ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』



 ピーター・ティール(withブレイク・マスターズ)著、関美和訳『ゼロ・トゥ・ワン――君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版/1728円)読了。
 
 米「PayPal(ペイパル)」の創業者であり、天才起業家・投資家として知られるピーター・ティールが、母校スタンフォード大学で行った学生向けの起業講座をまとめた一冊。
 なので、絶対に起業などしない私には関係ない話が多いのだが、それでも面白く読めた。

 著者の経営哲学は、シリコンバレーの中でもかなり特異なのではないか。というのも、著者は本書で、他企業との競争そのものを全否定しているから。
 つまり、競争のない「ブルー・オーシャン」を新たに切り拓くことこそ著者にとっての起業であり、既存の「レッド・オーシャン」に身を投じる起業は不毛だというのだ。

 進歩の歴史とは、よりよい独占企業が既存企業に取って代わってきた歴史なのだ。
 独占は進歩の原動力となる。なぜなら、何年間、あるいは何十年間にわたる独占を約束されることが、イノベーションへの強力なインセンティブとなるからだ。その上、独占企業はイノベーションを起こし続けることができる。彼らには長期計画を立てる余裕と、競争に追われる企業には想像もできないほど野心的な研究開発を支える資金があるからだ。



 幸福な企業はみな違っている。それぞれが独自の問題を解決することで、独占を勝ち取っている。不幸な企業はみな同じだ。彼らは競争から抜け出せずにいる。(※引用者注/これはもちろん、『アンナ・カレーニナ』の名高い冒頭部分のもじり)



 「独占は悪であり、競争こそ望ましい」とする旧来のアメリカ社会の価値観と正反対であり、興味深い。書名の『ゼロ・トゥ・ワン』とは、0から1を生み出すことに成功した企業――すなわち著者の言う「幸福な企業」の謂だ。

 私には、第13章「エネルギー2.0」がいちばん面白かった。この章では、太陽光発電などのクリーンエネルギー企業が、一部の例外を除いて失敗に終わった理由が分析されている。

 環境テクノロジー企業はいずれも、世界をよりクリーンにする必要があるという聞き慣れた真実で自己を正当化していた。社会がこれほど熱心に代替エネルギーを求めているからには、すべての環境テクノロジー企業に巨大なビジネスチャンスがあるはずだという妄想を自分に信じ込ませていたのだ。



 失敗事例を通じて、成功する企業の条件を浮かび上がらせたケーススタディとして、この章は独立した価値をもっている。

小笠原治『メイカーズ進化論』



 昨日は、登山家の田部井淳子さんを取材。都内某所の事務所にて。
 雪崩で九死に一生を得た体験とか、ガンの闘病体験とか、すさまじいドラマを軽やかににこやかに話されて、すごい迫力であった。ある種の達観を感じさせる、「人生の達人」という趣の方である。


 行き帰りの電車で、小笠原(おがさはら)治著『メイカーズ進化論――本当の勝者はIoTで決まる』(NHK出版新書/799円)を読了。
 
 猫も杓子もIoT、IoTとウルサイ昨今だが、IoTが何なのかは我々シロウトにはわかったようでわからない。
 本書は、“IoTを取り入れた新しいモノづくり”を推進する側である著者が、その最前線を紹介し、モノづくりの未来を概説した書。

 IoT化や製品の「モジュール化」などによって、モノづくりはもはや一部の大企業の独擅場ではくなっている。そのことを棚的に示すのが、米国の液晶テレビメーカー「ビジオ」のような、ファブレス(工場がない)のメーカーの台頭である。

 ビジオは部品の調達や組立などの製造工程を、台湾や中国の企業にアウトソーシングしています。その分、ビジオ自身は最も上流に位置する商品企画と下流の販売に特化しているのです。
 かつて日本ではモノづくりの空洞化が叫ばれた時期がありますが、それは自社工場を海外に移転することを指していました。ビジオのようなファブレスなメーカーにとってそもそも工場は持つものではなく、選ぶものです。ここには空洞化という概念すらありません。「モノづくりが空洞化して日本のよさが失われている」という議論は、実はファブレスのメーカーが登場した時点であまり意味がなくなってしまっているのです。



 ううむ……。目からウロコ。
 モノづくりの世界でいまどんな激変が起こりつつあるのかが、豊富な具体例を通してすんなり理解できる好著だ。

ジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会』



 ジェレミー・リフキン著、柴田裕之訳『限界費用ゼロ社会――<モノのインターネット>と共有型経済の台頭』(NHK出版/2592円)読了。書評用読書。

 世界的な文明評論家である著者の本は、本書の前著に当たる『第三次産業革命』(2011年)を読んだことがある。
 蒸気機関と印刷技術が担った第一次産業革命、石油動力と電話などの電気通信技術が担った第二次産業革命につづき、いま、太陽光発電などの再生可能エネルギーとインターネット技術の融合によって、第三次産業革命が起こりつつある、という本であった。

 本書は、その続編ともいうべき内容だ。著者の提唱する第三次産業革命が、「IoT」(Internet of Things=モノのインターネット)時代の到来でいよいよ本格的に始まったことをふまえ、進行中のパラダイムシフトを改めて論じた書なのだ。

