倉地克直『江戸の災害史』



 今日は、東大大学院教授のロバート・キャンベルさんを取材。都内某所のご自宅にて。

 キャンベルさんとは初対面である。
 日本語がご堪能、などというレベルを飛び越えて、我々日本人よりもはるかに深く、日本語と日本文学を理解されている方である。「いやはや、すごいものだ」と、お話を伺いながら感嘆。

 倉地克直著『江戸の災害史――徳川日本の経験に学ぶ』(中公新書/929円)を読んで取材に臨む。
 この本自体はキャンベルさんと直接関係ないのだが、今回の取材テーマの関連資料として。

 前に当ブログで『地震の日本史』(寒川旭)という本を取り上げたが、本書は地震だけではなく、火山の噴火・大火・津波・飢饉などさまざまな災害を広く扱っている。逆に時代レンジは狭まり、日本史全体ではなく、江戸時代300年に的を絞っている。
 2冊を併読すると、いっそう勉強になると思う。

 江戸時代は、大きな戦乱がなかったという意味では平和な時代だったが、一方では大災害が矢継ぎ早に起きた時代であった。
 その災害に人々がどのように立ち向かったのかを、幕府・各藩・地域社会・各家庭という4つのレイヤーから描き出して、読み応えがある。いまでいう「自助・共助・公助」が、江戸時代にもあったのだ。

 飢饉こそないものの、それ以外は江戸時代同様に災害が頻発する現在の日本――。そこに生きる我々にとって、江戸時代の災害対策の智慧から学ぶべきことは多い。 

中村平治『ネルー』ほか



 仕事でインド初代首相のネルーについて調べているのだが、日本語の資料が驚くほど少ない。評伝・ノンフィクションのたぐいでは、清水書院の「人と思想」シリーズの一冊(上に貼ったもの)しか生きておらず、それすら新刊では入手が難しい。

 あとは、昭和期の大物ジャーナリスト・大森実が書いた「人物現代史」シリーズの一巻『ネール』くらいしかない(もちろん、ネルーが娘のために書いた『父が子に語る世界歴史』シリーズはまだ生きているが)。……ので、古書で手に入れた。
 
 ネルーの師匠であるガンジーに関する本が、21世紀の日本でさえ汗牛充棟であるのに対し、ネルーはほとんど忘れ去られているのだ。
 1957年にネルーがインド首相として来日した際には、国を挙げて大歓迎し、新聞は軒並み一面トップで報じていたのに……。
 ガンジー並みとまではいかなくても、ガンジーの半分程度の尊敬は払われてしかるべき人だと思うのだが。

 こうしたガンジーとネルーの「落差」の原因はさまざま挙げられるだろうが、枝葉を取り払って一言で言えば、「ガンジーはキャラが立っていたのに、ネルーはキャラが立っていなかった」ということに尽きるのではないか。
「カリスマ性」というものも、言いかえれば「プラスのキャラ立ちが際立ってる」ってことなわけだし。

 キャラ立ちというのは、政治家などのリーダーにとっては非常に大事なことだと思う。『リーダーのための「キャラ立ち」講座』というテーマで新書一冊くらい書けそうだ。



 もうあるか(↑)。いや、でもこれは「セルフブランディング」の本のようだから、私が思い描いているものとは違う。

マーク・カーランスキー『紙の世界史』



 マーク・カーランスキー著、川副智子訳『紙の世界史――歴史に突き動かされた技術』(徳間書店/2592円)読了。書評用読書。

 読む前に想像していたよりもずっと面白い本だった。というのも、たんなる紙の技術史であるのみならず、さまざまな分野への広がりがあるから。

 これは、紙というフィルターを通した芸術史(美術史・文学史など)でもあり、出版史・メディア史・印刷史でもあり、さらには宗教史・政治史でもある。
 芸術や宗教などの歴史に、紙と印刷技術の誕生・発達・普及がいかなる役割を果たしてきたか――それが詳述される点が、興趣尽きないのだ。

 目からウロコのトピック満載。たとえば――。
 
 木材パルプが登場するまで、紙の原料は古布であり、米国の南北戦争時代には死んだ兵士の衣服を剥ぎ取るハイエナのような製紙業者が横行した(!)という。
 
 いまでこそ素晴らしい日本文化の一つとして認められている和紙は、ある時代までのヨーロッパでは粗悪な紙と見做され、軽んじられていた。
 ヨーロッパで和紙の優れた価値をいち早く見抜いたのは、画家のレンブラントであった。彼は、エッチング版画に日本から輸入された和紙を用いたという。

