鈴木マサカズ『マトリズム』



 鈴木マサカズの『マトリズム』の既刊1~2巻(日本文芸社)を読んだ。
 『漫画ゴラク』連載中の、麻薬取締官(マトリ)たちの活躍を描いたマンガ。作者の鈴木マサカズは、『無頼侍』などの作品で知られている。

 マトリを主人公にしたマンガといえば、笠原倫の『リスク――エンドレス・ドラッグ・ウォーズ』という傑作がすでにある。

■関連エントリ→ 笠原倫『リスク――エンドレス・ドラッグ・ウォーズ』

 本作は『リスク』とはタイプが異なるが、これはこれですごく面白い。
 『リスク』は泥臭いB級劇画で、ド派手なアクション描写も満載、現実離れしたブッ飛んだキャラが次々と登場してきた。

 それに対して本作は、登場する薬物に手を出す人々が「普通の人」ばかりである。
 普通の主婦・サラリーマンなどが、ふとしたきっかけでヤクをやって地獄を見るさまが、すこぶるリアルに、むしろ淡々としたタッチで描かれている。
 『闇金ウシジマくん』的な、いかにもな「裏社会の住人」はほとんど出てこないのだ。

 その意味で、おどろおどろしい骸骨が描かれたコミックスのカバーは、内容と合っていないと感じた。

 主人公の麻薬取締官が、暴力を用いることも辞さない型破りなタイプで、上役から睨まれている……というキャラ設定はありきたりで興醒め。
 そういう「劇画的」要素を排した、地味でリアルなマトリを描けばよかったのに(まあ、それでは人気が出ないと踏んだのだろう)。

 主人公のキャラ設定は難アリだが、捜査のプロセスや、被疑者一人ひとりが薬物にのめり込んでくプロセスなどは、リアルで秀逸だ。

 たとえば、普通の独身中年男性が初めてドラッグを買う場面で、売人に「消費税とかかかります?」と思わず聞いてしまうところなど、とぼけたユーモアがなかなか。

 また、薬物中毒経験者が集う「自助会」にヤクの売人がまぎれこんでいる、というあたりの展開も、ゾッとするほどリアルだ。
 おそらく、現実にもそういうことは少なくないのだろう。元ジャンキーはほんの一押しで再び薬物に手を出しやすいはずで、「見込み顧客」揃いなわけだから……。

 良作。今後もコミックスを買い続けることにする。
 

佐藤まさあき『影男』



 佐藤まさあきの『影男』シリーズがKindle電子書籍になっていて、しかも「KindleUnlimited」で無料で読めるので、読んでみた。

 貸本マンガから生まれた、劇画黎明期の伝説的作品であり、佐藤まさあきの代表作。
 もっとも、私は知識としては知っていたものの、実際の作品を読むのは初めて。いしかわじゅんが1980年代に描いた『影男』のパロディ・ギャグは読んだことがあるけど。

■関連エントリ
佐藤まさあき『「劇画の星」をめざして』
佐藤まさあき『「堕靡泥の星」の遺書』

 『影男』シリーズは、1960年に貸本劇画誌『影』で誕生し(だから『影男』なのだ)、67年にかけて貸本誌4誌に掲載。
 68年から72年ごろにかけては、『プレイコミック』誌に舞台を移して描き継がれた(→この研究サイトによる)。

 本書には初出がどこにも記されていない。表紙に「貸本劇画傑作選」と銘打ってあるから、貸本時代のオリジナル・ヴァージョンなのだろう。
 ……と思いきや、上記研究サイトには、Kindle版と同一らしいeBookJapan版について、「雑誌版(プレイコミック本誌その他掲載)の選り抜き集と理解して良いだろう」と書かれている。
 ううむ、よくわからない。もっとも、雑誌版は貸本時代の『影男』の自作リメイクが多かったようだが。

 初出についてはともかく、内容は、日活アクション映画や初期の大藪春彦作品の影響が顕著に見られる、なんとも不思議な無国籍ハードボイルド・アクションだ。
 「日本でこんなに拳銃をバンバン撃ちまくったら、たちまち大騒ぎになるだろうに」と心配になるくらい、銃撃戦シーンが頻出する。

