週刊文春編集部『文春砲』



 今日は午前中に、都内某所で社会起業家の慎泰俊(シン・テジュン)氏を取材。

 先日読んだ慎氏の著書『ルポ 児童相談所』が大変素晴らしかったので、編集者に「この人を取材してみたい」と言っておいたところ、一ヶ月経たずに実現したのだ。

 このように、「会ってみたい」と思う人に取材という形で会うことができる(ことが多い)のが、ライター稼業の醍醐味の一つである。


 行き帰りの電車で、週刊文春編集部編『文春砲――スクープはいかにして生まれるのか?』(角川新書/864円)を読了。

 大型スクープの連発によって世の注目が集まり、「『週刊文春』はどうしてあんなにスクープを飛ばせるのか?」という舞台裏を明かす本の刊行が相次いでいる。
 本書もその一つで、ドワンゴが作った『週刊文春』編集部のドキュメンタリー・ドラマがベースになっている。

 数々のスクープの舞台裏は、読み物として面白かった。とくに、ベッキー「ゲス不倫」記事の舞台裏を明かした章は、映画のようにドラマティックだ。

 ただ、昨年に類書の『スクープ!』(『週刊文春』の元エース記者・中村竜太郎の著書)を読んだときと同様、「週刊誌記者って、そんなにご立派な仕事なのかね?」という違和感が、最初から最後まで拭えなかった。

 昨年の映画『SCOOP!』(ヒットしなかったけど、よい映画だった)で、福山雅治演ずる写真週刊誌のパパラッチ・カメラマンは、「俺たちのやってる仕事は、ゴキブリ以下、ドブネズミ以下なんだよ」というセリフを吐く。
 そういう醒めた自己認識が、週刊誌記者・編集者にも必要ではないだろうか。

 そのような自己認識を持ったうえで、「ハイエナみたいな仕事だけど、俺たちなりの矜持を持ってやってるし、けっこう体張ってるんだぜ」と言う本だったなら、私も素直に楽しめただろう。
 しかし、本書に登場する『週刊文春』編集長やデスクの言葉は、妙にカッコよすぎるし、キレイゴトすぎる。

 本書の中でいちばん共感できたのは、ベッキーの不倫スクープに力を発揮した大山という女性記者が、次のように言う部分。

「今回の取材に限らず、人を傷つけているという自覚はありますけど、それに対して記者は、すいません、申し訳ありませんって言ってはいけないんだと思っています。ただ、こういう記事に関わったことで、自分は不倫をしてはいけない人間になったんだとも思いました。いままで一回も不倫をしたことはないですけど、こういう記事をつくった以上、しちゃいけない人間になっちゃったなって。自分がそれをしていたら、人のことを言っちゃいけないし、説得力がなくなってしまいますからね。何かの記事をつくるたびにそうした背負うものが増えている気はします」



 こういうまっとうな感覚を持った人が、『週刊文春』の中で少数派でないことを願いたい。

中村竜太郎『スクープ!』



 今日は、「駒場祭」で賑わう東大へ――。
 駒場祭の1プログラムとして行われた、小林雅之東大教授と佐々木さやか参議院議員(公明党)による講演/シンポジウム「大学教育の未来を考える」の取材だ。

 演題は漠然としているが、実際には「大学教育における奨学金のあり方を考える」という感じの内容。「給付型奨学金」の導入が実現するか否かの瀬戸際にあるいま、時宜にかなった講演であった。

 佐々木さやかさんは、議員になる前に何度か取材させていただいたことがある。相変わらず美人ですなァ。


 行き帰りの電車で、中村竜太郎著『スクープ!――週刊文春エース記者の取材メモ』(文藝春秋/1296円)を読了。
 30歳から50歳までの20年間、『週刊文春』編集部に在籍し、数々のスクープを飛ばしてきた元エース記者(現在はフリー)が、20年間で印象に残った仕事を振り返った本。

 『週刊文春』の現役記者には、仕事の性質上、マスコミでの顔出し厳禁という基本原則があるそうだ。
 しかし、最近のスクープ連発で、「『週刊文春』の取材現場を知りたい」という世のニーズが高まっているため、すでに現役をしりぞいた著者が引っ張り出された……というのが本書の成立事情らしい。