 活版印刷技術を発明して世界の歴史を変えたグーテンベルクは、その技術を富に変えることができず、貧窮のうちに没したという。

 膨大な文献を渉猟し、世界各国を取材して書き上げられた、重厚な歴史ノンフィクション。
 第18章「アジアへの回帰」では、著者が日本で取材した和紙業界の現状が、かなりの紙数を割いて詳述される。日本人にはここだけでも一読の価値あり。

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』



 ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社/上下巻各2052円)読了。書評用読書。

 48ヶ国で刊行の世界的ベストセラー、ジャレド・ダイアモンド、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグも絶賛……などと、すでに話題騒然の書。
 まだ40歳になったばかりのイスラエル人歴史学者(ヘブライ大学の歴史学教授)が、現生人類(ホモ・サピエンス)の歴史――すなわち人類史・文明史を鳥瞰的に描ききった大著である。

 上下巻合わせても600ページに満たないから、浩瀚な書というほどではないが、内容の密度が濃いので速読は不可能。私は丸一日がかりで読み終えた。

 歴史学のみならず、生物学・考古学・経済学・認知科学など、あらゆる分野の最新の知見を駆使して、非力なホモ・サピエンスが地球の覇者となるまでの道筋を、丹念に辿っている。

 目からウロコが落ちる思いがした箇所に貼った付箋が、たちまちいっぱいになった。

 私が最も強い印象を受けたのは、人類史における差別の歴史を概観し、その根源を問うた第8章「想像上のヒエラルキーと差別」である。短い章なのに、ここだけでヘタな新書1冊よりも内容が濃い。

 本書を取り上げた書評では、ジャレド・ダイアモンドの名著『銃・病原菌・鉄』と比較しているものが多い。
 たしかに、『銃・病原菌・鉄』が「西欧文明が世界を制覇したのはなぜか?」を問うた書だったのに対し、本書は「なぜホモ・サピエンスだけが繁栄したのか?」を問うた書だから、類書ではある。文明史そのものを鷲づかみにするようなスケールの大きさも、ダイアモンドの諸作と共通している。

 しかし、比べてみれば本書のほうが、「貨幣とは何か?」「国家とは何か?」「文明は人類を幸福にしたのか?」などという、より根源的な問いにまで踏み込んでおり、『銃・病原菌・鉄』よりもいっそう射程の広い本といえる。

 後半、つまり下巻に入るとちょっとダレる印象があるが、それでも、全体としては知的興奮に満ちた素晴らしい本。
 間違いなく、私が今年読んだ本のベストワン。今後、くり返し部分的に参照する「座右の書」の一つになるだろう。

森正人『戦争と広告』



 森正人著『戦争と広告―― 第二次大戦、日本の戦争広告を読み解く』(角川選書/1836円)読了。書評用読書。

 戦時下の日本を、当時の広告や雑誌記事から読み解いていく本である。
 すでに類書も多い(『戦争と広告』という同タイトルの本も過去にあった)から、類書にない斬新な切り口を出せるかどうかが、著者の腕の見せどころとなる。

 類書の一つ、早川タダノリの『神国日本のトンデモ決戦生活』や『「愛国」の技法』は、戦時下の広告を現在の視点から笑い飛ばすユーモア読み物であり、かなり笑える。それに比べると、本書はガチガチにアカデミックな著作で、笑いの要素は絶無。

 本書の価値・独創性は、読み物としての面白さではなく、別方向にある。

 一つは、「広告」といってもかなり広義の広告を扱っており、戦意高揚のために開かれた展覧会・博覧会の内容までが検証されている点。
 また、第4章「二一世紀における大東亜戦争」では、今世紀に入ってからの日本で開かれた「平和展示(戦争記録展示)」の内容が検証されている。そのような射程の長さが、本書の独創性である。

 ただ、第4章で百田尚樹の『永遠の0』の原作と映画版を比較検証している箇所は、さすがに間口を広げすぎで、蛇足だと思った。

 本書のもう一つの特徴は、著者が歴史学者ではなく、文化地理学を専門とする地理学者(三重大学准教授)である点。
 地理学者として、視覚文化研究の視点から昭和の戦争を論じたからこそ、本書では各種展示会の内容が重きをなしているのだ。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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