ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの』



 ケヴィン・ケリー著、服部桂訳『〈インターネット〉の次に来るもの――未来を決める12の法則』(NHK出版/2160円)読了。書評用読書。

 米『WIRED』誌初代編集長の著者が、インターネットの黎明期から現在までを最前線で見つめてきた経験をふまえ、向こう30年間のネットにまつわるメガトレンドを読み解いた書。

 SNSとかIoTとか、ネットをめぐる一つのテーマを深掘りした本はたくさんあるが、本書のように、“ネットをめぐるすべて”を視野に入れたうえで書かれた大局的な未来予測の書は、意外にありそうでないものだ。

 その意味で本書は、たんなるネット関連書というより、トフラーの『第三の波』や『パワーシフト』、あるいはエリック・シュミット&ジャレッド・コーエンの『第五の権力――Googleには見えている未来』などと比較されるべき、社会の大画期を捉えた一種の文明論と言える。

 未来予測の書は、悲観と楽観のどちらに偏るかによって、色合いが大きく変わる。本書は、著者自身も言うとおり、悲観的な側面にはあえて触れない内容になっており、思いっきり楽観寄りだ。ネットと周辺テクノロジーが空気のように社会に遍在する未来が、“ほぼバラ色”に描かれているのだ。ゆえに、一読後「私たちはいい時代に生まれたなァ」と感じさせる。

 そう感じさせる記述の例を挙げる。

 人間の表現行為に対する読者や観客やリスナーや参加者になるという点で、いまほど良い時代はなかった。(中略)いまや本当に簡単に、手首をちょっとひねる程度の動作で誰もが「万物のライブラリー」を手元に呼び出すことができる。
(中略)
 いまなら簡単な映像を作るのは、10年前と比べて10倍簡単になっている。100年前と比べたら、小さな機械部品で何かを作ることは100倍は簡単だ。1000年前と比べて、本を書いて出版することは、1000倍簡単になっている。



高橋暁子『ソーシャルメディア中毒』


ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち- (幻冬舎エデュケーション新書)ソーシャルメディア中毒 -つながりに溺れる人たち- (幻冬舎エデュケーション新書)
(2014/12/03)
高橋暁子

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 高橋暁子著『ソーシャルメディア中毒――つながりに溺れる人たち』(幻冬舎エデュケーション新書/840円)読了。

 ITジャーナリストの著者が、LINE、ツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアの負の側面を描き出した概説書。
 著者は元教員だそうだ。だからこそであろう、ソーシャルメディアが子どもたちに及ぼす悪影響について、かなり紙数が割かれている。

 人目を引く派手さはない本だが、ソーシャルメディアの歴史と現状、今後取るべき対策についての提言などが、手際よくまとめられた良書。平明ですっきりとした文章も好ましい。

 ソーシャルメディアをめぐる事件についての記述は、フツーにネットに接している人なら知っていることがほとんどで、新鮮味はない。
 ただ、いまの子どもや若者の生活にとってソーシャルメディアがどれほど欠かせないものになっているか、そこからどのような軋轢が生じているかの紹介・分析では、何度も目からウロコが落ちた。
 たとえば――。

 ティーンはオンラインの付き合いをとても大切にするので、オンラインでの自分をとても大切にする。すなわち、SNS内での自分のイメージ、仲間内でのポジション、ソーシャルゲームでの強い自分などだ。その挙げ句、リアルの生活をないがしろにして、オンラインに没頭することも多くなる。「会ったことがないけれど親友」「会ったことはないけれど恋人」という不思議な事態が起こるのはそのためだ。



 私学では、「SNSを利用したら停学」というところも増えている。公立の中学高校でも、SNSを利用禁止とし、同意書を配布して保護者の同意を取り付けようとしている学校もある。



 私自身は、「SNSはやらない」と決めている(ミクシィもやったことがないし、ツイッターもフェイスブックもLINEもやらない)。
 そのためにいろいろ不便が生じているのかもしれないが、そもそもやったことがないから不便も感じない。
 ゆえに、本書に紹介されたSNSのネガティブな側面を見ても「大変だなあ」としか思わないのだが、いまのティーンにとっては「SNSはやらない」という選択肢自体がないのだろう。

