田中圭一『うつヌケ』



 今日は午前中から、女性登山家・田部井淳子さんのご長男である田部井進也さんを取材。
 田部井淳子さんは昨年の初頭にインタビューしたことがあり、そのときにはお元気だったので、昨年10月に亡くなられたときにはとても驚いた。
 
 お母さんを取材して一年後に息子さんを取材する(しかも別メディアで)というのも、なんだか不思議なご縁である。
 今回の取材は、ちょっと気が早いのだけれど、「母の日」に合わせた記事のためのもの。「人生を楽しむ達人」でもあったお母さんの思い出を、さまざま伺った。


 田中圭一の話題作『うつヌケ――うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA/1000円)を、Kindle電子書籍で読んだ。

 自らもうつ病脱出体験を持つマンガ家・田中圭一が、うつ病からの脱出に成功した人たちを取材し、マンガの形でその体験をまとめたドキュメンタリーコミック。

 いつもはお下品なパロディ・マンガを描いている田中圭一が、今回は下品抜きでマジメに描いている。「きれいなジャイアン」ならぬ「きれいな田中圭一」なのだ。
 ただし、随所にちりばめられた“小技”的な笑いには、ギャグマンガ家としての経験が活かされている。

 発売1ヶ月で4刷となり、5万部を突破したそうで、慶賀に堪えない。
 じっさい、読んでみると「これなら売れるだろうな」という印象を受ける。
 私はうつ病になった経験がないが、おそらく本書は、いま現在うつに苦しんでいる人が「うつヌケ」するためのきっかけになり得ると思う。十分に実用的なのだ。

 田中圭一自身のうつ脱出体験も3話にわたってマンガ化されているが、自分にとって有益だった方法や本を絶対視していない点も好ましい。

 うつ病を扱ったマンガといえば、大ベストセラーになりドラマ化・映画化もされた『ツレがうつになりまして。』(細川貂々)がある。
 「ツレうつ」が作者自身の体験のみであったのに対し、本作はいろんな人のいろんな「うつヌケ」体験が描かれているから、いっそう「あの手この手でうつに立ち向かおう」と読者に思わせ、汎用性が高い。

 我が国でもうつ病患者が増加の一途をたどり、すでに患者数が100万人を超えているといわれるなか、社会的意義も高い一冊だ。

■関連エントリ
細川貂々『ツレがうつになりまして。』
細川貂々『ツレと私のふたりぐらしマニュアル』
田中圭一『神罰』

高野ひと深『私の少年』



 高野ひと深の話題作『私の少年』(アクションコミックス)の既刊1~2巻を、Kindle電子書籍で購入。

 30歳OLと、12歳の美少年の淡いラブストーリーである。
 これが男女逆転した設定だったら、「たんなるロリコン、変態。キモい死ね」の一言でしりぞけられるところだ(でも、作者が最初に考えていた設定はまさに男女逆で、「少女とカメラマンのおっさんの物語」だったのだそうだ)。



 2人が出会い、少しずつ距離が縮まっていくプロセスが自然だし、ヒロインのOL・聡子の心理描写が繊細で素晴らしい。

 最初はサッカーを教えるために、聡子と少年・真修(ましゅう)の交流は始まる。
 やがて、真修の家が問題のある父子家庭だとわかり、聡子はやむにやまれぬ庇護の形でかかわっていく。そこにあるのは母性愛的な感情なのだが、それがグラデーションのように、少しずつ恋愛感情に置き換わっていく。

 コミックス2巻の最後では、「俺ずっと(サッカーの)練習続けてたの あいたかったからです 聡子さんに」と涙ながらに言われ、聡子は思わず真修を抱きしめてしまう。これはストーリーの転回点になりそうな、なかなかの名場面。うーん、このあと2人はどうなってしまうのか?

 一見美少女のように見える中性的な美少年・真修の表情の描写に、ものすごく力が込められている。いわゆる「ショタコン」の真骨頂を見る思いがする。

 連載誌は『月刊アクション』だから男性読者のほうが多いはずなのだが、これは「男にさえ『ショタコン』の心を理解させる」稀有な作品だ。

たーし『ドンケツ』



 昨日は、都内某所でプロバスケットボール選手の田臥勇太さんを取材。
 言わずと知れた、日本人初のNBAプレイヤーとなった「生ける伝説」である。

 私はバスケのことはほとんど何もわからないのだが、一夜漬けであれこれ勉強して臨む(スポーツ誌の取材ではないので、専門的なことは聞かないし)。
 「生き馬の目を抜く」という表現がピッタリの、NBA時代のすさまじい競争社会ぶりに、強烈な印象を受けた。



 たーしのヤクザマンガ『ドンケツ』(ヤングキングコミックス)の、既刊1~17巻を一気読み。「LINE マンガ」で無料で読める1~3話を読んだら面白かったので、手を伸ばしてみたもの。

 主人公「ロケマサ」の凶暴な風貌(上に貼った第1巻のカバー画のキャラ)がすごい。ヤクザマンガの歴史の中でも、これほど「カッコよさ」から遠いルックスをした主人公はほかにいないだろう。フツーのヤクザマンガなら“主人公の敵役”の顔である。

 ところが、外見も中身も凶暴そのもののロケマサが、読んでいるうちにだんだんカッコよく見えてくるのだ。

 ストーリーはわりと荒唐無稽。にもかかわらず、ヤクザ社会のディテールは非常にリアルだ。
 いや、私にとってはよく知らない世界だから、「非常にリアル」かどうかの判定は厳密にはできないわけだが、少なくとも「リアルだ」と感じさせる描き方をしている。
 ヤクザ専門ライターの鈴木智彦も、次のように評価している。





