井上純一『キミのお金はどこに消えるのか』



 井上純一著『キミのお金はどこに消えるのか』(KADOKAWA/1080円)読了。

 先日、続編『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』が発売されたが、まずは昨年出た正編を読んでみた。

 コミックエッセイの大ヒット・シリーズ『中国嫁日記』の著者が、その「中国嫁」――愛妻・月(ゆえ)さんを対話相手として進行していく経済解説マンガだ。

 日常会話の中で月さんが放つ、〝経済に関する素朴で鋭い疑問〟に、夫である著者がわかりやすく答えようと努力する……というのが、毎回の基本スタイル。

 ただ、著者は経済の専門家ではないから、専門家のレクチャーをふまえて内容を決めている。

 まず、経済にくわしいアル・シャード(どういう人なのかよくわからない)に、その回のテーマに沿ったレクチャーを受ける。
 そのうえで、月さんとの会話から練り上げた内容を、エコノミストの飯田泰之(明治大学経済学部准教授)にチェックしてもらうのだという。
 アル・シャードは「企画協力」、飯田泰之は「監修」としてクレジットされている。

 経済についてわかりやすく解説するマンガはこれまでにもたくさんあるが、本作ほどわかりやすいものはほとんどなかった。
 管見の範囲では、本作と『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(原作・佐藤雅彦&菅俊一、画・高橋秀明)が、「わかりやすい経済マンガ」の双璧だ。

■関連エントリ→ 『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』

 本書の刊行記念対談(『本の旅人』2018年8月号)で、著者は次のように述べている。

 井上: 知識ゼロの月でも分かるように描くというのが大前提。詳しい人が読んだら、突っ込みどころはあると思うんです。どんな分野でも本気で議論しようとすると、前提条件を山ほど並べないといけない。限られたページ数では不可能なので、本筋と関係ない部分はカットしています。



 まさにそのように、枝葉部分はバッサバッサ切り落し、問題の本質だけをグイッと抽出する力技こそが、本作を面白くわかりやすいものにしているのだ。

 経済成長はなぜ必要なのか? 公共事業はなぜ必要なのか? ……などという、経済に関する「基本のき」ともいうべき素朴な疑問に、著者はズバリと答えを出してみせる。

 くわしい人から見て「突っ込みどころ満載」であっても、それはそれでいいのだと思う。もっと細かい議論がしたければ専門書を読めばよいのだ。
 本作はあくまで、経済の勘所のみを抽出したマンガであり、経済理解の糸口、議論の入り口を提供できればそれでOKなのだ。

 本書を読んで目からウロコだった主張をピックアップ。

・「毎年2~4%のインフレ」になってこそ、物価は安定する。
 物価上昇がゼロになると消費者が「いつでも同じ値段で買えるから」と安心してしまい、むしろ消費が冷え込む。また、物価上昇がゼロに近い社会では、企業のリストラや倒産も増えてしまう。

・経済成長は「する方が自然」。
 「人間というものは同じことをしていても『もっといいやり方』を発見してしまうもの」なので、効率化や新発見で年1.8%程度は成長「してしまう」から。

 ただ、本書は〝中立公平な入門書〟というより、かなり角度がついたものになっている。
 消費税増税については明確に反対の立場を取るなど、いわゆる「リフレ派」の主張に沿った内容なのである。したがって、反リフレ派の主張に与する人にとっては、本書の内容には受け入れがたい面もあるだろう。

 そうした偏りを承知のうえで読むなら、よくできた経済入門マンガとして楽しめる。

伊図透『おんさのひびき』『辺境で』



 先日新装版で読んだ『ミツバチのキス』が大変気に入ったので、伊図透の『おんさのひびき』(ビームコミックス/新装版上・下巻)と、『辺境で 伊図透作品集』(ビームコミックス)を購入して読んだ。

