武田一義『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』



 仕事上の必要があって、武田一義『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』の既刊1~6巻を読んだ。

 太平洋戦争・南方戦線の激戦地の一つであるパラオ諸島のペリリュー島。そこを舞台に、日本軍の絶望的な戦いを描いたマンガである。

 南方戦線を描いたマンガとしては、水木しげるの一連の戦記マンガがある。

 周知のとおり、水木は自らが南方戦線で一兵卒として戦い、片腕を失った人。だからこそ、彼の戦記マンガには他の追随を許さぬ迫力がある。
 中でも最高傑作だと私が思う長編『総員玉砕せよ!』など、主人公がジャングルの中で死んでいくすさまじいラストが、読後しばらくは頭にこびりついて離れないほどだ。



 それに対して、この『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』は、本人(1975年生まれ)ばかりか両親も戦争を知らない世代。
 作者の武田は、2015年の天皇・皇后によるペリリュー訪問(いわゆる「慰霊の旅」の一環)で、ペリリュー島が激戦地であったことを初めて知ったという。

 作品冒頭近くの「ここに祖父がいた」という言葉が誤解を招きがちだが、あれは作者の祖父がペリリュー島で戦ったという意味ではなく、その場面に描かれた登場人物の「祖父」という意味なのだそうだ。

 つまり本作は、ペリリュー島の戦いとはまったく無縁のマンガ家が、〝あとから調べて描いた戦争〟なのだ(ただし、「原案協力」という形で専門家が監修に当たってはいる)。

 では、当事者が描いた水木しげるの戦記マンガと比べて、本作は迫力不足か?
 読んでみれば、まったくそんなことはない。ものすごい迫力で戦場のリアルが描かれているし、むしろ、いまの読者にとっては水木作品よりも読みやすく面白いと思う。

 「閲覧注意」の凄惨な場面が次々と登場するのだが、スッキリしたカワイイ絵柄、三等身のマンガ的キャラで描かれているため、その凄惨さがほどよく中和されている。
 その点では、シベリア抑留の凄惨な現実を描きながらも絵柄のカワイさで救われていた、おざわゆきの『凍りの掌』に近い。

■関連エントリ→ おざわゆき『凍りの掌』

 「楽園のゲルニカ」という副題が、イメージ豊かで素晴らしい。これがメインタイトルでもよかったと思うくらいだ。
 サンゴ礁に囲まれた、楽園のように美しいペリリュー島。そこでくり広げられる、ピカソの『ゲルニカ』のような惨劇……なんと残酷なコントラストだろう。

 約1万500人もいたペリリュー島の日本兵のうち、最後まで生き残ったのはたったの34人であったという。
 本作の主人公・田丸はその中に入っているのか、それとも……。クライマックスが近い『ヤングアニマル』での連載からも、目が離せない。

 本作は、『この世界の片隅に』や『凍りの掌』『あとかたの街』と並んで、〝戦争を知らない世代が描いた戦争マンガ〟を代表する作品になるだろう。

高橋ツトム『残響』



 高橋ツトムの『残響』(全3巻/ビッグコミックススペシャル)を、一気読み。

 高橋ツトムといえば、『モーニング』に連載した『鉄腕ガール』が好きだったなァ。終戦直後の日本を舞台にした、女子ブロ野球マンガの快作。
 いまでも、彼の作品中、マイベストワンは断然『鉄腕ガール』だ。



 『鉄腕ガール』が、太陽のごときヒロインを核に据え、読者に生きる希望を与えるパワフルなマンガだったのに対し、この『残響』はものすご~く暗い。
 真冬の日本海の荒れた海のように、荒れ狂い、破滅へと突き進むデスペレートな青春マンガなのだ。

 第1話を読んだだけで、「この主人公は最後に死ぬのだろうな」と予想できる。だが、そのような切羽詰まった感じこそが、この作品の魅力になっている。

 アメリカ映画には、主人公たちが殺人を重ね、最後に死ぬまでのデスペレートな道行きを描いた一連の傑作がある。
 そうした作品は、ニューシネマの『俺たちに明日はない』を嚆矢とするのかもしれないし、西部劇に原型があるのかもしれない。

