佐々木閑・宮崎哲弥『ごまかさない仏教』



 佐々木閑(しずか)・宮崎哲弥著『ごまかさない仏教――仏・法・僧から問い直す』(新朝選書/1512円)読了。
 
 守備範囲の広い評論家である宮崎哲弥は「仏教者」でもあって、仏教関係の著作も多い。その分野の最新著作『仏教論争』(ちくま新書)は、私には難解すぎて手に余り、途中まで読んで投げ出した。

 が、昨年出た本書は、対談形式なので読みやすい。
 随所に「(笑)」も飛び出すなごやかな雰囲気の語らいは、ごく一部に解釈の違いが見られるものの、おおむね意気投合した形で進む。

 ただ、読みやすいとはいえ、内容は高度。帯には「最強の仏教入門」とあるが、仏教の知識ゼロの人が読んだらチンプンカンプンに違いない。仏教についての基礎的素養はある人が対象である。

 「仏・法・僧から問い直す」という副題のとおり、仏教における「三宝」たる仏・法・僧(僧侶という意味ではなく、サンスクリットの「サンガ」=出家修行者の集団の意)のそれぞれについて、章を立てて掘り下げていく内容だ。
 
 初期仏教を正統と見なし、大乗仏教は別物と捉える観点から作られているので、大乗仏教徒や日本仏教しか知らない向きには、違和感を覚える箇所も多いだろう。それでも、仏教に関心ある読者にとっては、立場を超えて得るものの多い上質の対談集である。

 一読して驚かされるのは、第一線の仏教学者である佐々木と、宮崎が対等に伍しているところ。宮崎の仏教についての知見は幅広く、かつ深い。

 宮崎哲弥の仏教対談といえば、師匠筋に当たる評論家・呉智英と編んだ『知的唯仏論』がある。
 同書は呉と宮崎の仏教理解に差がありすぎて、呉が聞き役に回った箇所が多く、丁々発止の応酬になりきれないうらみがあった。そのことを宮崎も不満に思い、同書のリベンジマッチ的な意味合いで佐々木と対談したのかもしれない。

■関連エントリ→ 呉智英・宮崎哲弥『知的唯仏論』

 本書は、次のような構成となっている。

序章 仏教とは何か
第一章 仏――ブッダとは何者か
第二章 法――釈迦の真意はどこにあるのか
第三章 僧――ブッダはいかに教団を運営したか


 
 そのうち、第二章の「法」は、縁起・苦・無我・無常についてそれぞれ深く掘り下げたもので、途中、私には議論が高度になりすぎてついていけなくなった。が、それ以外の章は大変面白い。

 以下、私が付箋を打った箇所のいくつかをメモ代わりに引用する。

(釈尊の「四門出遊」は)まさに「仏教はこういう宗教だ」ということを見事に表現しているんですね。老と病と死、この三つは人間にはどうしても避けることのできない苦しみである。もう絶望するしかないと思ったら、最後に修行という道があることが示される。この話は、仏教が何を目指す宗教かということを、人々にきちんと伝える働きがある(佐々木の発言/59ページ)



 私はかつて「完全無欠の理想社会が訪れようが、そこでも解消できないような『この私』の苦しみこそが仏教本来の救済対象』と極言したことがあります。まあ原理を明確にするための極端な言い方ですけどね(笑)(宮崎の発言/61ページ)



 仏教では、瞑想は悟りにいたるための単なるスキルにすぎないという位置づけです。(佐々木の発言/64ページ)



 仏教は初めから都市宗教として出発したのです。人気のない山奥でひっそりと修行に専念する僧侶の姿を私たちはよくイメージしますが、そういうことは実際にはありえないのです。仏教というのは、支えてくれる在家信者たちのそばにいなければ成り立たない宗教なのです(佐々木の発言/81ページ)



 私は、もし釈迦が出家してなかったら自殺しているだろうといつも言っているんです。出家によって、はじめて自分で自分を救う道を見つけることができて、釈迦は救われたんです(佐々木の発言/91ページ)



宮崎 私はかねてより、仏教に限らず、多くの宗教がなぜ性行為を禁じたか、という点については持論がありましてね。
 明け透けにいえば、セックスは宗教のライバルだからだ、と思うのです。性行為によって得られるエクスタシーは、宗教的法悦や忘我の状態に非常に近いものがある。逆に密教になると、性的エクスタシーを悟りに利用するようになります(265ページ)



