ちきりん『自分の時間を取り戻そう』



 ネットの片隅で、「ライター/作家・肩書論争」というのが起きていた。→はあちゅう「私はライターじゃない」に吉田豪が反論 肩書に対する考え方が議論に - エキサイトニュース

 はあちゅうが書いている「作家は自分の意見を書くもので、ライターは誰かの意見(自分以外に取材)を書くもの」という定義自体に、私はまったく異論がない。 
 そのへんのことについて、10数年前に自分のサイトに書いた「ライターは『自分のことを書く仕事』ではない」という原稿がある。ハードディスクからサルベージしてきたので、下にアップしておく。


ライターは「自分のことを書く仕事」ではない

「自分のこと」を書くなど10年早い!

 もう10年ほど前のことだが、コラムニストの山田美保子さんが、「フリーライターになりたがってる」若い女の子の急増について、コラムで憂えておられた(『SPA!』91年2月6日号)。山田さんのもとを訪ねるその手の女の子は、「なんでもやりますゥ」(=だから仕事を紹介して下さい)などと殊勝なことを言うくせに、「どんなものが書きたいの?」と聞くと、こんなことをホザくのがつねであったという。

「あの~ォ、アンアンとかでェ林真理子さんなんかがやってるみたいな、ああいう自分のことが書きたいんです」

 あー、いるいるこういうヤツ。女の子に限らず、男にもいる……と、私はうなずきながらこのコラムを読んだものである。それから10年が過ぎたいまも、やはり、「フリーライターは自分のことを書く仕事だ」と勘違いしている人はたくさんいる。
 特大級の勘違いである。

 ライターと作家の何がちがうかというのは、なかなか悩ましい問題だ。なんとなれば、ライターと作家を区別するのはどうやら日本だけらしいからである(たとえば、英語では作家も「writer」だ)。が、それはさておき、日本の事情に沿って私なりにライターと作家のちがいを定義するなら、次のようになる。

 ライター=主に他人の意見・見聞を文章にまとめる仕事
 作家=主に自分の意見・見聞・考えたことを文章にまとめる仕事

 たとえば、私がイチローを取材して雑誌に記事を書いたとする。
 その記事には「取材・文/前原政之」というクレジットが付されるかもしれないが、私がイチローに対してどんな印象を持ったかなどということは、最小限度しか書かない。なぜなら、読者はイチローに興味があって記事を読むのであり、ライターの私に興味があるわけではないからだ。記事内にも「私」という人称は使わない。

 しかし、沢木耕太郎さんがイチローを取材して雑誌記事を書くとしたら、人称は「私」になるであろうし、沢木さんがイチローとどんな会話を交わし、どんな印象を持ったかが、それなりの紙数を割いて書かれるであろう。なぜなら、読者の中には、「スポーツ・ノンフィクションの大家」である作家・沢木耕太郎に興味を持って記事を手に取る人も大勢いるからだ。

 ――それが、ライターと作家のちがいである。
 要するに、作家とは、その人自身の意見・見聞が売り物になり、それを売って生活が成り立つ人のことなのだ。
 いっぽうライターとは、まだ自分の意見・見聞を売るだけでは生活が成り立たず、他人の意見・見聞をまとめる文章技術を売って生計を立てている人のことだ(作家とライターを兼業している重松清さんは、例外的存在である)。

 山田美保子さんが、「ライターになりたがってる」女の子の勘違いを嘆いた理由もそこにある。彼女たちはライターと作家を混同しており、ライターになれば自分の意見・見聞を売って生活が成り立つと思いこんでいる。私もたまにこの手の人と接するけれど、「自分のことを書くなど10年早い!」と言ってやりたくなる。

 こういう“自分探し系”ともいうべきライター志望者は、困った存在だ。いきなり作家になれないのはもちろんのこと、ライターとしても「使えない」場合が多いからである。ライターの文章は書く対象(取材相手など)を引き立てることに徹しなければいけないのに、この手の駆け出しライターは文章に「私」を前面に出しすぎ、目立ちすぎてしまうからだ。

 以前、田村章さん(重松清さんのライターとしてのペンネームの1つ)がライターの仕事をスタジオ・ミュージシャンの仕事に喩えておられた。これは卓抜な比喩で、ライターという仕事の本質を衝いている。

 スタジオ・ミュージシャンの仕事には高度な技術が要求されるが、さりとて、主役以上に目立ってしまったら失敗である。
 たとえば、宇多田ヒカルのニュー・アルバムのギタリストにラリー・カールトンが起用されたとしよう。ラリー・カールトンは彼らしい高度なプレイを披露することだろうが、宇多田ヒカルのボーカルがかすんでしまうようなプレイはけっしてしないはずである。むしろ、宇多田のボーカルがこれまで以上に輝きを増すようなバッキングをしてくれるにちがいない。
 ライターの仕事も同じことである。書く対象の魅力を最大限に引き出すような、絶妙の“バッキング”――すなわち、取材相手の意見・見聞などを手際よく読者に伝える「サポート」こそが、ライターの果たすべき役割なのだ。

