『アポカリプト』



 『アポカリプト』と『ハイ・フィデリティ』を、DVDで観た。まだ風邪が抜けないので、この3日間、家で映画ばかり観ている。
 『ハイ・フィデリティ』は再見。洋楽好きにはマストな「音楽オタク映画」の快作である。

 『アポカリプト』は、2006年のメル・ギブソン監督作品。
 いまごろになって観たのは、少し前に読んだ『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』の中で絶賛されていたから。



 マヤ文明時代のユカタン半島を舞台にしたアクション映画である。

 作り手(具体的にはメル・ギブソン)のオリエンタリズムによってマヤ文明の歴史が歪められている、との批判を呼んだ作品だという。

 しかし、そもそも「マヤ文明を正しく描くこと」が本作の主眼ではないと感じた。
 むしろこれは、単純明快な娯楽映画――具体的にはホラー風味のサバイバル・アクションである。エンタメとして斬新なものにするために、ハリウッド映画ではほとんど扱われてこなかったマヤ文明が素材として選ばれたにすぎないのではないか。

 アリに噛ませて“傷口を縫う”場面など、狩猟民族の生活のディテールが面白い。
 また、生贄にされそうになった主人公が追っ手から逃がれる緊迫のシークェンスには、“密林の逃走劇”ならではの仕掛けがちりばめられ、とても新鮮だ。たとえば、毒ガエルの毒と木のトゲを用いた即席の吹き矢で敵を倒したり……。

 オリエンタリズムは、狩猟民族の戦士たちが捕虜としてマヤ帝国に連れて行かれ、そこで太陽神に捧げる生贄として殺される場面に、とくに感じた。
 マヤ文明で生贄の儀式が行われていたこと自体は史実だが、その描き方が過度に侮蔑的だと思う。

 そのような歪みはあるにせよ、単純にエンタメとして観れば上出来だろう。
 後半はサバイバル・アクションとして一級。また、平和に暮らしていた部族がマヤ帝国の部隊に襲われ惨殺されていく前半は、身の毛もよだつ一級のホラーだ。
 それはあたかも、私たちの遺伝子に刻み込まれた、“原始時代に蛮族の襲撃を受けたときの恐怖”を思い出させるかのよう。原初的恐怖を感じさせる。
  
■関連エントリ→ 『パッション』

 

『LOGAN/ローガン』



 『LOGAN/ローガン』を映像配信で観た。



 「X-MEN」シリーズの主要キャラクター「ウルヴァリン」ことローガンの最期を描いた映画。
 同じマーベル・コミックから生まれた作品でありながら、昨日観た『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』とは正反対の、ダークでシリアスなストーリーだ。

 無敵のスーパーヒーローが老いて能力を衰えさせた落魄の姿が、リアルに描かれる。
 ローガンは運転手として働いて細々と生計を立て、認知症になった「プロフェッサーX」を介護しながら暮らしている。

 彼らと同じミュータントは、もう25年も生まれておらず、絶滅の危機に瀕していた。
 そんななか、ローガンは「ローラ」という11歳の少女を守ってノースダコタまで送り届けてほしい、という依頼を受ける。やがて、ローラもローガンと同種のミュータントであることが判明する。
 ローラたち(ほかにもミュータントの子どもたちがいる)を葬り去ろうとする組織から守るため、ローガンはボロボロになった体に鞭打って、最後の闘いに臨むのだった。

 ……と、いうような話。認知症の老人を介護しながら闘うヒーロー! こんなにシリアスでリアルなヒーロー映画は前代未聞であろう。
 最後に残った子どもたちに希望を託そうとするあたりも、少子化社会のメタファーに思えなくもない。世界一の速度で少子高齢化が進む日本に住む我々こそ、いちばんローガンに感情移入しやすいのではないか。

 まあ、そんなふうにこじつけなくても、ローガンのアメコミ・ヒーローらしからぬ悲壮な闘いぶりは、それだけで十分感動的だ。

 ローラ役の、すごく大人びた顔立ちの12歳の美少女、ダフネ・キーンの演技も強烈な印象を残す。

 彼女が聖書の一節の代わりに『シェーン』のセリフを読み上げるラストシーン(なぜ『シェーン』なのかは、観ればわかる)は、感涙必至である。
 ローラたち――最後に残ったミュータントの少年少女が希望の未来を探して旅立つ、余韻嫋々の幕切れ。それは、『スラン』から『地球へ…』に至るまで、あまたあるミュータント・テーマSFの名作の読後感に、勝るとも劣らない。
 
