西村賢太『夜更けの川に落葉は流れて』



 西村賢太著『夜更けの川に落葉は流れて』(講談社/1620円)読了。

 表題作の中編と、短編2編を収めた最新作品集。
 ここ数冊、長編はともかく短編は低調だった西村賢太だが、本書は久々の本領発揮という趣。とくに表題作は素晴らしい。帯の惹句に言うとおり「新たな代表作」と言ってよいかも。

 賢太の分身・北町貫多が24歳のころの話。過去のいくつかの短編にもチラッと言及があった、貫多の4人目の彼女(「秋恵」の前の彼女に当たる)との出会いから別れまでの物語である。
 賢太の手持ちの材料のうち、「切り札」とまではいかずとも、ジャックかクイーン級のカードを出してきた感じ。

 内容はいつも通り。バイト先で知り合った2歳下の「佳穂」とつきあい、途中までは仲睦まじくつきあうものの、例によって貫多が「キレる」ことによって一気に破綻に至る。

 ワンパターンといえばワンパターンだが、そこに至るディテールが丹念に描きこまれていて、読ませる。微塵も華々しさがない、いわば〝地を這うような青春小説〟として秀逸だ。
 賢太がキレて佳穂を殴り、前歯を折ってしまうまでの、ジェットコースターが頂上に向けて上っていくようなドキドキの高まりもスゴイ。
 また、怒りに燃えた佳穂の両親(過去の短編で「廃業した力士のような」と表現されていた父親の描写がよい)に怒鳴り込まれ、卑屈の極みの姿をさらしてあやまり倒す場面では、笑いがこみ上げてくる。

 クズ男のクズな行動を描いているだけなのに、乾いた笑いと胸を衝く哀切が随所にある。「これぞ西村賢太!」という味わいの傑作中編である。

 ほか2編の短編のうち、冒頭の「寿司乞食」は凡作だが、もう1編の「青痰麺」がこれまた傑作。かつての名短編「腋臭風呂」(しかし、2つとも汚いタイトルだなァ)を彷彿とさせる歪んだ笑いが炸裂する。
 とくにラストシーン。北町貫多の行動は「クズオブクズ」であるにもかかわらず、爆笑せずにいられない。

 「西村賢太健在なり」を示す一冊。

西村賢太『一私小説書きの日乗 不屈の章』



 西村賢太著『一私小説書きの日乗 不屈の章』(KADOKAWA/2052円)読了。

 「ただの日記」をまとめた『一私小説書きの日乗』も、本書で第5弾。
 前作から定価が2000円を超えるようになり(税込みで)、「こんな中身の薄い本で2000円は高いなァ」という印象が拭えない。このシリーズはもう文庫オリジナルにすべきだ。

 中身は相変わらずで、会った人、書いた原稿、食べたものなどが淡々と記録されていくのみ。

 このシリーズで読者としていちばん面白いのは、各出版者の編集者との生々しいやりとり。とくに、賢太は相手と険悪なムードになったことも包み隠さず書くので、そのへん、他人の口喧嘩を横目で見るようなスリルが味わえる。

 とくに本書では、賢太の天敵のような存在であるらしい『新潮』の編集長を口汚く揶揄する言葉が、くり返し登場する。
 さすがに名前までは書いていないのだが、「こんなことを書いていながら、よく新潮社にホサれないものだなァ」とある意味感心する。

 『新潮』に限らず、編集者から見たらつきあいにくい作家であるはずなのに、賢太が仕事に恵まれているのも、思えば不思議である。
 そんなに本が売れるわけでもないだろうに、本書のような「ただの日記」が着実に書籍化され、連載もいまだに続いているのも、不思議といえば不思議。なんだかんだ言っても「人気作家」なのだな。

西村賢太『蠕動で渉れ、汚泥の川を』



 西村賢太著『蠕動で渉れ、汚泥の川を』(集英社/1728円)読了。
 2年前の初長編『疒(やまいだれ)の歌』につづく第2長編だ。

■関連エントリ→ 西村賢太『疒の歌』

 『疒の歌』では北町貫多(≒西村賢太)が19歳であったのに対し、本作は17歳の貫多を描いている。港湾人足をやめ、初めて飲食店で働いた日々が素材である。

 ここ何冊かの短編集が低調であったのとは対照的に、本作には一気読みさせる面白さがある。
 ただ、『疒の歌』が賢太の作品では異例に青春小説然としていたのに対し、本作はユーモア小説という趣だ。『疒の歌』にあった哀切さは希薄で、むしろ笑いの要素のほうが強いのだ。貫多の言動やモノローグが、随所で笑いを誘う。

