長女であることで、長女はほんとうに恩恵を受け、特権を与えられてきたのだろうか?
 ジャーナリストの上杉隆が、今回の特集の中でこんな話を紹介している。
 長女が幼少時代、自分の乗った遠足のバスが自宅の前を通りかかった。そのとき、バスガイドは「角栄の孫」が車内にいるとも知らず、こう言ったという。
「ここが、あのロッキード事件の田中角栄の家です」
 そのときの長女の心痛はいかばかりであったか。
 「有力政治家の家系に生まれたのだから、いい思いをしているにちがいない。だから、その見返りにプライバシーを暴かれるくらいガマンしろ」――そんな決めつけをする前に、長女の立場に立って少し想像力を働かせてみてほしい。

 『週刊文春』の「私はこう考える」の中では、伊藤洋一・住信基礎研究所主任研究員のコメントに最も共感した。

 伊藤氏は次のように述べている。
「出版差し止めは言論弾圧だ、という意見もある。憲法の趣旨に照らすなら、仮にあの記事が政治的見解や主張に関わるのなら、その危険性は高いと思う。公権力の行為、その行為の実施者は、国民やマスコミの『表現の自由』の対象者であり、それにかかわる出版差し止めや言論弾圧は許されないからだ。しかしあの記事に、政治的主張は認められない。言論弾圧だという人には、プライバシー暴露によって憲法十三条の『幸福追求の権利の尊重』が損なわれてしまうことをどう考えるのかと問いたい。(中略)今回は、プライバシー軽視の風潮に警鐘を鳴らしたものとして評価できる」

 それにしても、週刊誌の記事をめぐって「表現の自由」が国民的論議を呼ぶなど、前代未聞のことではないか。
 この国民的論議を呼び起こし、週刊誌報道のあり方に国民の目を向けさせたという一点だけでも、今回の差し止めには大きな社会的意義があったと思う。 
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 押井守監督の名を世界に知らしめた95年の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の続編である。前作の主人公であるサイボーグ特捜官・草薙素子はラストで「電子の海」に消えていったが、本作は残された捜査官たちによる別の事件の物語。草薙素子は、本作の終盤で再び「登場」する。

 最高級の家事用アンドロイドが、突然狂いだして持ち主の人間を殺す事件が頻発。
 本作の主人公となるサイボーグ捜査官バトーはそのうちの一体を追跡してマグナムで破壊するが、その際、少女型アンドロイドが「助けて……」とつぶやくのを耳にする。

 事件の遺族はいずれも、アンドロイドを製造した企業をなぜか訴えない。その裏にはスキャンダルがあった。それらの家事用アンドロイドにはセクサロイド(セックス用アンドロイド)としての「裏機能」がつけられていた。叛乱を起こした少女型アンドロイドたちは、持ち主のおぞましい趣味のための愛玩物だったのだ。

 少女型アンドロイドが「魂」を持つに至ったかのような「幻想」にとらわれつつ、バトーらは事件を捜査する。その背後にあった衝撃の事実とは……。

 単純にSFアクションとしても楽しめた前作に比べると、この『イノセンス』はやや難解である。

 主人公たちが孔子やら何やらの箴言をやたらと引用して「意味ありげ」な会話をくり返すのだが、こっちはそのつど会話の意味を考えてしまい、映画の中になかなか入り込めない。
 基本的にはハードボイルドSFなのだから、妙にペダンティックなセリフの山を作るのはいただけない。そういうメッセージは言葉に頼らず、映像に忍び込ませて観客に「感じさせる」べきものではないか。
 そんなわけで、私としては前作よりややマイナス点。

 ただ、ヴィジュアル面では日本のアニメ表現の最高峰といってもよい出来。とくに、舞台となる近未来都市の造型は、『ブレードランナー』の世界をさらに緻密にしたようで、見事である。難を言えば、CGアニメの部分とそうでない部分がところどころ水と油になってしまっているが、とにかく映像はすごい。

 背筋がゾクゾクするような素晴らしいシーンも多い。
 たとえば、クライマックスとなるのはバトーが「疑惑のアンドロイド工場」に乗り込むシークェンスだが、ハンス・ベルメールや四谷シモンの人形を思わせる少女型アンドロイドが次々と襲いかかってくるシーンは、アクションでありながら耽美的で、押井守にしか作れない映像美だと思った。

 かつて、大島渚の『戦場のメリークリスマス』を評して、評論家の小野耕世は「この映画を三島由紀夫に観せたかった」と言った。私はこの『イノセンス』を、いまは亡き澁澤龍彦に観せたかったとしみじみ思う。
 ベルメールの人形のような少女型アンドロイドが「魂」をもつ物語――いかにも澁澤が好きそうではないか。
 澁澤なら、この映画をどう評したであろうか?

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 以下は2004年3月21日付の日記。 

『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』をビデオで再見。

 今週中に押井守監督の最新作『イノセンス』を観に行くつもりなのだが、『イノセンス』はこの作品の続編に近いものだと聞いたので、その前に「復習」の意味で再見したのである。

 『GHOST IN THE SHELL』は、言わずと知れた押井の代表作。9年も前の作品なのに、いま観ても少しも古びていない。

 この作品は、『ビルボード』のビデオチャートで全米1位となった初の邦画であり、ジェームズ・キャメロンや『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟にも影響を与えた。
 とくに、『マトリックス』3部作には、この作品の「パクリ」といってもよい場面が少なくない。

 ハリウッドの最先端作家にパクられるジャパニメーション! 「ニッポンの文化力」誇るべしである。

 私は、まさにこの『GHOST IN THE SHELL』を作り始めたころの押井さんを取材したことがある(もう10年前なんだ。早いなあ)。

 仕事柄、いろいろな立場の人を取材する機会があるが、押井さんへの取材はこれまでで五指に入るくらい印象的なものであった(といっても、向こうは私を覚えていないだろう。トホホ)。
 こちらの質問の「行間を読む」というか、言外のニュアンスまで読み取って答えてくれる人という感じがした。「うわー、この人頭がいいんだなー」と感服した。
 しかも、自作について語る言葉の一つひとつに深みがあり、「とことん考え抜いて自分の作品を作っている人」という印象を受けた。

 そんなわけで、私は宮崎駿よりはダンゼン「押井守派」なのである。
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『ガタカ』

ガタカの画像


 1997年のアメリカ映画。監督はアンドリュー・ニコル。
 なぜいまごろ観たかといえば、先日読んだジェームス・D・ワトソンの『DNA』の中でこの映画が紹介されていて、よさそうだったから。ワトソンはこの作品について、「遺伝的に完璧であることに捕らわれた社会がどういったものになるかを、今日の想像力をぎりぎりまで押し広げて描き出している」と、高く評価している。

 なるほど、面白くて深い映画だった。

 舞台となる未来社会では、子どもたちの大半は高度な遺伝子操作によって生まれる「デザイナーベビー」である。
 あらゆる遺伝病の可能性、身体能力や知能、ひいては寿命までが遺伝子から判定可能となったその社会では、優れた遺伝子をもつ子どもだけが選別されて生まれてくる。

 遺伝子操作を経ずふつうに生まれてくる者もいるが、そうした子どもたちは「不適格者」の烙印を押され、職業などあらゆる面で差別されている。「遺伝子カースト」が人々を分かつ恐るべき階級社会なのである。

 主人公は、両親がデート中に激情にかられた結果、「不適格者」として生を享けたヴィンセント(イーサン・ホーク)。両親は長男を「不適格者」にしてしまったことを悔い、2人目の子どもは「デザイナーベビー」として作る。
 その結果、弟のアントンは体力などあらゆる面でヴィンセントより優れた資質をもって生まれ、競泳のたびにヴィンセントが負ける。

 やがてヴィンセントは、深い疎外感から「地球を離れたい」と望むようになり、宇宙飛行士になることを夢見る。だが、遺伝子差別の壁のため、それはかなわぬ夢である。
 成人したヴィンセントは、宇宙開発を手がける巨大企業「ガタカ・コーポレーション」の掃除夫となり、日々宇宙に打ち上げられるロケットを羨望のまなざしで見つめていた。

 見果てぬ夢に向かって勉強と体力トレーニングを欠かさなかったヴィンセントは、いつしか、遺伝子的にははるかに優れているはずの弟に水泳で打ち勝つまでになっていた。
 ヴィンセントは、他人になりすまし、「不適格者」であることを隠して宇宙飛行士になることを決意する。