 私は、『週刊文春』『週刊新潮』などの出版社系週刊誌のあり方には批判的で、一つ残らず消えてなくなったほうが世のためだと考えている。
 ま、それはそれとして(笑)、本書に明かされたスクープの舞台裏秘話は、わりと面白く読めた。

 全11章。各章はわりと玉石混交だが、第1章「『シャブ&飛鳥』スクープの舞台裏」は本書の白眉だし、第8章「歌姫・宇多田ヒカルの素顔」も、宇多田家の複雑な家庭事情に迫って読み応えがあった。

 ただ、著者が一貫して“自分は社会正義を背負って週刊誌記者をやっていたのだ”みたいな物言いをしている点に、強い違和感を覚えた。
 たとえば、こんな一節がある。

 週刊誌記者はスクープを追う犬だ。権力者の不正をかぎ分け、スキャンダルを暴く。ときには牙をむいて吠え、ときには石もて追われ悲鳴をあげる。闇夜を走り、駆け抜けて、また走る。疲れても、傷を負っても、力尽きるまで走り続けるのだ。けれど、こんなに面白い仕事は、ない。



 この文章に満ち満ちた、「風に吹かれてトップ屋(死語)が一人」みたいな自己陶酔感に、読んでいて鼻白む思いがした。週刊誌記者というのは、そんなにご立派でカッコいい仕事なのかね?
 私にはむしろ、「あとがき」に記された著者のお父さんの次の言葉(がんと闘う病床で息子に言った言葉だという)のほうが、よほどまっとうな感覚に思える。

「お前は、ヤクザな仕事をしているな。いくらペンの力といっても、人様に迷惑をかけていることは忘れるな。畳の上では死ねないと思いなさい。因果とは、そういうもんだ」



松林薫『新聞の正しい読み方』



 昨日は、企業取材でさいたま市へ――。
 行き帰りの電車で、松林薫著『新聞の正しい読み方――情報のプロはこう読んでいる!』(NTT出版/1728円)を読了。

 タイトルといい表紙といい、何とも地味な本で、見た目はパッとしない。が、中身は一級品であった。
 過去の類書と比べても遜色ないし、「新聞はネットで読むだけ」が当たり前になった時代向けにアップデートされた本としてはイチオシの内容だ。

 一人暮らしの若者で新聞をとっている(定期購読している)人はもうほとんどいないと思うし、一昔前ならフツーに共有されていた新聞リテラシーが身についていない人は多いだろう。
 本書は、主にそういう層をターゲットに、新聞の読み方をわかりやすく説いた内容である。

 著者は元『日経』記者。といっても、早期退職した人でまだ40代前半なので、“ネット時代の新聞の読まれ方”が肌感覚でわかっている。だからこそ、功成り名遂げた高齢の元記者が書くことが多かった過去の類書と比べ、ずっと「イマ風」な本になっている。

 新聞の作られ方・読み方の「キホンのキ」から説き起こされているが、中盤以降はだんだん上級者向けになり、長年新聞を読んできた者にとっても有益な内容だ。“新聞の読み方を素材としたメディア・リテラシー講座”という趣もあるし、ジャーナリズム論として読んでも示唆に富んでいる。

 私が「へーえ」と思った箇所を引用する。

 注意して記事を読むと、ニュースで「強く打って」という表現が出てくるときは、その人は「死亡」するか「(意識不明の)重体」になっているはずです。これは、「強く打つ」が、身体に回復し難いほどの衝撃を受けた場合に使われる表現だからです。「頭を強く打って全治二週間のけが」というケースはまずありません。
 これは、「頭蓋骨が陥没」「原形をとどめない」などと書くと読者を不快にしたり、遺族を傷つけたりする恐れがあるからです。



 みなさんは記事を読んでいて「警察は慎重に調べる方針だ」など「慎重に」という表現を見たことがあるかもしれません。考えてみると慎重に捜査をするのは当然なのですが、わざわざ記事がこう書いているときは、「当局は逮捕(起訴)できない可能性がかなりあると考えている」ことを示唆しています。言い換えると、裁判で有罪にできるだけの証拠が揃っていないか、法律の解釈上、罪に問いにくいケースだとみているのです。



