福田淳『SNSで儲けようと思ってないですよね?』



 福田淳(あつし)著『SNSで儲けようと思ってないですよね?――世の中を動かすSNSのバズり方』(小学館/1296円)読了。

 誤解されやすい書名だと思う。
 「SNSをバズらせてマネタイズに結びつけるには?」みたいな、小手先のテクが書かれたチャラい本だと思われかねない。

 実際に読んでみれば、そうではない。ソーシャルメディア時代の“人の輪”の作り方や、“社会をよい方向に変えるためにソーシャルメディアをどう活かしていくべきか?”といったことが、カリスマ・マーケッターである著者の体験をふまえて論じられている。

 語り口調に近い軽快な文章ながら、けっこう深いことを言っている。
 たとえば、ドナルド・トランプのSNS活用術を分析したあとで、著者は次のように書く。

 このようにしてトランプ氏は、通常のメディアでは伝え切れない、ソーシャルメディアならではの特性をすべて取り入れた戦略を立てたのです。こうした背景から、トランプ氏は、「突然現れたモンスター」ではなく、SNS効果を熟知している「優れたマーケッター」なのではないかと僕は見ています。



 政治評論家などとは異なる位相からの著者のトランプ評価は、傾聴に値する。

 また、ソーシャルマーケティング企業の代表格「ソニー・デジタルエンタテインメント」の初代社長である著者が、生身の人のふれあいを重視している点は、意外で面白いと思った。

 日々の「街歩き」のことを、僕は「素振り」と呼ぶことにしています。(中略)
 バットを振り続けている限りはボールが当たることだって時々はある。打席に立っている分、街を歩いている分、打つべき角度だとか、土地勘だとか、マーケッターとして重要な、「気配を察する能力」が磨かれていくからです。

 実際、街歩きが習慣になると、「時代の気分」を次第に感じることができるようになっていきます。



 それから、『少年マガジン』を100万部雑誌に育て上げた天才編集者・内田勝さんとの思い出が随所に紹介されている点は、個人的にうれしかった。
 内田さんはソニー・デジタルエンタテインメントの初代顧問であり、著者は自らに影響を与えた「4人の偉大な大先輩」の1人に数えている。

 生前の内田さんとは、一度だけ一緒に飲む機会があった。そのとき、内田さんの著書『奇の発想』(三五館/これは名著)にしていただいたサインは、私の宝物だ。 

中川淳一郎『ネットは基本、クソメディア』



 中川淳一郎著『ネットは基本、クソメディア』(角川新書/907円)読了。

 この人の本は、専門分野であるネットについて書いている分には面白いが、『バカざんまい』のように社会万般に間口を広げて書くと、たちまち底の浅さが露呈してしまう……という印象を私は持っている。

 本書はタイトルどおり、彼がたくさん出してきた“ネットのおバカ事件観察本”の最新刊。
 ただし、『ウェブはバカと暇人のもの』や『ネットのバカ』がお笑いに傾いていたのに比べ、本書はわりとマジメなメディア論としての色合いが濃い(タイトルの下品さとは裏腹に)。

■関連エントリ
中川淳一郎『ネットのバカ』
中川淳一郎『ウェブはバカと暇人のもの』

 DeNAが運営していた医療系キュレーションメデイア「WELQ(ウェルク)」の炎上→サイト休止事件についての考察が、大きなウェートを占めている。事件の顛末をまとめた本としての資料的価値もある。

 WELQに代表される劣悪なキュレーションメディアの氾濫を、「『やりがい搾取』の面も多分に備えた問題」だと、著者は指摘する。

 ライターになりたい人はとにかく「場」を求める。それが傍から見るとクソのようなメディアであろうとも、とにかく「場」がもらえたことで大喜びし、いっぱしのライターになったかのような気持ちになれる。



