『エクス・マキナ』



 『エクス・マキナ』をDVDで観た。
 映画館で観たいと思っていたのだが、上映館数も少なく、公開もすぐに終わってしまって観損ねた作品。



 期待通りの面白さだった。

 マッド・サイエンティストがひそかに創り上げた人間そっくりのロボットが、やがて人間のコントロールを振り払って暴走し……という骨子は、それこそ『メトロポリス』(1927年)まで遡れるほど使い古されたものだ。

 しかし、その手垢にまみれたアイデアを、本作は2010年代後半ならではのリアリティで巧みにアップデートしている。古い革袋に入れた新鮮な葡萄酒のように。

 『エクス・マキナ』でマッド・サイエンティストの役割を果たすのは、世界的検索エンジン企業「ブルーブック」を一代で築き上げた、天才プログラマー兼CEO。

 「ブルーブック」がグーグルを意識させずにおかないため、アメリカ映画のような気がしてしまうが、イギリス映画だ。
 そして、観終わってみれば、「ああ、このヒネリ具合はやっぱりイギリス映画ならではだなァ」と思わせる。

 「チューリング・テスト」や「シンギュラリティ」といった、AIを語るには欠かせないネタを盛り込んだ、すこぶる知的な大人のエンタテインメント。かなりエロティックでもあるから、お子ちゃまには理解不能だろう。

 「AIが長足の進歩を遂げていった果てに、意識や感情はそこに生まれるのか?」という問いに、この映画は一つの答えを提示する。
 AIについて何冊か本を読むなど、ある程度の知識があってこそ楽しめる作品。SFサスペンスとしても上出来で、映像もスタイリッシュだ。

 美しき女性型ロボット「エヴァ」を演じるアリシア・ヴィキャンデルが、強烈な印象を残す。
 SF映画におけるロボットのイメージが、この映画によって革新された。比較的低予算でありながら、アカデミー賞視覚効果賞を得たのもうなずける。

『JIMI:栄光への軌跡』



 『JIMI:栄光への軌跡』をDVDで観た。
 史上最高のロック・ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスの伝記映画である。

 ただし、描かれるのは伝説の「モンタレー・ポップ・フェスティバル」出演の手前まで。
 つまり、ジミヘンが本格的にブレイクする前夜までの物語なので、イマイチ盛り上がりに欠ける。

 中心となるのは、ジミがチャス・チャンドラーに見出されて渡英し、2年間にわたってイギリスで活動した時代。
 イギリス映画だからイギリス時代を描いたということなのかもしれないが、この2年間だけではジミの全体像が見えにくい。彼のことをあまり知らない人が観たら、どういう人物だったのか、よくわからないままだろう。

 楽曲使用許可がおりなかったとのことで、肝心のジミ本人の演奏は一つも使われておらず、その点でも画竜点睛を欠く。
 コピーによる演奏場面も、カバー曲オンリー。ジミの自作曲は皆無で、「パープル・ヘイズ」すら登場しないのだ。

 ただし、ジミを演じたアンドレ・ベンジャミン(=アウトキャストのアンドレ・3000)は素晴らしい。ルックスがそっくりな上に声やしゃべり方まで完コピで、ジミが乗り移ったかのような迫真の演技を見せる。
 エリック・クラプトンやポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、キース・リチャーズなども登場し、60年代後半のロンドンのロックシーンを描いた映画としても楽しめる。

 しかし、脚本がよくない。雑然としていて的が絞られておらず、何が描きたかったのか、よくわからない。
 とくに、尻切れトンボで“決着感ゼロ”の終わり方がひどい。

 わずか27年の劇的な生涯を駆け抜けたジミを主人公にしながら、よくまあここまで盛り上がらない映画にできたものだ。
 細部の作り込みはけっこうていねいなので、ジミヘン好きなら細部は楽しめる映画なのだが……。

『マリリン 7日間の恋』



 いまさらながら、『マリリン 7日間の恋』を映像配信で観た。2011年のイギリス映画。
 マリリン・モンローが1957年に英国に招かれて撮影した、ローレンス・オリヴィエ監督・主演の映画『王子と踊子』。その舞台裏で生まれた、サード助監督の青年コリン・クラークとの淡いロマンスを描いた実話である。