 その意味で、ゴーストライターの仕事に限らず、ライターの仕事というのは総じて「黒子的」である。「自分のことを書く仕事」ではけっしてないのだ。

 「フリーライターではちょっと……」

 私は、自分で肩書きを選べる場合には「フリーライター」で通している。名刺の肩書きもそうだ。が、原稿の内容によっては、フリーライターという肩書きにすることに編集部側が難色を示す場合がある。

 編集「(記事の署名につける)肩書きどうします?」
 私「あ、フリーライターでいいですよ」
 編集「うーん、フリーライターではちょっと……。ジャーナリストではマズイですか?」
 私「いや、いいですけどね、べつに(苦笑)」

 要するに、社会問題を追及するルポの場合など、それを書いたのが「フリーライター」であっては読者に対して説得力がない(と、編集者は考える)のである。しかし、肩書きが「ジャーナリスト」なら読者も納得して読める(と、編集者は考える)というわけだ。

 この「フリーライターではちょっと……」という編集者の言葉は、日本の出版界でフリーライターが置かれている「地位」を端的にあらわしている。他人の意見・見聞をまとめて生計を立てているフリーライターは、自分の意見・見聞が売り物になる作家よりも一段下だと思われているのだ。その理由は、「人のフンドシで相撲を取る仕事だから」ということだと、私は理解している。

 しかし、他人の意見・見聞をうまくまとめる文章技術も、極めようとすれば非常に奥の深いものである。私は、フリーライターであることに職人的な誇りを抱いている。


 コピペ終わり。 

 ……というわけで、はあちゅうのライター/作家の定義には同意する私だが、彼女の発言がなぜ炎上したかといえば、やはり、「作家である私をライター扱いするな」という「上から目線」が鼻についたからであろう(彼女は「別に私がライターを軽視しているとか、/どっちが偉いとかではなく」と書いてはいるのだが……。)。
 そして、その「上から目線」にあまり根拠がないというか、「この人、べつに作家ってほどのものでは……」という違和感が感じられたからであろう。

 ま、どうでもいい話ではあるのだが。
 
 なお、私自身が「フリーライター」という肩書に込めている思いについては、「生涯一フリーライター」をご参照あれ。


 ちきりん著『自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方』(ダイヤモンド社/1620円)読了。

 先日読んだ伊賀泰代著『生産性』と、ちょうど対になっている本。あの本が「本名で、生産性向上をテーマに書いたビジネス書」であったのに対し、本書は「ちきりん名義で、生産性向上をテーマに書いた自己啓発書」なのである。

 わりと面白く読めた。
 とくに、第6章「生産性の高め方①まずは働く時間を減らそう」は、ライターとしての仕事の生産性アップにもそのまま活かせるアドバイスで、この章だけでも読んだ価値があった。

 ただ、男女2人ずつの架空キャラクターを登場させ、ちきりんが彼らに「生産性」という考え方の肝を教示していく――という構成は、失敗していると思った。
 「愚かな連中に生産性の何たるかを教えて啓蒙してあげるわ」という「上から目線」が鼻につくだけで、わかりやすさにはつながっていないのだ。

古川武士『30日で人生を変える「続ける」習慣』



 古川武士著『30日で人生を変える「続ける」習慣』(日本実業出版社)を読了。
 Kindle日替わりセールでほぼ1000円割り引きの激安価格(499円)だったので、買ってみたもの。

 著者は「習慣化コンサルタント」という肩書を持ち、「習慣化コンサルティング 株式会社」という会社の社長でもある。本書のほかにも、似たようなタイトルの著書をたくさん出している。

 「よい習慣を身につけ、悪い習慣をやめる方法」というのは私にとっても強い関心のあるテーマで、類書もあれこれ読んできた。

■関連エントリ
野口吉昭『コンサルタントの習慣術』
スーザン&ラリー・ターケル『「自分の壁」を破るいちばん簡単な方法』
レオ・バボータ『減らす技術』

 それらと比べても、本書はなかなかよい。
 主張のエビデンス――学術的裏付けが希薄で、そこは難点だが、習慣化のメソッドという点では非常に明快で、読者が生活に取り入れやすい内容になっている。

 きわめてリーダブルで、たちまち読めてしまう点もよい(これほどわかりやすい本にもかかわらず、『マンガでわかる「続ける」習慣』というコミック版まで刊行されていることにビックリ)。

