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フリーライター前原政之の、感想日記(本・映画・音楽・マンガetc.)+日常雑記

佐川光晴『生活の設計』

生活の設計生活の設計
(2001/02)
佐川 光晴

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 佐川光晴著『生活の設計』(新潮社)読了。
 昨日読んだ『縮んだ愛』の作者のデビュー作で、2000年の新潮新人賞受賞作。

 デビュー作にしてすでに完成されていたというか、まるでベテラン作家のような落ちついた語り口。だが、その完成度はやはり短所と裏腹であって、妙に老成している印象。破綻もないかわりに、新人らしい初々しさとか、作品にみなぎるパワーといったものはあまり感じられない。

 食肉処理場(作中では「屠殺場」と表記されている)で働く男が主人公。著者は実際に食肉処理場で働いていた(いる?)のだそうで、そこで働く様子の描写はじつにいきいきとしている。
 いわゆる「勝負イメージ」(作品のクライマックスとして力を入れて書かれたイメージ)になっているのも、主人公が牛を屠りながら一種の“開悟”をする場面である。その場面では、牛の解体過程がなにやら「宇宙的」なまでに美しく描かれている。

 食肉処理場を舞台にしながらも「サヨクっぽさ」は微塵もなく、車谷長吉的な私小説にもなっていない。淡々とした筆致で、淡々と物語は進む。
 ものすごく地味な小説だが、けっこう面白く読めた。   
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佐川光晴『縮んだ愛』

縮んだ愛 (講談社文庫 さ 94-1)縮んだ愛 (講談社文庫 さ 94-1)
(2008/06/13)
佐川 光晴

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 佐川光晴著『縮んだ愛』(講談社文庫)読了。

 野間文芸新人賞受賞作にして、芥川賞候補作。
 タイトルや告白体の文体は谷崎潤一郎の『痴人の愛』から借りているが、内容はまったく無関係。障害児学級を受け持つ50歳のベテラン男性教師が、元教え子の殺人未遂事件に巻き込まれる顛末を描いている。
 ミステリー仕立てになっていることを知らずに読んだので、最後のどんでん返しに目がテンになった。

 知的な「企み」に満ちた小説で、いかにも文芸評論家が深読みしやすそうな“フック”があちこちに仕掛けられている。
 障害児教育の現場のリアルな描写にも唸る。かなり綿密に取材/リサーチして得た情報が盛り込まれているのだろうが、そうとは感じさせないほど、物語の中に自然な形で情報を溶け込ませている。

 この人の小説を読むのは初めてだが、「技巧の人」という印象を受けた。作品全体がすこぶる知的で技巧的。ただし、それは長所であると同時に短所でもある。技巧が先走って「作り物感」が濃厚に漂っているのだ。

 身も蓋もない言い方をすると、「テクニックだけで書いた小説」という感じ。「オレは何がなんでもこの作品を書きたかったんだ!」という熱さ・切実さがまるで感じられなかった。純文学の場合、テクニックよりもその「切実さ」のほうが重要なわけで……。
 一冊しか読んでいないのにこんなことを言うのもなんだが、私は、この人は純文学よりエンタメ向きな資質の持ち主だと思う。 
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西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』

どうで死ぬ身の一踊りどうで死ぬ身の一踊り
(2006/02/01)
西村 賢太

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 西村賢太著『どうで死ぬ身の一踊り』(講談社)読了。

 西村の第一作品集。昨日読んだ『暗渠の宿』同様、私小説集である。
 収録作品はいずれも、主人公が大正期の私小説作家・藤澤清造を「師」として崇め、その顕彰と鎮魂に全精力を傾ける(私費を投じての全集刊行を準備しているほか、追忌法要の施主になったりしている)姿が、ストーリーの核になっている。本書のタイトルも、藤澤が遺した句から取られたものだ。

 ……と、その点だけを取り出すとなんだか美談のようで、「亡き師のために力を尽くすとは、いまどき奇特な」と感心してしまいそうだ。
 だが、そうではない。西村は(と、主人公と同一視すべきではないかもしれないが)、藤澤清造の顕彰に異様なまでの情熱を傾ける以外は、とんでもないダメ男なのである。生活力もなく、酒乱ぎみで、酒の上での暴力沙汰で警察のやっかいになったこともあり、性欲ばかり旺盛で、同居している恋人には暴力を振るったりする……というありさまなのだ。

