澤村伊智『などらきの首』



 澤村伊智著『などらきの首』(角川ホラー文庫/690円)読了。

 「比嘉姉妹シリーズ」4冊目にして、初の短編集である。

 収録作6編がそれぞれタイプの異なる作品で、多彩。
 「ワンパターンには陥らず、どんどん新しい趣向に挑戦するぞ」という作者の覚悟を感じさせる。その意気やよし。

 のちに結婚する比嘉真琴と野崎の最初の出会いが描かれた「ファインダーの向こうに」、『ずうのめ人形』で非業の死を遂げた比嘉美晴(真琴の姉で琴子の妹)の小学生時代を描く「学校は死の匂い」、野崎が高校生のころに出合った最初の怪異を描く表題作……などが収録されている。

 一見、「比嘉姉妹シリーズ」と無関係に見える作品もある。
 「悲鳴」は、比嘉姉妹の誰も登場しない。だが、シリーズの愛読者なら、登場人物の一人が『ずうのめ人形』で呪いの発信源となった「あの女」であることがわかる。つまり、これは『ずうのめ人形』の前日譚なのだ。

 また、「居酒屋脳髄談義」は、途中までは居酒屋で3人のおっさんサラリーマンが部下のOLにモラハラ・セクハラ的議論を吹っかけるだけの話に見える。ところが、最後まで読むと、じつは比嘉姉妹シリーズであることがわかる仕掛けなのだ。

 澤村伊智は技巧的構成を得意とする作家だが、本書の6編にもその才がいかんなく発揮されている。
 「ああ、こういうオチね」と思わせておいて、その先にさらなるどんでん返しのオチがあったりして、トリッキーな仕掛けが幾重にもなされているのだ。

 私が気に入ったのは、「学校は死の匂い」「ファインダーの向こうに」「ゴカイノカイ」の3編。

 とくに「学校は死の匂い」は、今年の日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞したことでもわかるとおり、短編としてすこぶる完成度が高い。
 よくある「学校の怪談もの」のホラーと思わせておいて、じつはその怪談の裏には過去の隠蔽された事件が……というどんでん返しのミステリになる構成が見事。ラストシーンのゾワっとくる怖さも鮮烈だ。

 澤村伊智は短編もうまいなァ、と感心させられる一冊。

赤松利市『ボダ子』



 赤松利市著『ボダ子』(新潮社/1674円)読了。

 『藻屑蟹』で大藪春彦新人賞を受賞してデビューした、63歳の大型新人・赤松利市の4作目の小説。

 私が読む赤松作品は、これが3作目。『藻屑蟹』のときから「大藪春彦って感じじゃないなァ。もっと純文寄りの人ではないか」と思っていたが、この第4作はなんと、自らが小説家になるまでの半生を描いた私小説である。

■関連ブクログ・レビュー
赤松利市『藻屑蟹』
赤松利市『らんちう』

 版元の内容紹介が簡にして要を得たものなので、引用する。
 


バブルのあぶく銭を掴み、順風満帆に過ごしてきたはずだった。
大西浩平の人生の歯車が狂い始めたのは、娘が中学校に入学して間もなくのこと。
愛する我が子は境界性人格障害と診断された……。
震災を機に、ビジネスは破綻。東北で土木作業員へと転じる。
極寒の中での過酷な労働環境、同僚の苛烈ないじめ、迫り来る貧困。
チキショウ、金だ! 金だ! 絶対正義の金を握るしかない!
再起を賭し、ある事業の実現へ奔走する浩平。

しかし、待ち受けていたのは逃れ難き運命の悪意だった。
未体験の読後感へと突き動かす、私小説の極北。



 タイトルの「ボダ子」とは、主人公の娘のこと。「ボーダーライン」(境界性人格障害)ゆえに「ボダ子」なのだ。
 娘との関係が小説の大きな核にはなるのだが、「ボダ子」は主人公ではない。主人公はあくまで、作者の分身である還暦間近の男・大西だ。

 著者インタビューによれば、本作の内容は100%実体験なのだそうだが、「ホントはかなり脚色があるのでは?」と勘ぐりたくなる。それくらいすさまじい内容である。
 私小説ではあるが、エンタメ的な面白さも十分にあり、私は一気読みしてしまった。