 大人の「ソーシャルメディア中毒」予備軍の人たちにとっても、一読の価値がある。

 SNS内の友達数や「いいね!」の数、フォロワー数は、言ってみればゲーム内通貨だ。ゲームをやっている間はとても価値がある気がするが、ゲームが終わったら何にも使えない仮想の通貨となる。



 ……などという一節は、ほんとうにそのとおりだと思う。

 喫茶店のスターバックスとドトールを比較すると、「スタバ(スターバックス)なう」というツイートは、「ドトールなう」に比べて約10倍となる。
(中略)
 お洒落なスターバックスにいることは周囲に言いたいが、カジュアルな店であるドトールにいることはあえて言わないということだ。



 ……なんて話も面白い。

中川淳一郎『縁の切り方』


縁の切り方 (小学館新書 228)縁の切り方 (小学館新書 228)
(2014/12/01)
中川 淳一郎

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 中川淳一郎著『縁の切り方――絆と孤独を考える』(小学館新書/799円)読了。

 なかなか刺激的なタイトルだが、中身はこれまでの中川の著作の延長線上にある。
 すなわち、『ウェブはバカと暇人のもの』からつづく「ネットのおバカ事件ウォッチング・エッセイ」としての側面と、『夢、死ね!』で開花した社会批評的側面を、併せ持った本なのである。

■関連エントリ→ 中川淳一郎『夢、死ね!』レビュー

 著者は、3・11以来の「絆」至上主義、ツイッターやLINEなどのSNSを中心とした「人のつながり」重視の風潮に、思いっきり冷水を浴びせてみせる。
 絆や「つながり」って、そんなにも大切で麗しいものなのか? むしろ、人生の不幸の多くは、ろくでもない人間との「つながり」から生まれてくるのではないか? ならば、不要な人間関係はどんどん切っていこうではないか、と……。

 「渾身の社会批評」(本の惹句)というほどのものではないし、むしろ著者の主張はある意味あたりまえのことばかりだと思った。たとえば、次のような主張――。

 自分にとってムダだと思う人間関係はバッサバッサ切っていいし、敵意を持っている人間を味方にする必要もない。無視するのが吉だ。なぜなら人生はあまりにも短く、人間はあまりにも多いからである。



 ただ、本書には、著者がそのような諦観にたどりつくまでの個人的経験が赤裸々に明かされており、その部分にはすごい迫力がある。

 少年時代の滞米生活(父親の海外赴任についていった)での、苛烈な被差別体験。学生時代の親友に、社会に出てから冷たくされた体験。そして何より、20代のころ、婚約者に自殺されてしまった体験……。
 隠していた傷跡をすべてさらけ出すように綴られたそれらの体験は、読者の目を釘付けにせずにはおかない。

 安易に一般化できる内容ではないし、ましてや上手な「縁の切り方」を教える実用書(だと思って手に取る人は多いだろう)でもないが、一読の価値はある本だ。

小林弘人『新世紀メディア論』


新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に
(2009/04/03)
小林弘人

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 今日は、都内某所で佐藤優さんと山口二郎さんの対談取材(で、私がまとめる)。

 行き帰りの電車で、小林弘人著『新世紀メディア論――新聞・雑誌が死ぬ前に』(バジリコ/1620円)を読了。
 少し前に読んだ『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』がわりと面白かったので、同じ著者の旧著を読んでみた。

 5年前に出たものなので、ドッグイヤーのITの世界を論じた本としてはいささか内容が古くなっている。それでも、一読の価値はあった。

 ネット黎明期の1994年に『WIRED』日本版を創刊した著者は、ネットと出版の境界線上を先頭に立って走ってきた人である。
 その著者から見て、旧来の出版人・新聞人がいかに時代遅れであるかが、随所で厳しく指摘される。どちらかといえば「旧」側に身を置いている私としては、耳の痛い箇所も多い。