 彼の作品はみな、「清造キ印」ぶりを縦糸に、すさんだ私生活を横糸にして編まれている。陰惨といえば陰惨このうえない小説なのだが、それが暗さを突き抜けて「ルサンチマンの笑い」として炸裂するところに魅力がある。いわば、「こわいもの見たさ」で読んでしまう小説なのだ。

 「日経BP」のウェブ連載「文学賞メッタ斬り!」で、大森望が西村を次のように評していた。

 この人は、純文学界の業田良家になれるかもしれない。業田の「自虐の詩」が好きな人なら、「どうで死ぬ身のひと踊り」にも絶対ハマるよ。



 うーん、言い得て妙。ただし、『自虐の詩』には豊かにあったペーソスには乏しいし、間違っても泣けるような小説ではないけど。
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西村賢太『暗渠の宿』

暗渠の宿暗渠の宿
(2006/12)
西村 賢太

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 西村賢太著『暗渠の宿』(新潮社)読了。この人の小説を読むのはこれが初めてである。

 表題作は野間文芸新人賞受賞作なのだが、私には併録作の「けがれなき酒のへど」のほうがはるかに面白かった。表題作は、主人公の男(作者の分身)が同居中の恋人をネチネチなじったり殴ったりする場面が不快。

 若さに似合わず、古風で強烈な私小説を書きつづけている人であるらしい。
 大正あたりの小説を模したような擬古文的文体なのだが、それでいて、ところどころに現代的な言葉遣いが散見される。そのちぐはぐさが、むしろ個性になっている。

 21世紀のいま、あえて私小説の孤塁を守っている作家といえば、車谷長吉がまず思い浮かぶ。車谷作品に比べて西村の小説は文章の彫琢が浅いし、中身も浅い。が、作品全体に満ちた自虐の笑い・ルサンチマンの笑いには、捨てがたい味わいがある。
 その「ルサンチマンの笑い」が効果的に炸裂しているのが、「けがれなき酒のへど」だと思う。

 もっとも、西村賢太は大正〜昭和初期の私小説作家・藤澤清造(私は読んだことがない)に私淑して「没後弟子」を名乗っているので、車谷との比較は不本意だろうが……。

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宮内勝典『惑星の思考』

 
惑星の思考―〈9・11〉以後を生きる惑星の思考―〈9・11〉以後を生きる
(2007/09)
宮内 勝典



 宮内勝典著『惑星の思考』(岩波書店/2600円)読了。

 宮内さんのウェブサイト「海亀通信」の「海亀日記」をまとめたものであり、元の文章を私はいずれも一度は読んでいるはずだが、本になったものを読むとかなり印象が違う。大幅な加筆修正もなされているのだと思う。

 「海亀日記」の単行本化はこれで3冊目だが、本書は3冊のうちでもいちばん「創作日記」としての色合いが濃い。
 10年越しの長編『金色の虎』を完成させる過程、長編『焼身』(読売文学賞受賞作)を完成させる過程、そして、いまも進行中の『長編X』(これは、どうやらマハトマ・ガンジーについての小説らしい。期待しまくりだ)の執筆過程……寡作の宮内さんが、精力的に3つの長編に立てつづけに取り組む日々の記録なのである。

 私は三島由紀夫の小説以外の著作では『小説家の休暇』がいちばん好きだが、本書は宮内さんにとっての『小説家の休暇』だといえるかもしれない。自在な断章形式によってエッセイと評論の狭間を揺れ動き、著者の思想、文学観のエッセンスを開陳したものなのである。

 メモしておきたいようないい文章、ハッとするような卓見が随所にちりばめられている。
 そして何より、当代一流の小説家(私は宮内さんこそ、日本が世界に誇るべき最高の文学者であると信ずる)が、その創作過程を惜しげもなく明かした書として、本書は高い価値をもつ。
 たとえば、小説家志望の若者に対するアドバイスとして書かれた手紙の一節を引こう。

 

 **さんがいま抱えている不安は、詩の消滅の不安かもしれません。でも小説は詩とちがって、ある程度の成熟がなければ書けるものではない。それから才能。もしも書きたいという情熱が、日常生活に埋没して、なしくずしに消えていったとすれば、それだけの才能にすぎなかったということでしょう。その消滅を恐れながら、それでもなお書きたいという衝動があるのだったら、ひたすら持続していくしかない。本を読み、手を動かすことを忘れないように。興が乗ろうが乗るまいが、書きつづけるしかないのです。手が救ってくれることもある。作家はいつもいつも「天才的な高揚感」のなかで書いているわけではないのです。