 このような、新聞をより深く、「正しく」読むための知識を満載した良書。

 なお、本書のベースになったWEB連載がここでまだ読める。ただし、本はこの連載に大幅加筆されている。

清水潔『騙されてたまるか』



 「VIEW Suica」カードのICチップがイカれてしまったらしく、改札でタッチしても反応しなくなってしまった。
 で、「ビューカードセンター」というところに電話して、新しいカードを送ってもらうことに。

 駅でいちいち切符を買わなければいけないことが、すっごくメンドくさい。昔はあたりまえにしていたことなのだが……。


 清水潔著『騙されてたまるか――調査報道の裏側』(新潮新書/842円)読了。

 一昨年の力作『殺人犯はここにいる』で読者の度肝を抜いた日本テレビ報道局記者が、これまでかかわった調査報道から生まれたエピソードを綴った本。「記者人生の集大成」(本の惹句)であり、「ベスト・オブ清水潔」ともいうべき一冊だ。

■関連エントリ→ 清水潔『殺人犯はそこにいる』

 『殺人犯はここにいる』で追った「足利事件」(菅家利和さんの冤罪事件)や、著者のもう一つの代表作『桶川ストーカー殺人事件 遺言』の舞台裏についても、それぞれ一章を割いて紹介している。
 ほかにも、故郷のブラジルに逃げた強盗殺人犯を現地まで追いつめていく話など、どの章のエピソードも執念の追跡ぶりがすさまじい。真実を追い求めるためにここまで徹底的に取材するジャーナリストが、ほかにいるだろうか。著者の記者魂やよし。

 エピソード集として読んでもバツグンに面白いし、体験的・実践的ジャーナリズム論としても読みごたえがある。

 最終章の「命さえ奪った発表報道――太平洋戦争」だけはやや異質で、戦時中の「大本営発表」に翻弄された一組の男女(婚約者が特攻隊員となり、結婚を目前にして戦死する)の悲恋を追ったもの。
 これは元々ドキュメンタリー番組のための取材だが、のちにテレビドラマ化・マンガ化もされたという。それもうなずけるドラマティックな話で、涙なしに読めない。

『大森実ものがたり』


大森実ものがたり大森実ものがたり
(2012/12/28)
大森実ものがたり編纂委員会 編

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 大森実ものがたり編纂委員会・編『大森実ものがたり』(街から舎/1890円)読了。書評用読書。

 2010年に世を去った国際ジャーナリスト・大森実を偲ぶメモワール集である。恢子(ひろこ)夫人を始めとしたゆかりの人々――ジャーナリスト仲間・大森の取材を受けた著名人・友人・親戚など――73人が寄稿(一部はインタビュー)している。

 ありきたりな追悼文集というより、“73人それぞれの視点から描き出した大森実像を数珠つなぎにし、そこから全体像を浮かび上がらせた伝記”という趣。大森には『エンピツ一本』という全3巻に及ぶ大部の自伝もあるが、それとはまた角度の異なる面白さ。

 私は大森の全盛期を知らない世代だが、本書を読むと改めて「すごい人だったのだなあ」と思う。

 『毎日新聞』時代のベトナム戦争報道(西側記者として初めて戦火のハノイに入った)は伝説的で、それに憧れてジャーナリストを目指した人も日本には多いという。

 毎日退社後に“週刊新聞”『東京オブザーバー』を自ら立ち上げ、最盛期には15万部まで部数を伸ばすも、一部幹部の不正によって巨額の負債を背負い、事業は頓挫。それでも、不正をした幹部を刑事告訴せず、自分がすべて借金をかぶる。“そんな幹部を雇った自分にも責任がある”との思いからだ。そして、ペン一本で稼ぎ出した金で、負債を完済する。

 また、1970年代(とくに前半)の大森の仕事ぶりはすさまじく、5人分くらいの仕事を1人でしていた印象を受ける。『週刊ポスト』と『週刊現代』が、ウォーターゲート事件をめぐる大森の原稿を奪い合った、なんて話も出てくる。まさに時代の寵児だったのだ。

 カリフォルニア州ラグナ・ビーチの高級住宅地に豪邸を構え、(病に苦しみつつも)悠々自適の生活を送った晩年。それはジャーナリズムと出版の最も幸せな時代ならではで、いま同量の仕事をしてもとてもそんなふうには稼げまい。

 その意味でこれは、“ジャーナリズムの古き佳き時代”の輝きを刻みつけた本でもある。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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