 勤め人としての資質が決定的に欠落している貫多が、当初はうまくやっていたものの、しだいに人間関係に亀裂が入り、最後は勤め先と決裂する……という骨子は、『疒の歌』とまったく同一である。
 10代の貫多は、そのような失敗を何度もくり返していたわけだ。

 本作は、決裂に至る展開に緻密な計算と工夫がある。事実がかなり潤色されているのだろうが、ミステリのどんでん返しのように読者の意表をつく展開なのだ。また、勤め先の飲食店主とその妻など、登場人物の造形も丁寧である。

 その点では、『疒の歌』からの技巧面での進歩が感じられる。
 ただ、好みの問題だが、私は『疒の歌』のほうがずっと好きだな。

西村賢太『一私小説書きの日乗 遥道の章』



 西村賢太著『一私小説書きの日乗 遥道の章』(KADOKAWA/2052円)読了。

 ただの日記なのに、これでもう4冊目である。
 過去の3冊より値段が高くなり、ついに2000円超え(消費税と合わせて)。それだけ部数が少ないのだろう。
 この手の軽い本が2000円もすると、さすがに高いと感じる。もう、このシリーズは最初から文庫でいいと思う。

 内容は、過去の3冊と大差なし。何を書いたか、誰に会ったか、何を食べたかなどという小説家の日常が、淡々と綴られている。
 
 これまでの3冊以上に、「信濃路」(鶯谷駅前の、24時間営業の安居酒屋。ファンにはおなじみ)の登場頻度が高い。とくに、文芸誌各誌の担当編集者との打ち合わせは、ほぼすべて「信濃路」でやっている感じ。
 ということは、「信濃路」に通えば、賢太と遭遇する可能性が高いわけだ。
 
 「サイゾーウーマン」に載った揶揄記事(「西村賢太、初長編が「全然売れない」! 『お願い!ランキング』出演も効果なし?」)に対する反論だけが異例の長文になっており、ここが本書でいちばん面白い。
 いわく――。

 もう一度ハッキリと云っておくが、自分の小説がまるで売れないのは、何も昨日今日に始まったことではない。『苦役列車』以外の、ほぼ全部が売れていないのだ。見損なってもらっては困る。



 あと、私自身が最近糖質制限ダイエットを試みているから余計にそう感じるのだが、賢太、毎日食べ過ぎ(笑)。さんざん飲み食いしたあとにシメのラーメンとか食べてるし。
 ものすごーくよけいなお世話だが、この食生活では長生きできないと思う。

西村賢太『痴者の食卓』



 西村賢太著『痴者の食卓』(新潮社/1404円)読了。

 昨夏に刊行されたものだが、いまごろ読んだ。
 6編を収めた短編集。そのうち5編までが、いつもの「秋恵もの」。
 
 残り1編の「夢魔去りぬ」は、テレビ番組の企画で自分の母校(小学校)を訪問した顛末を綴ったもの。
 現在構想中らしい、自らの父親を描く長編の前準備にあたる作品のようだ。が、これだけを読んでも落語のまくらだけ聞かされるようなもので、とくに面白くない。

 5編ある「秋恵もの」も、全体に低調な印象。
 クライマックスで貫多が癇癪を爆発させ、DVに走るという構成は相変わらずだが、いつものユーモアは影を潜め、ただただ陰惨で後味の悪い“最低男小説”に堕してしまっている。

 「西村賢太の作品は、元々陰惨で後味の悪い“最低男小説”ではないか」と思う向きもあろうが、そうではない。『小銭を数える』あたりの作品は、最低男のDVを描きながらも、笑いがあり、不思議な哀切があったのだ。
 
 本書所収の「下水に流した感傷」は、『小銭を数える』所収の傑作「焼却炉行き赤ん坊」の直後の出来事が描かれたものだ。しかし、2作を読み比べてみると、「下水に流した感傷」のほうがガクッと作品のボルテージが落ちている。

 ネタを小出しにしてきた「秋恵もの」も、いよいよ限界だな――そう思わせる、過渡期の一冊。

 私は西村賢太の短編では、デビュー作「けがれなき酒のへど」がいちばん好きだ。あの作品のように、風俗行脚から生まれたエピソードを短編にしたほうが、まだしも面白いのではないか。

 もっとも、「けがれなき酒のへど」は、お気に入りのソープ嬢に大金をだまし取られた顛末を描いたものだから、いかな賢太といえども、あれほどドラマティックな体験はほかにないのかもしれないが……。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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