 『おんさのひびき』は、小学6年生の男女3人を主人公にした、思春期の淡い物語。コミックスの帯の惹句では「ビルドゥングス・ロマン」ということになっているが、そういう印象はあまり受けなった。

 松本大洋の『Sunny』みたいな作品を期待したのだが、ちょっと違う。全体に説明不足でわかりにくい。「わかりやすい感動」をあえて避けて、ひとヒネリしてしまう感じというか。

 『辺境で』は、同人誌として発表された初期作品などを含む、初の短編集。



 玉石混交ではあるが、表題作の『辺境で』は素晴らしい。

 伊図透の何がすごいかというと、何よりも画面の演出力だと思う。「絵はすごくうまいのに、演出は下手だ」というマンガ家もいるが、伊図透は絵に味があってうまいうえに演出力が卓越している。
 ここぞという見せ場のコマにさしかかると、そのコマが音を立てて目に飛び込んでくるような印象があるのだ。

 私は『おんさのひびき』のストーリーに感動できなかったが、それでも、この作品はマンガとしては優れている。ページをめくった瞬間にハッとするような、何度も見返したくなるような、印象的なシーン/コマに満ちている。

伊図透『ミツバチのキス』



 伊図透(いず・とおる)の『ミツバチのキス』新装版1~2巻(ビームコミックス/各896円)を購入。
 元は2008年から09年にかけて『漫画アクション』に連載された作品だが、私は初読。

 夏目房之介さんがブログで、「伊図透『ミツバチのキス』1,2(KADOKAWA) あらためて、すんばらしいっす。いいです。読んでくれ、みんな! いいたいことは、それだけだ」と、シンプル極まる賛辞を送っていたのを見て、買ってみた。

 確かに素晴らしい。これがデビュー作だったなんて信じられない。絵柄もストーリーテリングも、この時点ですでに完成されている。

 人に触れると、相手の内面や記憶が「わかってしまう」能力を持った草野慧(くさの・けい)をヒロインとしたSFヒューマン・ドラマである。
 それは客観的には「超能力」であり、その能力を利用しようと、カルト宗教団体や国家機関が彼女を奪い合う。
 だが、慧にとって、その能力は呪いのようなものでしかない。触れると相手のすべてがわかってしまうから、誰とも愛し合えず、世を忍んで生きていくしかないのだ。

 ネット上では五十嵐大介や岩明均を引き合いに出している人が多いが、私が思い出したのは筒井康隆の名作『七瀬ふたたび』だ。「超能力を持つがゆえの孤独」をエンタメ仕立てで描いているという点で、よく似ている。

 慧が触れた相手の内面にダイブする場面の描写が、独創的で素晴らしい。それは、小説でも映画でもできないマンガならではの表現だ。人の心の中を、これほど精緻に描いたマンガ家はいなかった。

 ただ、残念ながら、この作品は未完である。物語の風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなったのか、尻切れトンボな形で中断されているのだ。

 慧と互いに惹かれ合いながら、まだ一度も手を触れることもできない官僚・駿河との愛の物語は、このあとどうなるのか? いまからでも続きを描いてほしいものである。

石塚真一『BLUE GIANT SUPREME』



 石塚真一『BLUE GIANT SUPREME』(ブルージャイアント シュプリーム)の既刊1~2巻(ビッグコミックススペシャル)を、Kindle電子書籍で購入。

 10巻で一応の完結を見た『BLUE GIANT』の続編・海外編である。

■関連エントリ→ 石塚真一『BLUE GIANT』

 賛否両論の嵐を巻き起こした『BLUE GIANT』のラストがあまりに衝撃的だったので(どんなラストだったかはググられたし)、私もショックを受け、この『BLUE GIANT SUPREME』はしばらく読む気がしなかった。
 が、『ビッグコミック』での連載を立ち読みしてみたら面白かったので、コミックスを買ってみたしだい。