 「限界費用」とは経済学の用語で、「モノやサービスを一つ(一単位)追加で生み出す費用」のこと。あらゆるモノがネットを介してつながる「IoT」時代には、コミュニケーション、エネルギー、輸送の効率性・生産性が極限まで高まることで、この限界費用がほぼゼロになっていく。
 たとえば、電子書籍や音楽のネット配信は、印刷費や輸送費などがかからないことで、すでに限界費用がほぼゼロになっている。今後は、あらゆるモノやサービスにこういう変化が起きていく。
 そして、限界費用ゼロ社会では、モノやサービスがどんどん無料化していくことで、企業の利益が消失し、資本主義が成り立たなくなる。

 では、その先の「ポスト資本主義社会」とはどのような社会なのか? リフキンはその問いに、さまざまな角度から答えていく。
 
(つづきます) 

船橋洋一ほか『検証 日本の「失われた20年」』



 船橋洋一編著『検証 日本の「失われた20年」――日本はなぜ停滞から抜け出せなかったのか』(東洋経済新報社/3024円)読了。書評用読書。

 日本を代表するジャーナリスト・船橋洋一氏を中心に、日米欧の識者が集い、日本の「失われた20年」を検証した重厚なリポートである。

 経済と政治を中心に、人口問題、教育、歴史認識、安全保障など多彩な分野の15のテーマが掲げられ、それぞれの分野の専門家が「失われた20年」を分析していく。

 失われた20年を、「失われた30年」にしないための書でもある。現在もつづく停滞と先送りに終止符を打つための処方箋も、随所にちりばめられているのだ。

 何より、詰め込まれた情報量が豊富で、1990年代初頭から現在までの日本社会の鳥瞰図として読み応えがある。

ポール・ロバーツ『「衝動」に支配される世界』



 昨日は、取材で横浜の元町・中華街へ(中華料理店の取材ではないが)――。

 行き帰りの電車で、ポール・ロバーツ著、東方雅美訳『「衝動」に支配される世界――我慢しない消費者が社会を食いつくす』(ダイヤモンド社/2592円)を読了。

 『食の終焉』『石油の終焉』で知られる米国のジャーナリストが、こんどは「資本主義の終焉」ともいうべきテーマに挑んだ最新作。
 米国で資本主義が爛熟を極めた果てに現出した、人々の欲望ばかりを駆り立てる社会。それがいま破滅に向かいつつある現状を、さまざまな角度から描き出している。

 少し前に当ブログで『なぜ「つい」やってしまうのか――衝動と自制の科学』を紹介した際、私は次のように書いた。

 本書を通読してしみじみ感じるのは、現代文明が人間の衝動性を引き出す誘惑に満ちた「欲望の文明」だということ。我々を衝動的過食や衝動的性行動、衝動買いなどに走らせる仕掛けが、社会の隅々にまで張り巡らされているのだ。



 まさにそのような「人間の衝動性を引き出す誘惑」が、どの国にも増して「社会の隅々にまで張り巡らされている」のが、現代アメリカであろう。
 「人間が昔より強欲になったわけではない。強欲さをむき出しにできる回路が途方もなく拡大されただけなのだ」
 ――アラン・グリーンスパンの言葉だが、これはまさにアメリカにこそあてはまる。「消費者が欲しがるものを与えることに驚くほど長けた社会経済システム」(本書の序章の一節)が、最高度に発達してしまった国なのだ。

 お金がなくてもクレジットカードで買い物ができ、収入が低くても無謀な住宅ローンで家が買える。また、ネット上のさまざまなSNSを通じて、承認欲求・自己表現欲求は日々絶えず満たされ続ける。
 そして、金儲けの最も手っ取り早い手段として、空疎なマネーゲームが横行する。価値あるものを作り出すことによってではなく、金融操作で巨富を得ることが経済の中心に居座ってしまうのだ。

 アメリカのみならず、現代の先進国に多かれ少なかれ共通する現象だが、その行きつく先にどんな悲劇が待ち構えているのかを、著者はアメリカの無残な現状から明らかにする。

 一九八◯年以来クレジットカードの平均利用残高は、三倍以上に増えた。カードの利用残高を含めた家計の負債額の増加ペースは、収入に比べて二五%速かった。(中略)個人破産の割合は三倍になった。



 肥満が急増した(一九七◯年から一九九五年の間に、体重過多のアメリカ人の割合は、二◯人に三人から、一◯人に三人に増えた)。ドラッグの使用、性的な乱交、不倫が増加した。行き過ぎた行為は消費に留まらず、忍耐力や礼節、自制心も全般に不足しているように思われた。



 個人の欲望の暴走に歯止めがかからないどころか、多くの企業が自らの利益のために、その暴走を後押ししている。そのような「インパルス・ソサエティ」(=衝動社会/本書の原題)のありようは、いまやアメリカの企業文化を壊し、人々の利他的なコミュニティを壊し、政治のありようまでも変えてしまったと、著者は訴える。

 インパルス・ソサエティ化の根幹となったのは、社会の「金融化」(「金融市場が私たちの経済生活のあらゆる部分に入り込み過ぎて」いること)であり、ネットとコンピュータの急速な発展である、というのが著者の見立てだ。

 本書は、ヘンリー・フォードの時代にまで遡り、米国のインパルス・ソサエティ化の歩みをたどった書でもある。
 その意味で、当ブログでも取り上げた『誰がアメリカンドリームを奪ったのか?』(ヘドリック・スミス)の類書でもあり、2作を併読することでいっそう理解が深まるだろう。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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