 そのため、遺伝子エリートであり優れたスポーツ選手でありながら、事故による脊髄損傷で車椅子生活となったジェローム(ジュード・ロウ)と、身分を交換する「契約」を結ぶ。ジェロームから髪や血液、尿などを買い取り、DNAによるIDチェックをくぐり抜けようとするのだ。

 細心の注意をはらってジェロームになりすまし、ヴィンセントはタイタンへの有人宇宙飛行のメンバーに選ばれる。
 だが、飛び立つ一週間前になって、ガタカの社内で殺人事件が起こる。警察の捜査によって、そこにいるはずのない「不適格者」のDNAを持つまつげが発見された。それは、ヴィンセントのまつげであった。

 身分詐称が発覚すれば、ヴィンセントは宇宙に飛び立てなくなるばかりか、無実の殺人容疑で逮捕されてしまう。はたして、彼は警察の目を振り切り、夢をかなえることができるのか――。

 以上がこの映画の骨子。こんなに卓抜なプロットは、めったに考えつくものではないと思う。

 優れて現代的なテーマを扱いながら、基本的な枠組みは非常にオーソドックスである。出来の悪い兄と優秀な弟の確執、身分不相応な夢への懸命な挑戦、そして後半の、「正体がばれるかばれないか」のサスペンス……。

 もちろん、ロマンスも用意されている。宇宙飛行士としての訓練プログラムの途中で、ヴィンセントはアンドロイドのような美しさをもつアイリーン(ユマ・サーマン)と恋に落ちるのだ。

 秘密を抱えたままの恋。しかも、脚本も兼ねるニコル監督は、2人の恋をより運命的なものにする「仕掛け」を用意していた。
 アイリーンには心臓に遺伝的な欠陥があり、そのため、彼女は長期の宇宙飛行には耐えられない。しかし、じつはヴィンセントもまた、出生時のDNAチェックで「心臓疾患にかかる可能性90%、予測寿命30歳」と判定された人間だったのだ。

 アイリーンの遺伝的欠陥を知って、いっそう深い絆を感じるヴィンセント。だが、自分の秘密を彼女に明かすわけにはいかない。そのジレンマが、観ているこちらにも切ない。

 (まだ観ていない人に対してはネタバレになるが)、映画のラストでヴィンセントはいよいよタイタンに向けて飛び立つのだが、アイリーンは地球に残らざるを得ない。
 そしてそれは、この恋人たちにとっては永遠の別れとなる。すでに「予測寿命」を超えているヴィンセントが、長期の宇宙飛行から帰ってくることはおそらくないからだ。SFという器にオーソドックスな「悲恋」を盛り込んだ、ほろ苦いラストである。

 派手なSFXもアクションもないが、これはさまざまな要素がぜいたくに盛り込まれた(SF+青春映画+ラブストーリー+ミステリー)上質のエンターテインメントであり、「血の通ったSF」である。

 生き方がDNAに決定されてしまう恐怖社会に仮託して訴えられているのは、家庭環境や学歴などによって自分や他人の能力・生き方を決めつけ、可能性を限定してしまうことの愚かしさだ。

 この映画は、「人間のもつ無限の可能性への讃歌」である。スタイリッシュな映像と落ちついた語り口ながら、その底には「乗り越えられない宿命はない」という熱いメッセージが流れている。

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『立花隆秘書日記』

立花隆秘書日記の画像

 佐々木千賀子著『立花隆秘書日記』(ポプラ社/1500円)読了。
 
 書名のとおり、1993~98年にかけて立花隆の秘書をつとめた著者が、間近で見た立花の仕事ぶりと当時の思い出を綴った本である。

 想像していたよりもずっとよい本であった。
 田中角栄の死去や地下鉄サリン事件などの大きな出来事・事件が目白押しだった時期の秘書日記なので、その舞台裏が明かされるだけでも面白い。

 著者は非常に洞察力に富む人であるらしく、日々の出来事を綴るのみならず、立花の内面まで鋭く斟酌しており、その点も興趣尽きない。

 何より、文章が素晴らしい。平明で読みやすく、肩に力の入った感じや鼻につく感じがまったくない、好感度100%の文章である。この著者は、ライターをやっても十分食っていけると思う。
 もちろん、手練れのゴーストライターが談話をまとめた可能性もあるわけだが、たぶん本人が書いていると思う(ゴースト経験の多い私の勘だ)。

 暴露本や告発書のたぐいではなく、基本的には立花への敬意が主調をなしている本だが、それにしても、ここに描かれた立花隆の人間像は、気難しくてつきあいにくい、かなり「イヤな奴」である。
 まあ、優れた表現者の中には人格破綻者も多いわけだから、気難しいくらいのことは何ほどのこともないけれど。

 秘書をやめる(てゆーか、クビになる)までの過程を綴った最後のチャプターと、それにつづく「さいごに」だけ、トーンが異なる。その部分だけ立花隆批判になっているのだ。

 そこまでの筆致が冷静であたたかいものであった分だけ、この批判はずしりと重い。たぶん、立花自身にとっても、昨今の批判本よりも骨身にしみたのではないか。

 ところで、これを読んで思い出したのが、手塚治虫が亡くなった直後に出た『朝日ジャーナル』の臨時増刊『手塚治虫の世界』の中で、マンガ家・石坂啓が手塚のアシスタント時代の思い出を綴った「アシスタント日記」。
 これもたいへん面白かった。「ふくらませて単行本にすればいいのに」と思ったものだ。
 どなたか編集者の方、石坂啓に『手塚治虫アシスタント日記』を書かせてみませんか?
 もっとも、手塚の死後に「手塚本」が氾濫したときにもその手の本が出なかったということは、石坂啓自身がオファーをことわったのかもしれないが……。
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車谷長吉の作品

赤目四十八瀧心中未遂赤目四十八瀧心中未遂
(2001/02)
車谷 長吉

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『赤目四十八瀧心中未遂』(文春文庫)
 1998年の直木賞受賞作品。
 掛け値なしの傑作である。読み出したら途中でやめられない、まさに「巻を措く能わず」の面白さ。

 一時は広告代理店でエリートサラリーマンとして働きながら、子細あって尼崎のドヤ街に流れつき、モツ焼き用の臓物を串に刺す単純労働で口に糊している男(=かつての著者自身の分身)が主人公。
 物語の後半、主人公はドヤ街で出会った女と連れ立って、ヤクザの追跡から逃れて心中をしようとする。そこに至るまでに描かれる、社会のどん底で生きる人間群像が素晴らしい。まことに哀切、かつ凄みがある。

 「生島さん、私を連れて逃げて」
 「どこへ?」
 「この世の外へ」

 終盤で描かれる2人の逃避行。そして、その過程で初めて明確になるヒロイン「アヤちゃん」の人間像は、哀切の極みである。背中一面に「迦陵頻伽(かりょうびんが=インド神話に登場する、人頭鳥身の鳥)」の刺青をした、世の底に棲む不幸な美女――。
 
「けど、ほんまに困ったら、人は誰にも相談でけへんのよね。人に相談できるあいだは、まだほんまに困ってないいうことよね」
「うちはもう金で買われた女や。と言うことは、もううちがうちでない、いうことや。もう死んだ人間や」
「うちはドブ川の粥すすって生きて来たんよ。もう何も欲しいもんあらへんねん」

 ――「この世の闇へ沈められた人の言葉」。「その物言いにこもる怒り・悲しみには、己れが人間であることに絶望した人からのみ滲み出て来る『底冷え。』があった」

 この『赤目四十八瀧心中未遂』は、年齢を重ねた作者(1945年生まれ)にしか醸し出せない「人が人であることの悲しみ」が、全編にみなぎっている。そして、おぞましく無惨な世界を描きながらも、文章には不思議な透明感がある。



『鹽壺(しおつぼ)の匙』(新潮文庫)
 車谷の第一作品集(親本は92年刊)。三島賞と芸術選奨文部大臣新人賞をダブル受賞して、彼の文名を一躍高からしめたものだ。

 中・短編6編を収める。若くして自殺した叔父の思い出を中心に据えた表題作と、中編「吃りの父が歌った軍歌」が群を抜いて素晴らしい。

 いずれも両親・近親の恥(もちろん己の恥も)を容赦なくえぐり出す私小説なのだが、目を瞠る完成度。読む者に、無惨さを超えた澄明さを感じさせる。
 とくに「~軍歌」は、『赤目四十八瀧心中未遂』とともに、車谷の代表作になり得る傑作だと思った。

