吉本浩二『淋しいのはアンタだけじゃない』



 仕事上の必要があって、吉本浩二『淋しいのはアンタだけじゃない』全3巻を、Kindle版で購入して一気読み。

 聴覚障害者の世界を、丹念な取材を基に深堀りしていくドキュメンタリー・コミックだ。

 我々はつい「聴覚障害者」と十把一絡げにしてしまいがちだが、本当はひとくくりになどできないほど、聴覚障害のありようは多様である。

 生まれつきの聾者と中途失聴者では立場が違うし、難聴にも軽度・中度・高度と段階がある。
 また、本作で大きく光が当てられる「感音性難聴」(音は聞こえていても、聴覚中枢の問題などから歪んで聞こえ、意味が伝わりにくい難聴)の不自由さは、健聴者にはなかなかわかりにくい。

 本作は、聴覚障害の多様な世界の一端を垣間見せてくれる。難聴の人に見えている(聞こえている)世界を、見事に「見える化」する表現上の工夫が素晴らしい。文章のみのノンフィクションではできない、マンガならではの表現が最大限活用されているのだ。

 難聴や耳鳴りのメカニズムを解説する部分にも、活字にも映像ドキュメンタリーにもできない、マンガならではのわかりやすさがある。

 あの佐村河内守への取材が柱の一つになっている点は、賛否が分かれるだろう。
 私は、ないほうが作品がスッキリしてよかったと思う。佐村河内の登場パートとそれ以外のパートはテイストが異なっていて、木に竹を接ぐような不自然さがある。

 ただ、佐村河内の登場によって本作が大きな話題になったことはたしかで、読者を増やすという意味ではプラスになったのだろう(どっちみち、コミックスはあまり売れなかったようだが)。

 佐村河内がらみで、『FAKE』撮影中だった森達也も登場する。
 マンガ家と担当編集者も重要なキャラクターとして登場する本作のスタイルは、森達也のドキュメンタリー映画に近いとも言える。

 手放しで傑作とは言い難い、随所に未整理感が感じられる作品だ。それでも、ドキュメンタリー・コミックの新たな地平を切り拓く、チャレンジングな意欲作ではある。

P.S.
 内容の本筋とは関係ない話だが、取材で佐村河内守の自宅を訪問するシーンで、飼い猫の名を「仮名」にしているのがむしょうにおかしい。無意味な配慮というか、むしろ渾身のギャグなのか?

山上たつひこ『天気晴朗なれども日は高し』ほか



 山上たつひこの旧作単行本のKindle版が、大量に無料でセールされている。
 『がきデカ』『中春こまわり君』『喜劇新思想大系』『光る風』『半田溶助女狩り』『快僧のざらし』など、全51冊(!)。
 「こんなにタダにしてしまって大丈夫なのだろうか」と、読者の側が心配になるほどの大盤振る舞いだ。

 51冊のうち、私のイチオシは、山上のベスト・ギャグ作品を江口寿史がセレクトした「THE VERY BEST OF TATSUHIKO YAMAGAMI」シリーズである。
 中でも、シリーズ第3巻『天気晴朗なれども日は高し』は、時代劇ギャグを集めたもので、私のお気に入り作品『鬼刃流転』『八百八町青空侍』がまとめて読めてサイコーである。

 山上たつひこのギャグマンガはどれも下品きわまりないのだが、天才肌ゆえに想像力のブッ飛び方が並ではなくて、ツボにハマるとしばらく笑いが止まらないくらい面白い。

 この0円セールがいつまでなのかわからないのだが、たぶんすぐ終わると思うので、興味のある向きは即ゲットしてください。

山本鈴美香『エースをねらえ!』



 仕事上の必要があって、山本鈴美香の『エースをねらえ!』を全巻まとめて再読。
 中央公論社の分厚い「愛蔵版」全4巻で読んだのだが、元のコミックスだと全18巻に及ぶ雄編である。

 言わずと知れた、少女マンガにおけるスポ根ものの最高峰であり、マンガ史に残る名作。
 ちなみに、いまのマンガで『エースをねらえ!』のスピリットを正統的に受け継いでいるのは、日本橋ヨヲコの傑作『少女ファイト』(これはバレーボール・マンガだが)だと思う。



