小田嶋隆『かくかく私価時価』


かくかく私価時価―無資本主義商品論1997‐2003かくかく私価時価―無資本主義商品論1997‐2003
(2003/03/01)
小田嶋 隆

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 小田嶋隆の2年ぶりの新著『かくかく私価時価』(BNN/1600円)を買ってきた。オダジマの著書は発刊されたら即買わないとすぐ書店から消えてしまうし、文庫化もほとんどされない。メチャメチャ面白いのに…。

 この本は、『噂の眞相』にいまも連載中のコラム「無資本主義商品論」をまとめたもの。この「無資本主義商品論」はオダジマには珍しい長期連載で、 1988年にスタートしている。遅筆で知られる(笑)オダジマにこれほど長く連載させている『噂の眞相』は、太っ腹というか、編集者が優秀なのだと思う。『TVタロウ』でやっていた「どらま・さのばびっち」という連載なんて、わずか3回くらいで打ち切りになった(おそらくは遅筆のせいで)のである。

 88~95年の連載分は、そのまま『無資本主義商品論』という書名で翔泳社から単行本化されている。今回は97年~2003年の連載分を収録。なんと、まだ発売中の4月号掲載分までが収録されている。『噂の眞相』は来年の4月号で休刊予定だというから、「無資本主義商品論」の単行本化もこの『かくかく私価時価』で打ち止めということになる。

 「無資本主義商品論」は、モノの値段をネタにしたサタイア(風刺)コラムである。いくつか拾うと、「援助交際/2万円前後(らしい)」「ヤフー株/1億円」「思いやり予算/2757億円(99年度)」「発泡酒税額/1リットル当たり222円」などという具合にまず「価格」が提示され、そのネタについて風刺するコラムが書かれていく。

 すべてを斜に構えた視点から批評していくそのスタイルは、コラムニストとしてのデビュー作である『我が心はICにあらず』(光文社文庫)から不変だ。昔のビートたけしのトークと「2ちゃんねる」の出来のいい書き込みをシェイクして、もっと知的に、もっと技巧的にしたような味わい。「洗練された皮肉と悪口」の愉しさ――それがオダジマのコラムの魅力である。

 この「無資本主義商品論」という連載の功績は、オダジマの政治・経済を批評する資質を開花させたことだろう。

 アメリカには、アート・バックウォルドやマイク・ロイコのように、政治・経済をネタとする「笑えるコラム」の優れた書き手がたくさんいる。しかし日本には、政治評論家や経済評論家は腐るほどいても、政治・経済ネタのこなせるユーモア・コラムニストは皆無に近い。日本で「コラムニスト」といえば、流行現象やサブカルチャーを守備範囲とする人が大半だからだ。そうしたなかにあって、オダジマは、「日本のアート・バックウォルド」になれる可能性をもった、ほとんど唯一の書き手なのである。

 この『かくかく私価時価』でも、オダジマの皮肉な笑いがいちばん冴え渡るのは、政治・経済ネタを扱った回だ。
 たとえば、ヤフー株が1株1億円を記録したことを扱った回の、こんな一節。

 オレの知り合いにも資産10億円を豪語するその実体が家族マージャンでヨメさんに貸し込んでいる勝ち分だったりする野郎がいるが、話としてはそれと同じである。
 「ヨメさんはどうやって払うんですか?」
 知るもんか。一晩2億くらいで亭主専用の高給娼婦でもやるんじゃないのか。
 ヤフーだって同じだ。ソフトバンクとの間で株を持ち合って、勝手に価格を釣り上げているのだとしたら、M田のところの夫婦が夫婦喧嘩の度に億単位の慰謝料を払い合っているのとどこが違うというのだ。



 またたとえば、石原都知事の「三国人発言」をネタにした回の、こんな一節。

 都知事ともなれば、あらゆる発言は揚げ足を取られると思うべきだ。
 (中略)
 「だからオレは率直に腹を割って話そうと言ってるんじゃないか」
 【石原都知事、記者に割腹を要求】
 (中略)
 どうだろう? 石原さんにぴったりの国で思いっきり腕をふるうというのは。ほら、あの、主体思想の……
 号令一下手足のように動く軍隊もあるし、大好きなテポドンもありますよ。
 で、都政の方はキムちゃんのドーンとやってみようってなことでトレード成立。

 

 ……と、こんな具合にスパイスの効いた皮肉な笑いが、随所で炸裂。
 また、オダジマの得意技である言葉遊びも、「上から読んでも下から読んでも雅子様は雅子様」などという具合に快調そのものだ。

