『キングコング:髑髏島の巨神』



  『キングコング:髑髏島の巨神』を映像配信で観た。

 過去最大・身長31メートルのキングコングが大暴れする怪獣映画である。
 人間ドラマとしての深みなどは薬にしたくもないが、つかの間の娯楽としてハイクオリティ。



 私が初めてリアルタイムで観たキングコング映画は1976年のディノ・デ・ラウレンティス(プロデュース)版だが、41年前のあの作品と比べると、キングコングの動きなどのリアリティが大幅にアップ。

 キングコング以外の“怪獣”(人外魔境である「髑髏島」に棲む巨大生物)たちもみんな造型が素晴らしく、ヤツらが暴れまくる様子だけでも十分に楽しめる。

 ハワイやベトナムなど各地でロケしたという髑髏島の自然描写は、すごく美しい。
 また、ときおりオフビートな笑いが挟まれるのも、よいアクセントになっている。

 最初から最後まで、随所に見せ場が用意されていて、飽きない。
 序盤にキングコングがヘリコプターを次々と叩き落としていく場面の迫力だけで、並の映画のクライマックス級。見世物としての面白さはなかなかのものだ。

『マリアンヌ』



 『マリアンヌ』を映像配信で観た。
 ロバート・ゼメキス監督、ブラッド・ピット、マリオン・コティヤール主演のロマンティック・スリラー。



 映画評論家・小野寺系さんの「ブラッド・ピット主演『マリアンヌ』は、名画『カサブランカ』の美しい“偽物”だ」という素晴らしいレビューを読んで、「お、これはよさそうだ」と思って手を伸ばしたもの。

 なるほど、随所に『カサブランカ』へのオマージュが忍び込ませてある点や、滅法いい男といい女が常に観客の視線を釘付けにするところなどは、ハリウッド黄金時代の古き佳き名画のよう。

 映画の前半で描かれるのは、スパイとしての任務(ドイツ大使暗殺)のために夫婦を装った2人の間に、いつしか愛が芽生えていくプロセス。
 後半は、2人が本物の夫婦となり、娘も生まれてから、妻のマリアンヌに二重スパイ疑惑がかかるという展開。「果たして、マリアンヌの自分への愛は本物だったのか?」――それを確かめていくラブ・サスペンスである。

 前半と後半で微妙にタッチが異なり、またそれぞれに名場面が随所にあって、並の映画2本分楽しめる。

 サスペンスとロマンスの配合具合もちょうどいいし、適度にアクションもあるし、仏領モロッコなどの異国情緒も味わえるし、映画としてゴージャス。

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』



 『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』を映像配信で観た。



 ランサム・リグズのファンタジー小説を、ティム・バートン監督が映画化したもの。
 なんだか日本ではあまり話題にならなかった気がするが、観てみたら大変面白かった。

 グロい場面は少しあるが、エロ要素は皆無なので、子どもも一緒に観られる映画。それでいて、随所にティム・バートンらしい毒気もたっぷりあって、十分大人の鑑賞に堪える。

 空気より軽くて浮かび上がってしまう少女(飛んでいってしまわないように重い鉛の靴を履いている)、お腹の中にたくさんの蜂を飼っている少年、手から火を放つ少女など、それぞれ異能力を持つ子どもたちが、共に暮らす屋敷――。
 時間を操る能力を持つ「ミス・ペレグリン」はその屋敷の主人で、子どもたちの護り人である。

 屋敷は1943年9月3日にドイツ空軍の空襲を受けて破壊され、子どもたちは全員が死んだ。しかし、同じ時間をくり返す「ループ」と呼ばれる状態を作ることによって、空襲のあった日を永遠にくり返し、彼らは子どものままそこで暮らしている。

 現代の少年である主人公ジェイクは、かつてその屋敷の住人であったという祖父の死の謎を解くため、ウェールズにある屋敷に向かう。
 廃墟にしか見えない屋敷にジェイクが足を踏み入れると、そこは1943年9月3日の世界だった。