 『エースをねらえ!』は1970年代のマンガ(ただし、連載は80年まで続いた)だから、いま読むとマンガ技術的には古臭いし、絵柄も典型的な「昔の少女マンガ」なので、鼻白んでしまう部分もある。
 しかし、そのような細かい瑕疵が気にならないほど、ヒロイン・岡ひろみと宗方仁コーチの「師弟の絆」が感動的な物語である。

 『エースをねらえ!』について、「私は『師弟関係とは何か』について、武道の修行のあり方について、このマンガからすべてを学んだ」とまで言い切ったのは内田樹さんであった(『街場のマンガ論』所収「『エースをねらえ!』に学ぶ」)。
 たしかに、この名作は「マンガの形を借りた師弟論」として読んでも素晴らしい。
 
 そしてまた、『エースをねらえ!』は胸を打つ名言の宝庫でもある。
 以下、全編再読しながら付箋を貼った名言を列挙してみる(句読点は引用者補足)。

 たとえどんな思いをしようと、それはすべてテニスをするための苦しみじゃないの。同情なんかするもんですか。テニスができない苦しみだってあるのに!! (緑川蘭子が岡ひろみに)



 はじめはね、だれでもおそろしくヘタだよ。どんな名人だって生まれながらにテニスができたわけじゃないからね。うまくなるだけの努力をするかしないか、それだけだよ。(藤堂貴之がひろみに)



 なんなのさっきのプレイは! 負けることをこわがるのはおよしなさい! たとえ負けてもあたくしはあなたに責任をおしつけたりはしない。それより力をだしきらないプレイをすることこそをおそれなさい!! (お蝶夫人が、ダブルスを組んだひろみにコートで)



 いいか、勝敗を分けるのはいつでもたった1球だ。だがプレイしているときは、どれがその1球かわからない。だから、さいしょからさいごまでどんな球でもあんいに打つな! (宗方コーチがひろみに)



 やっといったな。おまえのほうからそういってくるのを、おれはもう7ヵ月まった(宗方コーチが、ひろみの「お蘭にお蘭のテニスを教えたように、わたしにもわたしのテニスをおしえてください」という覚悟の一言を受けて)



 おなじあいてに打ちこむ者としていう。男なら、女の成長を妨げるような愛し方はするな! (宗方コーチが、藤堂のひろみに対する想いに気付いて)



 基礎トレーニングはつらいし地味だ。だがな、土台のないところに家が建たないように、体力のない身でスポーツはできない。まして自分のプレイなど見つけられるはずもない。
 絵をこころざす者がいく枚もいく枚もデッサンし、本物の線一本をさがすために万の線をひくように、おまえもコートでの1打のために万のトレーニングをつまねばならないぞ。
 そんな地味でつらいことをやりぬけるほど、テニスを好きになれたおまえはしあわせだ。犠牲を犠牲と思わないその情熱があるかぎり、おまえはあらゆる欠点をテニスでなおすことができる。そしていつか、欠点のないテニスができるようになる。(宗方コーチがひろみに)



 ここまでだと思ったとき、もう1歩ねばれ! それで勝てないような訓練はしてない。(宗方コーチがひろみに)



 意識していようといまいと、おまえはその手で無数の選手を打ちたおし、全員を踏み台にしてここまでのぼってきた。その選手たちひとりひとりの、ふまれるいたみを思ったことがあるか。
 勝者はつねに敗者につぐなわねばならない。10人に勝ったらじぶんとあわせて11人ぶん努力するのが義務だ。100人に勝ったら101人ぶん、無数に勝ったら無数に……。それをおこたったとき、栄光の座からふりおとされる。(宗方コーチがひろみに)



 お嬢さんは、仁を失っていままさに慟哭の時期にあります。が、わたしは思います。大した苦しみもないかわりに大した喜びもなく、大した努力もしないかわりに大した成果もえられず、ぬるま湯につかったように生きて死んでゆく人間が多い中で、慟哭を味わえる人間は幸福なのだと!
 だからその慟哭と真正面から対決しなければ真の人生は生きられないのだと! (宗方コーチの死後、ひろみの新たなコーチ役を宗方から託された親友・桂大悟が、ひろみの父に語りかける言葉)



