高橋ツトム『残響』



 高橋ツトムの『残響』(全3巻/ビッグコミックススペシャル)を、一気読み。

 高橋ツトムといえば、『モーニング』に連載した『鉄腕ガール』が好きだったなァ。終戦直後の日本を舞台にした、女子ブロ野球マンガの快作。
 いまでも、彼の作品中、マイベストワンは断然『鉄腕ガール』だ。



 『鉄腕ガール』が、太陽のごときヒロインを核に据え、読者に生きる希望を与えるパワフルなマンガだったのに対し、この『残響』はものすご~く暗い。
 真冬の日本海の荒れた海のように、荒れ狂い、破滅へと突き進むデスペレートな青春マンガなのだ。

 第1話を読んだだけで、「この主人公は最後に死ぬのだろうな」と予想できる。だが、そのような切羽詰まった感じこそが、この作品の魅力になっている。

 アメリカ映画には、主人公たちが殺人を重ね、最後に死ぬまでのデスペレートな道行きを描いた一連の傑作がある。
 そうした作品は、ニューシネマの『俺たちに明日はない』を嚆矢とするのかもしれないし、西部劇に原型があるのかもしれない。

 この『残響』も、『俺たちに明日はない』や『テルマ&ルイーズ』などのような「殺人者の明日なき逃避行」を描いた青春ストーリーとして、出色だ。
 マンガでいえば、中村珍の傑作『羣青』(ぐんじょう)に近いだろうか。

■関連エントリ→ 中村珍『羣青(ぐんじょう)』

 元々ハイレベルだった高橋ツトムの画力は、本作で一つのピークを極めた感じだ。
 とくに、カラーページにおける陰影に富む表現の、なんと素晴らしいこと。


『漫勉』の高橋ツトムの回では、『残響』の制作プロセスが紹介された。

鳥飼茜『ロマンス暴風域』



 鳥飼茜(とりかい・あかね)の『ロマンス暴風域』(SPA!コミックス/740円)1巻をKindle電子書籍で購入。

 この人のマンガは『先生の白い嘘』で初めて読んだのだが、主人公の若き女教師の描き方があまりに生々しく、痛々しくて、私はコミックス2巻まで読んで続きが読めなくなってしまった。



 なんというか、情け容赦のない心理描写をするマンガ家である。

 本作『ロマンス暴風域』は、鳥飼茜が初めて男性を主人公に据えた作品で、「それなら抵抗なく読めるかも」と思ってゲットしてみたしだい。期待以上に面白かった。

 高校の臨時教員である30代半ばのサトミン(男)は、婚活をしてみるものの、非正規職であることから相手の女性に敬遠され、恋愛からも遠ざかっていた。
 そんなある日、気分転換に行ってみた風俗店で出会った、21歳の「嬢」・せりか。「美大に行きたかった」と打ち明ける彼女に、T美大卒の美術教師であるサトミンは運命を感じる。 
 そこから始まる、風俗嬢との本気の恋愛――。それは、まさに「ロマンス暴風域」に足を踏み入れるような波乱万丈の日々だった。

 男のマンガ家が「風俗嬢との恋愛」を描いたら、けっしてこんなマンガにはならないだろう。
 男に都合のいいファンタジーにしてたまるかと、作者が腕まくりする姿が目に浮かぶような展開。痛々しくもリアルな、「恋愛弱者(=主人公)のロマンス」の物語。

 作者の鳥飼茜がこの作品について語っているインタビューを読むと、「風俗に行く男」の心理を鮮やかに腑分けしていることに驚かされる。

「女の人に嫌われるのをとにかく怖がっていて、決して自分を傷つけてこない保証がある女の人を欲しがっている。風俗は、そういう男の人にとっての避難所でもあるんだろうとすごく思いました」(なぜ男は風俗に行くのか。漫画家・鳥飼茜が考える | 女子SPA!)


 とか、

「最近は男の人も世間からの圧力に生きづらさを感じている人が増えているでしょ。だから、風俗を今利用してる男の人の感覚は、女を金で買える強者の感覚と、“社会からはみ出した女の子”に対する共感が、絶妙に入り混じっているんじゃないかと思います」(漫画家・鳥飼茜が男目線で気づいたこと | 女子SPA!)


 とか、

「ああ、男の人にとっては“性的な魅力”っていうのがなにより重要なんだなって。そのコがどんなに計算高かろうが、人によって違う態度を取っていようが、そんなことは見えてないというか、あえて見ないようにというか、どうでもいいんだろうなと思ったんです。男の人のそういう、性的な魅力を前にすると急に人を見る解像度が粗くなる感じというのは、意識して描いてますね」(気鋭の漫画家・鳥飼茜が男の単純さを問う | 日刊SPA!)


 とか……。

 そのように醒めた眼で鋭く観察された、いまどきの非モテ男の痛々しさが読者の心を突き刺すマンガだ。ああ、でも私はサトミンを嗤えない。

 『SPA!』誌上で第2部も始まった。1巻のラストは「完結感」が濃厚に漂う終わり方だが、さて、ここからどう新展開させるのか? 目が離せない作品である。

とだ勝之『ホームセンターてんこ』



 今日は都内某所で取材。ゴーストの仕事なので、お相手はナイショ。


 とだ勝之のマンガ『ホームセンターてんこ』(講談社/KCデラックス)全5巻を、仕事上の必要があって購入し、一気読み。

 主人公の女子高生・井本典子(名前の読みは「のりこ」だが、あだ名は「てんこ」)が、個人経営の町のホームセンターの店員・天堂巧作に出会ったことから工作の楽しさに目覚め、毎回さまざまなDIYに取り組んでいくマンガである。