 鈴木は、『SPA!』に寄稿した「ヤクザを描いた映画や漫画、本職の人はどの作品がお好き? 」という記事でも、次のように書いている。

 現在、どの事務所にいってもみかけるのが、『ドンケツ』(少年画報社)というヤクザ漫画だ。去年、全国のヤクザたちにアンケートをとった際も、ダントツの人気を誇っていた。元来、ヤクザだからといって、ヤクザ作品ばかりを鑑賞するというわけではない。にもかかわらずここまで現役から支持される作品も珍しい。



 強烈な暴力描写が頻出するのだが、その大半が素手で殴りあう「ステゴロ」である点に美学を感じるし、エロ描写は皆無である点も好ましい。つまり、わりと「硬派」なヤクザマンガなのだ。
 あまり陰惨にならず、乾いた笑いが随所にある点もよい。

高田かや『カルト村で生まれました。』



 高田かやの『カルト村で生まれました。』(文藝春秋/1080円)を読んだ。

 「ヤマギシ会」(という実名は本には一切出てこないが)の村で生まれ育ち、19歳で村を離れた著者(執筆時35歳)が、子ども時代を振り返って描いたコミックエッセイ。

 ヤマギシ会を離れた人が村での暮らしを振り返った手記は過去にもあったし、同会に取材したノンフィクションも多いが、マンガの形で描かれたのはこれが初めてだろう。

 類書の多くは“ヤマギシ会の実態を告発する”という角度で書かれていたが、本書はまったく告発調ではない。シンプルでやわらかい絵柄の印象もあって、「ほのぼの」という形容詞をつけてもよいタッチで描かれている。“たまたまカルト村で生まれ育った女性が、特異な子ども時代を振り返ったフツーのコミックエッセイ”として読めるのだ。
 その点で、「エホバの証人」元信者の淡々とした自伝『ドアの向こうのカルト』に、スタンスが近い。

 もっとも、ほのぼのタッチながらも内容は強烈で、集団児童虐待としか言いようがないエピソードが頻出する。たとえば――。

・村の食事は1日2食(昼・夜)。そのうえ、「世話係」(子どもたちの世話をする大人。親とは離れて暮らす)に叱られて「食事抜き」の罰を受けることも多かった子ども時代の著者は、日常的にお腹をすかせていた
・子どもたちも大人たちにまじって、農作業などの仕事をさせられた
・テレビの視聴は厳しく制限され、「まんが日本昔ばなし」しか観せてもらえなかった
・お小遣いは一切与えられず、通学路にあるジュースの自販機は「眺めて我慢するもの」だった、など……

 もっとも、その後ヤマギシ会でも、社会からの糾弾などをふまえて規則がゆるくなっているそうで、著者は「私にとっての村の話は昔話だから今どうかは全くわからないよ」と書いている。

 本書に描かれているエピソードは、一般の小学生期に相当する「初等部」時代の思い出が中心。
 著者へのインタビュー記事によれば続編も予定されているそうだから、村を出るまでのくわしい経緯などをぜひ描いてほしいところだ。

稚野鳥子『月と指先の間』



 稚野鳥子(ちや・とりこ)の『月と指先の間』(KCデラックス Kiss)の1巻を、kindle電子書籍で購入。

 月刊『Kiss』連載中で、まだ1巻が出たばかりの作品(→ここで第1話が試し読みできる)。
 守備範囲外の雑誌だからまったく知らなかった作品だが、ネット上での評判で興味を抱いた。

 なんと、55歳の独身ベテラン少女マンガ家が主人公である(絵はとても55歳に見えないが、いわゆる「美魔女」という設定なのだろう)。
 1巻の展開からして、主人公が作品を連載しているマンガ誌の、10歳年下の独身編集長との恋愛がストーリーの軸になっていくようだ。

 大人のラブストーリーとしても楽しめるが、それ以上に、マンガ家の暮らしぶり・仕事ぶりのリアルで赤裸々な描写が面白い! かつての『編集王』などよりも、さらにリアルだ。

 しかもそれは、マンガ誌もコミックスも売れなくなった「いまどきのマンガ界」の厳しい状況を、そっくりそのまま反映した生々しさなのだ。
 たとえば、主人公・御堂アンの、次のようなモノローグ――。

 かつて少女漫画が一番売れていた頃
 私の重版と初版の収入はほぼ同じくらいだった
 今は重版はほとんど無い…



 うーん、生々しい。

 あたりまえだが、マンガ界も出版業界の一部である。ゆえに、出版業界の片隅に身を置く50代フリーライターである私としては、アンのセリフやモノローグにいちいち共感してしまうのだ。
 そもそも、この作品に出てくる「マンガ界あるある話」の多くは、そのまま「出版業界あるある話」だし(私も最近、仕事で書いた本の重版はほとんどない)。

 読者に夢を売る恋愛マンガを描きながら、まったく「ドリームブレイカー」な少女マンガ家の日常。それを赤裸々に描きながら、なおかつ「大人のラブストーリー」として成立させてしまうあたり、作者の力技がスゴイ。

 オッサンの私にはさすがに『Kiss』は恥ずかしくて買えないが、今後コミックスを買いつづけることに決めた。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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