 東京のジャズシーンで一定の評価を得、日本一のジャズクラブ「So Blue」のステージにも立った主人公・宮本大は、バンド「ジャス」を解散し、ヨーロッパに“サックス武者修行”に出る――。
 まずはドイツのミュンヘンとハンブルクを舞台に、「世界一のサックス・プレーヤー」を目指す大の孤軍奮闘が描かれるのが、『BLUE GIANT SUPREME』の序盤の展開だ。

 すでに複数の人が指摘しているように、物語の骨子は、五木寛之の60年代の青春小説『青年は荒野をめざす』を彷彿とさせる。
 『青年は荒野をめざす』に限らず、初期の五木作品には「ジャズ青春小説」と呼びたい作品が多い(「海を見ていたジョニー」「さらばモスクワ愚連隊」など)。私は少年時代にそれらの作品を愛読していたから、この『BLUE GIANT SUPREME』には懐かしさも感じる。

 ただ、五木の「ジャズ青春小説」が、金髪ネーチャンとの激しい恋とか、不良たちとの大立ち回りとかが出てきて通俗的なのに対し、『BLUE GIANT SUPREME』は生真面目で求道的な青春マンガである。

 2巻で登場する女性ベーシスト、ハンナと大がこの先の展開で恋に陥りそうではあるが、ハンナのキャラもすごく地味だし……。
 何より、大が昔の少年マンガの主人公のような“天真爛漫まっすぐキャラ”だから、五木作品みたいな通俗展開にはなりようがない。でも、その生真面目さがとても好ましい。

 2次元の画面でジャズの音を表現するという難しい課題に挑みつつ、青春マンガとしても王道をゆく面白さ。正編『BLUE GIANT』をしのぐ傑作になるかもしれない。

 

崗田屋愉一『大江戸国芳よしづくし』



 崗田屋愉一(おかだや・ゆいち)の『大江戸国芳よしづくし』 (日本文芸社/535円)を、Kindle電子書籍で購入。
 
 浮世絵師・歌川国芳の無名時代を描いたマンガ。

 著者の崗田屋愉一は、2011年に「岡田屋鉄蔵」名義で発表した『ひらひら――国芳一門浮世譚』で注目を浴びたマンガ家(ちなみに女性)。……だそうだが、私はこの人の作品を読むのは初めて。

 浮世絵師を主人公にしたマンガといえば、一ノ関圭の『茶箱広重』『鼻紙写楽』、杉浦日向子の『百日紅』といった大傑作が、すでにある。ゆえに、いまから類似作を描くには、それらの傑作と比較されることでワリを食う覚悟で臨まなければならない。

 私も、心の中で比較しながら読まざるを得なかった。
 崗田屋愉一もきれいでうまい絵を描くが、一ノ関圭の絵の凄みには及ばない(一ノ関は「日本でいちばん絵のうまいマンガ家」の最有力候補だから、比べるのは酷)。

■関連エントリ→ 一ノ関圭『鼻紙写楽』

 また、杉浦日向子作品の心地よい力の抜け具合、余白の絶妙な使い方に比べ、崗田屋は1ページの中に情報量を詰め込みすぎ(文字が多すぎるし、コマ割りもやや細かすぎ)で、読んでいてちょっと暑苦しい。
 
 だが、そのように先行作品と比べさえしなければ、これはこれで素晴らしいマンガである。

 物語のタテ軸は、浮世絵が好きでたまらない富裕な商人・遠州屋佐吉(実在の人物)と国芳が出会い、それを機に国芳が才能を開花させ、世に認められていくプロセス。
 そこに、殺人や役人の汚職などの事件がからんでヨコ軸となり、ダイナミックにストーリーが展開していく。

 市川団十郎(七代目)や遠山の金さん、鼠小僧次郎吉などというおなじみのキャラが重要な役どころで登場するなど、読者を飽きさせない工夫も随所にある。
 私のように浮世絵について門外漢でも、十分に楽しめる大人のエンタテインメントだ。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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