『クローサー』

クローサークローサー
(2004/08/04)
スー・チー

商品詳細を見る


 『クローサー』をDVDで観た。2002年の香港・米国合作映画。
 台湾のスー・チー、香港のカレン・モク、中国のヴィッキー・チャオ――アジアの人気女優3人がゴージャスに競演したアクション大作だ。
 
 『チャーリーズ・エンジェル』をもっとシリアスにして、『マトリックス』的な電脳風味(ただしSFではない)と、『シティーハンター』や『キル・ビル』のテイストも加えてみました、という感じの映画。

 ストーリーはアホくさいといえばアホくさいのだが、純度100%の娯楽映画なのだから野暮な文句は言いっこなし。めっぽう美しい3人の女優が、美脚を見せつけたりするチラリズムのサービスをちりばめつつ、全編にわたって華麗なアクションをくり広げる。それだけで「おなかいっぱい」になる作品。つかの間の娯楽としてハイクオリティーである。

 アクション・シーンがどこをとってもスタイリッシュで、見ごたえ十分。

『北京の恋――四郎探母』

 『北京の恋――四郎探母』を観た。明後日から公開される中国映画。

 公式サイト→ http://pekingnokoi.jp/ 

 名作『さらば、わが愛/覇王別姫』などと同じく、京劇の世界を舞台にした作品である。京劇を学ぶために中国にやってきた若い日本人女性と、京劇俳優の青年との恋を描いている。
 だが、いまも残る日中戦争の傷痕が、2人の間を阻む厚い壁となって……というストーリー。
 日中復交35周年の今年公開されるにふさわしい(ただし、制作されたのは2004年)、「日中友好ムービー」だ。

 ヒロインを演ずる前田知恵は、日本よりも先に中国で脚光を浴びた女優である。昨年帰国し、いまはNHK教育テレビの「中国語会話」に出演中。

 この前田知恵が、もう、とにかくカワイイ。
 現在26歳で、撮影時23歳くらいなのだが、まるで少女のよう。小柄な体の全身から発散される、「けなげ感」とでも言うべきチャームにしびれた。
 この映画は、中国人の反日感情や(回想場面の)日本兵の描き方が図式的すぎるなど、作品としてはいろいろアラもあるのだが、前田知恵がカワイイから許す(笑)。 

『長江哀歌』

 京橋で『長江哀歌(エレジー)』の試写を観た。
 2006年のベネチア国際映画祭で金獅子賞グランプリを受賞し、審査員長だったカトリーヌ・ドヌーヴに絶賛されたという中国映画。8月18日公開。監督は『プラットホーム』『青の稲妻』のジャ・ジャンクー。
 最終試写に近い日だったのに、補助イスも出る盛況であった。

 公式サイト→ http://www.bitters.co.jp/choukou/

 「万里の長城以来の中国一大国家事業」といわれる、長江・三峽ダム建設(2009年完成予定)を背景に、中国の庶民の「人生の哀歓」を描いた作品。

 ダム建設によって水の底に沈む運命にある、古都・奉節(フォンジェ)。そこに、離別した妻子に16年ぶりに会うためにやってきた炭坑夫と、2年間音信不通になっている夫を探しにきた女。2つの物語が並行して綴られる。

 2人が行く先々で出会うのは、赤銅色に日焼けした労働者など、典型的な中国の庶民たち。
 主人公の炭坑夫を演じるハン・サンミンはプロの俳優ではなく本物の炭坑夫だそうだが、そのことが象徴するように、庶民たちの姿が鮮やかなリアリティで活写されている。まるでドキュメンタリーを観るよう。

 墨絵のような長江周辺の風景と、古都を壊して建設されていくダム。それは、中国の「歴史といま」の象徴でもある。
 ただし、ジャ・ジャンクーはそのどちら側にも立っていない。変わりゆく中国を批判的に描く映画でもなければ、古きよき中国をただ哀惜する映画でもないのだ。
 監督の眼目は、時代が変わっても変わらない庶民の生の営みを、一幅の絵画のように刻みつけることにあろう。英題は「STILL LIFE(静物画)」だが、そのタイトルどおり、静謐な美しさをもつ映画だ。
 ジャ・ジャンクーはまだ若い(1970年生まれ)のに、まあなんとも渋い映画を撮ったものである。

 描き出される庶民たちの姿は、ときに浅ましく、卑小で、愚かしい。しかし、監督はその卑小さ、愚かしさまでもあたたかい目線で包み込む。そして、名もなき人々の生が一瞬だけ放つ蛍火のような輝きを、感動的にとらえるのだ。