 とてもよい映画。モンロー役のミシェル・ウィリアムズにも違和感はないし、ヘタに大作にせず、約100分のこじんまりとした映画にしたあたりも好感が持てる。

 何より強烈な印象を残すのは、モンローのメンヘラ女ぶりである。
 睡眠薬の飲み過ぎで起きられずに撮影をすっぽかしたり、撮影中に演技に自信を失ってフリーズしてしまったり、スタッフがみんな自分を嫌っているという被害妄想に陥ったり……。

 この撮影からわずか5年後に、モンローは36歳の若さで謎の死を遂げる。その死をめぐってはケネディとの不倫をふまえた謀殺説があるが、「まあ、いずれにしても長生きできないタイプだったのだろうな」と思う。
 


 上に貼った高木壮太のツイートに私はいたく感銘を受けたのだが(わずか140字の中に一つの世界が構築されている。屈指の名ツイートだと思う)、マリリン・モンローこそ「史上最強のメンヘリエンヌ」だったのだと、この映画を観て思った。
 「狂気がキラキラ輝いてエロスを演出している『メンヘリエンヌ』」だからこそ、男は誰しも彼女にのめり込み、「ほっとけない」と感じて夢中になったのだろう。

「007シリーズ」コンプリート



 『ドクター・ノオ』(1962)から『スペクター』(2015)までの「007シリーズ」全24本と、番外編の『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(1983)、『007/カジノロワイヤル』(1967)の計26本を、ようやく全部観終わった。
 まあ、観たといっても映像配信で観たのだし、コンプリートしたからといって何の役にも立たないわけだが。

 ざっくりとした感想を書いておく。
 第1作から第7作までのショーン・コネリー期は、さすがにいま観ると古臭い。半世紀も前のスパイ映画なのだから当然だが。
 とくに、第1作『ドクター・ノオ』は低予算作品でもあったから、びっくりするくらいショボい仕上がりだ。
 あと、日本を主舞台とした第5作『007は二度死ぬ』(1967)は、ズレまくった日本像が爆笑ものの珍品。

 それでも、第2作『ロシアより愛をこめて』は、シリーズ最高傑作に挙げる人も多いだけあって、たいへん面白かった。脚本のよさ・ボンドガールの魅力・悪役のキャラ立ちと、それぞれの要素がハイレベルな傑作である。



 1作だけで降板してしまったジョージ・レーゼンビー主演の第6作『女王陛下の007』(1969)は、意外によかった。
 スラリとした長身のレーゼンビーはいかにも英国紳士然として魅力的だし(といってもオーストラリア出身だそうだが)、アクション・シーンでのキビキビした身のこなしも素晴らしい。



 第8作『死ぬのは奴らだ』(1973)から第14作の『美しき獲物たち』(1985)まで、7作にわたった最長のロジャー・ムーア期だが、私はこの時期の作品は総じて質が低いと思う。

 『死ぬのは奴らだ』は、ポール・マッカートニー&ウイングスの主題歌しか知らなかったが、初めて観てみたら、なんともひどい代物。
 何より、アメリカの黒人を悪の組織のボスにして、ハーレムやニューオリンズの黒人コミュニティを「悪の巣窟」のように描いている点がひどい。いまなら、ポリティカリー・コレクト的に完全アウトである。
 出てくる黒人たちの描き方も、いかにもステレオタイプで偏見に満ちている(そもそも、冷戦期の007シリーズのソ連の描き方も偏見に満ちているのだが)。

 ロジャー・ムーア期の特徴は笑いの要素が強まったことだが、ちょっとやりすぎ。
 笑いは007シリーズ共通のスパイスではあるが、あくまで「スパイス程度」だからよいのであって、コミカルな要素が強まりすぎると、『オースティン・パワーズ』などのスパイ映画パロディと区別がつかなくなってしまう。

 『スター・ウォーズ』ばりに宇宙を舞台の一つにした第11作『ムーンレイカー』(1979)なんか、もはや完全に「底抜け超大作」と化している。
 第13作『オクトパシー』(1983)も、興行的には大ヒットしたらしいが、映画としての出来は最悪だ。

