原田隆之『サイコパスの真実』



 原田隆之著『サイコパスの真実』(ちくま新書/886円)読了。

 中野信子さんの『サイコパス』がベストセラーになったこともあり、日本で何度目かの「サイコパス本」ブームが起きている。が、ブームの中で粗製濫造されてきた類書の中には、「怖いもの見たさ」の興味本位で書かれたいいかげんなものもある。

 中野さんの『サイコパス』は、類書の中ではかなりよいものだったと思う。が、彼女は脳科学者だから「サイコパスの専門家」とは言えない。

■関連エントリ→ 中野信子『サイコパス』

 いっぽう、本書の著者は犯罪心理学が專門の筑波大学教授。元々は法務省で犯罪心理学の専門家としてキャリアをスタートさせた人である。法務省時代には、東京拘置所や東京少年鑑別所で、サイコパスとおぼしき犯罪者・非行少年と多数接してきたという。
 本書は、そのように知識も経験も申し分ない「サイコパスの専門家」が、一般向けに著したサイコパス入門だ。

 全体が最先端のサイコパス研究に基づいていて、信頼度が高い。専門用語をなるべく排して書かれており、わかりやすさも申し分ない。研究史・タイプ別分類・原因や治療可能性についての考察など、サイコパスに関する一通りの知識も手際よく網羅されている。現時点で一冊だけサイコパス入門を選ぶとしたら、ダントツで本書だろう。

 「サイコパス=シリアルキラーや冷酷な犯罪者」というイメージは、『羊たちの沈黙』や『黒い家』などのフィクションによって作られたものである。実際には、犯罪を犯さず、社会に適応しているサイコパスのほうが多い。……ということは一般にもかなり知られてきたが、本書は社会に適応した「マイルド・サイコパス」についても、かなりの紙数を割いて説明している。
 
 ただ、その中でスティーブ・ジョブズやドナルド・トランプを「成功したサイコパス」の例として挙げている(注意深く断定を避けてはいるが)のは、やや勇み足だと思った。

 過去のトラウマがサイコパスになる原因と考えるフロイト派の主張は、すでに否定されている。サイコパス研究の最先端では、脳の生まれつきの機能異常が原因と考えられているのだ。
 まだ確定してはいないものの、脳の扁桃体(感情や欲求を調節する部位)の機能不全が、「サイコパスに関連する病態の中心を成す」とされている(ブレアの説)という。

 サイコパスの治療については「きわめて難しい」との意見が多く、「治療は不可能」と断言する研究者もいる。
 そもそもサイコパスの当人が「治りたい」とは思っていないことが、その大きな要因だ。

 カナダの心理学者たちが、刑務所の強姦犯たちを対象に行なった治療プログラムでは、非サイコパスがプログラム参加によって再犯率が下がったのに対し、サイコパスの参加者はむしろ再犯率が上がってしまったという。
 他者への配慮、共感性、感情理解などについて学ぶそのプログラムを受けて、サイコパスは「学んだことを悪用し、次の犯罪に役立てた」からだ(!)。

 良心が欠如したサイコパスが、なぜ人口の1~数%も存在し、いまも淘汰されないまま世界中に存在するのか? かつて、米国の心理学者マーサ・スタウトは、サイコパスの入門書『良心をもたない人たち』の中で、次のように答えた。 

 (戦場において)サイコパスは悩むことなく相手を殺すことができる。良心なき人びとは、感情をもたない優秀な戦士になれるのだ。(中略)サイコパスがつくりだされ、社会から除外されないのは、ひとつには、国家が冷血な殺人者を必要としているからかもしれない。そのような兵卒から征服者までが、人間の歴史をつくりつづけてきたのだ。



