萩尾望都『ポーの一族 ~春の夢~』



 日野原重明さんの訃報に接する。105歳での大往生。

 10年前、95歳のころに、日野原さんを取材させていただいたことがある。

 耳がまったく遠くなくて、こちらがいつもの声量(私は声が小さい)で話しても普通に会話が成り立った。

 聖路加国際病院の敷地内にある「トイスラーハウス」(創立者ルドルフ・トイスラーが住んでいた家を移築したもの)で取材したのだが、取材後、ハウス前を流れる小川を日野原さんがピョンと飛び越えて渡ったので、びっくりした。

 何よりも驚かされたのは、取材の途中で日野原さんが一瞬眠ってしまったことだ。イスに座ったまま、静かな寝息を立てて。
 「あのぅ……、先生、先生!」と呼びかけたらすぐに目を覚まし、何事もなかったように話を続けられた。

 私はそのとき、「これこそが長寿の秘訣なのだな」と感じた。つまり、いつなんどき、どこででも自在に睡眠がとれることが、日野原さんの特殊能力であったのだと思う。

 ともあれ、ご冥福をお祈りいたします。


 萩尾望都の『ポーの一族 ~春の夢~』(フラワーコミックススペシャル/700円)を読んだ。
 昨年の『月刊フラワーズ』での連載開始から大反響を呼んだ、伝説的名作の40年ぶりの新作。

 私は近年の萩尾作品にはあまり馴染めないのだが、1980年代前半までの作品は夢中になって読んだ。もちろん『ポーの一族』も。
 
 絵柄が昔とは(微妙に)変わってしまったことは致し方ないが、ストーリーと雰囲気は昔のままである。かつての『ポーの一族』が好きだった人なら、間違いなく楽しめる作品に仕上がっている。

 難点は、今回の作品ではアランが“ただのお荷物”になってしまっていて、キャラとしての魅力がほとんど発揮されていないこと。
 次作では、ぜひもっとアランに光を当ててもらいたい。

蛇蔵&海野凪子『日本人なら知っておきたい日本文学』


日本人なら知っておきたい日本文学 ヤマトタケルから兼好まで、人物で読む古典日本人なら知っておきたい日本文学 ヤマトタケルから兼好まで、人物で読む古典
(2011/08/25)
蛇蔵、海野 凪子 他

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 蛇蔵&海野凪子の『日本人なら知っておきたい日本文学――ヤマトタケルから兼好まで、人物で読む古典』(幻冬舎/972円)を購入。

 蛇蔵の『決してマネしないでください。』がすごく面白かったので、旧作を読んでみた。
 このコンビの作品でいちばん売れているのは、『日本人の知らない日本語』シリーズらしい。じつはそっちの1巻も一緒に読んでみた。そこそこ面白かったが、「2巻以降はべつに読まなくてもいいかな」と思った。

 この『日本人なら知っておきたい日本文学』のほうが、私には面白かった。続編が出たら買いたいと思うのだが、とりあえず1冊で打ち止めらしい。

 日本語教師である海野がエッセイを担当し、蛇蔵がマンガを担当している。

 『朝日新聞』掲載の著者インタビューによれば、「この1冊のために読んだ関連書籍や資料は100冊を超える。一コマ描くのに、3冊を読み込んだこともあった」という。
 そのようによく調べて描かれているのに、お勉強の成果をガチガチに詰め込んで難しくするような愚は犯しておらず、ひたすら軽快で楽しい。
 紫式部も安倍晴明も鴨長明も、みんな可愛らしい三頭身キャラになって登場し、絵柄もスッキリ。

 大人が読んでも楽しくてためになる「教養コミック」だが、中高生に読ませたら古典への苦手意識が払拭される効果があるのではないか。学校で副読本に用いたらよいと思う。

 ところで、蛇蔵が女性(しかも女教師風美人)であることを、私は上記のインタビューで初めて知った。
 ううむ、マンガ家はペンネームでは性別がわからんなあ(久保ミツロウや荒川弘が女性だったり)。

