加藤周一『私にとっての20世紀』ほか



 論壇の重鎮であり、欧米の名だたる大学で教鞭をとった国際派知識人でもある加藤周一氏の著書を、たてつづけに読んだ。『私にとっての20世紀』(岩波書店)、『二○世紀から』(潮出版社)、『過客問答』(かもがわ出版)の3冊である。

 前の2つは、タイトルが示すとおり、新世紀開幕に合わせ、20世紀とはいかなる時代であったかを改めて考えようとする書。

 『私にとっての20世紀』は、NHKテレビが行った、20時間にも及ぶ加藤氏へのインタビューをベースにしたもの。類書と異なるのは、著者の個人的体験に基づいた考察が大半を占めている点だ。

 たとえば、ヴェトナム戦争について考察したくだりでは、教鞭をとっていたカナダの大学で目の当たりにした反戦運動の模様が語られる。また、「20世紀の社会主義」の意味を考察した章は、冷戦下の社会主義圏を訪問した体験から説き起こされる。

 逆に、個人的体験がなければ、歴史年表に大書される事柄であっても触れられない。書名に「私にとっての」とあるのはそのためで、加藤氏自身も記すとおり、「二○世紀という時代の、つり合いのとれた客観的記述ではない」のだ。

 だが、徹頭徹尾主観的な“20世紀考”である点にこそ、むしろこの本の魅力がある。加藤周一という日本を代表する評論家が、20世紀の重大な出来事を目の当たりにして、何を感じ、どう考えたか? その思索の軌跡がここには凝縮されているからだ。
 だからこそ、20世紀という時代の意味を深く考えようとする向きには、重大ニュースを総花的に羅列したお手軽な類書より、はるかに有益である。

 加藤氏は、20世紀のナショナリズムについて考察した章で、日本のマスメディアの「大勢順応主義」を批判してこう書く。

「どこかに動かない定点を決めておいて、われわれの考えはこの間で柔軟に考えるけれども、これより右へはいかない、これより左へはいかないと原理を定めることが必要です」

 この一節はそのまま、著者自身の言論人としての信念の表明でもあるだろう。氏はまさしく、若き日に自らの「定点」を決め、以来、それを微塵も揺るがすことなく歩んできたのだ。
 「定点」とは、幾人もの親友を戦争で失った体験に基づく、徹底した反戦・反ナショナリズムの姿勢。本書は、その定点から観測した20世紀の記録。憲法から文学に至るまでの多彩なテーマが語られながらも、全編にたしかな統一感があるのはそのためだ。

 加藤氏の代表的な著作には、日本文化の「雑種性」を指摘した『雑種文化』や、日本文学史を通観した大著『日本文学史序説』がある。本書もまた、それらの蓄積をふまえ、“20世紀の日本”を通して語られた上質の日本文化論・日本人論として読める。

 氏はたとえば、「隠す」ということが日本文化の「くせ」であり、「不快なこと、悪いこと、嫌なことを大体隠す」という「情報公開に反対の伝統」がある、と喝破する。このように、日本人には少々耳の痛い、しかし独創的で傾聴に値する考察が、随所にちりばめられているのだ。

 『二○世紀から』は、加藤氏と、つねに市民の側に立ちつづけてきた気骨の思想家・鶴見俊輔氏が編んだ対談集。総合月刊誌『潮』に、1年余にわたって連載されたものだ。

 全14回に及ぶ対談は、1回ごとにテーマが定められ、そのテーマの20世紀が総括されていく。たとえば、戦争・社会主義・南北格差・女性の社会進出・大衆文化・宗教・歴史観などというテーマ。
 医学出身の加藤氏と哲学から出発した鶴見氏では相違も多いものの、深い部分での共鳴――豊富な海外体験に裏打ちされた日本社会を相対化する視点と、徹底した反戦の姿勢――がその相違を埋めており、どの回も談論風発を絵に描いたように対話がはずんでいる。

 この対談集もまた、世紀の変わり目にあたって数多く出版された類書のなかでも、ひときわ魅力的だ。
 魅力の1つはもちろん卓見がちりばめられている点だが、もう1つは、たんなる回顧に終わらず、21世紀を見通そうとする書でもある点。すなわち、20世紀が残した“宿題”に答え、21世紀を平和と人道の世紀としゆくための方途が、真摯に模索されているのだ。

 たとえば本書には、2001年9月の同時多発テロ以降の事態を予見したかのように思えるくだりが、いくつかある。しかし同時に、その事態を乗り越えるためにいま何が必要かという、人類的スケールの提案もなされているのだ。
 両対談者とも、NGO(非政府組織)に代表される市民の自発的活動と女性の進出に希望を見出しているのが印象的だ。

 もう1冊の『過客問答』は、やはり加藤氏へのインタビューをまとめた1冊。こちらはとくにテーマをしぼらず、多岐にわたる話題が自在に語られている。

 『過客問答』とは、じつに秀逸なタイトルだと思う。というのも、加藤氏が旅について語り、同時に“人生という旅”を振り返った1冊であるからだ。
 前半では、氏が旅した国々、教鞭をとった海外の大学での思い出が語られていく。
 そして後半では、戦時下の青春が回顧され、氏が観客として立ち会った演劇などの芸術が論じられ、文革後期の中国を旅した体験から日中の文化的差異が考察される。

 どの章にも加藤氏ならではの卓見がちりばめられており、冗漫な思い出話にはなっていない。
 たとえば、豊富な海外体験を語った前半は、見事な比較文化論としても読める。各国の知識人の会話のありようから、仏・英・独・日四国の文化を比較してみせるくだりなど、なるほどと唸らされる。
 著者は「フランス文化は会話の文化」であり、(日本とは異なり)意見の違いをむしろ楽しむ伝統がある、と指摘する。

 以上3冊とも、話し言葉で書かれているのですこぶる平明だが、著者の思想のエッセンスがつめこまれており、内容は重厚。“本物の知識人”のすごみがたっぷりと味わえる。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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