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『戦場のピアニスト』


 
 ポーランド出身のユダヤ人作家アイザック・B・シンガーは、ナチスの迫害を逃れてアメリカに移住してからも、終生イディシ語で作品を書きつづけた。
 イディシ語とは、おもに東欧のユダヤ人社会で使われていた言葉。第二次大戦前には世界1000万人以上のユダヤ人に使われていたが、ドイツ語の影響が強い言語であることもあって、戦後は使う人が少なくなり、いまやほとんど「死に絶えた言語」となっている。

 シンガーは、あえてその「死に絶えた言語」を使い、ワルシャワのユダヤ人社会を描きつづけた。彼が1978年にノーベル文学賞を得たときには、「イディシ語作品でノーベル賞を得る最初で最後の作家だろう」と言われた。アメリカでは、シンガーの作品は英語に翻訳されて出版されている。

 シンガーが生まれ育ったポーランドのユダヤ人社会は、ナチスによってこの世から消滅させられてしまった。戦前には300万人以上いたというポーランドのユダヤ人の大半が、第二次大戦中の6年間に殺されたのである。
 だからこそ、シンガーはワルシャワのユダヤ人社会を、その社会の言葉で描きつづけた。自分が生まれ育った、「この世から消え去った社会」を小説の中に刻み込むために……。

 ロマン・ポランスキーも、ポーランド出身(ただし生まれたのはパリ)のユダヤ人である。彼の両親は第二次大戦中にナチスの強制収容所に入れられ、母親はそこで亡くなっている。
 そのポランスキーが初めてホロコーストを描いた『戦場のピアニスト』は、さすがに重厚な傑作になっている。ポランスキーが60代末になるまでずっと温めていたテーマ――しかし撮らずには死ねないテーマ――を、満を持して取り上げた作品だけのことはある。

 アイザック・シンガーは、戦前のワルシャワのユダヤ人社会を、切実なノスタルジーをこめて描いた。対してポランスキーは、ワルシャワのユダヤ人社会が壊滅させられていく、まさにそのプロセス自体を描ききった。
 当時、ワルシャワ市街のじつに85%が、ナチスによって破壊し尽くされたといわれる。荒涼たる廃墟と化したワルシャワ市街を主人公シュピルマンがさまよい歩く場面はこの映画の圧巻だが、そこには誇張などないのだ。

 ホロコーストを描いた映画は、どうしても「ナチスという悪の権化」対「ユダヤ人という善良な被害者」という単純な図式によりかかりがちだ。しかしこの映画は、ユダヤ人の側にも悪人(ナチの走狗となって同胞を迫害する)はおり、ナチスの側にも善人はいたというあたりまえのことをきちんと描いている。もちろん、そのことを描くためには21世紀まで待つ必要があったのだろうが。

 また、主人公はただ戦火や迫害からぶざまに逃げまどうばかりで、そこには一片のヒロイズムもない。
 戦争映画は、どんなに「社会派」の戦争映画であっても、観客は破壊や銃撃戦の場面にある種のカタルシスを感じてしまうものだ(男はとくに)。しかし、この映画はけっしてカタルシスを与えない。衝撃的な殺戮場面ほど、むしろ淡々と演出されている。

 この映画をもしスピルパーグが監督していたら、ユダヤ人が殺されていく場面は、人数をもっと絞り、その一つひとつをドラマチックに演出したことだろう。また、主人公が逃亡生活をつづける過程の描写では、「ゲシュタポに見つかりそうで見つからない」というサスペンスをもっと強調し、観客をハラハラドキドキさせたことだろう。

 どちらがいい悪いではない。が、この『戦場のピアニスト』の主人公のぶざまな姿、淡々とユダヤ人が殺されていくその恐ろしいほどのあっけなさにこそ、戦争の真実があるのだと思う。

 前半が素晴らしい。印象的なエピソードの積み重ねで、一つの社会がじわじわと壊滅させられていく悲劇を、圧倒的な迫力で描いている。
 それに対し、主人公が廃墟の中でサバイバルしていくシークェンスは冗長で、ダレる(観ながら、「ロビンソン・クルーソーじゃあるまいし」という言葉が頭をよぎった)。もっとも、ここが十分に長くなければ、音楽好きなナチの将校に偶然出遭って命を救われるというクライマックスが、とってつけたように唐突に見えてしまうのだろう。

 これは、ナチス告発の映画ではない。歴史の荒波の中に消え去ってしまった一つの社会を哀惜する映画なのだ。主人公シュピルマンはいわば狂言回しで、真の“主人公”は歴史そのものだ。「泣ける映画」を求めてこの作品を観る向きは、肩透かしを食うだろう。この映画の感動は、「泣ける」たぐいの感動ではないからだ。