 学術的裏付けについては他の類書に譲るとして、「よい習慣をつける方法を手っ取り早く知りたい」という人は、本書を読んだらよいと思う。

マイケル・ボルダック『行動の科学』



 マイケル・ボルダック著、吉田裕澄・高野内謙伍訳『行動の科学――先送りする自分をすぐやる自分に変える最強メソッド』(フォレスト出版/1620円)読了。

 書名と副題に惹かれて読んだのだが、タイトルとは裏腹にあまり科学的とは言えない内容であった。
 まあ、著者は科学者ではなくコーチング・ビジネスのコンサルタントだから、無理もない。要は、よくある自己啓発書である。

 先延ばし癖克服の科学的研究書としては、当ブログで何度も言及しているピアーズ・スティールの『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』がベストワンで、これを超える本はたぶん今後も出ないだろう。

 とはいえ本書も、自己啓発書と割りきって読む分には悪い本ではない。
 なにしろ、著者は「世界No.1の目標達成コーチ」だそうだから、何かの目標達成に向けて自分を鼓舞するための本としては、よくできている。

 たとえば、適切な目標の定め方の基準として、「50%の確信度を感じるレベルで設定すること」が大切だと説くあたり、なるほどと思った。それより高くても低くてもモチベーションが上がらない、というのだ。

 ただ、「あなたの価値観・考え方を変えろ」という趣旨の言葉がくり返し登場する点には、首をかしげた。
 人間の価値観・考え方は、長い人生を通じて築き上げてきたものなのだから、変えようと思っても一朝一夕に変わるはずがない。価値観を変えるためのメソッドの部分が、本書はあまりにも薄すぎると思う。

■関連エントリ→ イ・ミンギュ『「先延ばし」にしない技術』

イ・ミンギュ『「先延ばし」にしない技術』



 イ・ミンギュ著、吉川南訳『「先延ばし」にしない技術』(サンマーク出版/1836円)読了。

 著者は韓国の心理学者。心理学の成果をふんだんに盛り込んで、やるべきことを先延ばしにしないためのノウハウを幅広く綴っている。

 前に読んだ『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』(ピアーズ・スティール)の類書だが、あの本が先延ばしの克服に的を絞っていたのに対し、本書はもっと幅広い自己啓発書になっている。

 この手の本を何冊も読んでいるのは、私自身が(原稿の)先延ばし癖克服に苦慮しているからである。

 ピアーズ・スティールは先延ばしの研究をライフワークとしてきた心理学者だから、学術的な深みに関しては『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』の圧勝だ。
 ただ、実際に読者の背中を押してくれる効果については、本書のほうが上であるような気がする。

 過去の偉人たちがどのようにして先延ばしを排してきたかの実例が豊富に紹介され、読み物としても面白いし、昔の『西国立志編』(『自助論』)の現代版という趣もある。

 もちろん「原稿の先延ばし」だけを扱っているわけではなく、もっと普遍的な内容だが、私にとっては原稿先延ばし癖の克服に役立つ(役立てたい)本であった。

山口真由『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある』


天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある
(2014/01/16)
山口 真由

商品詳細を見る


 先週は、木、金と雑誌の取材で新潟へ――。
 今週の金曜もまた取材で新潟へ行く予定なのだが、天気予報によれば台風直撃の日である。どうなることやら。


 山口真由著『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある』(扶桑社/1404円)読了。

 東大法学部3年生時、司法試験に現役合格。4年生時には国家公務員Ⅰ種試験に合格。東大法学部を首席で卒業し、財務官僚を経て弁護士となる。
 ……という華麗な経歴をもち、最近ではテレビ出演も多い美人弁護士が、自らが積み重ねてきた努力の方法論を開陳した本。

 なかなかよくできた自己啓発書である。「ワタシはこんなにも努力してきたんですよ~」という自慢話の羅列になりかねない本だが、そんないやらしさは感じなかった。

 私たちが試験や仕事などのチャレンジをする際に、どのように努力を継続していけばよいか、どうすれば努力の質を高めていけるかのコツが、さまざまな角度から紹介されている。

 全4章立てのうち、3章までは一読の価値がある。
 読者がすぐに生活に取り入れられるノウハウも多いし、「がんばろう!」という気持ちに火をつけてくれる効果もある。
 試験などを控えている人のみならず、あらゆる仕事の質を高めるヒントをちりばめた「仕事術」の本としても読める。

 しかし、最後の4章になると、もうネタ切れしてしまったのか、どうでもいいトリヴィアルなノウハウばかりが目立つ。

 1冊目の著書でこんな感じなのだから、著者が今月刊行した2冊目『東大首席弁護士が教える超速「7回読み」勉強法』や、今月末に刊行予定の3冊目『エリートの仕事は「小手先の技術」でできている。』は、さらに水増し度が上がって、二番煎じの薄~い内容になっていることだろう。
 ただ、くり返すが、本書の1~3章の内容は悪くない。


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
33位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
25位
アクセスランキングを見る>>