 エッセイ集『業柱抱き』で、車谷はこの作品について次のように触れていた。

「私は三十九歳のとき、一年間かかって、『吃りの父が歌った軍歌』という小説を書いた。父の真摯な、併しぶざまな生涯を叙したものである。書くことが、ただ苦痛であった。口から血へどをはく思いがした」

 たしかに、この作品にはそうした切羽つまった迫力があり、また、時間をかけて丹念に熟成した趣がある。作家が一生に一度しか書けないたぐいの作品である。

 また、「あとがき」も短いながら素晴らしい。批評家などが車谷を論ずるときに必ずといってよいほど引用する、車谷文学の見事な「マニフェスト(宣言文)」である。
 以下、その主要部分を引用してみる。

 「詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である。ことにも私小説を鬻(ひさ)ぐことは、いわば女が春を鬻ぐに似たことであって、私はこの二十年余の間、ここに録した文章を書きながら、心にあるむごさを感じつづけて来た。併しにも拘らず書きつづけて来たのは、書くことが私にはただ一つの救いであったからである。凡(すべ)て生前の遺稿として書いた。書くことはまた一つの狂気である。
 この二十数年の間に世の中に行われる言説は大きな変容を遂げ、その過程において私小説は毒虫のごとく忌まれ、さげすみを受けて来た。そのような言説をなす人には、それはそれなりの思い上がった理窟があるのであるが、私はそのような言説に触れるたびに、ざまァ見やがれ、と思って来た」

 ただ、この作品集には72年に発表されたデビュー作「なんまんだあ絵」などの初期作品も収録されているのだが、それらは習作の域を出ない凡庸な仕上がりである。あたりまえの話だが、車谷にも最初から傑作が書けたわけではないのだ。

『漂流物』(新潮文庫)
 芥川賞候補作を含む96年刊の短編集。平林たい子賞受賞作でもある。
 だが、私にはつまらなかった。よく言えば実験的、悪く言えば手抜きの作品が多い。

 「物騒」という短編がいちばんひどい。死んだ隣人が訪ねてきたりして、マジック・リアリズムの出来損ないみたいな作品なのだが、小説として完全に破綻してしまっている印象。
 また、「めっきり」という掌編は、本にまつわる思い出をダラダラ書き連ねただけの作品で、小説というよりは中途半端なエッセイ。

 表題作「漂流物」も、「青川さん」という主要人物の語りがダラダラとつづいてうんざりさせられる。
 話としては面白いのに、なぜ安易に「語り」に頼って描写を惜しむのか。血を流して書いていると言うわりには手抜きじゃないかと文句の一つも言いたくなる。

 『赤目~』と同じ「無一物」時代(=車谷が料亭のタコ部屋的下働きなどを転々としていた時代)のエピソードを描きながら、『赤目~』の完成度には遠く及ばない。芥川賞をとれなかったのもうなずける。
 もっとも、そのときの受賞作である保坂和志の『この人の閾(いき)』も、私にはどこがいいのかさっぱりわからないが。

 唯一面白かったのが、短編「抜髪」。
 これは、車谷がさまざまな場面で母親に言われてきた言葉を、ただ並べて作品化したもの(!)。地の文は一行もない。手法は実験的ながら、母親の言葉の一つひとつがいきいきと躍動していて、それを読むだけで面白い。車谷文学の原点はこの母親にあるのだ、と思わせる。いくつか抜粋してみよう。

 「男はをなごにだまされたいん。けど、をなごにだまされるぐらい具合のええことも、あらへんのやで。あんた一遍だまされて見な」
 「議論いうたら、インテリの猥談やないか」
 「言葉を書くいうことは、人をまどわすことやで。かどわかすことやで。かたることやで。ゆすりかたりのかたりやで」
 「義理とお義理は違うで。水と油ほど違うで。世ン中では、お義理のことを義理と言うんや。そない言いくるめて、人を雁字搦めにするんや」
 「あんた賞金百萬円ももうたん。(中略)けど、それはあんたがもうたんやないで。一時預かりの銭やで。あの人ら、いずれ元取ろうとしてやで。あんたに預けた百萬円、二百萬にして返してもらおうとしてやで。(中略)人に銭もらうぐらい恐ろしいことはないで」

 車谷作品に登場する女性像の原型、ひいては車谷の人間観・人生観・文学観の原型を、この作品に描かれた母親の言々句々は孕んでいる。

『金輪際』(文春文庫)
 99年刊の中・短編集。
 かなり玉石混交で、短いものほどつまらない。唯一中編といってよい長さの「児玉まで」がいちばん面白かった。

 車谷は、女性を描くのが非常にうまい。この「児玉まで」でも、品のよさと淫蕩さを併せ持ったヒロイン・頼子の描写が水際立っている。女性の嫌な部分まで容赦なく描きこみながら、なおかつ魅力的なのだ。

 でも、正直なところ、『赤目~』の圧倒的迫力には遠く及ばない。あれはきっと、車谷にとっても畢生の傑作だったのであろう。

 収録作品はどれも広義の私小説なのだろうが、私小説嫌いの私にも抵抗なく読める。本書を読んでその理由がわかった気がした。「どうしようもなく情けない自分」を自虐的に描きながらも、そんな自分に酔っているようないやらしさが皆無なのだ。
 むしろ、「情けない自分」を突き放した視点で眺めながら笑い飛ばすような、乾いたユーモアがあふれている。

 たとえば、収録作の一つ「変」は、自らが芥川賞の候補になりながら落選(その後直木賞を受賞)した時期のことを描いているのだが、その中に、自分を落選させた芥川賞の各選考委員を呪うため、「丑の刻参り」(!)をする場面が出てくる。

 なにやら筒井康隆の『大いなる助走』(筒井が直木賞に落選した怨念をエネルギーにして書いた作品)を彷彿とさせるエピソードだが、こちらは選考委員の名前もすべて実名で登場する。
 だが、一歩間違えば陰惨なこのエピソードが、車谷の小説の中にあってはむしろ爆笑を誘うのだ。

 みじめな自分・無惨な生を笑い飛ばす濃密なエネルギー。それが車谷の小説を、「私小説を越えた私小説」たらしめている原動力である。



『業柱抱き』(新潮文庫)
 車谷の第一エッセイ集(親本は98年刊)である。小説同様、誰にも真似のできない鉄壁の個性が横溢。
 タイトルからしてスゴイ。自らの半生を「業(=宿業)の柱を抱いて生きるような人生」だと宣言しているのだ。

 小説に対する基本姿勢を表明したマニフェストのような文章が多い。そして、それらのすべてに私は深く共鳴した。
 たとえば――。

「この世で一番まっとうに生きている人は、文学などには無縁に生活している人たちの中にいるのである。言葉をもてあそぶことのない、もの言わぬ人たちである」
「文学の本質には程度の差はあれ『反社会性』が含まれており、書くのは疚(やま)しいことであった」
「私小説一篇を書くことは、人一人殺すに似たことだと思うた」

 このように、“文学は無用の用”“小説家は堅気の仕事ではない”というのが車谷の基本認識である。
 だからこそ、直木賞をとって以来自分を「名士扱い」する周囲に、車谷は反発する。たとえば、「日本紳士録に是非お名前を」との案内書が送られてくると、それを即座にゴミ箱に投げ捨てる。

 「太宰治の時代じゃあるまいし」と鼻で笑う向きもあろうが、小説家の多くがサラリーマンとなんら変わらない存在になってしまった昨今だからこそ、反時代的な車谷の存在はいっそう光彩を放つのである。

 私は、この人の本を読むたび、「ピンポケのカラー写真の山に一枚だけまぎれこんだ、ピントの合ったモノクロ写真」を思い浮かべる。

『白痴群』(新潮社)
 2000年刊の中・短編集である。

 全体に小粒な出来。「傑作」というより「佳作」という表現が似合う感じ。
 高校時代の忘れ得ぬ恩師を描いた「狂」も、少年期の苦い思い出を綴った表題作「白痴群」も、そこそこ面白い。面白いのだけれど、「この話、わざわざ小説にしなくても……。エッセイにするくらいが妥当な題材じゃないの」と言いたくなる小粒感が漂う。

 川端康成賞を受賞した短編「武蔵丸」は、その最たるもの。
 これは、車谷夫妻がひと夏の間飼った、「武蔵丸」と名づけられたカブトムシの物語。飼い始めてから死ぬまでの出来事が、淡々と描かれる。
 車谷の筆力ゆえに、たったそれだけの話でもけっこう読ませるのだが、「こんなの、エッセイにしろや」と毒づきたくなる。川端賞をもらうほどの作品だろうか。