 「歴史の重み」が胃のあたりにずしりと響く、ヘビーな傑作。現実の戦争真っ只中のいまこそ、この映画を観るのにふさわしい時かもしれない。
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『周恩来と日本』



 王永祥・高橋強編著『周恩来と日本』(白帝社)を読了。
 周恩来は若き日に二年にわたって日本に留学したが、その当時の暮らしぶりを丹念に検証した研究書である。

 周恩来は、現代史の中で真に「偉人」と呼び得る稀有な人物だと思う。周恩来の評伝、側近の回想録などを私は何冊か読んでいるが、その実像を知れば知るほど、こんなに立派な人物が世の中にいたのかと驚くばかりである。

 たとえば、総理になってから、望めばいくらでも贅沢ができる立場にありながら、周夫妻は驚くほど質素な生活をつらぬいた。ふだん着る服は洗いざらしでつぎ当てだらけの人民服。住まいは清朝時代の古い建物で、あちこちガタがきていたが、周総理は修理すら拒んでそのまま暮らしつづけた。料理人が贅沢な食材を使うと「贅沢すぎる。私の栄養は十分足りているのだから」と叱ったという。

 また、常人の二倍も三倍もの驚異的な仕事量をこなしつづけ、晩年にガンを患ってからも、「薬を飲むと頭がボーっとなって仕事に差し支えるから」と鎮痛剤の服用さえ拒んで、最後の最後まで仕事をしつづけた。

 周恩来の遺灰は空から中国の大地に撒かれたが、それは「そうすれば死んでからも肥料となって人民の役に立てるから」と、周自身が望んだことだった。

 そして、周恩来は我々日本人にとっても恩人である。戦後、中国は日本の侵略による経済損失の賠償を放棄した(賠償額は6000億ドルとも試算されていた)が、それは周総理の意向によるところが大きかったという。
「日本の国民も、我が国の人民と同じく一部の日本軍国主義者の犠牲者である。賠償を求めれば、同じ被害者である日本国民を苦しめることになる」
 周恩来はそう言ったという。

 だが、この本の中の若き周恩来は、下宿代の支払いにさえ苦労する貧しい留学生活の中で、懸命に模索する悩める一青年である。二度にわたって日本の学校の受験に失敗(日本語による受験というハンディがあったからだが)するなど、その留学生活は苦しいものだった。

 立派すぎて気後れしてしまうような偉人としての周恩来ではなく、親近感を感じさせる等身大の周恩来が、ここにはいる。
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ロバート・B・パーカー『ダブル・デュースの対決』



 ロバート・B・パーカー著『ダブル・デュースの対決』(ハヤカワ文庫)読了。

 私立探偵スペンサー・シリーズの第19作(最新作に非ず)。忙しいのに、読み始めたら止まらなくなって、つい最後まで読んでしまった。

 ニューヨークの「サウス・ブロンクス」を彷彿とさせる、ボストンのスラム街「ダブル・デュース」。そこで、黒人少女とその赤ん坊(少女はまだ14歳)が無残に射殺される事件が起きる。街を牛耳るストリート・ギャングの横暴に耐えてきた地元の教会関係者は、この事件でついに立ち上がり、ホークに“ギャング駆除”を依頼。ホークは相棒スペンサーと二人で、暴力渦巻くこの街にやってくる。

 射殺犯探しの謎解きもあるにはあるが、ハードボイルド・ミステリというより、ほとんど西部劇のノリ。ただ、そこはさすがパーカー、単純な勧善懲悪ものにはしていない。黒人少年ギャングたちが直面する悲惨な現実もきっちりと描き、アメリカ社会の病巣をえぐって見せる。

 少年ギャングたちの更生に取り組んできた元シスターが言う、印象的なセリフ。
「私は神様と仲違いなどしていない。ただ、神様が無縁の存在のように思えてきたの。あの子供たちの生活の中に、〈彼〉が存在しているしるしは見つからなかった」

 スペンサー・シリーズの多くは「蘇生」の物語である。
 たとえば、代表作『初秋』(私はこれがいちばん好き)は、両親の離婚問題で傷つき、心を閉ざした少年ポールをスペンサーが蘇生させる「感動のハードボイルド」だった。
 この『ダブル・デュースの対決』もしかり。スペンサーとホークは少年ギャングたちを退治するのではなく、彼らを牛耳る上層部のギャングを刑務所に送り込むことで、少年たちに蘇生の道を開く。

 全盛期に比べて薄味になった(このシリーズの作品を久々に読んだからよけいにそう思うのかも)が、さすがにうまい。
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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