西村賢太『蠕動で渉れ、汚泥の川を』



 西村賢太著『蠕動で渉れ、汚泥の川を』(集英社/1728円)読了。
 2年前の初長編『疒(やまいだれ)の歌』につづく第2長編だ。

■関連エントリ→ 西村賢太『疒の歌』

 『疒の歌』では北町貫多(≒西村賢太)が19歳であったのに対し、本作は17歳の貫多を描いている。港湾人足をやめ、初めて飲食店で働いた日々が素材である。

 ここ何冊かの短編集が低調であったのとは対照的に、本作には一気読みさせる面白さがある。
 ただ、『疒の歌』が賢太の作品では異例に青春小説然としていたのに対し、本作はユーモア小説という趣だ。『疒の歌』にあった哀切さは希薄で、むしろ笑いの要素のほうが強いのだ。貫多の言動やモノローグが、随所で笑いを誘う。

 勤め人としての資質が決定的に欠落している貫多が、当初はうまくやっていたものの、しだいに人間関係に亀裂が入り、最後は勤め先と決裂する……という骨子は、『疒の歌』とまったく同一である。
 10代の貫多は、そのような失敗を何度もくり返していたわけだ。

 本作は、決裂に至る展開に緻密な計算と工夫がある。事実がかなり潤色されているのだろうが、ミステリのどんでん返しのように読者の意表をつく展開なのだ。また、勤め先の飲食店主とその妻など、登場人物の造形も丁寧である。

 その点では、『疒の歌』からの技巧面での進歩が感じられる。
 ただ、好みの問題だが、私は『疒の歌』のほうがずっと好きだな。

西村賢太『一私小説書きの日乗 遥道の章』



 西村賢太著『一私小説書きの日乗 遥道の章』(KADOKAWA/2052円)読了。

 ただの日記なのに、これでもう4冊目である。
 過去の3冊より値段が高くなり、ついに2000円超え(消費税と合わせて)。それだけ部数が少ないのだろう。
 この手の軽い本が2000円もすると、さすがに高いと感じる。もう、このシリーズは最初から文庫でいいと思う。

 内容は、過去の3冊と大差なし。何を書いたか、誰に会ったか、何を食べたかなどという小説家の日常が、淡々と綴られている。
 
 これまでの3冊以上に、「信濃路」(鶯谷駅前の、24時間営業の安居酒屋。ファンにはおなじみ)の登場頻度が高い。とくに、文芸誌各誌の担当編集者との打ち合わせは、ほぼすべて「信濃路」でやっている感じ。
 ということは、「信濃路」に通えば、賢太と遭遇する可能性が高いわけだ。
 
 「サイゾーウーマン」に載った揶揄記事(「西村賢太、初長編が「全然売れない」! 『お願い!ランキング』出演も効果なし?」)に対する反論だけが異例の長文になっており、ここが本書でいちばん面白い。
 いわく――。

 もう一度ハッキリと云っておくが、自分の小説がまるで売れないのは、何も昨日今日に始まったことではない。『苦役列車』以外の、ほぼ全部が売れていないのだ。見損なってもらっては困る。



 あと、私自身が最近糖質制限ダイエットを試みているから余計にそう感じるのだが、賢太、毎日食べ過ぎ(笑)。さんざん飲み食いしたあとにシメのラーメンとか食べてるし。
 ものすごーくよけいなお世話だが、この食生活では長生きできないと思う。

西村賢太『痴者の食卓』



 西村賢太著『痴者の食卓』(新潮社/1404円)読了。

 昨夏に刊行されたものだが、いまごろ読んだ。
 6編を収めた短編集。そのうち5編までが、いつもの「秋恵もの」。
 
 残り1編の「夢魔去りぬ」は、テレビ番組の企画で自分の母校(小学校)を訪問した顛末を綴ったもの。
 現在構想中らしい、自らの父親を描く長編の前準備にあたる作品のようだ。が、これだけを読んでも落語のまくらだけ聞かされるようなもので、とくに面白くない。

 5編ある「秋恵もの」も、全体に低調な印象。
 クライマックスで貫多が癇癪を爆発させ、DVに走るという構成は相変わらずだが、いつものユーモアは影を潜め、ただただ陰惨で後味の悪い“最低男小説”に堕してしまっている。

 「西村賢太の作品は、元々陰惨で後味の悪い“最低男小説”ではないか」と思う向きもあろうが、そうではない。『小銭を数える』あたりの作品は、最低男のDVを描きながらも、笑いがあり、不思議な哀切があったのだ。
 
 本書所収の「下水に流した感傷」は、『小銭を数える』所収の傑作「焼却炉行き赤ん坊」の直後の出来事が描かれたものだ。しかし、2作を読み比べてみると、「下水に流した感傷」のほうがガクッと作品のボルテージが落ちている。

