橋本治『蝶のゆくえ』



 橋本治著『蝶のゆくえ』(集英社文庫)読了。

 栗原裕一郎氏がツイッターで、本書収録の「ふらんだーすの犬」を次のように激推しされていたので、読んでみた。



 柴田錬三郎賞も受賞した短編集。
 表題作にあたるものはなく、『蝶のゆくえ』は収録作6編全体を曖昧に包むタイトルだ。

 6編のうち、「ふらんだーすの犬」が突出した印象を残す。これはたしかに傑作。最近も頻発している、実の母親とその内縁の夫による児童虐待死の話である。

 児童虐待を描いた小説は多いが、管見の範囲ではこの「ふらんだーすの犬」を凌駕するものはないように思う。

 何がすごいかといえば、虐待死というカタストロフに至るまでの母親と内縁の夫の心の中が、すこぶるリアルに、冷徹に描き出されていること。

 「おバカさんの内面を嘘くさくなく描くのは、知的な人を描くよりずっと難しい」と言ったのは斎藤美奈子だが(『文芸誤報』)、この2人はいわゆるDQNの典型であって、インテリたる作家にとっては内面を嘘くさくなく描くのが最も難しいタイプだろう。にもかかわらず、この小説では2人の心の動きが読者にちゃんと理解できる(共感はできないにせよ)ように描かれているのだ。

 そして、秀逸なラスト――。暗黒の物語に、「希望」とも言えないような一条の淡い光がそっと射し込み、深い余韻を残す。
 『フランダースの犬』の話が出てくるわけではないのにこのタイトルになったのは、このラストがアニメ版の有名なラストシーンを思い出させるからであろうか。

 「ふらんだーすの犬」が強烈なので、ほかの5編はわりを食って見劣りがする。
 それでも、「金魚」は秀作だと思った。フランス文学を教える大学教授の家庭が、人もうらやむ外面とは裏腹に内側はグズグズになっている様子が、息子の嫁と姑の視点を中心に描かれている。

 「ふらんだーすの犬」とは対照的な上流インテリ家庭が舞台だが、こちらもやはり心理描写が冴えている。小説家としての橋本治のレンジの広さを、この2編は示しているのだろう。

藤谷治「新刊小説の滅亡」



 8人の作家の競作アンソロジー『本をめぐる物語――小説よ、永遠に』 (ダ・ヴィンチ編集部・編/角川文庫)に収録された、藤谷治の「新刊小説の滅亡」を読んだ。

 ツイッターで小谷野敦氏が「これに芥川賞をあげたいくらい」と絶賛し、栗原裕一郎氏もホメていたので読みたくなったのだ。

 なるほど、これは傑作。しかも、「現役の小説家がこんな話を書いて大丈夫なのか?」と心配になるような「ヤバイ傑作」だ。

 近未来のある日、日本の文芸誌、小説誌がいっせいに廃刊する。のみならず、出版社がいっせいに新刊小説の刊行をやめる。
 なぜなら、もう小説は「終わっている」ので、新刊小説を刊行しても何の意味もないし、文学にとって有害だから(!)。

 ……と、そのような度肝を抜く設定の短編。

 新刊小説の廃止が決行されてから起きる出来事の数々に、ぞっとするリアリティがある。
 各出版社は過去の名作に注目が集まることでむしろ潤い、才能ある作家たちは他のコンテンツ業界で引っ張りだこになるから、無問題。才能なき作家たちが淘汰されて消え去るのみなのだ。読者の側も、新刊小説が出ない世界にすぐさま順応する。
 要は、新刊小説など出なくても誰も困らないのだ。

 文芸業界をめぐるタブーに踏み込んだエンタメ小説としては、東野圭吾の「小説誌」という傑作短編(『歪笑小説』所収)があるが、それに勝るとも劣らない。

■関連エントリ→ 東野圭吾『歪笑小説』

 藤谷治の小説を読むのはこれが初めてだが、ほかの作品も読んでみよう。

 

深町秋生『オーバーキル――バッドカンパニーⅡ』



 ヤバイ仕事ならなんでも引き受ける、裏社会の人材派遣会社「NAS」の活躍を描く連作短編アクション・シリーズ「バッドカンパニー」の第2弾。

 「大藪春彦の短編ってこんな感じだったなァ」という感想を抱いた。深町秋生こそ、大藪春彦の正統的後継者だと思う。大藪は大物作家になってからも、よい意味での「B級感」を保ち続けたが、その「B級感」が深町にもある。
100点満点の力作は書かないが、確実に60点は超えてくる「娯楽アクションの職人」なのだ。

 この「バッドカンパニー」シリーズは、深町作品の中では比較的軽い読み口。長編ではかなりキツイ描写があるエロ・グロ・バイオレンスも、本作ではスパイス程度。つかの間の娯楽としてハイクオリティだ。

原りょう『それまでの明日』



 原りょう(「寮」のうかんむりをとった字)著『それまでの明日』(早川書房/1944円)読了。

 これまでの全作品を愛読してきた者として、刊行を知って狂喜し、即予約注文して3月発売時にゲット。
 にもかかわらず、いまごろやっと読んだ。じっくり落ち着いて読みたかったのだ。

 「日本のレイモンド・チャンドラー」原りょうの、じつに14年ぶりの新作である。
 帯の著者近影は、もうすっかりおじいちゃん(現在71歳)。しかし、本も出さずに、14年間どうやって食っていたのかね?