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菜摘ひかる『依存姫』

依存姫 依存姫
菜摘 ひかる (2002/05)
主婦と生活社



 菜摘ひかる著『依存姫』(主婦と生活社/1300円)読了。

 著者は、風俗嬢を経てライターとなり、本書で小説家としての本格的なスタートを切った矢先、2002年に29歳の若さで急逝した。そんなプロフィールだけは私も知っていたが、実際に著作を読んだのはこれが初めて。

 先日読んだ『出版業界最底辺日記』の随所に生前の彼女のことが出てきて(※)、作品を読んでみたくなったのである。

※菜摘ひかるは売れないエロマンガ家でもあった。そして、彼女の文才を初めて見出した人こそ、『出版業界最底辺日記』の著者・塩山芳明氏であった。
こんなページも見つけた。ちょっといい話。


 本書は、4つの短編を集めた書き下ろしの連作集。
 タイトルが示すとおり、さまざまな「依存」にさいなまれた4人の若い女性の「魂の彷徨」を描いている。4人とも風俗嬢であり、風俗業界の舞台裏の描写は、著者自身の体験が反映されてすこぶるリアル。

 ……と、そのように紹介すると、下世話な興味にだけ応えた刺激過多 /サービス過剰の安っぽい娯楽小説を想像する向きもあろう。

 かくいう私も、そのように想像していたからこそこれまで手を出さなかった本。だが、実際に読んでみたら意外なほどまっとうな小説だった。むしろ、最近のヘタな芥川賞作品などよりもずっと「純文学」している。

 小説としては、けっしてうまくはない。ストーリーはダラダラとつづいて起伏に乏しいし、キャラの立て方も稚拙。しかし、そんな瑕疵を補って余りある切迫感が、全編にみなぎっている。「とにかく書きたいから書く。書かずにはいられない」という迫力である。「あとがき」の次のような言葉が、その迫力を裏付ける。

 

 少し大袈裟に書いてるかもしれないけど、基本的には「どこにでもある話」だと思うんですよ。少なくともわたしがよく知っている風俗の世界にはこんな子は珍しくなかった。
 一見、お金のためと割り切ってクールに働いているように見えても、どこかに闇を抱えていて、心と身体のバランスが上手く保てていない姿を「君もかい」という思いで見てきました。
(中略)
 わたしだからこそ書けること、わたしにしか書けないものがきっとあるはず、いや書かなきゃ自分が救われない、吐きたい、吐き出したい、そんな気持ちだけでこの本を書きました。
(中略)
 心の中にある膿を三分の一くらいは出すことができて、内容は重たいかもしれないけど、わたし自身はいまとてもスッキリしています。しかしわたしにはまだまだ書かなきゃ気が済まないものがたくさんあります。だからこれからも、勝手に血ヘドを吐きながら勝手にカサブタ剥いてのたうち回る所存です。



 「書かなきゃ気が済まないもの」をたくさん残したまま、彼女は生を駆け抜けて行ってしまった。 

 
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アソル・フガード『ツォツィ』

ツォツィ ツォツィ
アソル・フガード (2007/03)
青山出版社

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 アソル・フガード著、金原瑞人・中田香訳『ツォツィ』(青山出版社/1500円)読了。

 先月観た映画『ツォツィ』がすごくよかったので、原作も読んでみた。
 映画では描かれなかった各登場人物のバックグラウンドと内面が詳細に描かれているので、映画を観てからでも愉しめる。

 原作を読むと、“南アフリカ版『罪と罰』”ともいうべきこの物語の構造がより明瞭に見える。1人の犯罪者の「魂の蘇生」を描いているのだ。
 『罪と罰』のラスコーリニコフがインテリであるのとは対照的に、ツォツィは教育らしきものをまったく受けていない。当然文盲であり、赤ん坊を拾ってから自分の心に起きた変化の意味さえ、言葉にすることができない。そこで、犯罪仲間でただ1人大学出の「ボストン」に、その意味を問う。ボストンは答える。
「ツォツィ、おまえが知りたがっているのは神様のことなんだ」
 と……。
 文盲のラスコーリニコフが、褐色のソーニャに出会って魂を救われる物語。ごく正統的な堂々たる文学であり、哀切な青春小説でもある。

 映画が現在を舞台にしているのに対し、1980年に発表されたこの原作の舞台は、アパルトヘイト真っ只中の1960年代初頭だ。
 映画版にはほかにもいくつかの変更点があるが、そのアレンジはいずれも成功している。原作のコアの部分を巧みにすくい取り、より磨きをかけた、「小説の映画化」のお手本のような作品だと思う。 
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