 ……という感じのストーリー。
 ミス・ペレグリンと、異能力を持った子どもたちのキャラクター造型が素晴らしく魅力的だ。心地よい酩酊感に満ちた、極彩色の悪夢という趣。

 異能力を持った子どもたちを「狩り」、その目玉を貪り食うことで人間の姿を取り戻そうとする「ホロー(悪の異能者)」たちと、ミス・ペレグリンたちとの戦いがストーリーの核になる。その戦いの中で子どもたちがそれぞれの異能力を活かしていくあたり、ファンタジーの王道という感じだ。
 ティム・バートン作品が好きな人なら楽しめる映画だと思う。

『ザ・コンサルタント』



 『ザ・コンサルタント』を映像配信で観た。



 田舎町の会計士が、じつは腕利きの殺し屋だった……という設定のアクション映画。
 
 地味な職業の主人公が、じつは百戦錬磨の戦闘マシーンで、封印していた能力を使って大暴れ……という物語は、『イコライザー』から『湯けむりスナイパー』に至るまで、たくさんある。
 本作もそのバリエーションの一つだが、一連の類似作の中で飛び抜けて奇妙な映画になっている。

 主人公が高機能自閉症で、軍人の父が「一人で生きていけるように」と、少年時代から格闘術や射撃術など、あらゆる特殊技能をスパルタで仕込んだ(おいおい)……という設定が、まずぶっ飛んでいる。

 それに、クライマックスの展開は、「予想の斜め上を行く」という言葉がピッタリのとんでもないもの。
 「えーっ? そんな決着のつけ方アリ?」、「電話の女の正体って、あの人? そんなのアリかよ!」と、目がテンになること請け合いだ。

 しかも、主人公が最後に行う「殺し」がある種のギャグになっていて、不謹慎ながらもつい爆笑してしまう(『インディ・ジョーンズ』第一作で、ハリソン・フォードが半月刀のアラブ人を無造作に射殺するギャグへのオマージュみたいな感じ)。
 全体が意外にシリアスだからこそ、突出した奇妙さを観客に与えるギャグである。

 ストレートにスカッとする映画ではなく、二重三重にヒネリが加えられた、変なアクション映画。でも、私はこの奇妙な味わいがけっこう気に入った。
 アクションには迫力があるし、ヒロインのアナ・ケンドリック(彼女を守るために主人公は闘う)はバンビみたいでキュートだし。

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』



 『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を映像配信で観た。



 『スター・ウォーズ』本編シリーズを補完する、スピンオフ・シリーズの第一弾。
 1977年の『スター・ウォーズ』第一作(『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』)の直前までが描かれている。
 第一作の冒頭でレイア姫がR2-D2に託した、銀河帝国軍の究極兵器「デス・スター」の設計図――それをどのようにして反乱軍側が手に入れたのかを、解き明かすストーリーなのだ。

 私は第一作を中学生時代に封切りで観たけれど、以後の『スター・ウォーズ』シリーズについてはよい観客ではなかった。正直言うと、第一作をあまり面白いと感じなかったのだ。

 が、この『ローグ・ワン』はとても面白かった。
 本作を、ゴジラ・シリーズにおける『シン・ゴジラ』に相当する作品として評価した映画評論家がいた。たしかに、これまでの『スター・ウォーズ』シリーズよりもリアリズムを追求した作品で、その点は『シン・ゴジラ』に近いかも。
 戦闘シーンがかなりリアルで、SFというより戦争映画のようなのだ。反乱軍兵士たちの薄汚れた感じもリアル。

 「ローグ・ワン」(反乱軍のはぐれ者たちからなる奪取部隊)の面々が、強大な帝国軍に押されて一人また一人と死んでいき、デス・スターの設計図という「希望」だけが残るクライマックスは、感涙必至である。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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