『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』


パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト(通常盤ブルーレイ) [Blu-ray]パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト(通常盤ブルーレイ) [Blu-ray]
(2014/12/17)
デヴィッド・ギャレット、ジャレッド・ハリス 他

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 『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』を映像配信で観た。

 超絶技巧で知られるイタリアの天才ヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニの生涯を、『不滅の恋 ベートーヴェン』のバーナード・ローズ監督が描いた音楽映画である。



 パガニーニを演ずるのは、「21世紀のパガニーニ」とも呼ばれる超絶技巧の美形ヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレット。このドンピシャなキャスティングが、作品の魅力の半分くらいを占めている感じ。
 じっさい、ギャレットが本当にストラディヴァリウスを弾いている演奏シーンは、どれも迫力があって素晴らしい。

 コンサートでのパガニーニを、現代のロックスターのイメージで演出している点も面白い。演奏するパガニーニに向かって、聴衆の若い女性たちはキャーキャー歓声を上げ、興奮しすぎて失神したりするのだ(グループサウンズかよ)。

 乱脈な女性関係をくり広げ、ギャンブルにのめり込み、社会のルールにおよそ頓着しない、まさに破滅型の天才であるパガニーニ。自らの才能に振り回されて自滅していったジェットコースターのごとき人生を、映画は駆け足で描き出す。

 ラスト、死の床にあったパガニーニがつぶやくセリフが印象的だ。

 「神は私を見捨て、かわりに恩寵を与えた。才能という恩寵を……。そして世界に放り出した。才能を理解しない世界に」



 「悪魔に魂を売り渡した代償に超絶技巧を手に入れた」とも噂されたパガニーニの遺体の埋葬を、キリスト教会は拒んだという。

 ただ、芸術映画としての深みはあまりない。
 とくに後半、天才の狂気の物語が凡庸な愛のドラマに矮小化されていくあたり、興醒め。どうせなら、「ロクデナシの天才」ぶりをとことん描いてほしかった。

『いのちの食べかた』

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(2008/11/29)
不明

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 『いのちの食べかた』を観た。11月公開予定の、ドイツ/オーストリア合作のドキュメンタリー映画だ。

 公式サイト→ http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/

 「いのちの食べかた」といえば、森達也の本にそんなのがあったなあ、と思ったら、この映画のプレスシート(※)にも森さんがエッセイと推薦の辞を寄せていた。

※試写会などでプレス(マスコミ関係者)向けに配布される冊子のこと。映画館で売られるパンフ並みに豪華なものも少なくない。

 森さんの本が食肉市場(屠場)のルポであったのに対し、この映画は肉・魚・野菜・果物の生産・加工現場をまんべんなく描いている。まさに「いのちの食べかた」――「いのち」が食べ物へと変わるプロセスを追った映画なのだ。ちなみに原題は、「OUR DAILY BREAD」(我らが日々の糧)。

 たくさんの豚がオートメーションで次々と解体されていく過程、牛を屠殺して血を抜き皮を剥ぐ過程など、ショッキングなシーンがいくつかある。

 ただし、「ほら、人間は動物たちにこんなに残酷なことをしているんですよ。みなさん、ベジタリアンになりましょう!」と訴えるような映画ではない。
 むしろ、作品が一面的な政治的主張に陥ることを、監督は注意深く避けている。淡々と事実のみを提示していくのだ。

 難を言えば、あまりにも淡々としすぎている。
 なにしろ、ナレーションも字幕による説明も、登場する人々(加工現場などで働く人々)の言葉もいっさいない映画なのだ。おまけに音楽さえない。
 そういう手法をとることがよかったのかどうか、私には疑問。説明皆無であることで無色透明な印象にはなったものの、わかりにくい映画になったことは否めない。
 
 プレスシートには、日本の農業・畜産関係者に取材して、この映画の各場面の意味についてくわしく解説したコーナーがある(このプレスシートはなかなかの労作)。それを読んでやっと「あそこはそういう場面だったのか」と意味がわかったところが少なくない。映画を観ただけで意味が十分伝わらないというのは、やはり作品としての欠点なのではないか。

 とはいえ、一見の価値はある作品だ。
 日本語の「いただきます」には、いうまでもなく、「(動・植物の)命をいただきます」という気持ちがこめられている。そのことを、改めて深く意識させられる映画である。

 よくも悪くも、マイケル・ムーアの諸作のようなサービス満点のドキュメンタリーの対極にある作品。地味で無愛想で、静謐な印象のドキュメンタリーなのだ。

 特筆すべきは、映像の美しさ。この映画は米「ヴァラエティ」誌に「フェルメールの絵を思わせる美しさ」と評されたそうだが、たしかに、シンメトリックな構図にこだわるなど、ドキュメンタリーらしからぬ優れた美的センスにつらぬかれているのだ。