 「あなたは出版人だというのに、システム開発やコンサルまでやっているのか?」とよく驚かれることがあります。そして、それは「出版」ではないと言われます。
 すでに、本稿をここまで読まれた読者の皆さんにはおわかりだと思いますが、ウェブ上ではそれらすべての領域にまたがって、メディアという雲が覆っています。「出版」という概念が、紙の束をパッケージにして全国津々浦々に流通させ、販売する商行為と不可分なことであることと同様です。



 ただ、著者の文章はかなり拙劣である。
 日本語として不自然な箇所や、明らかな言葉の誤用も散見する。「未来の芽をつむぐ」(たぶん「摘む」と「紡ぐ」がゴッチャになっている)とか……。

エリック・シュミットほか『第五の権力』


第五の権力---Googleには見えている未来第五の権力---Googleには見えている未来
(2014/02/21)
エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン 他

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 一昨日は新潟で取材。天気予報では台風直撃の日だったのだが、朝出発するころには台風がもう去っていたので、よかった。


 行き帰りの新幹線で、エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン著、櫻井祐子訳『第五の権力――Googleには見えている未来』(ダイヤモンド社/1944円)を読了。

 グーグル会長エリック・シュミットの初の著書として、話題を呼んでいる1冊。
 共著者のコーエンは、グーグルのシンクタンク「Google Ideas」の創設者兼ディレクター。2006年から2010年にかけて、ライス、ヒラリー両国務長官の政策アドバイザーも務めた人だという。

 グーグルの「中の人」が書いた本といえば、ダグラス・C・メリルの『グーグル時代の情報整理術』というのを読んだことがある。これはちょっと期待外れだったが、本書はかなり面白かった。

 「第五の権力」とは、近い将来、インターネットによって世界中の人々がつながることで生まれる「権力」の謂。
 ただ、副題の「Googleには見えている未来」のほうが、内容の的確な要約になっていると思う。

 2025年には、世界人口(80億に達すると予測される)のほとんどがネット環境を手にしてオンラインで結ばれるだろう……と、著者たちは予測する。
 そのことが世界にどのような激変をもたらすのかを、さまざまな角度から探った未来予測の書なのである。

 グーグル会長の著書なのだから、ネットがもたらす未来についての予測が楽観側に大きく振れているのは、まあ当然だろう。だいたい、バラ色の未来を描く楽観が7割、悪夢の未来を描く悲観が3割というところ。

 たとえば、終章には次のような一節がある。

 技術を通じた世界の一体化が実現したとき、どれだけ多くの新しいアイデア、新しい観点、新しい作品が生まれ、そのインパクトはどれほど速やかに感じられるだろうか。
 これからも多くの人が仮想世界に足を踏み入れるが、そのことは彼らにとっても、すでにつながっている私たちにとってもプラスになる。人類の英知と創造性をより多くの人と共有することで、人類全体としての利益は指数関数的に増えていくのだから。
 情報技術は電力のように、どこにいても使えるようになる。
 あってあたりまえのもの、なくてはならない生活の一部になるから、それがなかった頃の生活を子どもに説明するのにさえ苦労するだろう。


 
 もっとも、全体を読めば、楽観にも悲観にも十分な根拠が示されており、荒唐無稽な机上の未来予測とは一線を画する。

 グーグルは2010年に中国市場から撤退して世界をあっと言わせたが、そのことをふまえて読むと、中国の未来についても予測した第3章「国家の未来」はひときわ興味深い。

 あと、いちばん目からウロコが落ちたのは、第5章「テロリズムの未来」。
 これは、本書の中で最も悲観的色彩が濃い章といえる。次の一節のように、ゾッとする記述が山盛りだ。
 

 未来のテロリストは、おそらく「普及型」の無人飛行機と、携帯型IEDを組み合わせたテロ兵器を自作するだろう。



 「IED」とは、「即席爆発装置(Improvised Explosive Device)」のこと。
 たとえば、「バイブレーション機能をオンにした携帯電話に、爆弾の起爆装置をテープづけしてつくった爆弾は、その携帯に電話をかけるだけで、遠隔から爆発させることができ」るそうで、すでにイラクで米軍相手に使用されているという。
 そして、『ターミネーター』のようなロボット兵器が戦う戦争も、本書が描く「未来」の一部なのである。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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