 ただし、ロジャー・ムーア期でも、第10作『私を愛したスパイ』は素晴らしい。
 ド派手な見せ場の連続。ボンド・ガールはシリーズ屈指にチャーミングだし、悪役(鋼鉄の歯で人を噛み殺す巨漢「ジョーズ」)の造形も質が高く、時間を忘れて見入ってしまった。
 カーリー・サイモンが歌った主題歌「Nobody Does It Better」も、シリーズの全主題歌中で私はいちばん好きだ。



 第14作『美しき獲物たち』も、ロジャー・ムーア期では『私を愛したスパイ』の次によい。息もつかせぬアクションの連打だ。

 ただ、この作品の撮影時57歳になっていたロジャー・ムーアは、見た目がもう「おじいちゃん」で、アクション・シーンの「無理してる」感が痛々しい。アングロ・サクソンにありがちなことだが、50代に入ると一気に容姿が劣化して、年齢以上に老けて見えるのだ。

 第15作『リビング・デイライツ』(1987)と、第16作『消されたライセンス』(1989)の2作だけで終わってしまったティモシー・ダルトン期は、笑いの要素を抑え、シリアス・アクション的傾向を強めた点が好ましい。ダニエル・クレイグ期の作品を先取りしていたようなところもある。

 

 『リビング・デイライツ』も『消されたライセンス』も、大変面白い。ティモシー・ダルトン主演でもっと作ってほしかった。

 第17作『ゴールデンアイ』(1995)から第20作『ダイ・アナザー・デイ』までのピアース・ブロスナン期は、スパイ映画が作りにくいポスト冷戦期の新しい切り口を模索した時期とも言える。『ダイ・アナザー・デイ』では北朝鮮を主舞台の一つにするなど、工夫が感じられた。
 ロジャー・ムーア期の軽快さと、ティモシー・ダルトン期のシリアス路線の中間を行くバランス感覚も好ましかった。

 ただ、消える(=見えなくなる)ボンド・カーとか、人工衛星からのレーザー光で地上のすべてを焼き尽くす敵の秘密兵器とか、スパイ・ガジェットや武器が荒唐無稽になりすぎて、ちょっと興醒め。

 ピアース・ブロスナン期の4作は、どれもそこそこ面白いが、抜きん出た傑作はなかった気がする。

 『トゥモロー・ネバー・ダイ』でのミシェル・ヨーとの二人乗りバイク・スタントとか、『ワールド・イズ・ノット・イナフ』でのソフィー・マルソーの色っぽさとか、見どころはあるものの、作品としての完成度はいま一つ。
 しいて挙げるなら、最初の『ゴールデンアイ』がいちばんまとまっていたか。



 シリアスでスタイリッシュな21世紀のジェームズ・ボンド像を作り上げたダニエル・クレイグ期の4作は、ストーリーに無理やりな展開も散見するものの、エンタメとしての質はどの期よりも高いと思う。


『キングスマン』



 昨日は、取材と打ち合わせ。その間がポッカリ空いてしまい、一度家に帰るのも面倒なので、映画を観て時間つぶし。
 話題のスパイ・アクション映画『キングスマン』を観た。



 いやー、面白かった。
 『キック・アス』の監督(マシュー・ボーン)と原作者(マーク・ミラー)が再び組んだ映画なので、『キック・アス』のテイストがそっくりスパイ映画に持ち込まれた感じ。
 
 アクション・シーンは最初から最後までキレッキレ。バイオレンスに満ちているのにそれが少しも不快ではなく(人によるだろうが)、暴力描写がスタイリッシュ。

 凝りに凝ったスパイガジェットの数々も楽しいし、随所にブラックなギャグが盛り込まれていて、けっこう笑える。

 スパイ映画においては重要な悪役も、十分にキャラが立っている。とくに、プロのダンサーであるソフィア・ブテラが演じた、両足が義足の女殺し屋・ガゼルの素晴らしいこと。「世界一身のこなしが美しい悪役」だろう。

 ストーリー上、犬が大切な役割を果たすので、犬好きにはたまらない映画でもある。
 とくに、物言わぬパグが目で強く訴えかけてくる「あの場面」(観ればわかる)! あれはもう、映画史上に残る“犬演技”であろう。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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