 最後に収録された「一番寒い場所」が、最も面白い。
 だが、それは描かれるエピソードの面白さであって、小説としての醍醐味とは似て非なるものだ。
 これは、車谷が若き日に交友をもった、山口二矢(浅沼稲次郎刺殺犯)の親友で三島由紀夫にも可愛がられたという、不思議な右翼青年の物語。
 その破天荒なキャラクターが魅力的で、「これほど面白い人物なら、多少ヘボな小説家が描いても面白い小説になるだろう」と思わせる。
 要するに、面白いけれど、車谷文学ならではの魅力が希薄なのだ。

『贋世捨人(にせよすてびと)』(新潮社)
 2002年刊の長編小説で、車谷が自らの青春時代を振り返った作品だ。

 私は川本三郎さんの『マイ・バック・ページ』(河出書房新社)という作品が大好きなのだが、これは“車谷版『マイ・バック・ページ』”という趣の作品。

 『マイ・バック・ページ』は、川本さんが『週刊朝日』の記者だった20代の日々を振り返ったもので、「ある60年代の物語」という副題どおり、1960年代のさまざまな流行・風俗がちりばめられた出色の青春グラフィティとなっていた。

 この『贋世捨人』も、時代背景となる1970年代初頭の社会的事件が随所に盛り込まれ、車谷らしい切り口でとらえた70年代グラフィティとして楽しめる。時代にどっぷりつかるのではなく、一歩退いた位置から時代を冷ややかに眺める視点が保たれているのだ。

 三島由紀夫の自決(1970)に衝撃を受けて小説を書き始めたという車谷は、伝説的雑誌『現代の眼』の編集部で働き(これは知らなかった)、連合赤軍事件(1972)や金大中事件(1973)にも、ある具体的なかかわりをもつ。

 のち、『現代の眼』編集部を辞めて朝日新聞社の中途採用試験に合格するのだが、石油ショック(1973)によって朝日が新規採用自体をとりやめ、せっかくの就職をふいにする。そして、関西の料亭の下足番として、「無一物」の生き方を始めるのだった。
 つまり、『赤目四十八瀧心中未遂』で描かれた時代の手前までが、この作品で描かれるのだ。

 大江健三郎、小林秀雄、小佐野賢治、児玉誉士夫、竹内好、斎藤十一などの大物が次々と実名で登場し、ゴシップ的興味からだけでも十分面白く読める。

 新潮社の「天皇」と呼ばれた斎藤十一(元重役。『週刊新潮』『フォーカス』の生みの親でもある)に批判的に言及した部分があるのだが、にもかかわらずこの本が新潮社から出せたのは、斎藤がすでに世を去ったからであろう。

 車谷自身についての部分では、ほかの作品と重複するエピソードも多いのが難だが(ま、これは私小説作家の定めだ)、小説としてすこぶるていねいな仕上がりで、読み応えがある。

 『マイ・バック・ページ』は清冽なリリシズムに満ちた切ない作品だったが、同じ青春グラフィティでも、こちらは車谷らしくむごたらしい印象。「青春という名の地獄巡り」という趣である。

 無惨な初体験(娼婦を買ったら、事後に相手が小学校時代の同級生であることに気づいた、というもの)や手ひどい失恋のことなども、自らの心の傷を容赦なくグリグリえぐるように描いている。

 また、物語の後半では、文芸誌『新潮』の担当編集者と車谷との、四六時中睨み合うような凄絶な関係が描かれる。

 車谷の才能に惚れ、世に出そうとする編集者の入れこみようときたら、よく言えば「熱意にあふれ」ているが、悪く言えば「もうムチャクチャ」である。
 1本の小説を『新潮』に掲載するまでに、じつに12回(!)も原稿を没にし、原稿を持っていくたびに「俺は失望したよ」とか「お前、よくも俺にこんな原稿を読ませやがったなッ」などという悪罵を投げつけるのだ。

 そのくせ、自分のボーナスの一部を一方的に車谷に押しつけ、経済的援助をしたりする。こんな文芸編集者はいまどきもういないと思うが、車谷が逃げ出したのも無理はない。

 ちなみに、天皇・斎藤十一は車谷の作品を蛇蠍の如く嫌っていて(さもあろう。なんとなくわかる)、「車谷に入れ込みすぎた」という理由でその編集者を文庫編集部に異動させてしまったという。

 いやあ、じつに面白かった。面白さということでいえば、『赤目四十八瀧~』の次くらいに位置すると思う。

 『贋世捨人』というタイトルも、車谷らしくてじつによい。ただ世捨人を気取って自分に酔いしれるのが並の私小説作家だとしたら、車谷には、そんな自分を一歩しりぞいた位置から眺めて皮肉な笑いを浮かべている趣がある。「しょせん贋世捨人やないか」と……。



『文士の魂』(新潮社)
 自らが愛読し、創作の手本ともしてきた小説について綴った連作エッセイ(2001年刊)。

 私小説中心のセレクトになっているのかと思ったら、さにあらず。車谷の読書の幅は意外に広い。澁澤龍彦の『犬狼都市』などという、自身の小説とは似ても似つかない作品まで取り上げて絶賛している。

 ただ、車谷の文学観はやはり独特のものである。
 どんなに世評高い「名作」であっても、自らの文学観に照らして愚作だと思えば容赦なくこきおろす。その毒舌ぶりが読んでいて痛快だ。たとえば――。

「(森鴎外の)『阿部一族』の息詰まるような文体の緊密さに較べたら、司馬遼太郎の歴史小説など風呂の中の屁みたいなものである」
「『金閣寺』を再読した。その結果、この度も、三島が牛の涎のごとくたれ流す、美と不具者についての哲学的考察については辟易した。果たしてこれが小説の文章だろうか。(中略)この作品は、三島由紀夫生涯の傑作と評されている小説である。併しこの美と不具者についての考察は退屈である。空虚である」

 また、堂に入った「ひねくれ者」ぶりが、いつもながら面白い。たとえば、車谷はこんなふうに書く。

 「己がなまじ文士の端くれのような生活をしているだけに、作家などとは付き合いたくはないのである。作家などというものは、一番下等な人種である。従って、尊敬の念などかけらも持っていない。これを淋しいといえば淋しいに相違ないが、併し文学は本来独学でやるものであるから、これでよいと思うている」

 たんなる読書エッセイというより、車谷自身の文学観を他の作家の作品に託して披瀝した1冊。ファン必読である。

『錢金(ぜにかね)について』(朝日新聞社)
 2002年刊のエッセイ/評論集である。
 書名は、収録作品のうちいちばん長いエッセイのタイトルをとったもの。お金のことを書いた文章ばかり集めているわけではない。

 直木賞受賞以来一躍売れっ子になった車谷が、さまざまなメディアに書いた文章を寄せ集めたもの。「受賞の言葉」のたぐいや、車谷が行った講演の速記録に加筆したものなどまで収めている。ページ数合わせのために入れたような、取るに足らない駄文も多い。

 玉石混交ではあるが、「玉」の中には目を瞠るような素晴らしい名文がある。
 とくに、亡くなった友人や恩人・畏敬する作家について綴った一連の文章には、余人の追随を許さぬ深みがある。

 たとえば、かつて自分を手ひどく裏切った友の病死を受けて綴られた、「死の光」。
 大学時代の恩師であり、自分を世に出してくれた恩人でもある江藤淳の自殺を受けて綴られた「恂愛」「喪失」。
 三島由紀夫の自決の衝撃を振り返り、その死の謎に車谷らしいアプローチで迫った「三島由紀夫の自刃」。
 無名時代の車谷を高く評価した恩人・白洲正子を追悼した「魂の師・白洲正子さんを悼んで」。
 ――いずれ劣らぬ、心にしみる名文である。

 また、追悼文ではないが、「私の文章修行」や、妻・高橋順子(詩人)との出会いを振り返った「みみず」も、珠玉というにふさわしい名編だ。
 世の作家の中には、「小説はいいけど、エッセイや評論を書かせるとまるでダメ」という人が少なくない。が、車谷はエッセイや評論を書かせても抜群である。

 ページ数はもっと少なくてもよいから(350ページを超える)、どうでもよい駄文は削って、これらの名文だけでエッセイ集を編んでほしかった気がする。

 車谷の「ひねくれ者」ぶりは、このエッセイ集でも全開。
 たとえば、「私は東京人が嫌いである」という一編があるのだが、この文章の初出を見れば、なんと雑誌『東京人』に寄せたものなのである。『ニューヨーカー』に、「私はニューヨークが嫌いだ」というエッセイを書くようなものだ。
 「いまの東京は日本で一番醜い都市である」と吐き捨てるように書いたこの小文が、よくまあボツにならず『東京人』に載ったものである。

