『ラフマニノフ ある愛の調べ』

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(2009/05/29)
エフゲニー・ツィガノフヴィクトリア・トルストガノヴァ

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 『ラフマニノフ ある愛の調べ』を観た。G.W.公開のロシア映画。
 『交響曲第2番』などの名曲で知られる作曲家/ピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフの伝記である。
 
 公式サイト→ http://rachmaninoff.gyao.jp/

 ラフマニノフはロシア革命を逃れてアメリカに亡命し、後半生をそこですごした。この映画は、アメリカでの暮らしを「現在」に据え、そこから回想の形で随時ロシア時代を描く構成をとっている。

 ベートーヴェンの生涯に「不滅の恋人」をめぐるミステリー(遺品の中にあった、宛名のない恋文が誰に宛てられたものかという謎)があるように、ラフマニノフの生涯にもライラックの花をめぐるミステリーがあった。
 ラフマニノフが演奏会を開くとき、必ず白いライラックの花束が届けられたが、その差し出し人が誰なのかがいまもってわからない、というミステリー。その謎解きが、ストーリーの鍵となっている。

 この映画はラフマニノフの生涯を、彼が愛した3人の女性たちとの関係を縦糸に、彼の3つの交響曲の創作過程を横糸にして描いている。そしてそこに、ライラックの花が重要な役割をもってかかわってくるのだ。

 地味な作品だが、ラフマニノフの音楽そのままに、ロシア的憂愁に満ちた薫り高い映画に仕上がっている。

 ラフマニノフの天才ゆえの孤独が、全編をつらぬく通奏低音となっている。
 彼は作曲家としてもピアニストとしても天才であったがゆえに、2つのバランスをめぐって生涯苦闘しつづけた。
 たとえば、少年時代からの師・ズヴェーレフは、ラフマニノフが作曲をすることを喜ばず、ピアニストとしての精進に全力を注ぐことを望んだ。その意に反して作曲をつづけたことで、ラフマニノフはついに師と訣別するのだった。
 また、亡命後にピアニストとして華々しい成功を収めながらも、彼はそのことを少しも喜ばない。むしろ、「ピアニストとしての仕事ばかりしているから、作曲ができない」と悩みつづけたのだ。

 才能をもつことの幸福と、才能をもつことで生まれる苦悩――。2つのうち、苦悩のほうをより多く味わった一人の天才の物語である。

『この道は母へとつづく』

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(2008/08/08)
コーリャ・スピリドノフデニス・モイセーエンコ

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 六本木のアスミック・エース試写室で、『この道は母へとつづく』の試写を観た。10月末公開のロシア映画。

 公式サイト→ http://eiga.com/official/konomichi/

 ロシアの凍てつく辺境の地にある、小さな孤児院。ここで暮らす6歳のワーニャ少年は、親の顔を知らない。彼は、裕福なイタリア人夫婦に養子としてもらわれていくことが決まった。
 ワーニャの幸運をうらやみ、「イタリア人」というあだ名(それが映画の原題“ITALIANETZ”になっている)をつけてからかうほかの孤児たち。

 だが、そこで一つの事件が起きる。ワーニャより先に養子にもらわれていったムーヒンの実の母親が、突然孤児院を訪ねてきたのだ。院長は「いまごろ何をしにきた!」と彼女をなじり、追い返す。

 バス亭でムーヒンの母と言葉をかわしたワーニャの心に、一つの思いが湧き上がる。
「もしも、僕がイタリアに行ってしまったあとで、ほんとうのママが訪ねてきたとしたら……」
 イタリアに行くより、ほんとうのママに会いたい――そんな、ほとんど原初的といってよい衝動に突き動かされて、ワーニャは行動を始める。文字を学び、院長室に保管された書類を盗み見て、自分の親について調べる。そして、孤児院を脱走して母を探す旅に出るのだった。果たして、ワーニャは母に出会うことができるのか?

