卯月妙子『実録企画モノ』『新家族計画』



 卯月妙子の旧作『実録企画モノ』『新家族計画』(Vol.1&2)がKindle Unlimitedに入っていたので、読んでみた。

 卯月の4年前の話題作『人間仮免中』を読んだとき、「この旧作も読みたい」と思ったものの、当時は紙の本しかなく、しかも中古で高値を呼んでいたため手が出なかった作品。いつの間にか電子書籍化されていた。

 Kindle Unlimitedは、講談社など大手版元とのトラブルもあり、点数も減って、世間的には「もう終わった(失速した)サービス」みたいな印象になっている。だが、私はいまでも「月額980円なら十分お得」だと思う。
 じっさい、今日読んだ卯月妙子作品3冊だけでも、私にとっては「もう今月分の元が取れた」という感じだし。

 ただ、3ヶ月間Kindle Unlimitedを利用してみて思うのは、使いこなすにはコツがいるということ。
 大量のクダラナイ本(シロウトの自費出版本とか、安手のエロ本とか)で点数を嵩上げしているサービスであるため、価値のある本にたどりつくには、ユーザー側がかなり意識的に探して、読む本を厳選しないといけないのだ。そうしないと、価値の低い本を「タダだから」とダラダラ読んでしまい、時間を浪費してしまう。

 さて、初めて読んでみた卯月妙子の旧作だが、いずれも『人間仮免中』同様、卯月自身の壮絶な半生を題材にしたものである。ただし、『実録企画モノ』はノンフィクションのコミックエッセイであるのに対し、『新家族計画』は一応フィクションの体裁をとっている。

 『人間仮免中』は感動作であったが、こちらの『実録企画モノ』『新家族計画』はコミカルなテイストが強い。借金と精神障害を抱えながら子どもを育てるため、特殊性風俗や特殊AVの世界で働くデスペレートな生活が描かれているのだが、それが乾いた笑いにくるまれているのだ。

 なにしろ、『実録企画モノ』のラストでは卯月の前夫の飛び降り自殺が描かれるにもかかわらず、その部分さえ少しも悲しくない描き方なのだから……。
 その点で、自らのホームレス生活やアル中を笑いに昇華した、吾妻ひでおの『失踪日記』と同系列のマンガといえる。

 ただ、マンガとしての構成がグダグダで全体的に雑然としており、素材の面白さがあまり活かされていない。大傑作『失踪日記』に遠く及ばないのはもちろん、自作の『人間仮免中』よりもつまらない。
 
 それでも、人の生き方の正しさや幸・不幸を決めつけがちな我々の価値観・倫理観を、したたかに揺さぶる衝撃作ではある。「こういう生き方もアリだよ」と……。

オジロマコト『猫のお寺の知恩さん』



 オジロマコトの『猫のお寺の知恩さん』(ビッグコミックス)の1巻を電子書籍で購入。
 『ビッグコミックスピリッツ』で最近気に入っている作品。

 『闇金ウシジマくん』がもうすぐ連載終了してしまうので、「終わったらもう『スピリッツ』読むのやめようかなァ」とも思ったのだが、とりあえずこの『猫のお寺の知恩さん』がある限りは読みつづけよう。→作品詳細(第1話試し読みあり)

 『富士山さんは思春期』がとてもよかったオジロマコトだが、本作も彼女(女性だということを最近知った)の美点が存分に発揮されている。美点とは何かといえば、健康的なエロティシズムである。

 この『猫のお寺の知恩さん』は、県外の高校に進学することになった主人公の男の子・源が、高校のある町で遠戚が営む古寺に下宿する物語。寺には、3歳年上で幼なじみの「知恩ねーちゃん」がいた。
 遠い親戚(血はつながっていない)とはいえ、若い娘と一つ屋根の下に暮らすことになった思春期の源は、何かとドキドキして……というストーリー。
 往年の大ヒット作『翔んだカップル』以来、時折現れる「一つ屋根の下」系ラブコメという感じだ。

 もっとも、いまのところはラブコメというより「ほのぼの癒し系田舎暮らしストーリー」なのだが、ヒロイン・知恩さんの描き方が素晴らしくエロい! とくにエッチなシーンがあるわけではないのだが、エプロンにジーパンの後ろ姿や、うなじのアップを描いただけでエロい! 

 エロティシズムとは本来このようにほのかに薫るものであって、そのものずばりの性描写などより、本作のフェチ的描写のほうがよっぽどエロティックである。

 もっとも、オジロマコトは過去に成人マンガも手がけているようだが、本作のような健康的エロのほうが彼女の本領が発揮されていると思う。

 知恩さんがフツーに服を着たうしろ姿を描いただけでエロいのはすごい。
 私にとっては、星里もちるの『本気のしるし』以来十数年ぶりに、「二次元のヒロインが生身の女性よりエロく見えた」マンガ。

石塚真一『BLUE GIANT』



 石塚真一『BLUE GIANT』(ビッグコミックス)の既刊1~7巻を、仕事上の必要があってkindle電子書籍で購入し、一気読み。

 本格ジャズ・コミックであると同時に、昔ながらの少年マンガのような匂いもあって(連載誌はオジサン・マンガ誌の『ビッグコミック』だが)、じつによくできた作品。

 宮谷一彦の初期作品に、ジャズ・ミュージシャンを主人公にしたいくつかの短編がある。中でも「ラストステージ」(1970年)という短編はまことに素晴らしく、ジャズ劇画の最高峰だと私は思っている。
 その気持ちはいまも変わらないが、時代の変遷もあり、ジャズをマンガで表現するための技法という点では、この『BLUE GIANT』のほうが数段進化している。

