村上もとか『JIN -仁-』

JIN(仁) 第15巻 (ジャンプコミックスデラックス)JIN(仁) 第15巻 (ジャンプコミックスデラックス)
(2009/07/03)
村上 もとか

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  村上もとかは長年小学館の雑誌で仕事をしてきたが、じつは『週刊少年ジャンプ』(集英社)からデビューしたマンガ家である。しかし、『ジャンプ』時代の彼は、正直言ってパッとしなかった。描くマンガがものすごーく暗かったのだ。
 
 そのころの連載作品の1つに『熱風の虎』というレース・マンガがあって、これはのちの代表作『赤いペガサス』の原型ともいうべきものなのだが、少年マンガとは思えないほど陰鬱な作品で、当然のごとく人気もなかった。
 小学館の雑誌に活躍の場を移してから、彼は『六三四の剣』や『風を抜け』などのさわやか系スポーツ・マンガで確固たる地位を築くが、その前には短からぬ雌伏の時代があったのである。

 パッとしなかった『ジャンプ』時代のリターンマッチというわけでもあるまいが、現在村上は、『スーパージャンプ』に『JIN -仁-』を連載中である。これが、滅法面白い。職人気質のマンガ家である村上の個性が遺憾なく発揮された快作となっている。

 『JIN』は、現代の脳外科医が幕末の江戸にタイムスリップし、現代医学の知識と技術を駆使して、江戸の人々を救っていく物語。この手の「タイムスリップもの」はすでに山ほどあり(半村良の小説『戦国自衛隊』など)、アイデア自体に新味はない。が、そのアイデアを展開していく手練手管が素晴らしい。ベテランならではの高度な技術と職人気質ならではのていねいな仕事ぶりで、ほかの誰にも描けないマンガに仕上がっている。

 そもそも、幕末にタイムスリップした脳外科医の話なんて、並のマンガ家なら思いついてもじっさいに描こうとはするまい。なぜなら、医事考証と時代考証が二つながら緻密に求められるわけで、それを描く作業はとてつもなく面倒であるはずだからだ。しかし、村上もとかはその難事に挑戦し、目を瞠るような成果を上げている。江戸の町並みとそこに生きる人々の暮らし。そのいきいきとしたリアルな描写が素晴らしい。

 知識と技術はあっても満足な医療器具のないなか、主人公の南方仁が工夫を凝らして治療や手術をこなしていく(焼け火箸を電気メスの代わりにして止血するなど)プロセスが面白い。また、麻疹やコレラなど、当時は死病であった疫病から人々を救おうとする仁の奮闘には、手に汗握る興奮と胸を熱くする感動がある。
 
 さらには、勝海舟、坂本龍馬、緒方洪庵などといった幕末を彩る綺羅星の如き人々も、読者の期待どおり、重要なキャラとして登場してくる。

 もちろん、ロマンスもきっちり用意されている。兄の命を救われたことをきっかけに仁に思いを寄せるようになる武家の娘・咲は、じつに魅力的なヒロインである。
 江戸の町をコレラ(当時は「コロリ」と呼んだ)から救おうとする仁を助けるため、感染の危険を顧みず手伝おうとする咲は、反対する母と兄に向かって毅然と言う。

「お母さま、お兄さま、お忘れではないでしょう…コロリでお父様を亡くした時の口惜しさを・・・。南方先生はあの恐ろしいコロリを退治する為に孤軍奮闘していらっしゃるのです。どうして助太刀せずにおれましょう。咲は武家の子でございます!」



 村上作品にしばしば登場する、気丈さと可憐さを併せ持ったヒロイン像である。

 これだけお膳立てが揃って、面白くならないはずがない。しかも、娯楽一辺倒の作品ではなく、「医療とは何か?」を鋭く問いかける作品ともなっている。タイトルの『仁』は、主人公の名前であると同時に、「医は仁術」の「仁」でもあるダブルミーニングなのだ。

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『歯車 ~石ノ森章太郎プレミアム・コレクション~』



 『サイボーグ009』や『HOTEL』などのヒット作しか知らない人は、石森章太郎を通俗的な作家、子ども向けの作家としか認識していないことだろう。だが、若き日の石森は、日本のマンガ表現を大きく革新させた偉大なイノベーターであった。
 
 マンガに初めて映画的表現を持ちこんだのは若き日の手塚治虫だとされる(異論もある)が、その映画的表現をさらに発展させ、自在に駆使して完成の域に高めた人こそ、石森であった。
 現在ごくふつうに用いられているマンガ表現上の技法で、石森が初めて用いたものは枚挙にいとまがない。たとえば、映像効果を考えてわざと同じ絵をくり返すこと、見開き2ページを使った大ゴマの使用などは、彼が創始したものである。

 石森にはまた、『ジュン』のように前衛的な作品も少なくない。手塚治虫なくしていまのマンガの隆盛はないように、もしも石森がいなかったら、日本のマンガはずいぶん表現の幅の狭いものになっていたにちがいないのだ。

 そうした石森の功績を知っているだけに、私には後期の創作力減退が惜しまれてならない。石ノ森に改名して以降の作品は凡作ばかりで、一つとして見るべきものがない。ゆえに、私は断じて「石森章太郎」と表記する。ファンならではのつまらぬこだわりである。

 さきごろ発刊された『歯車 ~石ノ森章太郎プレミアム・コレクション~』(角川ホラー文庫/781円)は、石森が主に1960年代末から70年代初頭にかけて発表した、ホラー的色彩の濃い短編を集めたアンソロジーである。つまりは、石森の才気が最も輝いていた時代の作品群なのだ。『HOTEL』などの通俗作しか知らない若いマンガ・ファンは、これを読むと驚くにちがいない。「えっ! 石ノ森ってこんなのも描ける人だったの?」と…。

 収録されているのは、小松左京の傑作ホラー小説を見事にマンガ化した『くだんのはは』、『プレイコミック』に連載された『石森章太郎読切劇場』全12編、カルト的人気を持つ和製ホラー映画をマンガ化した『マタンゴ』の、全14編。その大半がこれまで単行本未収録という、ファン必携のアンソロジーである。

 このうち、『マタンゴ』はさすがに古色蒼然としていて(63年の作品)、資料的価値以上のものはない。が、『石森章太郎読切劇場』はなかなか粒ぞろいである。ホラーというより前衛的なファンタジー作品と呼びたいものも多く、『ジュン』を大人向けに(つまり、もっとエロティックに)焼き直したような印象。

 そして、なんといっても最大の拾い物は、『くだんのはは』である。原作つきではあるものの、「石森の最高傑作」に挙げる人も少なくない作品。にもかかわらず、これまで一度も単行本化されたことがなかった「幻の傑作」なのである。
 
 呉智英は、近著『マンガ狂につける薬21』で、この『くだんのはは』に触れてこう書いている。

 私がこれを読んだのはまだ大学生の時だったが、その際覚えた戦慄と感動は三十年後の今も昨日のことのように鮮明である。(中略)ところが、この傑作が現在入手できない。何か事情があったのか、単行本未収録のままなのである。出版洪水に埋もれさせてしまうにはあまりに惜しい傑作だ。現代マンガ図書館には収蔵されているので、熱意のある読者の一読をすすめておこう。



 「うーん、読みたいけど、これだけ読むために現代マンガ図書館まで行くのもメンドイなあ」……そう思っていた矢先のアンソロジー収録。角川ホラー文庫の慧眼に拍手である。

 ファンの私でさえ今回初めて読んだ、幻の傑作。私も「戦慄と感動」をたっぷりと味わった。呉智英がホメちぎるだけのことはある。この1作のためにだけ買っても損はない。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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