 この『残響』も、『俺たちに明日はない』や『テルマ&ルイーズ』などのような「殺人者の明日なき逃避行」を描いた青春ストーリーとして、出色だ。
 マンガでいえば、中村珍の傑作『羣青』(ぐんじょう)に近いだろうか。

■関連エントリ→ 中村珍『羣青(ぐんじょう)』

 元々ハイレベルだった高橋ツトムの画力は、本作で一つのピークを極めた感じだ。
 とくに、カラーページにおける陰影に富む表現の、なんと素晴らしいこと。


『漫勉』の高橋ツトムの回では、『残響』の制作プロセスが紹介された。

鳥飼茜『ロマンス暴風域』



 鳥飼茜(とりかい・あかね)の『ロマンス暴風域』(SPA!コミックス/740円)1巻をKindle電子書籍で購入。

 この人のマンガは『先生の白い嘘』で初めて読んだのだが、主人公の若き女教師の描き方があまりに生々しく、痛々しくて、私はコミックス2巻まで読んで続きが読めなくなってしまった。



 なんというか、情け容赦のない心理描写をするマンガ家である。

 本作『ロマンス暴風域』は、鳥飼茜が初めて男性を主人公に据えた作品で、「それなら抵抗なく読めるかも」と思ってゲットしてみたしだい。期待以上に面白かった。

 高校の臨時教員である30代半ばのサトミン(男)は、婚活をしてみるものの、非正規職であることから相手の女性に敬遠され、恋愛からも遠ざかっていた。
 そんなある日、気分転換に行ってみた風俗店で出会った、21歳の「嬢」・せりか。「美大に行きたかった」と打ち明ける彼女に、T美大卒の美術教師であるサトミンは運命を感じる。 
 そこから始まる、風俗嬢との本気の恋愛――。それは、まさに「ロマンス暴風域」に足を踏み入れるような波乱万丈の日々だった。

 男のマンガ家が「風俗嬢との恋愛」を描いたら、けっしてこんなマンガにはならないだろう。
 男に都合のいいファンタジーにしてたまるかと、作者が腕まくりする姿が目に浮かぶような展開。痛々しくもリアルな、「恋愛弱者(=主人公)のロマンス」の物語。

 作者の鳥飼茜がこの作品について語っているインタビューを読むと、「風俗に行く男」の心理を鮮やかに腑分けしていることに驚かされる。

「女の人に嫌われるのをとにかく怖がっていて、決して自分を傷つけてこない保証がある女の人を欲しがっている。風俗は、そういう男の人にとっての避難所でもあるんだろうとすごく思いました」(なぜ男は風俗に行くのか。漫画家・鳥飼茜が考える | 女子SPA!)


 とか、

「最近は男の人も世間からの圧力に生きづらさを感じている人が増えているでしょ。だから、風俗を今利用してる男の人の感覚は、女を金で買える強者の感覚と、“社会からはみ出した女の子”に対する共感が、絶妙に入り混じっているんじゃないかと思います」(漫画家・鳥飼茜が男目線で気づいたこと | 女子SPA!)


 とか、

「ああ、男の人にとっては“性的な魅力”っていうのがなにより重要なんだなって。そのコがどんなに計算高かろうが、人によって違う態度を取っていようが、そんなことは見えてないというか、あえて見ないようにというか、どうでもいいんだろうなと思ったんです。男の人のそういう、性的な魅力を前にすると急に人を見る解像度が粗くなる感じというのは、意識して描いてますね」(気鋭の漫画家・鳥飼茜が男の単純さを問う | 日刊SPA!)