 ひねくれ者ぶりも、ここまで徹底すれば立派な「芸」だ。


『忌中』(文藝春秋)
 2003年11月刊行の最新短編集。

 すこぶる質の高い短編集だが、これまでの車谷の全著作中、最も暗くやりきれない1冊でもある。

 なにしろ、収録作6編のうち、じつに4編までが自殺・心中の話であり、1編は殺人事件の犠牲者となった高校時代の女友達を描いた小説なのだ。不吉な書名のとおり、本の中に死が満ちている。

 これまでの車谷作品には、暗くおぞましい世界を描いても、どこかにその暗さを笑い飛ばすユーモアがあった。しかし、この本に収録された6編にはユーモアが欠落している。もう真っ暗。どこにも救いがない。
 
 ただ、だからつまらないかといえばそんなことはない。とくに、今年に入ってから発表された後半の3編、「三笠山」「飾磨」「忌中」は、甲乙つけがたい傑作である。

 この3編は、いずれも私小説ではない。たとえば「飾磨」は、車谷作品で初めて女性を主人公にしている。私小説を書きつづけてきた車谷が、いま、懸命に作家としての新境地を模索しているのだ。

 そして、3編の素晴らしさは、車谷が私小説以外の分野でも十分にやっていけることを証して余りある。

 私がいちばん感銘を受けたのは、「三笠山」である。
 これは、建築資材を扱う零細企業が資金繰りに行き詰まり、経営者夫婦が子ども二人を道連れに一家心中をするまでの経緯を克明に描いた作品。

 「そんな暗い小説、読みたくない」と思う向きもあろう。たしかに暗い。ムチャクチャ暗い。しかし、まぎれもない傑作。読み始めたら途中でやめられない異様な迫力がある。

 幸せな恋愛を経て結婚した夫婦が、少しずつ奈落に落ち、心中に追い込まれるまでの過程が、まことに哀切に、ずしりと重いリアリティで描かれていく。
 
 実際にあった事件を下敷きにしているのかもしれない。しかし、『週刊新潮』の「黒い報告書」(「最近の事件をヒントにした創作です」というヤツ)のような紋切り型の低俗な「事件読み物」とは、まるで次元の違う深みがある。

 私がこの「三笠山」を読んで思い出したのは、三島由紀夫の「憂国」である。心中前夜の夫婦を描いているという一点が共通しているのみで、作品の傾向はまったく異なるのだが、これは車谷にとっての「憂国」なのだ、と思った。

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 『赤目四十八瀧心中未遂』を初めて読んで以来、のめりこむように次々と車谷作品に手を伸ばしてきたが、これでようやく既刊すべてを読み終えたことになる。

 けっきょく『赤目四十八瀧心中未遂』を超える作品には出合えなかったが、それでも、車谷作品をこれからも読みつづけたいと思った。

 ここで、福田和也の『作家の値うち』に倣って、不肖私が、これまでに読んだ車谷の作品集(小説/エッセイ)の採点をしてみよう。
 ま、私ごときの評価など、車谷流に言えば「風呂の中の屁みたいなもの」だけれど……。

『赤目四十八瀧心中未遂』95点
『鹽壺の匙』90点
『漂流物』30点
『金輪際』65点
『業柱抱き』70点
『白痴群』45点
『贋世捨人』90点
『文士の魂』60点
『錢金について』70点
『忌中』85点
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『DAYS JAPAN』について

もう一つの『DAYS JAPAN』(2003年12月20日記)
『デイズ・ジャパン(DAYS JAPAN)』という雑誌を覚えている人は、どれくらいいるだろうか?

 硬派のヴィジュアル・ジャーナリズム誌として、1988年に講談社から鳴り物入りで創刊されながら、わずか1年足らずで謎の廃刊を遂げた〝幻の雑誌〟である。

 いい雑誌だった。
 講談社という大出版社が発刊しているとは思えないほど、反権力姿勢を全面に打ち出し、創刊号でいきなり原発問題に鋭く切り込んだ巻頭特集を組んだりした。

 寄稿者にも、藤原新也、広河隆一、宮内勝典、広瀬隆など、当時脂が乗り切っていた作家やジャーナリスト、フォトジャーナリストを積極的に起用し、読み応えのある記事が多かった。

 同誌の担当役員であった名編集者・内田勝(『少年マガジン』を初めて100万部雑誌に育て上げた人)の回想録『奇の発想』(三五館)によれば、同誌は「大衆をパトロンとした〝欲望充足のジャーナリズム〟ではなく、未来の地球の生きとし生けるものへの〝愛のジャーナリズム〟」「〝文明論ジャーナリズム〟」を目指していたという。すごいではないか。

 『デイズ・ジャパン』が廃刊せずにつづいていたら、いまの日本の雑誌ジャーナリズムは、もう少しマシになっていたのではないかと思う。

 創刊翌年の突然の廃刊は、記事に書かれた某有名タレントの講演料に事実誤認があったから、という理由によるものだった。
 しかし、これはいかにも不自然で、「真の廃刊理由」をめぐってさまざまな憶測を呼んだ。「同誌の反権力姿勢が我が国のエスタブリッシュメントの逆鱗に触れたのだろう」ともいわれた。

 少し前に、内田勝さんにお会いする機会があった。その際、「『デイズ・ジャパン』の廃刊理由は、ホントはなんだったんですか?」と聞いてみたが、ただ苦笑するのみで教えてくださらなかった。胸に秘めて「墓場までもっていく」たぐいの事柄なのであろう。

 前置きが長くなった。

 私はこの夏、『デイズ・ジャパン』のメイン・ライターの1人でもあったフォト・ジャーナリストの広河隆一氏を取材した。

 その際、氏は現在の日本の雑誌ジャーナリズムへの深い幻滅を吐露され、もう自分で雑誌を作るしかないと思っている、とも語られた。

 そしてさきごろ、広河事務所より、その新雑誌の創刊案内が届いた。「広河隆一 責任編集」で来年3月に創刊予定だというその雑誌の名は、『DAYS JAPAN』。

 そう、広河氏は、かつてわずか1年で消えた伝説の名誌の名を、新雑誌にあえて冠されたのである。「権力に媚びない本格派フォト・ジャーナリズムの火を、もう一度日本にともそう」という深い決意が、そこには見て取れる。

 かつての『デイズ・ジャパン』は、大出版社の潤沢な資金力があったからこそ作れた雑誌であり、個人中心の雑誌では資金面で相当の苦難があると思う。

 年間予約購読者を募る案内パンフには、1口10万円からの「新雑誌募金」(=資金援助)を求める文章も添えられていた。
 私はさっそく年間予約購読を申し込んだものの、あいにく、ポンと10万円を募金するほどの金銭的余裕はない。
 
 お金持ちの方々はどうか資金援助をしてあげてほしい。
 我が国一流の志あるフォト・ジャーナリストが集結した雑誌となることは、請け合う。

『DAYS JAPAN』創刊号(2004年3月17日記)
 年間購読した『DAYS JAPAN』の創刊号が、今日メール便で届いた。
「広河隆一責任編集/世界を視るフォトジャーナリズム月刊誌」である。
 
 創刊号の特集は「大義なき戦争」。むろん、米国によるイラク爆撃・占領のことである。
 ほか、ハンセン病元患者たちを取材したフォト・ドキュメンタリーや、夫による妻へのDVをテーマにしたリポート、ジェイムズ・ナクトウェイによる「チェチェンの子どもたち」などが柱になっている。

 まだ文章まで読んでいないのだが、写真を見るだけでもすごい。一枚一枚の写真の重みが圧倒的である。

 表紙は、イラク爆撃で亡くなった少女を抱き上げる父親の写真。ページをめくると、広河隆一さんによる「創刊のことば」の隣に、その写真がもう一度登場する。
 ただし、そちらは表紙写真と違ってトリミングされておらず、全体像が明らかになる。少女の脚は、爆弾に吹き飛ばされてグシャグシャになっているのだ。胸がつまる。

その写真のキャプションにはこうある。
「米英軍は大量のクラスター爆弾をイラク南部の都市バスラに投下した。市内での負傷者、犠牲者の圧倒的多数は、この少女のように一般市民だった。2003年3月22日」