 本書の主張も、基本はマーサ・スタウトと同じ。著者は次のように述べる。

 暴力が日常的であった時代、サイコパスは現代ほど目立つ特異な存在ではなかったにちがいない。むしろ、その勇敢さや冷酷さなどを武器に、優秀な指導者や英雄になっていた可能性も大きい。
 そう考えると、サイコパスという存在は、かつては時代の要請に沿った適応的な存在だったとも言える。しかも、人類の歴史においては、暴力が支配的だった時代のほうが圧倒的に長い。(中略)平和な時代は、まだたかだか数百年しか続いていない。



 いまのまま「暴力が忌避される時代」が続けば、サイコパスの割合もしだいに減っていくのかもしれない(いまは、日本にも100万人以上のサイコパスがいると考えられている)。
 サイコパスの概説を通じて、人類史にまで思いを馳せさせる、射程が広く読み応えのある入門書。

■関連エントリ
マーサ・スタウト『良心をもたない人たち』
春日武彦・平山夢明『サイコパス解剖学』

 

吉田尚記『没頭力』



 吉田尚記(ひさのり)著『没頭力――「なんかつまらない」を解決する技術』(太田出版/1200円)読了。

 ニッポン放送アナウンサーの著者が、自らの経験や専門家へのインタビューを元に書いたフロー体験入門。

 フロー体験研究の本家本元であるミハイ・チクセントミハイや、ポジテイブ心理学の創始者マーティン・セリグマンの著書を、主な参考文献として用いている。
 ゆえに、チクセントミハイの著書やポジティブ心理学の本をすでに読んでいる人なら、本書の内容はとくに目新しいものではないだろう。

 ただし、著者は職業柄か「わかりやすく語る技術」が素晴らしく、抜きん出た平明さに本書の価値がある。フロー体験について、これほどわかりやすく説明した入門書はほかにないだろう。
 そもそも、タイトルの「没頭力」からして、フロー体験に入るための力を一言で言い換えた造語として卓抜だ。

 私は、チクセントミハイの『フロー体験入門』や『フロー体験 喜びの現象学』は、いずれも歴史に残る名著だと思う。ただ、チクセントミハイには哲学者肌のところがあるから、内容はけっして平明ではない。
 著者はそれを、中学生にも読めるくらいわかりやすくブレイクダウンしてみせたのだ。

■関連エントリ
ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験入門』
ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』
 
 日本人には、難解なものをありがたがり、わかりやすさにあまり価値を認めない傾向がある。が、難しいことをわかりやすく語る知的咀嚼力というのは、じつは大変な才能なのである。その点で、著者もすごい才能の持ち主だと思う。

 「『なんかつまらない』を解決する技術」という副題が示すとおり、著者はフローに入るための「没頭力」を、習得できる「スキル」として捉えている。そして、そのスキルを磨くためのコツを、さまざまな角度からわかりやすく説いていく。

 本来もっとも上げるべきスキルって何? って考えたとき、「自分が一番磨くべきスキルは、自分が楽しくなるスキル」だと僕は思うんです。
 しかもそれはスキルなので磨くことができる。ここがポイント。持って生まれた才能ではないんです。



 ポジティブ心理学の書がどれも一種の幸福論であるように、本書もまた、「なんかつまらない」「生きづらい」と感じている人たちに向けた、いまどきの幸福論でもある。

 それがどんな形でも「没頭」した後というのは、自己肯定感が高まっているんだそうです。
 日常の中にある弱い没頭でも、それをした後にはスッキリした満足感と自己肯定感が得られる。だったら、それを毎日ひとつでも繰り返していけば、「ワクワクして目が覚めて、夜満ち足りて眠る」人生って送れるんじゃないかなと僕は思います。



ジム・レーヤーほか『メンタル・タフネス――成功と幸せのための4つのエネルギー管理術』



 ジム・レーヤー、トニー・シュワルツ著、青島淑子訳『メンタル・タフネス――成功と幸せのための4つのエネルギー管理術』 (CCCメディアハウス)読了。

 これも例によって、Kindle日替わりセールで安かったので買ってみたもの(いまは定価に戻っている)。
 ジム・レーヤーはスポーツ心理学の権威で、多くの一流アスリートのメンタル・トレーニングを指導してきた人。メンタル・タフネスについての著書も多い。
 著者の知見・経験を、スポーツのみならずビジネス万般にブレイクダウンして開陳したのが、本書である。