 私は工作のたぐいが苦手なウルトラ不器用なので、仕事で必要なかったらおそらく一生読まなかったマンガだろう。が、読んでみたら大変面白かった。

 カワイイ女子高生がたくさん出てきてラブコメ的要素もあるなど、エンタメとしてもよくできているし、毎回てんこたちが取り組むDIYがとても楽しそうでよい。ものづくり、工作の楽しさを、いちばん原点の部分から読者に教えてくれるマンガという趣だ。

 工作が苦手な私が読んでさえ「楽しそうだなァ。私も電動ドライバードリル買おうかなァ」と思うくらいだから、DIY好きの人なら面白くてたまらないだろう。
 
 それに、DIYのさまざまアイデアや、さまざまな電動工具の使い方についての情報などもちりばめられていて、DIY入門マンガとしての実用性も高い。

 女子大生を主人公とした電子工作マンガとして話題を読んだ『ハルロック』(西餅)と並んで、「工作マンガ」というジャンルを切り拓いた傑作である。

■参考URL→ ホームセンターてんこ(作者のとだ勝之氏が、各話の取材こぼれ話などを紹介しているサイト)

戸部けいこ『光とともに…』



 仕事上の必要があって、戸部けいこの『光とともに… ~自閉症児を抱えて~』(秋田書店)全15巻を一気読み。

 2001年から約10年間にわたって『フォアミセス』に連載され、その間に篠原涼子主演でテレビドラマ化されるなどして、大ヒットした作品だ。
 
 副題のとおり、自閉症児を抱えたサラリーマン家庭の物語。
 自閉症と知的な遅れを併せ持つ主人公・東光(あずま・ひかる)が育っていくプロセスを、その誕生から中学生時代まで、つぶさに描いている。

 作者の戸部けいこさんが52歳の若さで病死したことから未完に終わったが、光が成人し、働き始めるところまでを描き切る構想だったという。“一人の自閉症児の成長を描く大河マンガ”なのである。

 自閉症児を持つ親たちや、自閉症児に携わる教育・療育・福祉行政・医療関係者など、多くの当事者に丹念な取材を重ねて作られた物語は、細部に至るまでリアルだ。

 私はタイトルだけは知っていたものの、読んだのは今回が初めて。正直、これほどよくできたマンガだとは思わなかった。

 これは見事な群像劇である。家族4人を中心とした小さな世界が描かれているのに、光に携わる多くの人々のさまざまな人間ドラマが、壮大なタペストリーを織りなす。

 何より、光が年を重ねるごとに次々と眼前に現れる“ハードル”を、光の母・幸子と父・雅人が一つずつ乗り越えていくプロセスが感動的だ。
 2人は時に落ち込み、時に心折れそうになりつつも、その前向きさで周囲の人々も徐々に味方に変えていくのである。

 コミックスの累計発行部数が240万部を超えたというこの作品は、日本に自閉症理解の土壌をつくるうえでも、大きな貢献を果たしたといえるだろう。
 たとえば、「親のしつけが悪いから自閉症になる」などというありがちな誤解は、この作品の大ヒットによってかなり払拭されたのではないか。

高田かや『さよなら、カルト村。』



 高田かやの『さよなら、カルト村。――思春期から村を出るまで』(文藝春秋/1080円)を読んだ。

 昨年刊行され話題を呼んだ、著者の自伝的コミックエッセイ『カルト村で生まれました。』の続編。

 正編は著者の「初等部」(一般の小学生期)時代の思い出が中心だったが、本書は中等部・高等部時代と、その後村を離れるまでのいきさつが描かれている。

 「ヤマギシ会」(という名前は作中には出てこない)の「村」が舞台になってはいるが、告発調ではなく、淡々としたタッチで自分の思い出を振り返っている……という印象は正編と同一。

 著者の絵がシンプルでふんわりしているため、陰惨な感じはまったくないが、内容はけっこう衝撃的である。

 たとえば、中等部になると村の子たちは親元を離れて共同生活をさせられるのだが、その中等部の「禁止事項」として、「①音楽を聴くこと ②男女交際 ③一般の本を読むこと」が挙げられていたりする。
 これ自体が児童虐待、人権侵害だろう。

 ただ、主人公(=少女時代の著者)ら子どもたちが、がんじがらめの規則の中でつつましいオシャレをしたり、大人の目を盗んで「一般の子」と同じ行動をしたりする様子が、随所で描かれる。そのことに、読んでいて救われる思いがした。

 村では基本、身だしなみ以上のおしゃれは禁止で、ヘアスプレーやワックスなどの整髪料はいっさいなく、唯一男子が近くに来る夕食前のお風呂上がりには、ワックス代わりにニベアをつけていた。(中略)
 学校で一般の子が使っているような本物のヘアスプレーが欲しかった。



 ……などという一節は、いじらしくて胸を衝かれる思いがする。

 終盤では、「地下鉄サリン事件」によってヤマギシ会もオウム真理教と同一視されて世の批判を浴びたり、学校法人を作ろうとしたりする変化が描かれる。
 その変化の中で社会との軋轢を経験し、村は少しずつ社会に向けて開かれていくのだ。

 19歳になった著者は、村の「理想」に疑問を持ち、一般社会で生きていくことを決意する。
 そのことで両親(も会員だった)や会と衝突する修羅場が描かれるのかと思いきや、村を出るまでのいきさつは意外なほどあっさりしている。

 「こんなにすんなり脱出できるのなら、カルトとは言えないのでは?」とも思ったが、それもまた、サリン事件以後のヤマギシ会の変化の賜物なのかもしれない。

 正編を読んで面白かった人なら、本書も面白く読めるだろう。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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