蛇蔵『決してマネしないでください。』


決してマネしないでください。(1) (モーニング KC)決してマネしないでください。(1) (モーニング KC)
(2014/12/22)
蛇蔵

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 蛇蔵の『決してマネしないでください。』(講談社)1巻を、kindle電子書籍で購入。

 『モーニング』に月イチ連載中の「大人の学習マンガ」である。略称は「決マネ」だそうだ。
 子どものころ、「学研まんが ひみつシリーズ」が大好きだった私。「決マネ」は、「ひみつシリーズ」の面白さをそのままにして大人向けにしたような作品で、じつに楽しい。

 講談社のWebコミックサイト「モアイ」で第1話が丸ごと試し読みできるので、読んでみてほしい。
 
 架空の工科医大の「実験サークル」を舞台に、学生たちと教授が行うさまざまな面白実験が、毎回描かれる。
 ユニークな教授と学生たちのやりとりには、佐々木倫子の名作『動物のお医者さん』を彷彿とさせる部分もある。

 楽しみながら科学知識が得られる学習マンガとして上出来だし、科学史を学ぶ入り口にもなり得るマンガだ。というのも、ストーリーの合間に、科学史上の重要人物のエピソードが巧みに織り込まれているから。
 とくに、ラボアジエやニコラ・テスラ、ゼンメルヴァイス、ジョン・ハンターのエピソードは、箸休めの域を超えて面白い。

 物語のヒロインである「学食のおばさん」(といっても推定25歳)・飯島さんもキュートだし、それ以外の登場人物もキャラが立っている。
 小学生のころに『まんがサイエンス』(あさりよしとお)とかが好きだった人なら、絶対にハマるマンガだ。

■関連エントリ→ 児玉聡・なつたか『マンガで学ぶ生命倫理』レビュー

比嘉慂『美童物語』


美童物語(2) (モーニングKC)美童物語(2) (モーニングKC)
(2008/08/22)
比嘉 慂

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 比嘉慂(ひが・すすむ)の『美童(みやらび)物語』(講談社モーニングKC)の既刊1~2巻を読んだ。

 この作品のことは、呉智英が『マンガ狂につける薬 二天一流編』でホメていたので知った。
 読んでみたら、想像していた以上に素晴らしいマンガだった。

 比嘉慂は沖縄に生まれ育ち、沖縄に住んで、沖縄のことを描きつづけているマンガ家。この『美童物語』は、戦時下の沖縄を舞台にした短編連作である。

 したがって「反戦マンガ」とも言えるわけだが、たんなる「反戦マンガ」ではない。
 いや、それでは反戦マンガを貶めるような言い方になってしまうが、少なくとも、「戦時下の沖縄を舞台にしたマンガ」と聞いたとき、私たちが脊髄反射的に思い浮かべるような、「よくある反戦マンガ」とはまったく違う。もっと深みがあるのだ。

 戦争が何よりも沖縄の豊かな文化を破壊するものであったことを静かに告発し、沖縄の文化・精神性の豊穣さ・奥深さまでを表現した作品になっている。
 また、戦争うんぬんを抜きにして、失われた古き佳き沖縄文化を愛惜するマンガとしても優れている。そして、人間ドラマとしてもたいへんよくできている。
 
 スクリーントーンを多用せず、細部まで手描きした独特のあたたかい絵柄も味わい深い。
 『コミックモーニング』に不定期連載されているようだが、早く第3巻が読みたい。

古谷三敏『ボクの手塚治虫せんせい』


ボクの手塚治虫せんせいボクの手塚治虫せんせい
(2010/06/30)
古谷 三敏

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 古谷三敏の『ボクの手塚治虫せんせい』(双葉社/1050円)を読んだ。

 著者は、『ダメおやじ』『BARレモンハート』『寄席芸人伝』などの作品で知られるベテラン・マンガ家。デビュー前の1959年から4年半、手塚治虫のアシスタントを努めたという。本作は、当時の出来事から印象的なエピソードを選んでマンガ化したものだ。

