塙宣之『言い訳――関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』



 塙宣之著『言い訳――関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』(集英社新書/820円)読了。

 「ナイツ」の塙宣之の語り下ろしによる「M-1グランプリ」論。――と、一言で説明すればそうなるのだが、それだけには終わらない奥深さを具えた本である。

 聞き手を務めるのは、講談社ノンフィクション賞も受賞したノンフィクションライターの中村計。彼の構成の巧みさもあって、読みやすいが内容は濃く、一冊の本としてよくできている。

 全90問の「Q」が、小見出しの代わりになっている。この構成は、わりとコロンブスの卵。
 通常の本のように小見出しで内容をつないでいく形にするより、読みやすさが増している。

 『言い訳』というタイトルは、〝チャンピオンになれなかったナイツ(3年連続で決勝には進出)の塙がM-1を論じても、言い訳にしか聞こえないと思うが……〟という苦い自虐を孕んでいる。

 本の成り立ちとしては、「髭男爵」山田ルイ53世の『一発屋芸人列伝』に近い。
 自らも一発屋芸人である山田が、自分たちを含む一発屋芸人たちを描いた同書は、彼にしか書き得ない本であった。

■関連エントリ→ 山田ルイ53世『一発屋芸人列伝』『ヒキコモリ漂流記』

 同様に本書も、M-1グランプリの頂点目指して戦い、現在はM-1の審査員も務める塙にしか作り得ない本になっている。

 みなもと太郎さんや夏目房之介氏のマンガ評論がそうであるように、〝実作者にしか持ち得ない、深い批評眼〟というものがある。
 本書で全編にわたって展開されるM-1批評――各年のM-1で優勝を争った漫才師たちへの批評――もしかり。そこには、評論家による漫才批評にはない臨場感と納得感がある。

 M-1グランプリを毎年熱心に観ている人ほど、本書は面白く読めるだろう。だが、そうではない私のような者にも、十分に楽しめる。いまはYou Tube等で、本書で言及されている「◯◯年決勝第1ラウンドの〇〇のネタ」が後から見られるし……。

 M-1歴代王者のストロングポイントの絶妙な解説が、本書の中心になる。が、それだけには終わらない。M-1論が漫才論になり、お笑い論になり、ひいては関西・関東のお笑い比較文化論にもなるのだ。

 「M-1審査員が贈る令和時代の漫才バイブル」という帯の惹句にウソはない。M-1を目指す漫才師の卵が本書を読んだなら、M-1必勝法をつぶさに明かしたバイブルになるだろう。
 本書をボロボロになるまで読み込んで優勝するような芸人も、やがては出てくるかもしれない。

 だが、一方で、塙は次のようにも言う。

 いちばんやってはいけないことは、M-1を意識し過ぎるあまり、自分の持ち味を見失ってしまうことです。
(中略)
 M-1に挑戦するという若手に僕はよく「優勝を目指さないほうがいいよ」とアドバイスします。心からそう思えるようになったとき、初めて自分らしさが出ますから。
 M-1の「傾向と対策」は存在します。できることはしたほうがいい。でも最終的には、今の「自分」で戦うしかない。(117ページ)



 ナイツの軽やかな笑いの背後に、これほど深い「笑いの哲学」があったのかと、感銘を覚える。
 ……というと、堅苦しい内容を想像されてしまうかもしれないが、そうではない。何よりもまず、楽しく笑える本である。

 M-1グランプリの楽しみ方、漫才の楽しみ方がいっそう深まる一冊。

■関連エントリ→ 佐藤優・ナイツ『人生にムダなことはひとつもない』

末井昭『自殺会議』



 末井昭著『自殺会議』(朝日出版社/1814円)読了。

 同じ版元から2013年に出た『自殺』の続編というか、スピンオフ本というか。

 子どものころに母親をダイナマイト心中で喪った末井昭は、そのことを起点に、自殺についての論客(末井に似合わない言葉だが)として遇されるようになった。『自殺』は、その分野の言論活動における最初の集大成であった。