 ジャ・ジャンクーの映画はしばしば小津安二郎を引き合いに論じられるが、この映画でも、2人の主人公の静けさは小津的だ。どんな場面でもけっして大声を上げず、ただ静かに「哀しみを抱きしめる」その姿は、まるで昔の日本人のようだ。

『幸せの絆』

『幸せの絆』を観た。7月公開の中国映画。日本円にして約2500万円という低予算で制作されながら、中国で興業収入1位に輝いたというヒューマン・ドラマである。

 中国のメディアはこの映画を「大催涙弾」と評したのだそうだ。それくらい泣ける、ということですね。
 映画館の多くが「泣けなかった観客には入場料を払い戻します」なるキャッチコピーをつけて上映したそうだが、払い戻しを要求した観客は一人もいなかったのだそうだ。

 で、どういう映画かというと……。

 山西省の山間にある貧しい村に、7歳の少女・小花(シャオファ)が行き倒れていた。小花は孤児で、里親の虐待に耐えきれず、近くの村から逃げ出してきたのだった。

 村の老人・宝柱爺は小花を不憫に思い、引き取って暮らすことを決める。だが、老人と同居する息子とその嫁は、自分たちに子どもができない焦りも手伝い、小花につらく当るのだった。

 「おじいさんに恩返しがしたい」という一心で、子どもながらも懸命に家の手伝いをし、自分をいじめる嫁にもけっして恨みを抱かない小花。その一途なけなげさ、いじらしさは、村人たちの心を揺り動かし、ついには嫁の冷たい心をも溶かしていく。

 …とまあ、そんな感じのストーリー。
 『おしん』少女編と『小公子』『小公女』を足して3で割り、舞台を現代中国の農村に移した、という感じ。

 「けっして『お涙ちょうだい』ではないが、感動的」という常套句があるが、この映画はむしろバリバリに「お涙ちょうだい」である。これでもかとばかりにあざとい「泣かせ」の連打。
 しかも、「さあ、ここが泣き所ですよ」というシーンにさしかかると、時代がかったパセティックな音楽が鳴り響く。

 ヒロイン・小花があまりにも「いい子」すぎて、リアリティがない。「こんな、ひとかけらの邪心も持たない天使みたいな女の子、現実にはいないよ」と思えてしまう。

 それでも、クライマックスのシーンでは私もちょっと泣けましたが……。

『雲南の少女 ルオマの初恋』

 東銀座のシネマート試写室で、『雲南の少女 ルオマの初恋』を観た。6月16日公開の中国映画。

 公式サイト→ http://www.ruoma.jp/

 中国雲南省の少数民族・ハニ族の村を舞台にした、詩情豊かな初恋物語。17歳の少女・ルオマが、都会からやってきたカメラマンの青年に寄せる淡い想いを描いている。

 海抜2000メートルの山深い村。一面に広がる見事な棚田がすこぶる美しい。棚田の水面に映える夕陽、墨絵のように雲がかかった山々など、村の風景は我々日本人にとっても懐かしさを感じさせる。

 稲作の村であることも、「懐かしさ」の一因であろうか。「稲魂(いなだま)よ、私たちの田におりてきてください!」とリーダーが声高らかに叫んでから田植えが始まるなど、ハニ族の習俗もていねいに描かれ、興趣尽きない。

 田舎の純朴な少女が、都会からきた青年に恋をする――そんな図式の物語、いまの日本で作ったらどうやっても陳腐なものになるだろう。
 身分の差とか貧富の差とか、互いの「差異」こそがラブストーリーの大きな駆動力になるわけだが、隅々まで均質化され情報も行き渡った日本では、そうした差異はなかなか見出しにくい。

 だが、雲南奥地の村に都会の青年を放り込むと、差異がごく自然に成立する。なにしろ、ルオマの家には電気すら通っておらず、親がわりの祖母は糸車と手動の織機で布を織って生計を立てているのだ。

 ルオマの夢は、都会に嫁いでいく村の女性が教えてくれた、「エレベーター」というものに乗ること。都会の青年に「僕が君をいつかエレベーターに乗せてあげよう」と言われ、たったそれだけのことで顔を輝かせる。そんな純朴さがいじらしい。

 ルオマを演じるリー・ミン自身もハニ族の娘であり、出演当時はまったく演技経験がなかったという。ふつうの女優たちとはコードの異なるピュアな美しさで、観る者に強烈な印象を残す。彼女があこがれる青年が、客観的に見れば軽薄なダメ男であるあたりも、すこぶるリアル。
 派手さはないが、見ごたえある清冽な佳編だ。

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
31位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
22位
アクセスランキングを見る>>