押川剛『「子供を殺してください」という親たち』



 押川剛著『「子供を殺してください」という親たち』(新潮文庫/594円)読了。

 「精神障害者移送サービス」(強制拘束ではなく、対話と説得によって患者を医療につなげるものだという)の会社を営む著者が、仕事で接した育児・教育の「究極の失敗」事例の数々を紹介し、背景にあるものを探っていくノンフィクション。

 事例の多くは広義の「ひきこもり」だが、おとなしくて他者には無害なひきこもりではない。家族に日常的に暴力をふるったり、勝手に散財して巨額の借金を作ったり、自傷他害の恐れがあったりする、非常にシリアスなケースばかりだ。

 そのような我が子に長年振り回され、精根尽き果てた親たちが、最後に著者を頼ってくる。そして、中には「子どもを殺してください」とか「死んでくれたらいいのに」などという言葉を吐く親もいるのだという。

 全体の約半分を占める第1章が、ドキュメント形式の事例紹介になっている。
 そこで紹介される7つのケースが、どれをとってもまったく救いがない。著者が関わったことで何かが解決に向かったわけでもなければ、ラストに希望の光が見えるわけでもないのだ。

 まあ、「必ずひきこもりを直して見せます!」などと大言壮語する業者に比べたら、ある意味、正直で良心的と言えなくもない。
 が、高額な費用がかかるという著者の会社に、本書を読んで依頼をしようというひきこもりの親は、あまりいないのではないか。

 後半も、“子どもと正面から向き合わない親にも責任がある”という親への批判、精神科医療の専門家や医療機関への批判、精神保健福祉法改正への批判など、「あれが悪い、これが悪い」という話ばかり。ひとかけらも希望がない。

 読んでいてこれほど気が滅入る本も珍しい。このあと、最近出た続編『子供の死を祈る親たち』も読もうと思っていたが、やめた。

伊藤秀成『ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法』



 昨日は、都内某所で取材。たぶん年内の取材はこれが最後。


 行き帰りの電車で、伊藤秀成著『ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法』(雷鳥社/1296円)を読了。
 ひきこもり・ニートに株式投資を勧めるという突飛な主張から、「2ちゃんねる」でスレッドが立つなど大きな話題となった本である。

 著者は臨床心理士で、2012年から16年にかけて、公的機関の「ひきこもり相談員」を務めた経験をもつ。
 その経験をふまえ、一切のキレイゴトを排してホンネの提言をしたのが本書。現役の相談員なら立場上けっして書けないことを、リタイアした立場ゆえにビシビシ書いているのだ。

 著者が相談員をしていた間、ひきこもりから抜け出して正社員として就労を果たしたケースには、たった一つしか遭遇しなかったという。
 そのことをふまえ、「ひきこもり・ニートとなった人の中で就労・自立する人は100人に1人もいない」と、著者は断言する。だから、就労・自立をゴールとする現在の支援のありようそのものが、じつは「無理ゲー」なのだ、と……。

 第一部でそのように厳しい現実を示したあと、後半の第二部で展開されるのが、「ひきこもり・ニートは株をやりなさい」との提言。ネット投資なら誰にも会わずに一人でできるなど、ひきこもり・ニートに適している点が多いというのだ。

 ただ、本書はいささか羊頭狗肉で、ひきこもりが株式投資で「自立」する道が説かれているわけではない。安定した銘柄の株を、売らずに「財産として長く持つ」ことを勧めているだけ。つまり、“運用益で生活費を稼ぎ出せ”という主張ではないのだ。

 株を持っていることで、株主優待・配当金・貸株金利等の利益を受け続けることができる。それだけで暮らしていけるわけではないが、少額でも自力で収入を得ることが自信につながるし、本人も親も「いま何をやっているの?」という問いに対する答えを持つことができる(=「無職です」ではなく、「個人投資家です」と言えるようになる)……と、著者は言う。

 「えっ、それだけ?」と拍子抜けした。『ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法』を求め、藁をもつかむ思いで手にした読者に、思いっきり肩透かしをくらわす本だ。 

斎藤環『ひきこもり文化論』



 一昨日から昨日にかけて、取材で北海道へ――。
 北海道に行くのは久しぶりだ(このブログを検索してみたら、前回行ったのは2010年)。
 取材と直接には関係ないのだが、今回、道内有数の桜の名所として知られる石狩市厚田区の「戸田記念墓地公園」の桜を堪能できた。広大な敷地に植えられた8000本の桜が、行った日にドンピシャの満開! 眺めていて陶然となった。


 行き帰りの飛行機と電車の中で、斎藤環著『ひきこもり文化論』(ちくま学芸文庫/1080円)を読了。仕事の資料として。

 ひきこもり問題の第一人者として知られる精神科医の著者が、折々に発表してきた文化論的考察を集大成したもの。
 他国の若者たちの状況をふまえた比較文化論的考察もあれば、ひきこもりを描いたフィクション(村上龍の『最後の家族』など)の解説もあり……と、多彩な内容だ。

 元の単行本の刊行は13年前なので、情報として古い部分もあるが、今年4月の文庫化にあたって、巻末に長文の「文庫版 補足と解説」が書き下ろされている。ひきこもりをめぐる現状をさまざまな角度から概説する優れた文章で、独立した価値がある。