 「デビュー30周年記念作品」だそうだ。30年間で、これが長編第5作。ほかに短編集が一つ(もちろんすべて沢崎シリーズ)。エッセイ集が一冊(文庫版では2冊に分冊)。著作はそれだけ。並外れた寡作である。

 前作『愚か者死すべし』も、刊行時は「10年ぶりの新作」だった。かりに次作がまた10~14年後の刊行だとしたら、そのとき原りょうはもう80代。ひょっとすると、これが最後の沢崎シリーズになるかもしれない。

■関連エントリ→ 原りょう『愚か者死すべし』

 前作から14年経っても、西新宿の私立探偵・沢崎はまだ両切りピースを吸い、古~いブルーバードに乗っているのだろうか? だろうな。……と思いつつ読み始めたのだが、車は変わっていた。
 
 で、初読の感想だが、うーん……。正直、これまででいちばん出来が悪いと思った。
 まあ、元々が極上のシリーズなので、不出来であっても標準レベルは十分クリアしているのだが。

 版元の早川書房は、「チャンドラーの『長いお別れ』に比肩する渾身の一作」とフカシまくっている。が、そんなご大層な作品ではないと思う。むしろ、「14年も費やして、これ?」と肩透かしをくらった気分だ。

不満その1.会話がダラダラ続く場面が多く、地の文が弱い。チャンドラーばりの比喩を駆使した芳醇な文体こそ、この作者の魅力であるのに……。

 その年最後に、私が〈渡辺探偵事務所〉のドアを開けたとき、どこかに挟んであった二つ折りの薄茶色のメモ用紙が、翅を動かすのも面倒くさくなった厭世主義の蛾のように落ちてきた。



 これは、前作『愚か者死すべし』の冒頭の一文。
 このようなシビれる比喩が、本作にはあまり見当たらない。それに、ダイアローグも妙に説明的で、ワイズクラック的なウイットに乏しい。

不満その2.ネタバレになるので具体的には書けないのだが、終盤で謎解きされる2人の重要キャラの行動が、なぜそのような行動になるのか、私にはさっぱり理解できなかった。要するに「ストーリーが弱い」のだ。

 それに、沢崎が強盗事件に巻き込まれるという序盤の展開も、かつての短編「少年の見た男」(『天使たちの探偵』所収)と似すぎていて、マンネリ感が否めない。

 ラストに沢崎が東日本大震災に遭遇する場面を置いたのも、とってつけたようでいただけない。
 物語上の必然というより、書評で取り上げる際に言及しやすい〝フック〟として用意したとしか思えない(じっさい、多くの書評がラストに言及)。

 というわけで、かなりガッカリの新作であった。
 原りょうには、最後にもう一花、問答無用の大傑作をものして沢崎シリーズに幕を引いてほしいものだ。

 ちなみに、私がいちばん好きな原りょうの作品は、唯一の短編集『天使たちの探偵』。
 同作は粒揃いでサイコーだし、原りょうの真骨頂はじつは緊密な短編にあるのではないかと、私は思っている。

深町秋生『死は望むところ』



 深町秋生著『死は望むところ』(実業之日本社文庫/820円)読了。これで私が読んだ深町作品は12冊目。
 相変わらずサクサク読めるジェットコースター小説で、つかの間の娯楽としてハイクオリティ。

 解散に追い込まれた大暴力団の残党が地下に潜って先鋭化し、警察組織にすら牙をむく凶悪武装グループに変わる。
 そのグループと、警視庁組織犯罪対策課特捜隊の戦いを描く、血まみれのアクション小説である。

 グループに婚約者の女刑事を惨殺された凄腕の刑事が、私的な復讐をしていくプロセスが、ストーリーの大きな柱となる。
 深町秋生の代表作の一つ「組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ」は、凄腕の女刑事が殺された恋人の復讐に命を賭ける物語だった。本作には、それを男女反転させたという趣もある。

 これまでに私が読んだ深町作品のうち、本作がいちばんアクション度数が高い。全編、銃や刃物を駆使したド派手なアクションの連続。血しぶき舞い飛ぶバイオレンス・シーンも満載で、けっこうグロい。その手のシーンが苦手な人は受け付けないだろう。

 深町がこれまででいちばん、大藪春彦に近づいた作品だと感じた。大藪も、血みどろの復讐譚をくり返し描きつづけた作家であった。
 深町は過去2回、大藪賞の候補にのぼりながら受賞を逸しているが(つい先日も)、本作こそ大藪賞にノミネートされてしかるべきだろう。
 もっとも、過去の大藪賞受賞作のラインナップを見ると、必ずしも大藪作品に近いものが受賞するとは限らないようだが……。

 まあ、アクションがド派手な分、緻密な構成とか深みのある心理描写などはなく、わりと大味な作品ではある。
 主要キャラがバンバン死んでいくので、感情移入の暇すらないせわしなさだし。

 それでも、作品全体のスピード感、快調なテンポは小気味よく、値段分はキッチリ楽しめる。
 

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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