宿野かほる『ルビンの壷が割れた』



 宿野かほる著『ルビンの壷が割れた』(新潮社)読了。

 8月下旬に発売予定の新刊を2週間限定で全文無料公開し、読者から本のキャッチコピーを公募するというユニークなキャンペーンで話題の作品。

 一気読みしてしまう程度には面白かった。覆面作家のデビュー作だそうだが、文章も展開も手慣れていて、「じつは現役の人気作家が変名で書いた」と言われても信じられる感じ。

 ヒロインは黒木華をイメージして書いたのかな。
 学生演劇の世界が舞台の一つになるのだが、黒木華は学生演劇のスターであったし、映像化するならピッタリだと思う。

 ただ、担当編集者の「ものすごく面白く、そして、ものすごく奇怪な小説でした。/あまりにすごいので、私はいまだ、この作品にふさわしいコピーを書けずにいます」という言葉は、大げさすぎ。

 この言葉から、人は「きわめて斬新な、常識はずれの手法で書かれた、これまでに読んだこともないような小説」を思い浮かべるだろう。
 私もそういう作品を期待して読んだ。しかし、斬新さはあまり感じられなかったし、べつに「奇怪な小説」でもなかった。むしろ、「湊かなえとか、沼田まほかるあたりが書きそうな小説だな」と思った。

 ネタバレになることは書けないが、最後のどんでん返しは無理がありすぎだと思う。ラストでズッコケた。
 あと、この作品だけで一冊にするには短すぎる気がした。紙書籍版は160ページと表記があるから、せいぜい中編程度の長さか。

 斬新さはないものの、よくできたエンタメではあると思う。
 このキャンペーンによって、「わりとよくできたエンタメ」が「ものすごく面白いエンタメ」に嵩上げされ、小型新人が大型新人に見えたとすれば、「大成功!」ということになるだろう。

荻原規子『源氏物語 宇治の結び』



 昨日は、取材で京都へ(日帰り)――。

 行き帰りの新幹線で、荻原規子訳『源氏物語 宇治の結び』(上下巻/理論社/各1836円)を読了。書評用読書。

 『源氏物語』のラスト十帖である「宇治十帖」を、児童文学やファンタジー小説で知られる作家の荻原規子が現代語訳したもの。
 京都に行く新幹線の車中で読むのに、これほどふさわしい本がほかにあるだろうか? しかも、今回の取材先は宇治市の「宇治おうばく病院」であったし。

 荻原規子は以前にも、『源氏物語』の主要部分を「紫の上」を中心に再構成した、『紫の結び』という現代語訳を刊行している。本書はその続編というか、スピンオフというか。
 そもそも、「宇治十帖」は光源氏没後の物語であり、それ自体が『源氏物語』のスピンオフのようなものと言えなくもない。

 光源氏の末子・「薫」と、光源氏の孫で明石の姫君が産んだ「匂宮」という2人の貴公子が、宮家の姫君たちと恋をしていく物語。

 三角関係のラブストーリーである点など、現代の恋愛小説に通じる部分もある。
 林真理子も、「宇治十帖」をフランスの心理小説のようなタッチで現代に蘇らせた『STORY OF UJI  小説源氏物語』というのを書いている。

 色恋のことしか考えていない平安貴族の思考回路は、私にはまるで共感できない。それでも、四季折々の美しい風物の描写が随所に織り込まれ、愉しく読めた。

 荻原規子の訳は平明にしてスピード感があり、現代の読者を『源氏物語』の世界に誘う最初の入口としてふさわしい。

福島次郎『蝶のかたみ』



 福島次郎著『蝶のかたみ』(文藝春秋)読了。

 2006年に亡くなった著者の代表作である「蝶のかたみ」と「バスタオル」の2編(いずれも芥川賞候補にのぼった)を収めたもの。
 私は、小谷野敦氏が「バスタオル」を高く評価していたので読んでみた。

 収録作2編とも、同性愛者であった著者の自伝的小説である。
 「蝶のかたみ」は、同性愛者の兄弟の絆を描いたもの。「バスタオル」は、高校教師と教え子の同性愛関係を描いたものだ。

 「蝶のかたみ」も好編ではあるが、一冊読了したあとには「バスタオル」のほうが鮮烈に印象に残る。芥川賞候補にのぼった際、選考委員の石原慎太郎・宮本輝が強く推したというだけのことはある。

