橋本治『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』


「三島由紀夫」とはなにものだったのか「三島由紀夫」とはなにものだったのか
(2002/01)
橋本 治

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 橋本治著『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(新潮社/1800円)読了。
 私は「三島オタク」なので、三島に関する評論・評伝をたくさん読んでいるが、その中でもこれは中の上くらいの出来。

 三島は、昭和の作家のなかで最もたくさん論じられてきた人だろう。すでに三島論は汗牛充棟の観がある。にもかかわらず、死後30年以上を経たいまも三島論が続々と出版されるのだから、さすがは戦後文壇最大のスターである。

 したがって、いま三島論を書くなら、よほど斬新な視点を提示しないといけない。たとえば、三島の祖父と父についてもくわしく調べ上げ、3代つづいた官僚一家の「血」の中に三島の秘密を探った猪瀬直樹の『ペルソナ』のように。

 では、この橋本の三島論が提示する斬新な視点は何かといえば、“三島の主要作品の多くは、じつは私小説である”というもの。

 『仮面の告白』はともかく、それ以外の三島作品を「私小説」だと思って読んだ人は、ほとんどいないはずだ。
 しかし橋本は、『豊饒の海』『金閣寺』『サド侯爵夫人』『禁色』などの主要作品を、三島の人生がそのまま反映された「私小説」として捉え、分析していく。「その物語の主人公は、『その物語の主人公』とならざるをえない必然性を抱えた、三島由紀夫自身なのだ」と……。

 たとえば橋本は、『禁色』は「同性愛者としての三島由紀夫が勝利を実現する小説」であり、「同性愛者ゆえに敗北した女との恋」が描かれた『仮面の告白』の裏返しとして書かれたのだ、という。

 あるいはまた、戯曲『サド侯爵夫人』においてサド侯爵夫人ルネは三島由紀夫そのものであり、ルネの母モントレイユ夫人は三島の母であり、ゆえに『サド侯爵夫人』は、じつは三島自身の“母との訣別”を描いた作品なのだ、と……。
 また、『禁色』に登場する老作家・檜俊輔は「川端康成がモデルだろう」などという、耳目を引く大胆な深読みもちりばめられている。

 そうした解釈の当否はさておき、本書は三島ファンにとっては上質のミステリーのような知的興奮に満ちている。これまで何度も読んできた三島作品に新たな光が当てられ、「じつは、この部分にはこんな意味が隠されているのだよ」と次々と謎解きがなされていく面白さである。とくに、私のいちばん好きな三島作品『午後の曳航』についてくわしく論じられた部分は、たいへん興味深く読んだ。

 猪瀬直樹は『ペルソナ』で、三島という人物の“周辺”を調べつくすことで、三島の謎に迫った。橋本は逆に、作品のみをしゃぶりつくすように読みこみ、“深読み”をパズルのようにつなぎ合わせて、新たな三島像を提示した。橋本の“深読み”は、それ自体が立派な芸になっている。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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