エドゥアルド・コーン『森は考える』



 エドゥアルド・コーン著、奥野克己ほか訳『森は考える――人間的なるものを超えた人類学』(亜紀書房/2916円)読了。書評用読書。

 人類学者でマギル大学(カナダ)准教授の著者が、南米エクアドル、アマゾン川上流域の森に住むルナ族に対して行ったフィールドワークを元にしたエスノグラフィー(民族誌)である。著者は本作によって、2014年のグレゴリー・ベイトソン賞を受賞している。

 単純に事実を記録した部分は、たいへん面白い。たとえば――。

 ルナ族は著者に対して、“外で寝るときには必ず仰向けに寝ろ!”とアドバイスをする。なぜなら、ジャガーに出くわしたとき、うつぶせに寝ると餌食だと思われるが、仰向けだと視線を合わすことでジャガーは放っておいてくれるから、と……。

 また、ルナ族は森で狩りをするときの獲物を、「森の主」(精霊)の家畜を主が分け与えてくれるものだと考える。だから、ときどき森に対して、木のうろに詰め込むなどして「貢ぎ物」をする。

 ルナ族は、飼い犬にどうしても言うことを聞かせたいとき(家畜の鳥を犬が噛むなどの「悪事」をしたとき)、薬草から抽出した幻覚作用のある汁を無理やり飲ませ、朦朧としたところで言い聞かせる(ドイヒー)。

 ……などという話が随所にあって、興趣尽きない。
 五十嵐大介の連作マンガ『魔女』に、アマゾンの熱帯雨林を舞台にした素晴らしい一編があったが、ちょうどあの作品のような面白さだ。

 ただ、事実をふまえて著者が考察している部分は、原文のせいなのか訳のせいなのか、非常にわかりにくい。正直なところ、何が言いたいのかさっぱりわからない。
 適当に一節引いてみよう。

 生命がアマゾニアにて織りなす多くの層は、これらの人間的な記号過程の編み目よりも大きなものを増幅し、はっきりとさせる。その森が私たちを通じてそのありようを思考するのに任せるならば、私たち自身もまた常に何らかの仕方でいかにそのような編み目に編み込まれているのかを、そして、この事実と一緒にいかに概念的な作業をすることになるのかを、見定めることができよう。



 私たちをかたちづくるこの〈私たち〉が、いかに到来する布置のうちに多くのたぐいの存在を組み入れることができる創発する自己なのかを考えてみれば、こうしたことにはまさしく真実味があることがわかるだろう。私たち人間は、私たち自身を生み出し永続させるような多様な非人間的存在から、生み出されたものである。



 著者の思索を記した部分は、全編こんな調子なのである。
 優れた作品なのかもしれないが、私の手には余った。

梅原猛『人類哲学へ』


人類哲学へ人類哲学へ
(2013/10/23)
梅原 猛

商品詳細を見る


 梅原猛著『人類哲学へ』(NTT出版/1680円)読了。

 岩波新書の『人類哲学序説』から派生した、いわばスピンオフ本である。

 第1部では、梅原さん自身が『人類哲学序説』の内容をダイジェスト。第2部は討論編で、梅原さんを中心に、吉村作治・安田喜憲・松井孝典・梅原賢一郎(梅原さんの息子で芸術学者)の各氏が参加している。
 最後の第3部は、猛/賢一郎の梅原父子対談となっている。

 基本的には、『人類哲学序説』をすでに読んだ人なら読む必要がない本。内容もかなり重複している。

 『人類哲学序説』は、一冊の本として非常によくできていた。大学での講義を編集者かライターが構成した本だと思われるが、そのまとめ方が目を瞠るほどにうまかったのである。

 対照的に、本書は構成・編集がかなり雑で、まとめる際のトリートメントがあまりなされていない感じだ。
 対談・鼎談・座談会は、実際に話されたとおりに文章化してしまったら、意味不明な箇所が必ず出てくるものである。そこをいかに自然にトリートメントする(微調整や補足を適宜加えて、話がスムースに流れるようにする)かがライターの腕の見せどころなのだが、本書はそこが不十分なのだ。

 たとえば、本書の中でさえ、内容の重複が少なからずある。第1部と第3部に同じ話が出てきたりするのだ。このへんはライターか編集者が整理すべきだったろう。

 ……と、ケチをつけてしまったが、第3部の父子対談では、ほかの人ならコワくて聞けないようなこと(笑)を賢一郎氏がズバズバ聞いており、その点は面白かった。

梅原猛『人類哲学序説』


人類哲学序説 (岩波新書)人類哲学序説 (岩波新書)
(2013/04/20)
梅原 猛

商品詳細を見る


 一昨日から昨日にかけて、一泊で京都へ――。

 哲学者の梅原猛さん、環境考古学者の安田喜憲さん、『岩手日報』編集局長の東根千万億(あずまね・ちまお)さんによる鼎談の取材(で、私がまとめる)。

 鼎談のテーマに関連する梅原さんの近著『人類哲学序説』(岩波新書/798円)を読んで臨む。

 タイトルだけでたじたじとなってしまいそうな本だが、これがじつに面白い。大学で行われた連続講座をベースにした本なので、全編語り口調のやわらかい文章で書かれているし、「(笑)」も頻出するのだ。

 自然を収奪することによって成り立ってきた西洋型文明が、20世紀後半からしだいに限界を見せ、福島第一原発事故という「文明災」によって決定的に行き詰まった。
 では、今後の新たな文明の土台となるべき哲学とはなんなのか? 梅原さんはそれを、仏教の「草木国土悉皆成仏」の中に見出す。人間や動物のみならず、草木や国土でさえ仏性をもち、みな仏になり得るという意味。元々は「天台本覚思想」だが、それが自然の中に八百万の神々を見る日本古来の思想と結びつき、「日本思想」となった。「草木国土悉皆成仏」は、鎌倉仏教の共通原理でもある。