■関連エントリ→ 佐々木閑『集中講義 大乗仏教』
 

植木雅俊『法華経(100分 de 名著)』



 植木雅俊著『法華経(100分 de 名著)』(NHK出版/566円)読了。
 
 NHK・Eテレの教養番組『100分de名著』の本年4月放映分テキスト。例によって私は元の番組を観ておらず、新書感覚でテキストのみ読んでみた。

 これは素晴らしい一冊。サンスクリット語原典からの法華経全編和訳(現代語訳)を成し遂げた仏教思想研究家の著者ならではの、質の高い法華経概説書になっている。

■関連エントリ→ 植木雅俊『仏教、本当の教え』

 知識ゼロの状態から入門書として読むには、やや高度な内容。
 だが、法華経について一通りの知識がある人が読むと、「なるほど、そういうことだったのか!」と、目からウロコが落ちる感動を随所で味わえる。

 一例を挙げる。
 「常不軽菩薩品」に登場する「不軽菩薩」は、仏道修行の基本とされる経典読誦を一切していないが、それはなぜかと著者は問いかける。そして、そのことの意味を解説するなかで、次のように書くのだ。

 経典を読まないこの菩薩の振る舞いが『法華経』の理想に適っていたということは、仏道修行の形式を満たしているか否か、あるいは仏教徒であるか否かさえも関係なく、その人がどんな相手のことも尊重するのなら、その人は『法華経』を行じているととらえてよいことになるでしょう。逆に、仏道修行の形式を満たしていても、人間を軽んじるようなことがあれば、それはもはや仏教とは言えない。私はそこに、宗派やイデオロギー、セクト主義の壁などを乗り越える視点が提示されているように思うのです。



 そのうえで、著者はネルソン・マンデラやキング牧師を例に挙げ、「そうした人たちの信念と行動も『法華経』の実践と言っていいのではないか」と、なんとも大胆な主張を展開する。

 こうした〝開かれた法華経観〟は、素晴らしい。いわゆる「宗門的」な内向きに閉じた論ではない、21世紀にふさわしいグローバルな法華経解説の書だ。

 発売時に買ったものの、厚さにおののいて「積ん読」のままになっている著者の『ほんとうの法華経』(橋爪大三郎との共著)も、読んでみよう。
  

佐藤優・ナイツ『人生にムダなことはひとつもない』



 佐藤優・ナイツ著『人生にムダなことはひとつもない』(潮出版社/1000円)読了。

 「知の巨人」とお笑い芸人という、異色の組み合わせの対談(厳密には鼎談)集。
 佐藤さんの数多い対談集の中でも、ひときわ異彩を放つ一冊である。

 「この組み合わせで実りある対話になるのか?」と首をかしげる向きもあろうが、実際に読んでみれば両者は意気投合しているし、読み応えある対談集に仕上がっている。

 佐藤さんの対談集で重きをなすことが多い国際情勢の分析などは、さすがに本書では皆無に近い。
 帯に「作家とお笑い芸人が“人生と信仰を語りつくす!”」との惹句があるように、本書のメインテーマは「人生と信仰」なのだ。

 「あとがき」で、佐藤さんは次のように書いている。

 

 私の理解では、宗教には二つのタイプがある。
 第一は、その人の人生にとって部分に過ぎない宗教だ。
 (中略)
 これに対して、宗教が信仰者の人生の中心に据えられ、あらゆる行動が信仰によって規定されるという第二のタイプの宗教がある。



 ナイツの2人も、佐藤さん自身も、「第二のタイプ」の信仰を持つ人だ。
 その視点から、互いの半生を信仰というフィルターを通して赤裸々に語り合ったのが本書であり、信仰を持つことの意味――とくに、人生の逆境における意味が、力を込めて語られている。
 
 ……というふうに紹介すると、辛気臭い本に思われてしまうかもしれない。が、基本的にはとても楽しく読める本である。
 練達のお笑い芸人とベストセラー作家という組み合わせゆえ、読者を楽しませる配慮が随所に光っているからだ(ナイツによる「まえがき」は、ほぼ漫才台本)。

佐々木閑『集中講義 大乗仏教』



 佐々木閑(しずか)著『別冊NHK100分de名著 集中講義 大乗仏教――こうしてブッダの教えは変容した』(NHK出版/299円)読了。

 本日の「Kindle日替わりセール」で安かったので買ってみたもの。面白くて朝から一気読み。

 書名のとおり大乗仏教の概説書ではあるものの、そもそもの釈尊の教えがどういうものかについてもそれなりの紙数で語られるため、「仏教入門」として読むことができる。
 
 著者の大学での教え子である一人の社会人学生(30代男性)との対話を元にしているそうで、本文も問答形式になっている。
 そういう成り立ちのせいもあって、非常にわかりやすい。また、対話相手となった学生も聡明な人物のようで、著者に投げかける質問は時にすごく鋭い。