 「バスタオル」は、途中までは哀切な純愛小説として読める作品だが、ラストに大きな転調がある。
 ネタバレになるので細かく説明はしないが、このラストは評価の分かれるところだろう。

 たとえば、芥川賞の選考委員であった古井由吉は、選評で「ただし末尾のバスタオルの悪臭は、『バスタオル』全篇を侵したと思われるが」と書いた。同様に、三浦哲郎と河野多恵子も、選評でラストに否定的評価を下した。

 私は逆に、ラストこそがすごいと思った。このラストを付したことによって、「バスタオル」は同性愛を描いた小説の白眉とも言える作品になったのではないか。
 
 かつて丸山健二は、『まだ見ぬ書き手へ』で次のように書いた。 

 三十歳を過ぎてしまうと、如何なる男女の交際もすでに恋愛などと呼べる代物ではないのです。どんなに言葉で飾ってみても、薄汚い、おぞましい関係なのです。(中略)
 いい年をした大人の男がそうまでしてその男女関係を美化せずにはいられないのか、ということまで書き、そうでもしなければならないほど己れの人生が惨めなものである、ということまでずばりと書いてこそ本当の恋愛小説なのです。



 「バスタオル」が描くのは男女関係ではないが、それはさておき、恋愛の「薄汚い、おぞましい」側面までも、自らの傷を抉るようにして描き切った点で、これこそ「本当の恋愛小説」だと思う。 

深町秋生『卑怯者の流儀』



 風邪を引いて熱が出てしまった。昨日までの一日半寝ていたら、かなりラクになったが……。

 今回の風邪は、原因がはっきりしている。
 先週取材で札幌に行った際、「もう春だから大丈夫だろう」とスーツの上に薄いコートだけ羽織っていったら、現地はすごーく寒くて(雪も降った)ブルブル震えていたのだ。北海道の春を甘く見た報いの風邪である。


 寝床で過ごしていた間、仕事する気力も湧かなかったので、軽い本ばかり読んでいた。
 そのうちの一冊が、深町秋生の『卑怯者の流儀』(徳間書店/1836円)。警視庁組対四課――いわゆる「マル暴」のベテラン刑事・米沢英利を主人公とした、「悪徳警官もの」の短編連作だ。

 ヤクザなどから依頼を受けては、本来の業務とは関係ない“私的捜査”を行う。そのために警察の情報網などを不正利用することも厭わず、悪党どもから謝礼を受け取って私腹を肥やす……という、絵に描いたような悪徳警官の物語。
 全6編中のラスト2編で、かつては普通の熱血刑事であった米沢が道を踏み外したきっかけが明かされる。

 適度にコミカルで、適度にシリアス。
 海千山千の暴力刑事である米沢が、巨漢で柔道猛者の女上司(通称「関取」)にだけは頭が上がらない、というキャラ設定も面白い。

 悪徳警官である米沢にとって天敵の、警視庁人事一課(通称「ヒトイチ」)・奈良本京香監察官のキャラもよい。ひそかに「ゴースト」というあだ名で呼ばれている、不吉な雰囲気を漂わせる中年女――。
 全体に、『踊る大捜査線』的なわかりやすいキャラ立ちを、ドス黒い方向に転換させて用いている感じだ。
 
 全6編それぞれに工夫があって、「同じような話」がない点も好ましい。
  

柚月裕子『孤狼の血』



 柚月裕子著『孤狼の血』(KADOKAWA/1836円)読了。
 2年前に出た本だが、「仕事の息抜きに面白い小説が読みたいな」と、なんとなく手を伸ばしてみた。

 ハードボイルド色の濃い悪徳警官小説である。
 「タイトルがダサイなぁ」というのが第一印象。いまどき「孤狼」って……。作者が主人公のことを「一匹狼」と規定する自己陶酔は、「イタい」の極みだと思う。それが許されるのは大藪春彦までだ。

 もっとも、本作の舞台は昭和末期の広島だから、「昭和っぽいタイトルにしよう」と、あえて狙ったダサさなのかもしれない。

 タイトルはともかく、中身は面白かった。
 暴力団と癒着し、違法捜査も辞さない、絵に描いたような悪徳警官・大上が、ストーリーが進むにつれてだんだんカッコよく思えてくる。粗野で下品な男という第一印象が少しずつ崩れ、その内面に隠したピュアな心が見えてくる……という構成は、なかなかのもの。400ページ超の長編を一気に読ませる。

 各章の冒頭に抜粋された「日誌」の意味が明かされるラストのどんでん返しも、きれいに決まっている。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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