『愛より強く』

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(2007/02/23)
ビロル・ユーネル

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 『愛より強く』という映画を、映画会社から送ってもらったサンプルビデオで観た。GW公開のドイツ映画。ベルリン国際映画祭金熊賞(最高賞)受賞作だ。

 公式サイト→ http://www.elephant-picture.jp/aiyori/

 主人公とおもな登場人物、監督のファティ・アキンはいずれもトルコ系ドイツ人である。描かれているのもトルコ系の人々の世界なので、ドイツ映画という感じはあまりしない。物語の舞台も、半分はイスタンブールだし。

 主人公ジャイトとヒロインのシベルは、それぞれ自殺未遂をし、収容された病院で出会う。
 ラブストーリーの質は、主人公たちの「出会い方」にかなりの程度まで規定されるものだ。「自殺未遂をした同士が、一命を取りとめた病院で出会う」というすさまじい出会いを設定したことで、この映画は世にも激しく痛々しいラブストーリーとなることが決定づけられた。

 シベルはジャイトに偽装結婚を持ちかける。彼女は、あまりに保守的で厳格なムスリムの家庭から逃れ、自由に生きようとしていた。そのためには、偽装結婚によって家から出る以外に方法がなかったのだ。

 「形だけの夫婦」であったはずの2人の間に、いつしか愛が芽生える。破滅型の2人は、互いを傷つけ合いながらも、少しずつ愛を深めていく。だが、その矢先、2人を引き裂くある悲劇が……。ジャイトとシベルはその悲劇を乗り越え、愛をつらぬくことができるのか?

 ……と、いうような話。

 エキセントリックなヒロイン像は、『ベティ・ブルー』を彷彿とさせる。
 たとえば、シベルは偽装結婚を持ちかけて一度はジャイトにことわられるのだが、その瞬間、ワインの瓶をテーブルに叩きつけて割り、そのかけらで「ザクッ!」と手首を切ってふたたび自殺を図るのだ。心のままに生きる彼女の激しさに圧倒される。
 
 おまけに、ジャイトもまた中年男ながらパンクロッカーのような生きざまをつらぬく男。ゆえに、2人の愛の形は、『シド・アンド・ナンシー』のような破滅的なものにならざるを得ない。

 なんともまあ、激越なラブストーリーである。「心から血を流しつづけるような愛」とでも言おうか。ハリウッド製の洗練された小ぎれいなラブストーリーと比べると、ごつごつとした感触。洗練など薬にしたくもない。だが、そこがむしろ新鮮に映る。

 シベルを演じるシベル・ケキリが、ハリウッド女優とはコードの異なるエキゾティックな美しさで魅力的だ。

『白バラの祈り/ゾフィー・ショル、最期の日々』

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(2006/09/22)
ユリア・イェンチアレクサンダー・ヘルト

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  『白バラの祈り/ゾフィー・ショル、最期の日々』を観た。本日封切りのドイツ映画。
 ヒトラー政権に抗して闘った大学生たちのグループ「白バラ」の紅一点、ゾフィー・ショルを主人公にした作品である。

 公式サイト→ http://www.shirobaranoinori.com/

 「忙しい、忙しい」と言ってるわりには映画ばかり観てやがるなコイツ、と思う向きもあろうが、これも仕事のうちなのである。来週、元「白バラ」メンバーであるフランツ・ミュラー氏(来日中)を取材する予定なので、その準備だ。

 ゾフィーは、兄ハンスとともに反ナチのビラをまいて逮捕され、21歳の若さで死刑となった。逮捕から処刑までの間は、わずか5日。映画はその最後の5日間を丹念に描いている。

 逮捕されたゾフィーがゲシュタポに尋問される場面と、その後「人民法廷」で裁かれる場面が、映画の過半を占めている。だから、映像的な派手さはまったくない。
 しかし、その間のゾフィーと相手(尋問官と裁判長)の言葉のやりとりは、静かな火花が散るような迫力に満ちていて、目を釘付けにされる。それらのやりとりは、1990年代に入って初めて公開された詳細な尋問・裁判記録に拠っている。

 ラスト10分ほどは圧巻である。死刑を宣告されても凛とした姿勢を崩さないゾフィーと兄ハンスの姿に胸打たれる。

 間もなく処刑されるゾフィーのもとに、両親が面会に訪れる。
 父はゾフィーに言う。
 「おまえは正しい。誇りに思うよ」
 そして、「もう家には帰ってこないのね」と涙ぐむ母親に、ゾフィーは静かに言う。「天国で会いましょう」と……。
 
 撮り方しだいでいくらでも観客から涙をしぼれたであろうシーンだが、監督は抑制の効いた演出で淡々と撮っている。そのため、悲しみよりはむしろ厳粛さに満ちた名シーンとなった。