 古谷といえば「赤塚不二夫の弟子」という印象が強く、手塚のアシスタントも努めたことがあるというのは本作を読むまで知らなかった。
 じっさい、彼は手塚のアシを努めたあとに赤塚のアシとなり、こちらは12年間にわたってアシ兼アイデア・スタッフを努めている。

 手塚と赤塚という二大巨匠のアシを両方努めた人って、ほかにいないのではないか(トキワ荘系の人が臨時で手伝ったことはあったとしても、長期では)。その意味ではマンガ史の貴重な生き証人といえる。

 100ページ程度の薄い本なので、すぐに読み終わる。各回の合間には、マンガに描ききれなかった話が見開き2ページの語り下ろしエッセイとして挿入されている。
 そのエッセイの一つで、著者は本作を描いた動機について次のように述べている。

 手塚治虫先生を知らない人たちがいろいろいっているので、「ボクしか知らない手塚治虫」を描こうと思ったんです。そうはいってもせいぜい、「使用人の目撃した歴史」みたいなもんだけどね。



 その言葉どおり、若き日の手塚治虫(結婚前後の話まで出てくる)を間近で見つめていた著者の描くエピソードの数々は、本の薄さとは裏腹に非常に濃い。人間・手塚治虫の核に触れるような話が、たくさん出てくるのだ。

 印象に残ったエピソードを挙げる。

その1.
 貸本劇画全盛期、古谷が貸本屋から「時代劇の劇画」を借りてくる。それは「絵もすごくうまいし」、「ストーリーは残酷ではあるがボクは大ファンででるとかならず借りてい」た作家の本だったという。
 だが、手塚は古谷の机にあったその本を手に取り、しばらく読んでから「こんなのが漫画か!!」と叫び、「床にたたきつけた」という。

 その本の作者名は伏せられているが、たぶん平田弘史だろう。劇画勃興当時の手塚の強烈な対抗意識が読み取れて、興味深い。
 本書によれば、手塚は劇画について「主人公が殺し屋だったりギャングだったり犯罪者が多い」から好きになれない、と言っていたという。手塚らしい(もっとも、のちに手塚は自作に劇画的表現も取り込んでいくのだが)。

その2.
 古谷が作品背景の後楽園球場の看板広告に「キリンビール」「トリス」という文字を描いたところ、「こどもの読む本にトリスだのビールのカンバンを描くやつがあるか。紙はってキャラメルとかジュースに描きなおし!!」と、手塚にきつく叱られたという。

その3.
 その月の連載仕事がひと区切りついて休みが取れると、手塚はきまってアシスタントに千円ずつの小遣い(いまなら1万円くらいの感覚か)を渡し、「かならず映画を観るんだぞ」と言ったという。「漫画家にとって映画は一番の勉強になる」というのが、手塚の信念だったのである。
 そして、各アシスタントは休み明けに、観た映画について感想文を提出する決まりになっていたとか。

 先生は、感想文の内容をひとつの目安にしてた。たぶんね、アシスタントたちの物語の理解度とか……将来、漫画家としてやっていけるかどうかの力量を推し量っていたんだね。



その4.
 手塚は好きなクラシック音楽をかけながらマンガを描くことがよくあったが、重要なキャラクターが死ぬ場面にさしかかると、きまってベートーベンの「悲愴」をかけたという。

 ……と、このように、いかにも手塚らしい秘蔵エピソードがちりばめられた作品なのである。 

 なお、本作は双葉社のマンガ誌『アクションZERO』に連載されたものだが、連載中に赤塚不二夫が死去したため、一回分を割いて「もうひとりの先生」赤塚不二夫の思い出が描かれている。
 その回には、「ギャグの王様といわれた赤塚先生のところに12年もいたんですから面白い話は山ほどあるんですが」とある。
 ぜひ、稿を改めて『ボクの赤塚不二夫せんせい』を描き、それも一冊にまとめてほしい。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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