 そのほかすごいと思ったのは、セバスチャン・サルガドの写真。「サルガドの世界」という連載になっていて、その第1回「砂漠に消えた湖で」は、西アフリカ・マリ共和国を襲った飢饉(1985年)の模様を撮った写真で構成されている。
 干上がった湖をさまよう難民の母子の姿をとらえた写真など、それ自体が見事な絵画のようだ。

 その連載に寄せたエッセイで、作家・池澤夏樹は言う。
「サルガドの写真の中では美しさと、過酷や悲惨という二つの異質な力が衝突している」
 まことにしかり。悲惨な現実を刻みつけた写真でありながら、峻厳な美しさに満ちている。 

 また、フォトジャーナリスト野町和嘉の写真と文で構成された「サハラ」も素晴らしい。
 とくに、モロッコの山中で暮らすベルベル族の女性が赤子に乳を与えながら静かに微笑む写真。母性というものをこれほど美しくとらえた写真を、私はほかに知らない。

 ただ、64ページで820円のこの雑誌を、採算ベースにのせるのはやはり難しいかもしれない。広告もほとんど入っていないし。
 これ1冊で、クッダラナイ既成の写真週刊誌10冊分以上の価値はあると思うのだが……。 
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さらば『噂の眞相』

 今日は、『噂の眞相』休刊号の発売日。書店が開くのを待っていそいそと買いに行く。

 「廃刊ではなく休刊だから、少し間をおいてまた復活するんじゃないの」という声もあるようだが、編集部員の再就職先はすでに決まっているというし、岡留編集長は沖縄に家を買って移住するというから、それはなさそうだ。

 思えば、私はこの雑誌を92年から毎月必ず買っていた。12年にわたって自分の金で買いつづけた雑誌は、ほかにない(長年贈呈していただいている雑誌はあるが)。休刊にはなにがしかの感慨がある。

 休刊号だから「捨てゼリフ」的にヤバイ記事をドカンと載せるかも、という“期待”もあったのだが、いつもと同じ調子の中身。まあ、この淡々としたところがウワシンらしいかな。

 ウワシンの報道には、問題も多々あったと思う。
 ほかがやらない検察批判などもガンガンやる反権力姿勢はいいとして、“芸能人や有力文化人もすべて「公人・権力者」と見做し、批判対象とする”というポリシーから、ときに深刻な報道被害が生まれていた。

 “芸能人や文化人も権力者だから、彼らを叩くのも権力批判である”というのはタテマエで、実際には、政治家などを対象とした「ホントの権力批判」だけで誌面を埋めたら売れないから、芸能人・文化人のゴシップも取り上げざるを得なかったのだろう。

 まあ、そういう私も、ウワシンでいちばん熱心に読んでいたのは有名作家のゴシップだったから、エラソーなことは言えないが。
 小説を出版している版元の雑誌では作家批判はできないから、この分野はウワシンの独擅場だったのである。私は、ウワシンのその手の記事だけをスクラップした「作家のゴシップ集」を作っていたりする(悪趣味!)。

 ただ、ウワシンは一般市民を叩く記事はまったくといってよいほど載せなかった。ほかのマスコミが被疑者に対する魔女狩り的集中砲火を行なう犯罪報道についても、終始節度を保っていた。
 ウワシンが訴えられた裁判で、『犯罪報道の犯罪』で知られる「人権派」浅野健一さんが証人としてウワシンの弁護を買って出たことがある。そのことが象徴するように、ウワシンはイメージとは裏腹に、市民の人権への配慮はあった雑誌なのである。その点では『週刊新潮』などより100倍マシな雑誌だった。

 休刊理由については、「噂が瞬時にネットを駆けめぐる時代になって、存在意義が薄れた」とか、「名誉毀損訴訟の賠償額高騰(私は適正化だと考えるが)によって、裁判を多く抱える雑誌作りが立ちゆかなくなった」とか、いろいろささやかれている。

 その「眞相」はともあれ、売れ行き順調なのにスッパリ休刊するというのは、ウワシンらしくてカッコイイと思う。
 「12年間愉しませてもらいました。どうもご苦労様」と言っておこう。
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『東京トンガリキッズ』文庫化



 中森明夫の『東京トンガリキッズ』(角川文庫/550円)を再読。
 1980年代後半、『宝島』に連載された伝説的な連作青春小説である。雑誌『ビックリハウス』が復活したり、YMOが再評価されたりと、さまざまな形で起こっている「80年代リバイバル」の波に乗って、単行本化から17年目にして初の文庫化がなった。

 いわゆる「新人類」の代表格であった中森の、作家としてのデビュー作にあたる。

 この『東京トンガリキッズ』は、やはり80年代青春小説の最高傑作だったなあ、と改めて思う。
 ただし、80年代のサブカル状況の中で青春を過ごした世代にしかわからない記号がてんこもりだから、後世に残ることはあるまい。

 「記号」の一部を列挙してみると、六本木インクスティック、ナゴムギャル、甲田益也子とディップ・イン・ザ・プール、サン・スト(サウンド・ストリート)、ピテカントロプス(店名)、ブルーハーツなどなど。

 小説はこういう時代性を孕んだ固有名詞・流行語から古びていくものだから、通常、作家はこうした「記号」をなるべく使わないようにするものだ。
 しかし、中森は逆に、80年代後半ならではの記号を意図的に多用している。また、『宝島』の連載も、人気が継続していたにもかかわらず、自ら申し出て80年代最後の号(89年12月号)で終了したという。
 つまりこれは、80年代という時代の空気をパッケージし、「80年代に殉じた」(中森自身の言葉)小説なのである。「80年代ブーム」のいま、時宜を得た文庫化といえよう。

 1980年代の10年間は、私にとっては15歳から25歳にあたる。80年代後半、リアルタイムで読んでいたこともあり、思い出深い作品だ。

 それぞれ立場の異なる少年少女たちの一人称で書かれた、48編のショート・ストーリー(単行本未収録の作品が20編も含まれている)。いずれも、若者たちの話し言葉を絶妙に取り込んだ、ふつうの純文学とはまったく異なる文体で紡がれている。

 いまどきの若者が読んで面白いかは保証のかぎりではないが、80年代に青春を過ごした世代にとっては特別の価値をもつ作品である。つまり、かなり読者を限定した青春小説。

 ただ、単行本にはたくさん入っていた写真がカットされているのは残念。写真と文章のコラボレーションがいい味を出していたのに……。

 なお、単行本にも文庫にも、エピグラフとして堀川正美の詩「経験」の有名な一節が掲げられている。中身を読んだあとにこの一節に触れると、なんかジーンときてしまうのである。

 

 明日があるとおもえなければ
 子供ら夜になっても遊びつづけろ!



 そういえば、中森明夫って、『SPA!』の連載はとうに終わったし、連載をもっている『噂の眞相』は来月休刊だし、その後は仕事があるんだろうか(大きなお世話ですね)。
 なんだか最近パッとしないけど、私はいまでも中森の才能を高く買っている。まだ枯れてはいない人だと思っている。がんばってもらいたいものだ。
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「私の体はワインでできているの」

 「私の体はワインでできているの」
 
 ご存知、女優・川島なお美の名セリフ。正確に引用すると、次のようになる。

「ワインが好きとか嫌いじゃなくて、私の体はワインでできているの。私の血も肉もワイン」

 ずいぶん有名になったセリフである。
 これをもじって、酒席で「オレの体はビールでできているんだよ。ガハハハ!」ってな感じのオヤジ・ギャグを飛ばしてしまった人も少なくあるまい。

 だが、これはまだ序の口。
 彼女の著書『フルボディ/恋して、ワインして』(マガジンハウス)の巻末に載っている阿木燿子との対談では、「私、ワインで女としてぼろぼろになって死んでいっても全然OK」とか、「前世がワインだったんですよ」(!)という強烈な発言をしている。

 ちなみに、クドカンこと宮藤官九郎が2003年8月に出した初エッセイ集のタイトルは、『私のワインは体から出て来るの』(学研)であった。

 川島なお美は、このタイトルを見てさぞ怒っただろうなあ。

 ……と思いきや、川島の公式サイトにはクドカンのこの本が堂々と紹介されていた。度量が広いですね川島さん。いや、お見それしました。

 川島なお美には、ほかにも名セリフがある。
 たとえば、これ。

 「20代って女の春だと思うの……30代は女の夏。私、いま夏」
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坂本龍一『CHASM』


