佐藤敏章『手塚番 ~神様の伴走者~』



 佐藤敏章著『手塚番 ~神様の伴走者~』(小学館文庫/659円)読了。

 8年前に単行本が出たときから気になっていた本で、文庫化を機に初読。
 ちなみに、単行本では『神様の伴走者』のほうがメインタイトルだった。そのため、スポーツ書コーナーに置かれていた書店もあるらしい(笑)。そういう勘違いを避けるため、文庫版では『手塚番』をメインタイトルにしたのかも。



 タイトルどおり、各マンガ誌で手塚治虫の担当編集者(=手塚番)だった人たちへのインタビュー集。
 度外れた遅筆ぶり(※)など、断片的に知っていた「手塚伝説」の数々を、ひとまとめに読める面白さったらない。

※といっても、描くスピード自体はものすごく速かったらしい。キャパを大幅に上回る仕事を請けてしまうがゆえの「遅筆」だったのだ。

 すさまじいエピソードが随所にある。たとえば――。

「『鈴木氏、5分だけ、5分だけ眠らしてください』っていわれて、15分眠らせたら怒られて(笑)」
「『こんなに眠ったら、頭が元に戻らないですよ!』って」



 これほど命を削るようにして描き続けなかったら、手塚はもっと長生きできただろうに……。

「手塚さん、頼めば断らない人だから。掲載してくれる雑誌が山ほどあって、原稿の催促のために、そばに編集者が山ほどいてくれるっていうのが、手塚さんのベスト・コンディションですから」(丸山昭の発言)



 命を削ることと引き換えにした充実――そんな印象を受ける。本業がそれほど超多忙だったうえ、アニメも作り、さまざまな文化人活動にもいそしんでいたのだから、「毎日が修羅場」だったろう。

 トキワ荘グループのマンガ家たちを育てた編集者としても知られる丸山昭(『トキワ荘実録』という著書もある)へのインタビューに、いちばん感銘を受けた。
 丸山の次の言葉が印象的だ。

「手塚さん、わがままだし、やきもち焼きだし、原稿遅いし、約束守んないし。『こんな野郎とは、1日でも早く別れたい』と思うけど、遠く離れるとね、富士山じゃないけど、その高さ、姿の美しさがわかる。手塚さんが手塚番を虜にするのはそこですね」



 著者は「手塚番」の経験こそないが、『ビッグコミック』編集長も務めたベテラン・マンガ編集者。
 マンガ編集を知り尽くした聞き手だからこそ、細部の深掘りが的確だ。インタビューイたちも著者に胸襟を開きやすい。

 惜しいのは、本書の基になった連載が行われた当時、伝説的手塚番・壁村耐三がすでに物故していたこと。ただし、「壁村伝説」の一端は、他のインタビューイの話の中に登場する。

 汗牛充棟の「手塚本」の中でも、トップクラスの資料的価値と読み応えを持つ好著。

手塚るみ子『定本 オサムシに伝えて』ほか



 今日は、手塚治虫先生の長女・手塚るみ子さんを取材。高田馬場の手塚プロダクションにて。

 女性誌の「父の日」用企画「父を語る」のための取材である。
 手塚さんの著書『定本 オサムシに伝えて』(立東舎文庫)、『こころにアトム』(カタログハウス)を読み、以前読んだ『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(水木悦子・赤塚りえ子との共著)を再読して、取材に臨む。

■関連エントリ→ 水木悦子・赤塚りえ子・手塚るみ子『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』

 初対面の手塚るみ子さんは、取材スタッフに細やかな配慮をされる、「サービス精神と気配りの人」であった。

 〝偉大すぎる父を持ったがゆえの葛藤〟は特殊であるとしても、るみ子さんが語る「父と娘」の物語は普遍的で、娘を持つ父でもある私は深く胸打たれた。

山上たつひこ『大阪弁の犬』



 山上たつひこ著『大阪弁の犬』(フリースタイル/1728円)読了。
 マンガ家・小説家の二足のわらじを履く著者の、自伝的エッセイ集である。

 マンガ家としての創作活動の舞台裏など、「マンガ史の生きた資料」としての内容を期待して手に取った。もちろんそういうエッセイもあるが、分量は全体の半分くらい。

 残りは、少年期の思い出や、いまの金沢での暮らしぶりを地元誌に連載したものなど、いかにもエッセイ然としたエッセイである。むしろ「随筆」と呼びたい感じの……。

 ただ、マンガとは直接関係のないその手のエッセイも、とてもよい。優れた小説家でもあるのだから当然だが、山上は文章がうまい。「名文家」と呼んでいい域に達している。
 印象に残った一節を引いてみよう。

 漫画家とは漫画という製品を作る小さな町工場の経営者であり、作者自身も背を丸め、製品の納期に向けて汗を流す虫のような労働者の一人なのである。漫画家の社会的地位が向上したといわれる今も作業の本質は変わらない。
 私小説作家が自己をなぞり懊悩を語る。しかしなあ、とぼくは泣き笑いの表情になる。太宰治がもし漫画家だったら、「生まれて、すみません」などとうそぶく前に「もう十分だけ寝かせてくれ」と言ったに違いない。
 一週間の平均睡眠時間が三十分と少し。一度あの眠さ、徹夜の辛さを体験してみなさいよ。懊悩も何も、あなた。(「あの頃ぼくは眠かった」より)