 自然を支配しようとするのではなく、自然と「共生」する思想。それが日本から世界へと広まれば、21世紀にふさわしい「人類哲学」となり、文明のパラダイムシフトをもたらすのではないか? ……そのような壮大無比の構想の、本書はまさに「序説」にあたる。

 そのためにまず、梅原さんはデカルト、ニーチェなど、西洋文明を基礎づけてきた哲学の果たしてきた重要な役割を論じ、その限界を指摘していく。

 梅原さんの思想のエッセンスを抽出した入門書としても読める、内容の濃い一冊。

神島裕子『マーサ・ヌスバウム』


マーサ・ヌスバウム - 人間性涵養の哲学 (中公選書)マーサ・ヌスバウム - 人間性涵養の哲学 (中公選書)
(2013/09/09)
神島 裕子

商品詳細を見る


 神島裕子著『マーサ・ヌスバウム――人間性涵養の哲学』(中公選書/2415円)読了。書評用読書。

 マーサ・ヌスバウムは、日本ではまだ知名度が低いものの、世界的にはジョン・ロールズやマイケル・サンデルと並ぶ評価を受けている重要な哲学者だ。
 その仕事は古典学・哲学・法哲学・倫理学・フェミニズムと多岐にわたり、現代アメリカを代表する良心的知識人の1人と目されている。

 本書は、ヌスバウムの思想と人物像を概説したもの。
 2000年代後半以降、ヌスバウムの主著が相次いで邦訳され、日本でも少しずつ共鳴の輪が広がるなか、時宜にかなった刊行といえる。
 ヌスバウム自身を“主人公”にしたこのような本は、世界初だという。

 別途書評を書くのでここではくわしく紹介できないが、過不足ない上出来の概説書だと思った。
  
 生い立ちからの歩みをたどったバイオグラフィー、本人へのインタビューなど、多角的な内容。
 ヌスバウムの広範な仕事を3つの軸――新アリストテレス主義、政治的リベラリズム、コスモポリタニズム――に沿って腑分けし、それぞれの特質を浮き彫りにする手際も鮮やかだ。

 本書は題材からして、筆の赴くままに書いたらすごく難解になってしまうたぐいの本だろう。
 しかし、著者は一般書であることを十分に意識し、わかりやすい内容にする工夫を幾重にも凝らしている。その点に好感を覚えた。

 たとえば、ヌスバウムが現在教鞭をとるシカゴ大学について、「映画『恋人たちの予感』でサリーとハリーが卒業した大学である」と紹介するなど、よく知られた映画の喩えが随所に用いられる。
 また、「現代リベラリズムの潮流」「現代フェミニズムの潮流」などの項目をもうけ、ヌスバウムの思想を理解するための基本事項を初歩の初歩から解説している。こういう配慮は初学者にはありがたい。

森岡正博+寺田にゃんこふ『まんが 哲学入門』


まんが 哲学入門 生きるって何だろう? (講談社現代新書)まんが 哲学入門 生きるって何だろう? (講談社現代新書)
(2013/10/25)
森岡正博、寺田にゃんこふ 他

商品詳細を見る


 森岡正博+寺田にゃんこふ著『まんが 哲学入門――生きるって何だろう?』(講談社現代新書/819円)を読んだ。
 哲学者の森岡氏(大阪府立大学教授)が、なんと自ら全ページのマンガを描き下ろした話題作。

 これも仕事で読んだ。
 ……と書けば、察しのいい当ブログ読者はピンとくるかもしれない。先日取り上げた『新釈 うああ哲学事典』と抱き合わせで、「哲学を学ぶマンガ」として紹介するコラムを書いたのだ。

 森岡氏の著作はけっこう読んでいるし、前にインタビューしたこともあるが、絵も描ける人だとは知らなかった。

 もっとも、マンガといっても、帯に載っている「まんまるくん」なるシンプルなキャラがメインとなるもので、「図解」に近い代物。コマ割りはあるものの、背景などはほとんど描かれていないし、もちろん萌えキャラなど一切登場しない。

 マンガ家の寺田にゃんこふが共著者となっているが、森岡による鉛筆描きの原画に寺田がペンを入れ、「プロの線を与え」るというスタイルの共著なのである。
 ゆえに、フツーのマンガを期待して読むと肩透かしを食うだろう。

 それでも、本書はマンガという表現形式を活かした哲学入門として上出来だ。
 何より、既成の哲学を紹介・解説するのではなく、森岡自身の哲学を絵解きする形をとっている点が画期的である。

 「まんまるくん」と「エム先生」(森岡の分身だろう)の対話を通じて、「時間とは何か?」「『ある』とはどういうことか?」「『私』とは何か?」「死とは何か?」という哲学上の大テーマ4つが、各一章を割いてわかりやすく表現されていく。

 いわば、哲学者の頭の中を覗くことができるマンガ。哲学的思考の進め方とはどのようなものかを、マンガを通じてわかりやすく教えてくれる本である。

 巻末には30ページ以上にわたって、オススメ哲学書の「読書案内」が書き下ろされている。小さい活字でびっしりと情報がつまった充実の内容で、これ自体が独立した価値をもつものだ。

■関連エントリ→ 森岡正博『生命学をひらく』レビュー


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
21位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
15位
アクセスランキングを見る>>