CHASMCHASM
(2004/02/25)
坂本龍一

商品詳細を見る


 私が愛してやまない矢野顕子が、オフィシャル・サイトのダイアリー(2月27日付)で次のように書いていた。

「ついでですが、坂本龍一の新譜はすばらしいですぜ。この頃のうちのヘビロです」
※「ヘビロ」は「ヘビー・ローテーション」(=そのCDをよく聴いているという意味)の略

 周知のとおり、矢野顕子は坂本の元・妻で、正式に離婚してからまだ日も浅い。そうした立場で、しかも自分がミュージシャンとして直接参加したわけでもない新譜を絶賛するのだから、ヨイショ抜きのホンネであろう。
 
 で、この新譜についてのアマゾンのカスタマー・レビューをのぞいて見れば、「『音楽図鑑』や『未来派野郎』のころのキョージュが好きな人なら、絶対気に入るはず」なんて言葉が目についた。

 おお、『音楽図鑑』! 坂本が1984年に発表した、私がいちばん好きなアルバムである。美しいメロディーと極限まで作りこまれた音世界をもち、ポップでありながら静謐で切ない作品。「TIBETAN DANCE」「PARADICE LOST」「森の人」「A TRIBUTE TO N.J.P.」など、名曲揃いだ。
 その『音楽図鑑』に近い作品なら、買わないわけにはいかない。アマゾンのカスタマー・レビューは当てにならないけど、アッコちゃんも絶賛していることだし。

 というわけで、買ってきました、坂本龍一の『CHASM』(ワーナー/3059円)。

 私はもともとYMOオタクであったから、一時期まで坂本はいちばん好きなアーティストと言ってもよい存在だった。矢野顕子や渡辺香津美にしても、そもそもは坂本/YMO経由でファンになったのである。

 しかし、1980年代末あたりから、坂本のやる音楽は私の好みとしだいに乖離していった。
 知的で陰鬱な、過激さを底に秘めたロマンティシズムこそ坂本の音楽の魅力であったのに、明るさというか「肉体性」を志向し始めたあたりから、違和感がつのり始めた。
 安直なアレンジで沖縄民謡を取り上げたりして、「ワールド・ミュージックに媚びる」感じがイヤだった。『スウィート・リベンジ』『スムーチー』の、あまりにあからさまなポップ路線にも首をかしげた。
 『LIFE』という大仰なオペラを手がけたあたりで、「あ、坂本は私の視界から外れた」とはっきり思った。

 そんなわけで、アルバムでいうと『BEAUTY』(1989年)あたりから坂本に積極的興味をもてなくなっていた私だが、今回の『CHASM』はわりと気に入った。

 たしかに、『音楽図鑑』のころに近い感触がある。東洋的な美しいメロディーに、細部まで作りこまれた静謐な音。細野晴臣と高橋ユキヒロからなる「スケッチ・ショウ」がサウンド・プログラミングで参加していることもあってか、YMOを彷彿とさせる部分もある。
 ポップな作品だが、「coro」のようなバリバリのノイズ・ミュージックも入っていたりして、「キョージュのウラ名盤」の筆頭に挙げられる『B-2 UNIT』(1980年)に近い過激さもある。

 ただし、昔とは違って、歌詞や曲名にはポジティヴなメッセージ性が顕著である。なにしろ、「War&Peace」「World Citizen-I won’t be disappointed」「only love can conquer hate」である。平和、愛、世界市民! 80年代までの坂本なら、こんなタイトルの曲は絶対に作らなかったろう。

 オープニングを飾る韓国語ラップ(韓国の人気ラッパー、MCスナイパーによる)「undercooled」のライムも、驚くほどストレートだ。

「教えてくれよ、オレに/尊厳も人権も踏みにじられて/オレたちの自由はどこにあるのか教えてくれ」「教えてくれよ、オレに/誰でもが生きられる愛と平和の行方を」(ライナーの対訳より)

 こういう前向きなメッセージ性それ自体は支持したい。
 ただ、今回のアルバムを手放しで礼賛する気には、残念ながらなれない。というのも、曲の出来不出来の差がけっこう激しくて、「なんでこんなつまらない曲を入れたの?」と首をかしげる退屈な曲もいくつかあるからである。

 とりあえず気に入った曲だけを挙げると、「undercooled」、「War&Peace」、「World Citizen」(ヴォーカルはデヴィッド・シルヴィアン)、「Ngo」、「the land song」(「六本木ヒルズ」のテーマ曲)、「Seven Samurai」(プレステ2のゲーム「Seven Samurai 20XX」のエンディング・テーマ曲)。これらの曲はほんとうに素晴らしい。

 これだけいい曲が入っているから傑作とするか、いくつかの駄曲を重くみて傑作としないかは、微妙なところだ。
 とりあえず、私としては「買ってよかった」と思えたアルバムである。
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「男もすなるプロポーズというものを……」


「何かワイルドでクレージーなことをしよう。面白半分に結婚しちゃおうよ」

 アメリカの歌手ブリトニー・スピアーズが、幼なじみに「酔った勢い」で言ったというプロポーズの言葉。

 2人はラスベガスで結婚式を挙げたが、わずか55時間後、婚姻無効の申請書が家庭裁判所に受理された。次に結婚するときには初婚扱いになるとか。

 ブリトニーは「結婚」当時泥酔状態で、「酔いがさめたときに自分が結婚したことに気づき、ショックを受けていた」という(笑)。

 ううむ。これが話題作りのために意図的に仕掛けた騒動だとしたら、ただ者じゃないな、ブリトニー。
 もしホントに「ついうっかり結婚してしまった」だけだとしたら、真性のアホだけど……。

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「ケイスケの父親になってくれませんか?」

 女優の竹下景子が、夫のカメラマン・関口照生に言ったというプロポーズの言葉。「ケイスケ」とは、当時竹下が飼っていたシベリアン・ハスキーの名前である。

 長らく「お嫁さんにしたいタレント・ナンバーワン」の座にあった彼女は、意外にも、自ら「お嫁さんにしてほしい」と言ったのだった。

 だが、このプロポーズを受けたとき、関口は「一週間考えさせてほしい」と答えたのだとか。罰当たりなことである。

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「郷ひろみはファンのもの。私は原武裕美と結婚するの」
 
 歌手の郷ひろみと結婚した資産家令嬢・大根田名美さんが、郷との結婚を決めるに際して言った言葉。「原武裕美」とは郷の本名である。

 郷は、コンサートの中でファンに「結婚報告」をした際、「原武裕美は結婚しますが、郷ひろみは結婚しません」と発言。それが名セリフとして芸能マスコミに報じられた。
 しかしこの名セリフ、ネタ元は新婦のほうだったのである。

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「私が幸せにしてあげる。守ってあげる」

 女優の南果歩が、前夫である作家の辻仁成に言ったというプロポーズの言葉。

 蜜月時代には、辻が監督、南が主演で『天使のわけまえ』という映画を作るなど、仲睦まじかった2人。
 南は、婚約指輪を買おうとした辻に、「そのお金で少しでも長いフィルムを買って映画を作ろう」と言ったという。うぅぅ、けなげ。

 私は、中山美穂(現・辻夫人)より南果歩のほうがはるかに好みである。辻仁成はオロカモノだと思う。

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 「義丹さんの人生を狂わせたくはないけれど、好きです。それだけ受け止めてください」

 いままさに〝離婚問題進行中〟である歌手のマルシアが、作家・俳優の大鶴義丹に言った求愛の言葉。
「私って正直者だから、好きなものを隠せないの」――ブラジル出身らしい積極的な恋愛流儀。

 「義丹の故郷はマルシア、マルシアの故郷は義丹なの」という蜜月時代の名セリフ(『コスモポリタン』1996年1月20日号のインタビューより)も、いまとなってはムナシイ。

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 歌手の岩崎宏美は、結婚記者会見で「ご主人からのプロポーズの言葉は?」と質問され、こう答えた。

「言うのがもったいなくて……」

 これも、プロポーズをめぐる巧まざる名言の一つに数えておきたい。
 ただし、岩崎宏美もすでに離婚している(この手の皮肉な事例が3つ続いてしまったが、他意はない)。

 ところで、私んところもじつは「妻からプロポーズ」組である。
 え? プロポーズの言葉? 言うのがもったいなくてぇ(笑)。 


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岡本薫『著作権の考え方』

 岡本薫『著作権の考え方』(岩波新書/740円)読了。
 昨年まで文化庁著作権課長をつとめていた「著作権のプロ」による、著作権の本質を知るための優れた概説書である。