 ネタを小出しにしてきた「秋恵もの」も、いよいよ限界だな――そう思わせる、過渡期の一冊。

 私は西村賢太の短編では、デビュー作「けがれなき酒のへど」がいちばん好きだ。あの作品のように、風俗行脚から生まれたエピソードを短編にしたほうが、まだしも面白いのではないか。

 もっとも、「けがれなき酒のへど」は、お気に入りのソープ嬢に大金をだまし取られた顛末を描いたものだから、いかな賢太といえども、あれほどドラマティックな体験はほかにないのかもしれないが……。

西村賢太『東京者がたり』



 西村賢太著『東京者がたり』(講談社/1728円)読了。

 「東京物語」ならぬ「東京者がたり」。「東京者」としての強い自負をもつ西村賢太が、これまでの半生で関わりのあった東京の町や場所を題材に綴った連作随筆だ。

 鶯谷や後楽園球場など、過去の小説や随筆にもしばしば登場した町・場所が、たくさん出てくる。
 「神楽坂の銭湯」という一編もあり、これは名短編「腋臭風呂」(『二度はゆけぬ町の地図』所収)の舞台となった、あの銭湯のことである。
 最終回で取り上げられているのが、「芝公園」。賢太の「師」藤澤淸造が昭和7年に凍死を遂げた現場であり、彼にとっては特別な場所なのだ。

 かと思えば、下北沢や白金台のように、賢太が嫌ってやまない地をわざわざ一回を割いて取り上げていたりする。
 『苦役列車』でも下北沢に集うサブカル人士が痛烈にディスられていたが、本書でも下北沢が「まったくもって、人も街も安雑貨だ」などとこきおろされている。このへん、いかにも賢太らしい。

 賢太ファンなら、そこそこ楽しめる本である。私は彼の私小説の中でも10代のころを扱った作品がとくに好きだが、本書にも10代のころの思い出が数多く登場するので、その点も好ましい。

 だが、随筆集として質が高いかといえば、微妙なところ。

 本書の類似作として、小田嶋隆の初期作品『山手線膝栗毛』(1993年)が挙げられるだろう。
 これは、やはり生粋の東京人であるオダジマが、山手線の駅を一駅ずつ取り上げ、その地にまつわる思い出などを綴った連作エッセイ。質の高いユーモア・エッセイ集であるとともに、東京論としても秀逸な一冊であった。

 『山手線膝栗毛』と比べてしまうと、この『東京者がたり』は、やはり私小説書きの余技という感じがしてしまう。

西村賢太『無銭横町』


無銭横町無銭横町
(2015/02/25)
西村 賢太

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 西村賢太著『無銭横町』(文藝春秋/1404円)読了。

 6編を収めた最新短編集。全体に小粒な仕上がりで、食い足りない。

 たとえば、一編だけある「秋恵もの」の「邪煙の充ちゆく」は、北町貫多が煙草を吸わない秋恵を慮り、「煙草はベランダで吸う」と宣言するものの、自分で決めたそのルールをすぐに破ってしまい……という話。
 秋恵との同棲生活も小説にほとんど書き尽くし、あとはこんな小ネタしか残ってないのだなァ、という印象。

 また、「酒と酒の合間に」という短編は、西村が玉袋筋太郎(名前は作中に出てこないが)の著作の文庫解説を書く顛末を綴っただけのもの。
 もちろん、小説として読ませるだけの工夫はされているのだが、それにしても小ネタすぎ。

 貫多の青春時代を描いた短編も2編入っていて、それらはわりと読ませる。
 2編とも、時系列でいくと『疒(やまいだれ)の歌』の後日談に当たる内容である。
 いずれも、貫多が田中英光にのめり込み始めたころの話。貫多が英光に向ける異様な執着が、物語の駆動力となる。

 とくに、表題作「無銭横町」は、本書の中では一頭地を抜く出来。
 もう20歳になったというのに母親に金をせびり、住みついた安アパートの家賃を堂々と滞納し、「そもそも、自分のような者に部屋を貸した方が馬鹿なのである」とうそぶく“セコい無頼派”ぶりを全開させて、「西村賢太はこうでなくちゃ」と思わせる。

 そう、西村は(というか、作中の北町貫多は)無頼派なのにやることなすこと妙にセコく、そのギャップが笑いとペーソスを生むのだ。
 「無銭横町」でも、食事代にも事欠くありさまの貫多が、文庫本1冊だけを古書店に売りに行く(そして店主に冷たくあしらわれ、怒鳴りつけて逃げ去る)あたりのディテールが、えも言われぬ「味」になっている。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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