 ひきこもりについての考察にはさすがの深みがあり、たくさん付箋を打った。そのうちの一ヶ所を引用しておく。

 現代の若者の自信と安心の拠り所は、もはや「お金」ではありません。それはほぼ「他者からの承認」に一元化されています。ひきこもっている当事者のほとんどが不安と葛藤にさいなまれているのは、誰よりもまず本人が、自らのひきこもり状態を深く恥じているからです。その状態が誰からも承認され得ないことがわかっているからです。
 当事者の多くは、「食べるために働く」という動機づけをリアルに感じることができません。彼らを働く気にさせようとして、困窮するまで追い詰めたところで、それは就労につながるとは限らないのです。社会参加を促そうというのなら、むしろ「他者からの承認」という動機づけに誘導するほうがはるかに効果的です。



■関連エントリ
斎藤環・山登敬之『世界一やさしい精神科の本』
斎藤環『家族の痕跡』
斎藤環『被災した時間』

杉山春『家族幻想――「ひきこもり」から問う』



 杉山春著『家族幻想――「ひきこもり」から問う』(ちくま新書/864円)読了。

 この著者の本は、同じちくま新書の『ルポ 虐待――大阪二児置き去り死事件』を読んだことがある。これは優れたノンフィクションであったが、本書はとっちらかってまとまりがない印象だ。

 ひきこもりの当事者(本人・親・支援者・医師など)たちを15年も取材してきた結果がこの本では、ちょっと物足りない。版元がつけた惹句には「現代の希望を探しもとめる圧倒的なノンフィクション」とあるが、それほどのものではないと思う。

 本書の最大の欠点は、第三章「私の中のひきこもり」で自分語りを延々とやっているところ。
 著者の息子さんが長い不登校を経験しているそうで、その経緯について書くのはまあいい。
 だが、著者自身の生育歴や、祖父母の代(!)からの杉山家の物語をダラダラと書く必然性が、どこにあったのか? むろん、著者の中では必然性があるからそういう構成にしたのだろうが、私にはその必然性が見えない。

 第三章をすべてカットして、その分ほかの章をふくらませていたら、もっといい本になっただろう。

 ただ、それ以外の章も、私の心にはあまり響かなかった。
 著者は、登場する多様なひきこもり事例の背後に共通項を見出そうとしているのだが、その点に無理があると思うのだ。

 ひきこもりの背後には、「自分に課す規範から自由になれないことがある。その規範が与えられるのは、多くの場合家庭=イエである」と私は書いてきた。



 本書のそのような主張は、ひきこもりの子を持つ親たちを傷つけるのではないか。
 “親の規範・家の規範を子どもに押し付けたから、ひきこもりになったのだ”と、そう言われているように受け止めてしまうのではないか(著者の意図はそこにないにしろ)。
 

工藤啓『大卒だって無職になる』ほか


大卒だって無職になる 大卒だって無職になる
(2012/10/31)
工藤啓

商品詳細を見る


 今日は、都内某所で打ち合わせが一件。

 行き帰りの電車で、工藤啓著『大卒だって無職になる――“はたらく”につまずく若者たち』(エンターブレイン/1404円)、育て上げネット編著『「働く」ってなんですか?――働けなかった僕が働けるようになってからわかったこと 』(バリューブックス/1620円)を読了。仕事の資料として。

 2冊とも、若者への就労支援を専門とするNPO「育て上げネット」の支援事例を元にまとめた本である。

 『大卒だって無職になる』は、タイトルのとおり、大卒無職者への支援事例に絞り、各ケースを物語風に再構成したもの。
 大卒者が希少で、日本経済が右肩上がりだった時代のイメージしかない親世代は、「大学まで卒業したのに就職できないのはフツウではない」と思いがちだ。しかしいまや、「ニート」は大学新卒者でも数万人にのぼるという。
 本書は、「大卒でも無職になること」が「フツウ」となった時代のありようを、ヴィヴィッドに伝える。

 そもそも、日本で若者が「社会的弱者」として支援の対象となったのは、ここ10年ほどだと著者は指摘する。
 だからこそ、「多くの人は、若者を支援するという新しい動きへの反動として、『そんなものは不要だ』と思い込んでいる」と……。

 なるほど、かつての若者たちはどんなに貧しくても支援の対象とは見做されなかった。いずれはその貧しさから脱却していく道筋が描けたから。
 だが、いまは時代が違う。10年後にいまよりも収入が上がっている保証などないし、当の若者たちも未来にそのような希望が抱きにくくなっている。

 さまざまな事情から「大卒無職」になってしまった若者たちが、「育て上げネット」のサポートによって再び働き始める蘇生のプロセスを追って、感動的な1冊。

 『「働く」ってなんですか?』は、「働けない」経験を乗り越えてきた6人の若者(または元若者)へのインタビューを中心にしたもの。

 巻末の対談で著者も言うように、世にあふれる若者の労働についての論考の多くは、「働けなかったことのない人ばかりが論じている」。
 だからこそ、自分が「働けない」ことに悩み苦しんできた人たちが、自身の経験をふまえて働くことの意味を語ることには、意義がある。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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