 仏教の「基本のき」から説き起こしたうえで、かなり高度な内容にまで踏み込んでおり、私にも目からウロコのくだりがたくさんあった。
 それでいて、語り口はあくまで平明で、そのリーダビリティは池上彰ばりである。

 著者は原始仏教が専門の仏教学者だから、ホンネでは大乗仏教を見下しているのかもしれない。が、少なくとも本書の中では、「誰かにとって救いになる教えには等しく価値があり、どの仏教が上だということはない」というスタンスをとっている。ゆえに、大乗仏教徒にも抵抗なく読める。

 「こうしてブッダの教えは変容した」という副題のとおり、釈尊の教えが大乗仏教に変容していくプロセスが丹念に理路整然と辿られており、変容の解説書として優れている。

石川明人『キリスト教と戦争』



 Amazonの電子書籍読み放題サービス「Kindle Unlimited」が本日スタートしたので、さっそく登録。
 ざっと見た範囲では、ラインナップはまだ貧弱。とくに、マンガは「読み放題」というほどではない。

 とはいえ、月額980円という安さだから、本や雑誌をたくさん買う人なら、間違いなく元は取れる。
 たとえば私の場合、『サイゾー』と『ニューズウィーク日本版』と『サンデー毎日』がタダで読めるだけでも、十分ペイする。

 一度に10冊までしかダウンロードできない仕組みになっている。
 つまり、それ以上読みたい場合、10冊のうちのどれかを「利用終了」(=削除)しなければならないのだ。ゆえに、所有欲は満たされないし、何度も読み返す本はけっきょく別に買うことになるだろう。

 「なんだよ、全然 Unlimitedじゃないじゃん」と思ったのだが、これはなかなかうまい仕組みだと思う。無限にダウンロードしたままにできるのなら、それこそ誰も本など買わなくなってしまうだろうし……。

 
 昨日は都内某所で、カトリックの信徒団体「聖エジディオ共同体」のアルベルト・クァットルッチ事務総長を取材。テーマは、同団体が長年進めてこられた死刑廃止運動について。

 バチカンの関係者を取材するのは初体験。バチカンといっても信徒団体だからか、ダンディで陽気なイタリア紳士であった。

 カトリックの人を取材したからというわけではないが、行き帰りの電車で、石川明人著『キリスト教と戦争――「愛と平和」を説きつつ戦う論理』(中公新書/886円)を読了。

 映画『プライベート・ライアン』に、兵士たちがロザリオに口づけして神に祈りを捧げてから銃を撃つ場面があった。我々非キリスト教徒にとっては驚かされる場面である。
 「愛と平和」を説くキリスト教を信仰しながら、なぜ戦えるのか? なぜ銃で人が撃てるのか? その理由を、キリスト教の歴史と内在論理を紐解きながら解説していく本。

 印象に残った一節を引く。

 もし最初からすべてのキリスト教徒が「平和主義的」に振る舞っていたら、キリスト教徒は絶滅していたか、せいぜい小さいセクトであるにとどまっていたのではないかと思われる。後のキリスト教徒は、実際には、異教徒や他教徒を迫害し、戦争や植民地支配を行って勢力を拡大し、安全保障にも現実的に取り組むことで、生存し、仲間を増やしてきた。今現在も、世界中いたるところに二三億人ものキリスト教徒がいるということが、少なくとも主流の教派は、決して純粋な非暴力主義でも完全な平和主義でもなかった証拠であろう。キリスト教は真理であるから世界に広まったのだ、などと思い込んでいるとしたら、それはナイーブというよりむしろ傲慢である。



 二一世紀現在でも、絶対平和主義と正戦論との間ではさまざまな議論がなされている。キリスト教信仰に基づいた絶対平和主義者の声も、決して小さいわけではない。しかし、キリスト教主流派の歴史においては、やはり条件付きで戦争を肯定するのが基本的なスタイルとして引き継がれてきたのである。そうした思想は、五世紀にはすでに明らかな形で現れ、一三世紀以降はある種の権威・伝統さえ有するようになって現在にいたっているというのが、端的な事実なのである。



 私にとっては目からウロコが落ちまくる内容だった。キリスト教に対する認識が変わる良書。
 仏教の視点から「宗教と平和」の問題を考察した松岡幹夫氏の『平和をつくる宗教』(これは名著)と、併読するとよいと思う。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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