 エンタメではあるが、観る者に娯楽を超えた感動を与える傑作。
 

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』



 「敬老の日」の一昨日は、台風一過の青空の下、大阪の枚方市まで行き、講演(そんな柄じゃないんですけどね)。
 で、今週はやっと仕事が一段落なのだが、一段落したとたんに気が抜けたせいか、昨日は風邪で熱を出してしまった。

 そういえば、一昨日も新幹線の中で本を読む気がせず、行きも帰りもずっと寝ていた。疲れがたまっていたのだろう。
 
 喉も痛くて仕事する気が起きず、一日中寝床ですごす。今朝起きたらかなり体調がましになっていたが、いま私に電話するとガラガラ声が聴けます(笑)。

 昨日寝床で映像配信で観たのが、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』。2014年の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の続編。
 一連のマーベル・コミック原作のスーパーヒーローものの中では、コメディ色が強くて異彩を放つスペースオペラ・シリーズである。



 バカバカしいといえばバカバカしいのだが、けっこう好きである。
 要所要所で使われる(おもに)70年代ポップスの名曲群は、もろに私の思春期の甘酸っぱい記憶直撃だし……。

 

『ムーンライト』



 『ムーンライト』を映像配信で観た。



 アカデミー賞で8部門にノミネートされ、作品賞・助演男優賞・脚色賞の3部門を制覇した作品。
 たしかに秀作だが、アカデミー作品賞受賞作とは思えないほど、ものすごく地味な映画である。「ミニシアター系」という感じ。

 黒人コミュニティーの内側にも厳然と存在する差別(ゲイ差別や、「より黒い肌を持つ者」への差別など)や、貧困地域に蔓延するドラッグ禍など、米国の社会問題を扱いつつも、その描き方はあくまで個人的、かつ詩的で静謐である。「声高に社会問題を叫ぶ」ような映画ではないのだ。

 ジャンキーである母に、時にはネグレクトされ、時に暴言を吐かれて苦しむ子ども時代を送った主人公が、大人になってから自らもヤクの売人になるしかなかった、という「貧困の連鎖」の描写に、胸を衝かれる思いがした。

 それでも、物語の最後には、主人公の人生に一条の希望の光が差し込む。少年時代にたった一度だけ愛し合ったケヴィンと再会して和解を果たし、母親とも和解するのだ。

 子ども時代・少年時代・成人後と、3つの年代の主人公を演じた3人の俳優もよいが、私は母親役のナオミ・ハリスの演技に強い印象を受けた。彼女は、『マンデラ 自由への長い道』でのウイニー(マンデラの妻)役も素晴らしかった。

■関連エントリ→ 『マンデラ 自由への長い道』

 流麗なカメラワークと、光と色彩の緻密なコントロールも見事だ。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』



 ハリウッド実写映画版の『ゴースト・イン・ザ・シェル』を、映像配信で観た。



 巷では賛否両論で、とくにアニメ版(押井守版など)のファンには総じて不評のようだが、私はけっこう面白かった。
 「アニメ版とは別物」なのは当然であって、アニメを実写映像にただ置き換えただけなら、わざわざハリウッドで作る意味はないだろう。

 日本のマンガやゲームなどがハリウッドで実写化されると、奇妙奇天烈な珍作になる例が多いなかにあって、これはけっこう上出来。原作へのリスペクトも十分感じられる。
 何より、原作の哲学的テーマは保ちつつ、押井守版よりもずっと「わかりやすい」作品になっており、私はその点を買う。

 『ブレードランナー』の世界をもっとキッチュに極彩色にしたような未来都市の造型も、見ごたえがある。「意図的な悪趣味」という趣で、洗練ぶってないところがよい。

 スカーレット・ヨハンソンの“肉じゅばん”には苦笑したが、それを除けば美しく撮れているし、これはこれで一つの「少佐(草薙素子)」像としてアリだと思う。

 ただ、観た人の9割方はそう思うだろうが、荒巻課長役のビートたけしの演技がひどいったらない。滑舌悪いし棒読みだし、周囲がみな英語なのに一人だけ日本語で、違和感バリバリだし……。

 この記事によれば、たけしだけが日本語でセリフをしゃべるのは、彼自身が「下手な英語より、日本語でセリフを言いたい」と要望したためだという。
 その要望について、「製作側は猛反対だった」が、ルパート・サンダース監督が「大丈夫だから」と説得したのだそうだ。
 いやいや、大丈夫じゃないから。すっごくヘンだから。
 英語のうまい日本人俳優だっていまは多いのに、なぜわざわざたけし? いまのたけしは老害としか言いようがない。


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
28位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
20位
アクセスランキングを見る>>