■関連エントリ→ 末井昭『自殺』

 『自殺』は基本的にはエッセイ集で、エッセイの合間に末井によるインタビュー(相手は、両親を自殺で一度に喪った女性、長年青木ヶ原樹海をパトロールしていた作家の早野梓など)が入っていた。

 本書は、その対話部分のみを広げたような構成。「それぞれ自殺に縁のある方々」へのインタビューや対談が集められている。ゆえに、タイトルが『自殺会議』なのだ。

 登場するのは、統合失調症で自殺未遂の経験があるお笑い芸人の松本ハウス、母親を自殺で亡くした作家の岡映里、長男を自殺で喪った映画監督の原一男など、計11人。

 本書の根源的な企画意図は自殺防止推進にあるのだろうが、末井のことだから、「死んじゃいけないよ!」と声高に訴えるような内容にはなっていない。その点は前作『自殺』と同じ。

 「まえがき」にはこうある。

『自殺』を書く上でのモットーは「面白い自殺の本」でしたが、それはこの本にも引き継がれています。死にまつわる深刻な話をしているのに、ついつい笑ってしまうところもあるかもしれません。そういう箇所がありましたら、バカなことを言っているなと思って笑ってください。そうすれば、死にたい気持ちも薄らぐと思いますよ。



 本書の最後に収められた、画家・弓指寛治(母を自殺で喪ってから、自殺をモチーフにした絵を描き始めて脚光を浴びた人)との対談などはまさにそうで、自殺についての対談にもかかわらず、「(笑)」がたくさん出てくる。

 また、自殺の名所・東尋坊で自殺企図者を救う運動を長年つづけてきた茂幸雄との対談では、茂は対談中ずっと酒を飲んでおり、酔っぱらった状態で話をしている。茂の活動を「美談」として報じたい一般マスコミなら、そんなことはわざわざ書かないだろう。

 以上のようなことは、ほかの書き手が真似をしたら「不謹慎だ」と批判を浴びるだろう。末井昭のキャラだから許される特異な「芸」なのだ。

 随所にハッとするような卓見、ずしりと重いエピソードがあり、読み応えのある一書である(岩崎航、弓指寛治との対談はとくに深いと思った)。

2018年に読んだ本BEST10




 年末恒例の「今年のBEST10」、まずは一般書のBEST10から。
 例によって「小説は除く」という縛りをかけ、今年刊行された本から選んだ。
 
 順不同で、読んだ順に並べただけだが、この中からしいてBEST3を選ぶとすれば……。

シッダールタ・ムカジー『遺伝子――親密なる人類史』
 サイエンス・ノンフィクションでありながら、物語の醍醐味が味わえる大著。

ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス――テクノロジーとサピエンスの未来』
 前作『サピエンス全史』よりは一段落ちる。それでも再読三読に値する、壮大なる未来図。

松林薫『迷わず書ける記者式文章術――プロが実践する4つのパターン』
 文章読本の新たなスタンダードとして、長く読み継がれるであろう名著。

 タイトルをクリックすると、当ブログ(もしくは「ブクログ」)のレビューに飛びます。

竹中千春『ガンディー 平和を紡ぐ人』

橘玲『80's (エイティーズ) ――ある80年代の物語』

シッダールタ・ムカジー『遺伝子――親密なる人類史』

松林薫『迷わず書ける記者式文章術』

植木雅俊『法華経(100分 de 名著)』

山田ルイ53世『一発屋芸人列伝』

ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』

竹熊健太郎『フリーランス、40歳の壁』

呉智英『日本衆愚社会』

鈴木智彦『サカナとヤクザ――暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』

■次点
原田隆之『サイコパスの真実』
山口周『劣化するオッサン社会の処方箋――なぜ一流は三流に牛耳られるのか』
梯久美子『原民喜――死と愛と孤独の肖像』

アグネス・チャン、金子アーサー和平『子育てで絶対やってはいけない35のこと』



 今日は、歌手のアグネス・チャンさんを取材。都内某所の事務所兼ご自宅にて。
 アグネスさんを取材するのは数年ぶり。還暦を過ぎているのに、相変わらずお美しい。スタイルもまったく変わらない。