 「メンタル・タフネス」という言葉の印象から、「戦士のような暮らしをして心をガンガン鍛え、何事にも動じない鋼のメンタルに変える方法が書かれているのだな」と思い込む人も多いだろう。
 実際に読んでみればそうではなく、むしろ著者は心の休息の大切さをくり返し訴えている。ただしそれは、「頑張らなくてもいいんだよ」的な角度ではない。“心を鍛えるためには、休息してエネルギーを蓄えることが不可欠のプロセスである”との主張なのだ。

 筋トレをする場合、筋肉に負荷をかけてトレーニングしたあと、休息をとって「超回復」を促すことが重要なのは、多くの人が知っているだろう。著者は、この「超回復理論」をメンタル・トレーニングに援用している。
 つまり、著者は“休息の時間を日常の中にきちんと組み込まないと、強くなれない”と捉える立場なのだ。

 この主張は、私にはけっこう目からウロコだった。
 私にとって「休息」のイメージは、「たまには入れないと心が折れてしまうから、仕方なく週に一度くらい入れるもの」だった。それに対し、著者は毎日の生活の中に休息をきちんと位置づけ、「エネルギーの消費と回復のバランス」を取ることが、適切な「エネルギー管理」のために何よりも重要だと言うのである。

 行動するにはエネルギーが必要だ。そして、じっとしてエネルギーを消費しないより、エネルギーを消費してから回復するほうが効果的なのである。



 エネルギーの消費ばかりが進み、適切な回復をしないと、燃え尽きたり、活動が続けられなくなったりする。回復ばかりに重点を置いて、適度なストレスが与えられないと、退化や衰えを招くことになる。



 ……などという著者の考え方は、大げさに言えば「休息観の革命」だ。
 元本は2004年に出たものだが、いまの「働き方改革」を考えるうえでも、著者の休息観は示唆に富んでいると思う。

 読みながらしばしば思い浮かべたのは、私のお気に入り本の一つ、ロイ・バウマイスターの『WILLPOWER 意志力の科学』だ。
 
 バウマイスターが「意志力」と呼んでいるものを、レーヤーは「エネルギー」と呼んでいる。
 意志力・エネルギーが、筋力と同じように「トレーニングで鍛えられる」と考えている点、また、「限りある資源だからこそ、大事に管理して使わないといけない」と考えている点で、両者の認識は一致している。

 2冊を併読すると、いっそう有益だと思う。

根本橘夫『「自分には価値がない」の心理学』



 根本橘夫著『「自分には価値がない」の心理学』(朝日新書/842円)読了。

 教育心理学・性格心理学を専門とする心理学者の著者(東京家政学院大学名誉教授)が、無価値感を克服する方法についての提言をまとめた本。
 「自分には価値がない」と感じて苦しんでいる人たちに向けて書かれた、実用書としての側面が強い。

 「若い人たちへの遺言とも思って書いた」と、「おわりに」にはある。
 いまの日本の若者は、諸外国に比べて自尊感情が著しく低いことで知られている。無価値感の克服は、とくに日本人にとって喫緊の課題であり、本書は時宜を得た好企画と言えよう。

■関連エントリ→ 鈴木賢志『日本の若者はなぜ希望を持てないのか』

 1~3章では、無価値感がどのように生まれ、どのように人を苦しめるのかが、実例をふまえて綴られる。
 そして、残りの4~10章で、無価値感克服のための具体的アドバイスがなされていく。豊富な専門的知見をふまえたアドバイスは、傾聴に値する。

 また、書名のとおり、無価値感についての研究をまとめた心理学の概説書としても読める。以下、私が付箋を貼った箇所をいくつか引用。

 無価値感や自信のなさに悩む人の中には、「自分は過保護と思えるほど親から大事にされていたのに」と言う人が含まれる。大方の見方に反して、過保護は自己価値観よりも無価値感をもたらしやすいのである。(中略)過保護は子どもを無力化することで無価値感をもたらし、過干渉は子どもの自我を奪い取ることで無価値感をもたらす。