 きれいごとだけでは済まない被災地の現実の描写も鮮やかで、優れた「震災文学」でもある。

 勝目梓の『小説家』のように、エンタメ作家が本気で私小説を書くとすごいものが出来上がることがあるが、本作はまさにそれ。

■関連エントリ→ 勝目梓『小説家』

 量産のきくタイプの作品ではなく、一回限りの場外ホームランのようなものだと思うが、間違いなく赤松利市の代表作になるだろう。

橋本治『蝶のゆくえ』



 橋本治著『蝶のゆくえ』(集英社文庫)読了。

 栗原裕一郎氏がツイッターで、本書収録の「ふらんだーすの犬」を次のように激推しされていたので、読んでみた。



 柴田錬三郎賞も受賞した短編集。
 表題作にあたるものはなく、『蝶のゆくえ』は収録作6編全体を曖昧に包むタイトルだ。

 6編のうち、「ふらんだーすの犬」が突出した印象を残す。これはたしかに傑作。最近も頻発している、実の母親とその内縁の夫による児童虐待死の話である。

 児童虐待を描いた小説は多いが、管見の範囲ではこの「ふらんだーすの犬」を凌駕するものはないように思う。

 何がすごいかといえば、虐待死というカタストロフに至るまでの母親と内縁の夫の心の中が、すこぶるリアルに、冷徹に描き出されていること。

 「おバカさんの内面を嘘くさくなく描くのは、知的な人を描くよりずっと難しい」と言ったのは斎藤美奈子だが(『文芸誤報』)、この2人はいわゆるDQNの典型であって、インテリたる作家にとっては内面を嘘くさくなく描くのが最も難しいタイプだろう。にもかかわらず、この小説では2人の心の動きが読者にちゃんと理解できる(共感はできないにせよ)ように描かれているのだ。

 そして、秀逸なラスト――。暗黒の物語に、「希望」とも言えないような一条の淡い光がそっと射し込み、深い余韻を残す。
 『フランダースの犬』の話が出てくるわけではないのにこのタイトルになったのは、このラストがアニメ版の有名なラストシーンを思い出させるからであろうか。

 「ふらんだーすの犬」が強烈なので、ほかの5編はわりを食って見劣りがする。
 それでも、「金魚」は秀作だと思った。フランス文学を教える大学教授の家庭が、人もうらやむ外面とは裏腹に内側はグズグズになっている様子が、息子の嫁と姑の視点を中心に描かれている。

 「ふらんだーすの犬」とは対照的な上流インテリ家庭が舞台だが、こちらもやはり心理描写が冴えている。小説家としての橋本治のレンジの広さを、この2編は示しているのだろう。

藤谷治「新刊小説の滅亡」



 8人の作家の競作アンソロジー『本をめぐる物語――小説よ、永遠に』 (ダ・ヴィンチ編集部・編/角川文庫)に収録された、藤谷治の「新刊小説の滅亡」を読んだ。

 ツイッターで小谷野敦氏が「これに芥川賞をあげたいくらい」と絶賛し、栗原裕一郎氏もホメていたので読みたくなったのだ。

 なるほど、これは傑作。しかも、「現役の小説家がこんな話を書いて大丈夫なのか?」と心配になるような「ヤバイ傑作」だ。

 近未来のある日、日本の文芸誌、小説誌がいっせいに廃刊する。のみならず、出版社がいっせいに新刊小説の刊行をやめる。
 なぜなら、もう小説は「終わっている」ので、新刊小説を刊行しても何の意味もないし、文学にとって有害だから(!)。

 ……と、そのような度肝を抜く設定の短編。

 新刊小説の廃止が決行されてから起きる出来事の数々に、ぞっとするリアリティがある。
 各出版社は過去の名作に注目が集まることでむしろ潤い、才能ある作家たちは他のコンテンツ業界で引っ張りだこになるから、無問題。才能なき作家たちが淘汰されて消え去るのみなのだ。読者の側も、新刊小説が出ない世界にすぐさま順応する。
 要は、新刊小説など出なくても誰も困らないのだ。

 文芸業界をめぐるタブーに踏み込んだエンタメ小説としては、東野圭吾の「小説誌」という傑作短編(『歪笑小説』所収)があるが、それに勝るとも劣らない。

■関連エントリ→ 東野圭吾『歪笑小説』

 藤谷治の小説を読むのはこれが初めてだが、ほかの作品も読んでみよう。

 

深町秋生『オーバーキル――バッドカンパニーⅡ』



 ヤバイ仕事ならなんでも引き受ける、裏社会の人材派遣会社「NAS」の活躍を描く連作短編アクション・シリーズ「バッドカンパニー」の第2弾。

 「大藪春彦の短編ってこんな感じだったなァ」という感想を抱いた。深町秋生こそ、大藪春彦の正統的後継者だと思う。大藪は大物作家になってからも、よい意味での「B級感」を保ち続けたが、その「B級感」が深町にもある。
100点満点の力作は書かないが、確実に60点は超えてくる「娯楽アクションの職人」なのだ。

 この「バッドカンパニー」シリーズは、深町作品の中では比較的軽い読み口。長編ではかなりキツイ描写があるエロ・グロ・バイオレンスも、本作ではスパイス程度。つかの間の娯楽としてハイクオリティだ。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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