 『影男』の主題歌「影のブルース」なるものの歌詞が何度か出てくるのだが、このへんは明らかに日活アクションの模倣だろう。

 主人公の影男は、「暗黒街のボス共からは死神のように恐れられる」、一匹狼の「拳銃使い」(という職業があるらしい)。彼が伝説の「無音拳銃」を手に入れるところから、物語は始まる。
 無音拳銃とは、「ヒットラーが一九四四年 ナチス親衛隊のために作った」とされる、「世界の拳銃使いが夢にまでみた幻の拳銃」。サイレンサーをつけた消音拳銃ではなく、「完全に無音」なのだという。

 それはまあ「設定」だからいいのだが、この第1巻を全部読んでも、無音拳銃のメリットがよくわからない。「持っていた拳銃が無音であったために、主人公が窮地を切り抜けた」というような場面が、一つもないのだ(笑)。

 ……そのように、いま読むとツッコミどころ満載の作品だが、発表当時にはすごくカッコよくて斬新な劇画であったはず。その歴史的価値は十分に伝わってきた。

 少し前まで入手困難であったこのような歴史的作品が、手軽に読めるようになっただけでも、電子書籍時代は素晴らしいと思う。
 

施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』



 昨日は、54年ぶりだという11月の初雪のなか、都内へ――。午前中に打ち合わせ、午後に取材。
 毎日出かける仕事ではないのに、よりによって半日出かける日に雪かよ。


 施川ユウキの『バーナード嬢曰く。』の既刊1~3巻を読んだ。
 他に類を見ない、読書をめぐるギャグマンガである。

 読書についてのマンガや、図書館や古書店が舞台のマンガはけっこう増えてきたが、ギャグマンガとなると本作くらいだろう。

 学校(高校?)の図書室を主舞台に、図書室の常連である女子3人・男子1人がくり広げる読書談義が描かれていくマンガ。
 「バーナード嬢」とは、主人公の町田さわ子がバーナード・ショーをもじってつけた“自称ニックネーム”。ファンの間では、本作は「ド嬢」と略称されているそうだ。


↑つい最近、テレビアニメ化もされた。

 抱腹絶倒という感じではないが、微苦笑を誘う細かいくすぐりが山盛りで、とても面白い。本好きなら間違いなく楽しめる。

 私も、ライターをしているくらいだから少年時代から読書好きだったし、図書室の常連でもあったから、本作にちりばめられた「読書家あるある」には共感しまくり。

 「読むとなんだか読書欲が高まる“名著礼賛”ギャグ!」というのが、版元のつけた惹句。たしかに、名著・名作案内としても読めるマンガである。

鈴木良雄『フルーツ宅配便』



 鈴木良雄の『フルーツ宅配便』1巻(ビッグコミックス)を、Kindle電子書籍で購入。

 『ビッグコミックオリジナル』連載中の、地方都市のデリヘルを舞台にした連作短編シリーズ。ツイッター上で、「エロくない、泣けるデリヘル・マンガ」として話題になっていたので買ってみた。

 高名なジャズベーシストと同姓同名の作者は、昨年に「ビッグコミック&ビッグコミックオリジナル合同新作賞」(新人賞)を受賞しているから、このマンガが初連載で初単行本なのかな? そのわりには手慣れた作画と構成で、マンガ家としての個性がすでに確立されている印象だ。

 舞台となる地方都市ははっきり特定されていないが、茨城・群馬・栃木あたりのイメージ。海が出てくるから茨城か。
 デリヘル「フルーツ宅配便」の見習い店長となる主人公の「サキタ(咲田)」に、オーナーの「ミスジ」は次のように言う。

 都会のデリヘルと違って、ここらじゃ面接でかわいい子来る確率低いんだ、これが。



 この言葉どおり、毎回のサブ主人公となるデリヘル嬢たち(※)は、派手な「ザ・風俗嬢」というイメージから遠く、みんなどこかビミョーでワケアリで、地味で貧しげだ。しかし、その“くすんだ感じ”こそが、類似作にはない「味」になっている。随所でオフビートなユーモアがはじけるのも楽しい。