 とか……。

 そのように醒めた眼で鋭く観察された、いまどきの非モテ男の痛々しさが読者の心を突き刺すマンガだ。ああ、でも私はサトミンを嗤えない。

 『SPA!』誌上で第2部も始まった。1巻のラストは「完結感」が濃厚に漂う終わり方だが、さて、ここからどう新展開させるのか? 目が離せない作品である。

とだ勝之『ホームセンターてんこ』



 今日は都内某所で取材。ゴーストの仕事なので、お相手はナイショ。


 とだ勝之のマンガ『ホームセンターてんこ』(講談社/KCデラックス)全5巻を、仕事上の必要があって購入し、一気読み。

 主人公の女子高生・井本典子(名前の読みは「のりこ」だが、あだ名は「てんこ」)が、個人経営の町のホームセンターの店員・天堂巧作に出会ったことから工作の楽しさに目覚め、毎回さまざまなDIYに取り組んでいくマンガである。

 私は工作のたぐいが苦手なウルトラ不器用なので、仕事で必要なかったらおそらく一生読まなかったマンガだろう。が、読んでみたら大変面白かった。

 カワイイ女子高生がたくさん出てきてラブコメ的要素もあるなど、エンタメとしてもよくできているし、毎回てんこたちが取り組むDIYがとても楽しそうでよい。ものづくり、工作の楽しさを、いちばん原点の部分から読者に教えてくれるマンガという趣だ。

 工作が苦手な私が読んでさえ「楽しそうだなァ。私も電動ドライバードリル買おうかなァ」と思うくらいだから、DIY好きの人なら面白くてたまらないだろう。
 
 それに、DIYのさまざまアイデアや、さまざまな電動工具の使い方についての情報などもちりばめられていて、DIY入門マンガとしての実用性も高い。

 女子大生を主人公とした電子工作マンガとして話題を読んだ『ハルロック』(西餅)と並んで、「工作マンガ」というジャンルを切り拓いた傑作である。

■参考URL→ ホームセンターてんこ(作者のとだ勝之氏が、各話の取材こぼれ話などを紹介しているサイト)

戸部けいこ『光とともに…』



 仕事上の必要があって、戸部けいこの『光とともに… ~自閉症児を抱えて~』(秋田書店)全15巻を一気読み。

 2001年から約10年間にわたって『フォアミセス』に連載され、その間に篠原涼子主演でテレビドラマ化されるなどして、大ヒットした作品だ。
 
 副題のとおり、自閉症児を抱えたサラリーマン家庭の物語。
 自閉症と知的な遅れを併せ持つ主人公・東光(あずま・ひかる)が育っていくプロセスを、その誕生から中学生時代まで、つぶさに描いている。

 作者の戸部けいこさんが52歳の若さで病死したことから未完に終わったが、光が成人し、働き始めるところまでを描き切る構想だったという。“一人の自閉症児の成長を描く大河マンガ”なのである。

 自閉症児を持つ親たちや、自閉症児に携わる教育・療育・福祉行政・医療関係者など、多くの当事者に丹念な取材を重ねて作られた物語は、細部に至るまでリアルだ。

 私はタイトルだけは知っていたものの、読んだのは今回が初めて。正直、これほどよくできたマンガだとは思わなかった。

 これは見事な群像劇である。家族4人を中心とした小さな世界が描かれているのに、光に携わる多くの人々のさまざまな人間ドラマが、壮大なタペストリーを織りなす。

 何より、光が年を重ねるごとに次々と眼前に現れる“ハードル”を、光の母・幸子と父・雅人が一つずつ乗り越えていくプロセスが感動的だ。
 2人は時に落ち込み、時に心折れそうになりつつも、その前向きさで周囲の人々も徐々に味方に変えていくのである。

 コミックスの累計発行部数が240万部を超えたというこの作品は、日本に自閉症理解の土壌をつくるうえでも、大きな貢献を果たしたといえるだろう。
 たとえば、「親のしつけが悪いから自閉症になる」などというありがちな誤解は、この作品の大ヒットによってかなり払拭されたのではないか。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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