 ……と、いうような話。ロシアで実際に起きた出来事をもとにしているという。

 タイトルと骨子から、“ロシア版『母をたずねて三千里』”みたいな時代がかった「お涙ちょうだい」の映画を想像する向きは多いだろう。じっさい、プレスシートにも「世界中で涙と共感を呼んだ」「愛と感動の物語」などという惹句が躍っていて、「泣ける映画」という方向で売りたがっているようだ。

 だが、この映画は薄っぺらいメロドラマではまったくない。ワーニャが懸命に母を追い求める姿はけなげで感動的だが、わざとらしい「泣かせ」の演出やセリフはいっさいないのだ。

 子どもたちの目を通して活写されるロシア社会の暗部など、細部に至るまできわめてリアル。そして、詩情豊かで力強い。アカデミー外国映画賞でロシア代表に選ばれながら受賞を逸した作品だが、受賞させてもよかったと思う。それくらい素晴らしい映画。

『父、帰る』

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(2005/04/08)
コンスタンチン・ラヴロネンコウラジーミル・ガーリン

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 試写会で『父、帰る』を観た(映評の仕事である。以下はその原稿の下書きのようなもの)。
 2003年度のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)と新人監督賞を受賞した、9月公開のロシア映画だ。  →オフィシャル・サイト

 監督のアンドレイ・ズビャギンツェフはこれが第1作。デビュー作とは思えない堂々たる語り口に驚かされる。第1作でのヴェネチア映画祭グランプリ受賞は、史上初だという。

 ロシアの片田舎の夏。ある母子家庭に、失踪していた父親が突然帰ってくる。
 12年ぶりの再会。とはいえ、まだ少年の兄弟――アンドレイとイワンには、父親の記憶そのものがない。写真でしか知らないのだ。
 だが、父親は2人に「久しぶりだな」と言うのみで、空白などなかったかのように父親として振る舞い始める。

 どう接していいものか戸惑う兄弟に、父親は「明日から旅に出よう」と言う。そして、再会したばかりの妻を家に置いたまま、目的地を定めない短い旅に出発するのだった。
 そう、これはロード・ムービーなのである。ロシア産のロード・ムービーとは珍しい。てゆーか、初めて観た。ソ連時代には旅の前に当局の許可を得る必要があったから、ロード・ムービーを撮ること自体が困難だったのである。

 ロシア映画を観るのは、ものすごく久しぶりだ。
 そしてこの映画は、よくも悪くもきわめてロシア映画らしい作品。ハリウッド産の派手なエンタテインメントに慣れた目には、ゴツゴツした感触の“無骨な詩情”がすこぶる新鮮に感じられる。

 同じ骨子で日本映画を作ったら、父親と息子たちの言葉のやりとりで観客の涙腺を刺激する作品になるであろう。
 だが、この映画の父親はとことん寡黙で粗野、そして謎めいている。息子が反抗的な態度をとったら鉄拳で応じ、よけいなことは何一つ話さない。そして、旅の先々で出合うさまざまな出来事を通して、多くを語らぬまま息子を鍛えようとする。このへんはいかにも「ロシアの父親」という感じ。

 監督のズビャギンツェフについて、「タルコフスキーの再来」と評する声があるという。なるほど、水のイメージに満ちた映像の鮮烈な詩情、そして映画全体の神話的な骨格は、タルコフスキーの諸作を彷彿とさせる。

 スクリーンに映し出されるロシアの自然はどれも美しいが、荒涼とした寂寥感に満ちている。ことに、主舞台となる無人島や湖の風景は、どこか冥界を思わせる神秘的な深みを感じさせる。
 ロケ地となった湖は「ラドガ湖」だという。フィンランドとの国境近くに位置する、ロシア第2の湖である。まるで海のように見える巨大さに圧倒される。無人島も、湖の中にあるのだ。
 セリフの少ない映画だが、風景がセリフよりも雄弁に観客に語りかける。

 宣伝用チラシには、「あなたにとって家族とは、親子とは、そして父とは」というコピーがある。配給会社はこの映画を、「心あたたまる父子の情愛の物語」として売るつもりのようだ。
 しかし実際には、これはそんな甘っちょろい映画ではない。むしろ、少年2人が父親を乗り越えて大人になっていく「イニシエーション(通過儀礼)」の物語であり、「オイディプス王」を彷彿とさせる恐ろしくも重厚な悲劇なのである。

 とくに、終盤の展開は衝撃的だ。「父子の葛藤が引き起こす悲劇」とだけ言っておくが、度肝を抜かれた。

 兄弟を演ずる少年2人は、いずれも目を瞠る好演。とくに弟役のイワン・ドブロヌラヴォフは、当時13歳とは思えない達者な演技を見せる。
 兄役のウラジーミル・ガーリンは、なんと本作の公開前に亡くなったという。この映画の主舞台となったラドガ湖に友人と遊びに行った際、不慮の事故で溺死したのである。なにやら因縁話めいている。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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