 インターネットや各種デジタル機器の発達によって、コンテンツ創作手段/利用手段を大多数の人々が手に入れ、いまや「一億総クリエイター、一億総ユーザー」時代となった。著作権は「一部業界の一部のプロ」のみならず、すべての人々にとって身近なものとなったのだ。じっさい、最近では中学・高校でも、著作権に関する教育が必修となっているという。

 本書は、そうした時代の変化をふまえ、著作権のなんたるかを最新のトピックを盛り込んで平明に概説したものである。

 といっても、教科書のようなカタい内容ではない。
 むしろ、「目からウロコ落ちまくり」のすこぶる面白い本だ。これを「ネタ本」にして、テレビの『行列のできる法律事務所』のような法律クイズがたくさん作れそうなのである。
 たとえば――。

 「三越」の包装紙には著作権があるが、「高島屋」の包装紙には著作権がない。
 なぜか?
「前者は元々『抽象画』(美術作品)であったものを包装紙に使っており、後者は最初から包装紙(実用品)用にデザインされたものだからだ」

 会社員が「職務の一環として」作った著作物は会社(雇用主)が著作者となるが、会社員が勤務時間中に仕事をサボって作った著作物は、その会社員が著作者となる(ただし、会社が「著作者」となるのは日本独特の慣行)。

 映画だけは、実際に映画を作った監督らではなく、制作した映画会社が著作権をもつようになっている。
 たとえば、Aという監督がBという映画会社の制作した映画を監督した場合、監督Aはその映画に関する著作権のうち「人格権」のみをもち、残りの著作権は映画会社がもってしまう(!)。
 「この制度については、『映画会社は巨額の投資を行なって営業上の危険を負担しているのだから、権利をもって当然』などという説明がなされているが」「要するに『映画業界の政治力』である」
 
 ……と、このように「へえー」と思わせる面白いトピックを楽しむうち、著作権というものの本質が読者におのずと理解できるように構成されている。
 職業柄、著作権についてはひととおり知っているつもりでいた私だが、それでも、この本を読んで初めて知ったことがたくさんあった。

 とりわけ「目からウロコ」だったのは、アメリカは先進国中、著作権保護の水準が最も低く、逆に日本の著作権保護の水準は世界最高レベルにある、という話。
 正反対のイメージを抱いていた人も多いだろう。私もそうだ。
「アメリカは訴訟社会・契約社会だから著作権保護の水準も高いのだろう。日本は契約書を結ばずに仕事を進めることも多いし、著作権保護の水準は低いのだろう」――そう思っていた。

 だが実際には、アメリカが他国よりも強い著作権保護を行なっているのは、コンピュータ・プログラムとレコード(CD)についてだけなのだという。
 それ以外のコンテンツについては、「『著作隣接権』というものが全く保護されていないし、また、著作者の『人格権』についても対象が限定されている」など、さまざまな不備があるという。

 逆に日本は、著作権のインターネット対応を世界に先駆けて整備した国なのだという。

 もっとも、法整備は進んでいても、日本人一般の著作権に関する理解と運用が著しく遅れているのは事実。たとえば、本の出版やテレビ出演などにあたって契約書を交わさず、口約束だけで仕事が進むことがよくあるのは、日本だけの特異な現象であるという。

 ちなみに、「日本のコンテンツ業界で、こうした契約システムが最も発達しているのは『アニメ業界』であるが、その理由のひとつは、日本のアニメが世界中にビジネスを展開していること」にあるという。
 
 著者は現在も文部科学省学術研究助成課長をつとめる現役官僚だが、そのわりには官僚としての本音がバシバシ語られていて、そこがたいへん面白い。
 たとえば、文化庁著作権課長時代に経験したさまざまなトラブルについて、固有名詞こそぼかしてあるものの、かなりセキララに暴露されている。

 たとえば、「いいことに使おうとしているのに、権利者が許諾してくれないので、文化庁から説得してくれ」とか、「私が提示している適正な利用料について権利者が納得しないので、その金額で契約するように文化庁から言ってくれ」などという要望が寄せられることがしばしばあったという。

 ちなみに著者は、前者は「彼女がプロポーズに応じてくれないので、政府から結婚するように言ってくれ」というのと同じであり、後者は「私が提示しているアパートの適正な家賃について大家が納得しないので、政府から言ってくれ」というのと同じだと嘆息している(笑)。こうした巧みな比喩もちりばめられており、著作権についての難しい話が平明に咀嚼されている。

 最近の新書は総じて粗製濫造ぎみで、呆れるほど薄い内容のものが少なくないが、これは久々に、ほんとうにためになる新書らしい新書。
 とくに、ライター/エディター等、著作権にかかわる仕事をしている人は必読だ。
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離婚をめぐる名言

 離婚したタレントの雛形あきこが、破局を振り返ってテレビ番組でこう語ったそうである。

「失敗じゃなかったよね、と2人で話しました。失敗じゃなかったと思います」

「離婚したけれど、失敗じゃなかった」――これはなかなか切ない、巧まざる名言ではないだろうか。
 
 「失敗」でないとしたら、なんだろう? そう、たとえば「ミスキャスト」と表現しようか。
 フランシス・コッポラの映画『ランブルフィッシュ』(1983)に、そんなセリフがあった。

「父さんと母さんはミスキャストだったんだ」

 ミスキャスト――これは離婚にかぎらず、男女の別れをシュガーコーティングする表現としてはなかなか卓抜ではないだろうか。どちらが悪いわけでもない。どちらが被害者というわけでもない。ただミスキャストだっただけ、と……。

 「そうね。たぶん、あなたと私はミスキャストだったのよ」

 映画のワンシーンのような「粋な別れ」を演出するときに、ぜひ使ってみていただきたい。

 *** *** *** *** 

 「ハリウッドでは、結婚生活よりも映画の撮影のほうが長くつづくこともあるのよ」と言ったのは、バーバラ・ストイサンドだった。

 そのハリウッドにあっては「長つづきしたほう」なのが、トム・クルーズとニコール・キッドマンという美男美女カップルであった。
 2人は1990年に結婚し、2001年に離婚。その際にニコールが笑顔で言い放った痛烈な捨てゼリフは、語りぐさになっている。
 いわく――。

「これでやっと(高い)ヒールが履けるわ」
(Now I can wear heels.)


 もちろん、トム・クルーズの身長の低さを皮肉った言葉である。 
 このセリフによって、ニコールは離婚経験のある世の女性たちを一気に味方につけ、すっかり株をあげた。

 *** *** *** *** 

 女優の若尾文子が1968年に離婚したとき、記者会見でしつこく「離婚の原因」を聞く記者に向かって、ピシャリとこう言ったという。

「どうしても原因を聞きたいのなら、2日くらい家に泊まりこむつもりで取材にきていただきたいわ」

「なぜ離婚したのか?」、あるいは「なぜ結婚するのか?」――こんな問いに、ほんとうは一言で答えられるはずがないのだ。にもかかわらず芸能人は、それを一言で、しかもテレビ映えのする派手な言葉で答えるよう要求される。
 若尾文子は、業界のそうした不毛な慣習に、優雅に唾を吐いてみせたのである。

 *** *** *** *** 

 五月みどりは、かつて20歳年下の歌手・立花淳一と再婚したが、立花の浮気を理由に離婚した。その際、「誤解だ」を連発する立花を、記者会見で次のようにバッサリと斬って捨てた。

「誤解だなんて……。男らしくないわね。あたしは誤解で離婚するほど甘くは生きてこなかった」

 生きざまがにじむ、凄みのある言葉といえよう。

 ちなみに、五月のこの離婚に際し、当時出演していたワイドショーで、「浮気は男の甲斐性というけど、甲斐性のない男の浮気なんて……」とグサリとドスで刺すようなコメントをしたのが、冨司純子であった。

 *** *** *** *** 

 タレントの高見恭子は、かつて離婚した際、記者会見でこう語った。

「楽しいこともたくさんあった。でも、幸せはクシャミをしている間にどこかへ飛んでいってしまった。……いまはただ、じっと傷口がふさがるのを待つだけです」

 これもまた、心にしみる巧まざる名言である。ちなみに、いまの高見恭子は馳浩夫人。

 *** *** *** *** 
 
 あのデヴィ夫人が、テレビ番組のなかでこんなふうに語ったことがある。

「娘には最低2回は結婚して欲しいと思っています。だって、最初の結婚なんてミステイクに決まってますもの」

 ううむ…。
 いかにもデヴィ夫人のキャラ全開で面白い言葉だけれど、同意はしにくいなあ(笑)。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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