 映画の冒頭は、ゾフィーが友人と2人でビリー・ホリデイのラブソングを楽しそうに歌うシーン。ゾフィーは実際にホリデイのファンであったというが、映画全体の厳粛な雰囲気のなかで、このシーンだけが浮いている。
 しかし、これは絶対に必要な場面であったろう。“これほどの勇気を示して信念に殉じていったゾフィーは、けっして特別な存在ではなく、恋もすればおしゃれも楽しむ普通の若い女性であった”と、このファーストシーンは観客に伝えているのだ。

 よい映画だが、よけいな説明は削ぎ落としてあるので、日本人が観る場合にはある程度予備知識がないと内容を理解しにくいだろう。私は、取材準備のため白バラ関連の書籍を3冊読んでから観たので、よくわかったけれど……。

 ちなみに、私が読んだうちでは、関楠生著『白バラ/反ナチ抵抗運動の学生たち』(清水書院)がコンパクトによくまとまっていた。逆に、ゾフィーの姉インゲ・ショルが書いた定番のロングセラー『白バラは散らず』(未来社)は、じつに未整理でわかりにくい本だった。思わずリライトかけたくなった。
 
 なお、現在ハリウッドでも「白バラ」を題材にした映画が作られているそうだ(ゾフィー役はクリスティーナ・リッチ!)。
 ハリウッド版はもっとドラマティックな感動大作になるのだろうけれど、私は、この『白バラの祈り』のストイックな簡潔さがたいへん気に入った。

『ベルンの奇蹟』

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(2005/10/19)
ルーイ・クラムロートペーター・ローマイヤー

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 『ベルンの奇蹟』を観た。ゴールデンウィーク公開のドイツ映画である。

 公式サイト→ http://www.elephant-picture.jp/bern/

 1954年にスイスのベルンで開催されたサッカーのワールドカップで、ドイツ(当時は西ドイツ)は初優勝を飾る。いまでこそドイツは世界屈指の強豪だが、当時西ドイツの優勝を予想する者はほとんどいなかった。この優勝が「ベルンの奇蹟」と呼ばれているのだという。

 第2次大戦の敗戦からまだ9年、戦争の傷痕がそこかしこに残る西ドイツにあって、「ベルンの奇蹟」は、ナチス時代の暗い記憶に打ちひしがれた国民が誇りと希望を取り戻す契機となった。

 半世紀を経たいまもなお、「ベルリンの壁」崩壊(1989年)と並ぶ戦後ドイツ史のエポックとして、人々に記憶されているという。優勝の日、自分がどこで何をしていたのかを、多くの人が覚えているほど(日本でいえば、東京五輪での日本勢の金メダルのようなものか)。

 この映画は、その国民的記憶をフィルムに刻みつけたものである。
 サッカー映画ではあるが、実際の試合の場面は最後の決勝戦で登場するのみ。ほかの試合はラジオ・テレビの中継を通して描かれる。それは、“国民の視点”に忠実であろうとしたがゆえだろう。大多数の国民はスタジアムには行けなかったのだから。

 むしろ、映画の主軸は優勝までの軌跡を見守る国民の姿のほうに置かれている。
 主役となるのは、ルール地方の炭鉱の町に住む一家。父親リヒャルトは捕虜としてソ連の収容所に捕らえられていたが、この年ようやく帰還する。長い収容所生活で心に深い傷を負ったリヒャルトは、家族の中に溶け込めない。とくに、彼の出征中に生まれたため帰還後に初めて会った末子のマチアス(11歳)とは、くり返し衝突する。

 ドイツ・チームの優勝までの道のりと、父子の葛藤と和解のプロセスが、並行して描かれていく。
 「ベルンの奇蹟」の最大の立役者となったのは、決勝戦で2得点をあげたドイツ代表のFWヘルムート・ラーンだが、この伝説の名選手が物語の鍵となる。マチアスは地元が生んだラーンを誇りに思っており、ラーンもマチアスをかわいがる。父親不在のまま育ってきたマチアスは、ラーンに父の面影を見ていたのだった。

 リヒャルトは、自分になつかない息子がラーンに夢中であることが気に食わない。ワールドカップは当初、父子の葛藤に拍車をかける。だが、優勝が近づくにつれ、国全体がドイツ代表を応援する異様な熱気に包まれるなか、父子はそのサッカーを媒介として互いを受け入れるのだった。

 これは、サッカー史に残る奇跡の優勝を戦後ドイツ史と重ね合わせて描いた作品であり、一つの家族の蘇生の物語でもある。

 私はサッカーには微塵も興味がないので(そういう人間も世の中にはいるのですよ)いささか退屈だったが、サッカー好きなら楽しめる映画だと思う。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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