 「少年マンガっぽい」と感じさせるのは、「世界一のサックスプレーヤー」を目指して奮闘するまだ10代の主人公・宮本大の天真爛漫なキャラ設定が、まるで昔のスポ根マンガのヒーローのようだから。

 1巻から7巻までを一気に読むと、内容が尻上がりにどんどん深みを増してきたことがわかる。
 4巻途中までの仙台編(高校時代編)もまあまあ面白いし、大にサックスを教える師匠・由井との絆は胸を打つが、大が上京してからのほうが俄然面白い。
 とくに、天才肌でワンマンなピアニスト・沢辺雪祈(ゆきのり)との出会い以降は、彼と大のキャラのぶつかり合いがスリリングだ。

 メモしておきたいようなセリフも多い。
 「全力で自分をさらけ出す、それがソロだろ? 内蔵をひっくり返すくらい自分をさらけ出すのがソロだろ。君はソロができないのか?」(7巻)とか。

 コミックス各巻の巻末に、主人公・大が世界的プレーヤーになった近未来を舞台に、登場人物1人ひとりに大との「思い出」をインタビューしていくという体裁の「BONUS TRACK」が収録されている。これは、大変気の利いた好企画だと思う。

大武ユキ『フットボールネーション』



 仕事上の必要があって、大武ユキの『フットボールネーション』の既刊1~7巻を読んだ。

 サッカーマンガなのに、サッカーに微塵も興味のない私が読んでもすごく面白かった。
 本物のエンタテインメントとはそういうもので、「その世界にくわしい人でなければ楽しめない」ようでは、エンタメとして二流なのだと思う。
 たとえば、私は麻雀をやったことがないしルールも知らないが、それでも映画版『麻雀放浪記』(和田誠)はすごく面白かった。

 この『フットボールネーション』は、運動科学総合研究所の高岡英夫の「科学指導」のもと、科学的なサッカー理論をふまえた、いわば“理詰めのサッカーマンガ”である。
 「もも裏筋」などのインナーマッスルを使うことの重要性をはじめ、作中で描かれる訓練法や監督の指導はどれも、ド素人の私にも納得のいく合理的なものだ。

 “理詰めのサッカーマンガ”といっても、頭でっかちで堅苦しいマンガというわけではない。
 主要キャラはみんな「キャラが立っている」し、型破りなアマチーム「東京クルセイド」がプロチームを次々と破っていく基本構成も、昔ながらの少年マンガの王道を行くものだ(連載誌は『ビッグコミックスペリオール』だから青年マンガだが、内容はよい意味で少年マンガ的)。

 あの『ラストイニング』が本格的な野球理論を持ち込んで高校野球マンガに革命を起こしたように、『フットボールネーション』はサッカーマンガの革命と言える……のではないか(ほかのサッカーマンガをよく知らないので、自信なさげ)。

一ノ関圭『鼻紙写楽』


鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)
(2015/03/20)
一ノ関 圭

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 一ノ関圭の『鼻紙写楽』(ビッグコミックススペシャル/1944円)を購入。

 伝説のマンガ家の、じつに四半世紀ぶりの新刊だ。
 デビューから40年経つというのに、これまでに刊行された彼女の作品集は、本書を含めてたったの3冊。並外れた寡作なのだ。それでも、「らんぷの下」や『茶箱広重』といった代表作は、マンガ史に残る傑作として語り継がれている。

 江戸中期を舞台に、歌舞伎と浮世絵の世界を二つながら描き尽くした、絢爛たる物語。堪能した。『茶箱広重』をもしのぐ大傑作だと思う。

 一ノ関圭は藝大油絵科卒で、「日本でいちばん絵のうまいマンガ家」の最有力候補。その圧倒的な画力・画面構成力は、本作でも健在だ。今後、何度も読み返し、1ページ1ページを味わい直す本になるだろう。

 約2000円という価格はコミックスとしては高いようだが、A5判434ページのボリュームなので、手に取って読んでみればむしろ「安い」と感じる。

 重厚な人間ドラマとしても、芸術の世界の深淵を描いた物語としても、綿密な下調べに基づく江戸風俗絵巻としても、それぞれ申し分のない完成度。
 そのうえ、江戸で起きた幼女連続殺人がストーリー(前半)の鍵になっていることから、ミステリとしても読める。なんとゴージャスなマンガであることか。

 浮世絵にも歌舞伎にも門外漢の私が読んでも面白いのだから、くわしい人ならもっと愉しめるだろう。

 惜しむらくは、本作が未完であるところ。物語の2人の主人公――のちの東洲斎写楽と、のちの六代目市川団十郎――が、まだ若く未熟な時代までしか描かれていないのだ。
 2人は、このあとどのように芸術家として完成されていくのか? そして、彼らと周囲の人々は、どんな人生を歩んでいったのか? 一ノ関圭の中には腹案があるだろう「後半」の物語を、ぜひとも読みたいものだ。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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