柳本光晴『きっと可愛い女の子だから』



 柳本光晴の『きっと可愛い女の子だから』(アクションコミックス)を読んだ。
 例によって、Kindle日替わりセールで安かった(99円!)ので買ってみたもの。

 柳本は、この春「マンガ大賞2017」に輝いた『響~小説家になる方法~』の作者である。
 本書は、『響』で大ヒットをかっ飛ばす前に出された初期短編集だ。

 15歳の天才文学少女・鮎喰響(あくい・ひびき)の物語である『響』は、いま私が連載(『ビッグコミックスペリオール』)を楽しみに読んでいる作品の一つ。
 『響』のジェットコースター的面白さ(最近やや停滞ぎみだが、コミックス1巻あたりの面白さは非の打ち所がない)に比べると、この『きっと可愛い女の子だから』に収録の5編はまだ「習作」という趣だが、それでも十分楽しめる。

 

 クラスで孤立しているオタク少女、勉強の出来ないガングロギャル、行き遅れの堅物女教師など、普通のラブコメなら脇役にしかならないような女の子達をあえて主役として扱った異色のラブコメ短編集



 ……というのが、版元がつけた本書の惹句。そのコンセプトは十分奏功している。

 いまの時点から本書を読むと、どの短編も『響』の原型、プロトタイプに見えてくる。
 とくに、短編「保健室にて」に出てくる黒髪メガネっ娘は「もう一人の響」という感じだし、「図書館LOVER」に出てくる高校文芸部の世界は、そっくりそのまま『響』ワールドである。

 『響』が好きな人なら、そのスピンオフを読む感覚で楽しめる好短編集。
 

山田参助『あれよ星屑』


あれよ星屑 2 (ビームコミックス)あれよ星屑 2 (ビームコミックス)
(2014/10/25)
山田 参助

商品詳細を見る


 山田参助の『あれよ星屑』(ビームコミックス)の既刊1~2巻を、電子書籍で購入。

 この人のマンガを読むのは初めて。元々は、おもにゲイ・マンガの世界で活躍してきた人らしい。これまで私の視界に入らなかったのはそのためだろう。
 
 終戦から1年を経た東京の闇市を舞台に、男臭いドラマが展開される。
 戦争で地獄を見た男と女が、その地獄を心に引きずりながら、懸命に日々を生きていく。

 闇市で雑炊屋を営みながら、酒浸りの日々を送る川島徳太郎。その前に、兵隊時代の部下であった黒田門松が現れる。再会を喜ぶ黒田に、川島は「俺はな、あのとき死んだほうが良かったと思っとる」とつぶやく。

 インテリの川島と、“脳みそ筋肉”で陽気な熊のような男・黒田。2人の再会によって、川島の虚無的な日々に新たな光が射し込み、物語が動き出す――。

 ……と、いうような話。
 版元がつけた惹句には、「闇市、パンパンガール、戦災孤児、進駐軍用慰安施設など、戦後日本のアンダーワールドの日常を、匂い立つような筆致で生々しく猥雑に描き出す、敗戦焼け跡グラフティ、開幕」とある。

 たしかに、男女いずれのキャラとも非常に生々しく活写されており、表情の一つひとつに血の通った色気がある。往年のバロン吉元の絵をもっとイラスト的にしたような、ハイセンスで味わい深い絵柄が素晴らしい。とくに、女たちの醸し出す儚いエロティシズムは絶品だ。

 コミックスの2巻は丸ごと、戦争末期の中国大陸での出来事を描く軍隊時代回想編である。
 この回想編はかなりキワドイ描写を含んでおり、「メジャーなコミック誌で、よくここまで突っ込んで描いたな」と驚かされる。たとえば、川島が将校の命令で八路軍の兵士を斬首させられる場面などが、すさまじいリアリティで描かれるのだ。

 戦中と終戦直後の日本を、一切のきれいごとを排して描いた、大人のためのマンガ。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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