 ライターの卵たちの「やりがい」につけ入って搾取し、信じられないような安いギャラで「コタツ記事」を量産させていたことが問題なのだ、と……。

 いくら手抜きをした記事であろうが、従来の「1PVは1PV」というネット上の格言によれば等価である。長きにわたる取材を行い、渾身のスクープを取った記事と、コタツで鼻くそほじりながらネット検索だけを駆使して書いた記事が等価に近い形で扱われている現状がある。



 著者はそうした現状を嘆いたうえで、「WELQ」事件が一種のショック療法となって、ネットメディアが改善されつつあるという希望の側面にも言及している。

 とくに、「ネットメディアのギャラが上がってきている」(「WELQ」事件だけが原因ではないが)という話は、私にとっても喜ばしい。
 

ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの』



 ケヴィン・ケリー著、服部桂訳『〈インターネット〉の次に来るもの――未来を決める12の法則』(NHK出版/2160円)読了。書評用読書。

 米『WIRED』誌初代編集長の著者が、インターネットの黎明期から現在までを最前線で見つめてきた経験をふまえ、向こう30年間のネットにまつわるメガトレンドを読み解いた書。

 SNSとかIoTとか、ネットをめぐる一つのテーマを深掘りした本はたくさんあるが、本書のように、“ネットをめぐるすべて”を視野に入れたうえで書かれた大局的な未来予測の書は、意外にありそうでないものだ。

 その意味で本書は、たんなるネット関連書というより、トフラーの『第三の波』や『パワーシフト』、あるいはエリック・シュミット&ジャレッド・コーエンの『第五の権力――Googleには見えている未来』などと比較されるべき、社会の大画期を捉えた一種の文明論と言える。

 未来予測の書は、悲観と楽観のどちらに偏るかによって、色合いが大きく変わる。本書は、著者自身も言うとおり、悲観的な側面にはあえて触れない内容になっており、思いっきり楽観寄りだ。ネットと周辺テクノロジーが空気のように社会に遍在する未来が、“ほぼバラ色”に描かれているのだ。ゆえに、一読後「私たちはいい時代に生まれたなァ」と感じさせる。

 そう感じさせる記述の例を挙げる。

 人間の表現行為に対する読者や観客やリスナーや参加者になるという点で、いまほど良い時代はなかった。(中略)いまや本当に簡単に、手首をちょっとひねる程度の動作で誰もが「万物のライブラリー」を手元に呼び出すことができる。
(中略)
 いまなら簡単な映像を作るのは、10年前と比べて10倍簡単になっている。100年前と比べたら、小さな機械部品で何かを作ることは100倍は簡単だ。1000年前と比べて、本を書いて出版することは、1000倍簡単になっている。



高橋暁子『ソーシャルメディア中毒』


ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち- (幻冬舎エデュケーション新書)ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち- (幻冬舎エデュケーション新書)
(2014/12/03)
高橋暁子

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 高橋暁子著『ソーシャルメディア中毒――つながりに溺れる人たち』(幻冬舎エデュケーション新書/840円)読了。

 ITジャーナリストの著者が、LINE、ツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアの負の側面を描き出した概説書。
 著者は元教員だそうだ。だからこそであろう、ソーシャルメディアが子どもたちに及ぼす悪影響について、かなり紙数が割かれている。

 人目を引く派手さはない本だが、ソーシャルメディアの歴史と現状、今後取るべき対策についての提言などが、手際よくまとめられた良書。平明ですっきりとした文章も好ましい。

 ソーシャルメディアをめぐる事件についての記述は、フツーにネットに接している人なら知っていることがほとんどで、新鮮味はない。
 ただ、いまの子どもや若者の生活にとってソーシャルメディアがどれほど欠かせないものになっているか、そこからどのような軋轢が生じているかの紹介・分析では、何度も目からウロコが落ちた。
 たとえば――。