 信頼していた人に裏切られるという体験は無価値感をもたらす。
 なぜ怒りでなく無価値感になるのか。それは、信頼とは相互の価値を認めていることだからである。裏切られるということは、相手が私の価値を認めていなかったという事実に直面させられることである。

 
 

 無価値感の強い人は、快感に対する怖れがあり、快体験に没頭できない。
 のんびりとした時間を過ごしていると、怠惰を責める心が湧いてくる。楽しいときを過ごしている最中でも、脳裏にふと「これでいいのか」という不安がよぎる。
(中略)
 快感とは「今、ここ」を堪能することである。
 快楽を堪能できない人は、「今、ここ」を生きることができない。こうした人にとって、「今」とは、常に「後々」のための準備期間である。だから、いつも何かに追い立てられているようで、気持ちを休ませることができない。



 日本の若者の自尊感情が低い理由のくわしい分析が欲しかった気もするが、そのへんについてはズバリ『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか』(古荘純一)という本も出ているから、そちらを読めばよいか。

信田さよ子『カウンセラーは何を見ているか』



 昨日は、取材で京都へ――。
 取材の前に、「京都国際マンガミュージアム」に行ってみた。前から観たいと思っていた「江口寿史展 KING OF POP」の「京都編」をちょうど開催していたので。



 京都国際マンガミュージアムに行くのは初めて。廃校になった小学校の校舎をリノベしてミュージアムにしたもので、「昔の小学校」っぽさがいい味出してる。歩くと床がギッシギシいうのだ。

 面白い常設展示も多いし、マンガ好きなら一度は行ったほうがよい施設だと思った。もっとも、「2度は行かなくていいかな」という気がしたが……。


 行き帰りの新幹線で2冊本が読めた。
 そのうちの1冊が、信田さよ子著『カウンセラーは何を見ているか』(医学書院)。取材の資料として読んだもの。

 ベテランカウンセラー・臨床心理士である著者が、カウンセラーとしての自らの歩みを綴った自伝的著作。自伝のスタイルを借りたカウンセラー入門という趣で、「カウンセラーの仕事がどういうものか」がざっくりわかるようになっている。

 印象に残った一節を引いておく。

 思い切った言い方をすれば、カウンセラーとは、バーやクラブのチーママ、占い師、そして新興宗教の教祖を足して三で割り、そこに科学的な専門性という装いをまぶした存在である。これは私の長年の持論であり、水商売と占いと宗教の三要素がカウンセリングには欠かせないと考えている。水商売というと引いてしまう人もいるかもしれないが、援助がサービスであるとすれば、サービス業の特徴をもっともよく表している業種である水商売とつながっていても不思議ではない。



 ただ、カウンセラー入門として読んだ場合、不要だと思える記述がけっこう多い。
 とくに、第2部の「カウンセラーは見た!」は、著者が狭心症で入院したときの出来事がメインになっていて、しかも“ヘタな小説仕立て”みたいな書き方をしている。

 この第2部は、丸ごとカットすべきだったと思う。カウンセラーの仕事について知りたい読者にはほぼ無意味な内容だからだ。

 私は信田さよ子の著作はけっこう読んでいて、『母が重くてたまらない』などは大変面白かった。
 しかし、著書をあれこれ読むうちに、当たり外れの振幅が大きい書き手であることがわかってきた(著書が多いだけに)。これまで読んだなかでいちばんひどかったのが『選ばれる男たち』(講談社現代新書)で、あまりのくだらなさに途中で投げ出したほど。

 本書も、前半はわりと面白かったが、全体としてはハズレだ。

■関連エントリ
信田さよ子『依存症』
信田さよ子『母が重くてたまらない』
信田さよ子『アダルト・チルドレンという物語』
信田さよ子『共依存・からめとる愛』


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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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