 マンガ・ネタのエッセイでは、山上がデビュー前、大阪の「日の丸文庫」で貸本漫画の編集者をしていたころのことを書いた一連の文章が、とくに面白い。貸本漫画末期の様相をヴィヴィッドに伝える、貴重な資料でもある。

 『喜劇新思想大系』や『がきデカ』などの舞台裏を綴ったエッセイも読み応えがあり、マンガ家・山上たつひこのファンなら必読の一冊になっている。

■関連エントリ 
山上たつひこ『追憶の夜』
山上たつひこ『天気晴朗なれども日は高し』ほか

みなもと太郎『マンガの歴史』1



 みなもと太郎著『マンガの歴史』1巻(岩崎書店/1080円)読了。

 出たばかりの本。マンガ史研究家としても評価の高いマンガ家・みなもと太郎さんが、「画業50周年」を記念して刊行開始した、書き下ろし(語り下ろし?)マンガ史の第1巻。全4巻の予定とのこと。

 図版がただの一つも使われていないという、シンプル極まりない本。「マンガ史本」としては異例だが、当然、はっきりした意図の下にあえてそうした体裁をとったのだろう。 

 この巻は、手塚治虫登場前夜(戦前・戦中)のマンガ状況から説き起こされ、手塚およびトキワ荘の面々の活躍、劇画の誕生、貸本マンガの台頭、初期の少女マンガ、週刊少年マンガ誌の登場などが、手際よくたどられる。
 最後の章で光が当てられるのが『巨人の星』だから、次巻は『あしたのジョー』の話から始まるのだろう。

 200ページに満たない本だからサラッと読めるが、マンガ史の肝を的確に押さえた記述はさすがだ。
 そして、『風雲児たち』の作者らしく、独自の確固たる「マンガ史観」が全編の底に流れていて、その史観に沿って戦後マンガ史をたどる内容になっている。各章がブツ切りになっておらず、日本のマンガ史が一つの太い流れとして理解できるのだ。

 蒙を啓かれる記述も多い。
 たとえば、私は「『あしたのジョー』はいま読んでもすごい名作だが、『巨人の星』はいま読むとお笑いマンガでしかない」と軽んじていたが、『巨人の星』がマンガ史においていかに画期的であったのかが、本書で初めて理解できた。

 「マンガ史本」はこれまでにも少なくないが、本シリーズこそ決定版になるのではないか。全4巻、買い続けることを決定。

 そういえば、『風雲児たち』は三谷幸喜脚本で来春のNHK正月ドラマになるとか。慶賀に堪えないが、「どうせなら大河ドラマにすればいいのに」と思ってしまった。

■関連エントリ→ みなもと太郎『レ・ミゼラブル』

三田紀房『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術』



 三田紀房著『徹夜しないで人の2倍仕事をする技術――三田紀房流マンガ論』 (コルク/378円)読了。
 電子書籍が安かったので買ってみたもの。通常の紙書籍の半分くらいのボリュームしかないので、サラッと読める。

 『ドラゴン桜』などのヒット作で知られるマンガ家・三田紀房が、自らのマンガ術・作劇術を語り下ろしたもの(構成者の名が記されていないが、ライターか編集者がまとめたものと思われる)。

 本書で明かされている著者の仕事ぶりは、まるで『ドラゴン桜』の主人公・桜木のように、業界の常識にとらわれない合理的なものだ。徹夜してヘロヘロの状態では生産性が上がるわけがないから、徹夜はしない。会社員のように自分もアシスタントも9時5時で働き、〆切は守る、などなど……。

 著者は、西武百貨店でサラリーマンとして働き、父のあとを継いで家業の衣料品店を経営したあと、30歳で生まれて初めて描いたマンガでデビューした――という経歴の持ち主。
 それだけに、子ども時代からマンガ家を目指していた人とは、発想そのものが違う。一つのビジネスとして、生産性をつねに考えながらマンガ作りに取り組んでいるのだ。

 あなたが個性を探しているプロセスには、誰も一円もお金を払わない。完成原稿にしか価値はないのだ。それなのに、マンガ家をはじめ多くの表現者が自分の個性を見つけることにばかり力を注ぎ、作品を作ることを忘れている気がしてならない。
 個性なんて気にするな! そんなものはなくていい。先人から大いに学び、多少表現をパクってもどんどん原稿を作っていこう。それが、マンガ家として生きていくということだ。



 ……などという割り切った考え方が披露される、異色のマンガ論である。
 『ドラゴン桜』や『インベスターZ』、『砂の栄冠』など、ヒット作の設定を決めるまでの舞台裏が語られる部分は、マンガ家志望者などにとって大いに参考になるだろう。

 ただ、初めて描いたマンガでいきなりデビューしたことからわかるとおり、この著者もある種の天才なのだと思う。
 ゆえに、本書で著者が「◯◯なんて簡単だ」と言っていることの多くは、凡人にとっては非常に難しいことであり、とても内容を鵜呑みにはできない。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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