※店名が「フルーツ宅配便」なので、嬢の源氏名はゆず・レモン・スイカ・ブドウなどの果物名であり、その名前が各編のタイトルとなる。

 最近新書でよくある、「貧困女子の問題をフーゾクの世界からえぐってみました」的なルポに近い色合いも、ないではない。版元による「内容紹介」を見ると、そういう角度でこの作品を売りたがっているようだ。
 だが、実際に読んでみれば“社会問題を告発する”というトーンは希薄で、もっと「人情話」寄りである。

 ビッグコミック系の作品で言うと、斎藤なずなの初期作品あたりを彷彿とさせる、ウェルメイドな短編になっている回が多い。
 フーゾクの世界を、煽情的にならず淡い人間ドラマとして描き出す手際は、新人離れした鮮やかなもの。続巻を買いつづけることに決めた。

佐々大河『ふしぎの国のバード』


 
 私は某月刊誌のCDレビュー・コーナーをもう足掛け9年も担当(執筆)しているのだが、レコード会社にサンプル音源やジャケ写を提供してもらう際、「バンドのイメージがそちらの雑誌と合わないので」などという理由で掲載を拒否されることがある。

 洋楽を取り上げる場合、そう言われることはまずない。断られるのは十中八九、日本のバンド/アーティストのケースである。レコード会社が断るというより、アーティストの所属事務所がブランディングとして露出メディアを絞っているのだろう。

 日本のアーティスト、とくにロック系の場合、5~6回に1回くらいの割合で断られる。
 最近は事前に、「あ、このバンド、事務所が媒体選定にうるさそうだな」と勘が働くようになってきた。

 私としてはそのアーティストが好きだからこそCD評で取り上げようとするわけで、掲載を拒否されると、女性をデートに誘ってフラれたような気分になる(笑)。アーティストを好きな気持ちすら薄れ、レコード会社の対応によっては「可愛さあまって憎さ百倍」になり、「こんなバンド、2度と聴かねーよ!」とすら思う。

 CD評は広告料をもらって書くわけではないし、酷評する気など毛頭なく、基本はホメるレビューである。いわば「タダで宣伝してやっている」のだ。
 にもかかわらず、「バンドのイメージに合わない」「事務所が掲載メディアをかなり厳しく選んでおりまして……」などという理由で拒否してくるのが理解できない。
 世界的に活躍する大物アーティストならまだしも、デビューしたての新人の事務所にまでそんなことを言われると、「ケッ! 何をエラソーに」と思う。

 一度など、デビューしたてのインディーズ・バンドをCDレビューで取り上げようとして、「イメージに合わないので」と断られたこともある。「ハァ? 何様?」と思いましたね。

 CDがまるで売れない時代になっているのに、いまだに媒体を選ぶような殿様商売をしているJ-ポップ/J-ロック業界の一部のアーティスト気取りは、まったく度し難い。

 ……と、壁打ちのように、誰に言うともなく憤懣をぶつけてみました。


 「ニコニコカドカワ祭り2016」が開催中で、KADOKAWAグループの電子書籍が大量に半額セールになっているので、コミックスをあれこれポチる。
 そのうちの一つが、前から気になっていた佐々大河(さっさ・たいが)の『ふしぎの国のバード』(ビームコミックス)。19世紀英国の女性旅行家イザベラ・バードの日本紀行を元にしたマンガである。

 じつに面白い。明治初頭の日本社会が鮮やかに描かれているし、ちゃんとエンタメになっている。
 これは「ヴィクトリアン・レディ・トラヴェラー」の冒険譚であり、異文化との邂逅のドラマであり、出色の明治風俗絵巻でもある。このような作品を生み出す日本のマンガ文化の豊穣さを、改めて思う。

 イザベラ・バードと、通訳兼ガイドの青年・伊藤鶴吉が、実物とはかけ離れた美男美女に描かれているが、これはマンガならではのデフォルメとして許容範囲。
 そういえば、私は未読だが、「伊藤鶴吉はイザベラ・バードに恋をしていた」という設定の中島京子の小説(『イトウの恋』)もあった。この『ふしぎの国のバード』でも、今後、旅する2人の間に恋愛感情が芽生えていくのだろうか。

 文明開化の時代を知るための資料として、高校生あたりにぜひ読ませたい良作。
 既刊はまだ2巻のみだが、続巻も買うことにする。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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