 今回は、婦人誌の「母の日」特集のために、お母さまの思い出を語っていただく取材。
 私自身が1ヶ月前に母を亡くしたこともあり、ひときわ胸に迫るお話であった(アグネスさんのお母さまはご健在である。念のため)。

 資料として、出たばかりのアグネスさんの新著『子育てで絶対やってはいけない35のこと』(三笠書房/1404円)を読んで、取材に臨む。
 3人の息子さんが全員米スタンフォード大学に進み、すでに成人されたアグネスさんが、子育てにおいて気をつけてきたことを綴ったもの。

 ……というと、勉強法が中心の本だと思われるかもしれないが、そうではない。
 むしろ、「こういうふうに勉強を教えた」という話はほとんど出てこない。息子さんたちが両親の愛情を感じてのびのびと育ち、楽しく生きていけるような環境づくりのほうに、重点が置かれているのだ。

 そういえば、私がこれまでに取材で出会った頭のいい人たち(第一線の科学者とか)に子ども時代のことを聞いた経験では、親御さんから「勉強しろ!」と口うるさく言われて育ったという人はいなかった。
 大切なのはガミガミ叱ることではなく、「勉強は楽しい」と思えるような環境づくりなのだろう。

 なお、『子育てで絶対やってはいけない35のこと』には、35個の各項目のあとに、ご長男の和平(かずへい)さんが、その項目についていまどう感じているかを1ページ分ずつコメントしている(ゆえに共著)。
 親の見方と子どもの見方の両面が見られる立体的な作りで、それがとてもよい効果を上げている。

神田桂一・菊池良『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』



 神田桂一・菊池良著『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』(宝島社/1058円)読了。

 「カップ焼きそばの作り方」というお題で、古今東西の文豪から現代日本のお笑い芸人やブロガーまで、計120人分のパスティーシュ(文体模写)をやってみた本。
 昨年6月に刊行された第1弾が15万部突破のベストセラーになったのを受け、昨年末に刊行された第2弾である。


↑こちらが第1弾。

 いちおう全部読んだけど、さっぱり面白くなかった。
 パスティーシュは本来、高度な文章力・批評力・笑いのセンスを兼備していないと書けないものだ。表面的な言葉遣いだけ似せればよいというものではない。本書は、パスティーシュとしての完成度が総じて低い。
 
 本書の120人分のパスティーシュのうち、私が笑えたのはたった2つのみ。
 1つは宮崎駿へのインタビューのパスティーシュで、これはよくできていると思った。
 もう1つは辻仁成の項で、「(麺とソースをかき混ぜながら)やっと和えたね。」という一行だけのネタ。クダラナイけど笑ってしまった。

 それ以外の118人分は、1ミリも笑えなかった。
 とくに、私自身が強い思い入れを持っている竹中労と西村賢太のパスティーシュは、あまりの似ていなさに腹が立ってきたほど(※)。おそらく著者たちは、竹労にも賢太にも思い入れがないし、愛読者でもないのだろう。

※なにしろ、西村賢太のパスティーシュなのに「慊い」すら使われていないのである。

 逆に、吉行淳之介のパスティーシュはわりとよくできていて、著者のどちらかが愛読者なのだろうなと感じた。
 思い入れもリスペクトもない相手の文体を真似ても、表面しか似せられないのは当然だ。

 パスティーシュとしての質は、類書である星井七億の『もしも矢沢永吉が「桃太郎」を朗読したら』のほうが、はるかに上だと思う。

 ただ、私は第1弾を読んでいないので、もしかしたら、第2弾の本書は出がらしのようで質が低く、第1弾は質が高いのかもしれない。
 でも、あまりにつまらなかったので、いまから第1弾を読もうとは思えない。

 本書の著者たちは、和田誠の名著を復刊した『もう一度 倫敦巴里』の“『雪国』(川端康成)パスティーシュ”の妙技を熟読玩味し、もう少し腕を磨くべきだ。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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