 ティーンはオンラインの付き合いをとても大切にするので、オンラインでの自分をとても大切にする。すなわち、SNS内での自分のイメージ、仲間内でのポジション、ソーシャルゲームでの強い自分などだ。その挙げ句、リアルの生活をないがしろにして、オンラインに没頭することも多くなる。「会ったことがないけれど親友」「会ったことはないけれど恋人」という不思議な事態が起こるのはそのためだ。



 私学では、「SNSを利用したら停学」というところも増えている。公立の中学高校でも、SNSを利用禁止とし、同意書を配布して保護者の同意を取り付けようとしている学校もある。



 私自身は、「SNSはやらない」と決めている(ミクシィもやったことがないし、ツイッターもフェイスブックもLINEもやらない)。
 そのためにいろいろ不便が生じているのかもしれないが、そもそもやったことがないから不便も感じない。
 ゆえに、本書に紹介されたSNSのネガティブな側面を見ても「大変だなあ」としか思わないのだが、いまのティーンにとっては「SNSはやらない」という選択肢自体がないのだろう。

 大人の「ソーシャルメディア中毒」予備軍の人たちにとっても、一読の価値がある。

 SNS内の友達数や「いいね!」の数、フォロワー数は、言ってみればゲーム内通貨だ。ゲームをやっている間はとても価値がある気がするが、ゲームが終わったら何にも使えない仮想の通貨となる。



 ……などという一節は、ほんとうにそのとおりだと思う。

 喫茶店のスターバックスとドトールを比較すると、「スタバ(スターバックス)なう」というツイートは、「ドトールなう」に比べて約10倍となる。
(中略)
 お洒落なスターバックスにいることは周囲に言いたいが、カジュアルな店であるドトールにいることはあえて言わないということだ。



 ……なんて話も面白い。

中川淳一郎『縁の切り方』


縁の切り方 (小学館新書 228)縁の切り方 (小学館新書 228)
(2014/12/01)
中川 淳一郎

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 中川淳一郎著『縁の切り方――絆と孤独を考える』(小学館新書/799円)読了。

 なかなか刺激的なタイトルだが、中身はこれまでの中川の著作の延長線上にある。
 すなわち、『ウェブはバカと暇人のもの』からつづく「ネットのおバカ事件ウォッチング・エッセイ」としての側面と、『夢、死ね!』で開花した社会批評的側面を、併せ持った本なのである。

■関連エントリ→ 中川淳一郎『夢、死ね!』レビュー

 著者は、3・11以来の「絆」至上主義、ツイッターやLINEなどのSNSを中心とした「人のつながり」重視の風潮に、思いっきり冷水を浴びせてみせる。
 絆や「つながり」って、そんなにも大切で麗しいものなのか? むしろ、人生の不幸の多くは、ろくでもない人間との「つながり」から生まれてくるのではないか? ならば、不要な人間関係はどんどん切っていこうではないか、と……。

 「渾身の社会批評」(本の惹句)というほどのものではないし、むしろ著者の主張はある意味あたりまえのことばかりだと思った。たとえば、次のような主張――。

 自分にとってムダだと思う人間関係はバッサバッサ切っていいし、敵意を持っている人間を味方にする必要もない。無視するのが吉だ。なぜなら人生はあまりにも短く、人間はあまりにも多いからである。



 ただ、本書には、著者がそのような諦観にたどりつくまでの個人的経験が赤裸々に明かされており、その部分にはすごい迫力がある。

 少年時代の滞米生活(父親の海外赴任についていった)での、苛烈な被差別体験。学生時代の親友に、社会に出てから冷たくされた体験。そして何より、20代のころ、婚約者に自殺されてしまった体験……。
 隠していた傷跡をすべてさらけ出すように綴られたそれらの体験は、読者の目を釘付けにせずにはおかない。

 安易に一般化できる内容ではないし、ましてや上手な「縁の切り方」を教える実用書(だと思って手に取る人は多いだろう)でもないが、一読の価値はある本だ。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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