エフ=宝泉薫『痩せ姫』



 エフ=宝泉薫著『痩せ姫――生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ/1944円)読了。

 摂食障害による「生きづらさ」を抱えた女性たちについて、さまざまな角度から綴った本。
 精神医学の視点から、あるいは社会問題として摂食障害を取り上げた本なら、これまでにもたくさんあっただろう。そうした過去の類書では当然、摂食障害は「治療すべき心の病」としてのみ扱われてきた。だが、本書はその点が大きく違う。

 著者は1964年生まれ(私と同い年)の男性であり、「痩せ姫」(摂食障害で極度に痩せた女性たち)の「容姿と精神性」に「特別な魅力を感じている」人物。いわば「痩せ姫萌え」の人なのである。

 そんな特異な嗜好をもつ著者が、「病気や不幸といった世間的枠組みに幽閉されているかのような痩せ姫たちの真の魅力を伝えることで、本人そして周囲になんらかの変化が生じ、その生きづらさが少しでも軽減されればと願って」書いたのが、本書なのだ。

 おそらく、世界的に見ても珍しい奇書。「摂食障害をこんなふうに扱うのは不謹慎だ」と眉をひそめる人もいるだろうし、「痩せ姫萌え? キモいおっさん!」と思う女性もいることだろう。

 だが、私は本書を大変面白く読んだ。書き手が本気で「売れようが売れまいが、誰にどう思われようが、俺はこの本を書きたくてたまらないんだ」と思って書いた本にしか出せない熱さが、全編にみなぎっている。著者のこの本に対する愛情が、ビンビン伝わってくる。

 本書は、著者がやっているブログ「痩せ姫の光と影」を通じた、たくさんの痩せ姫たちとの交流史でもあり、痩せ姫をめぐる文化史・メディア史でもある。そして、痩せ姫たちの生活のディテールと心のありようが、ヴィヴィッドに描かれた本でもある。

 痩せ姫というテーマをめぐって、こんなに豊かな文化的広がりを持つ本が書けるとは、私は想像すらしなかった。 
 

2016年に読んだ本BEST10



 年末恒例の、「今年読んだ本」のベスト10を。
 例によって「小説は除く」という縛りをかけ、今年刊行された本から選んだ(一部は昨年末刊行)。

 順不同だが、ベスト1を選ぶとすれば、今年はダントツで『サピエンス全史』。

 毎度のことながら、硬い本からやわらかい本まで、バラバラなラインナップですなァ。
 タイトルをクリックすると、当ブログのレビューに飛びます。


竹宮惠子『少年の名はジルベール』

橘玲『「読まなくてもいい本」の読書案内』
――ベストセラーになった『言ってはいけない』は本書のスピンオフ本だが、こちらのほうが本としてはるかに上出来。

ピーター・ウォードほか『生物はなぜ誕生したのか』

カレー沢薫『もっと負ける技術』
――こんなのをベスト10に入れるのは、私くらいかも。でもじつは、「今年いちばん何度も部分的に再読した本」であった。何度読んでも笑える。
 カレー沢薫初心者は、最新刊『ブスの本懐』のディープな世界にいきなり手を出さず、まずこれから読むとよい。

石川明人『キリスト教と戦争』

リチャード・ワイズマン『よく眠るための科学が教える10の秘密』

坂爪真吾『性風俗のいびつな現場』

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

深爪『深爪式――声に出して読めない53の話』

野村直之『人工知能が変える仕事の未来』

■次点
松林薫『新聞の正しい読み方』
デイヴィッド・ヴァイン『米軍基地がやってきたこと』

『〆切本』



 左右社編集部編『〆切本』(左右社/2484円)読了。

 明治時代から近年までの、小説家・評論家など広義の「物書き」による、〆切にまつわるエッセイ・手紙・日記などを集めたアンソロジー。
 文章だけでなく一部はマンガもあり、藤子不二雄Aの『まんが道』や、長谷川町子の自伝エッセイマンガ『サザエさんうちあけ話』などの〆切エピソードが抜粋で収められている。

 ありそうでなかった本だし、企画としてもよい。種々雑多な〆切話を集めてくるだけでも大変だったろうから、編者の労を多としたい。装幀も凝っていて、ブックデザインとしても秀逸だ。

 だが、2400円もの値段に見合った価値があるかといえば、やや疑問。
 「これを〆切話に数えるのは無理やりすぎだろ」という文章がけっこうあって、それらは数合わせのために入れたとしか思えない。玉石混交度が高いのだ。
 収録する文章をもっと厳選し、ページ数も減らして価格を下げればよかったのに……。

 〆切をめぐる攻防は、物書きの舞台裏を語るにあたって最も面白いものの1つ。出版業界人の酒席で話が盛り上がる鉄板ネタでもあり、ここに収められていない面白い話がもっとたくさんあるように思う。

 たとえば、マンガ家の中でも遅筆で知られる江口寿史や平田弘史をめぐる話が、1つもない。文章系でも、小田嶋隆が自虐的に自分の遅筆ぶりを綴った初期のコラムがなかったりとか、わりと“抜け落ち感”がある(本人たちが収録を拒否したのかもしれないが)。

 ……と、ケチをつけてしまったが、玉石中の「玉」にあたる文章は大変面白い。
 たとえば、山口瞳が向田邦子の遅筆ぶりに触れたエッセイの、次のような一節。

「今月は大変なんです」
 と、編集者が言う。
「井上ひさしがあるの?」
「違います。向田邦子があるんです」
「そりゃ大変だ」
 これは、売れっ子になってからの会話ではない。最初から、そうだった。これで作品がツマラナかったら一発でお払い箱になったろう。私はハラハラしながら見守っていた。



 いちばんスゴイと思ったのは、高橋源一郎がエッセイの中で紹介している次のような話。

 有名な某作家は、本当に切羽詰まった状態になり、編集者から矢のように催促の電話がかかってきてそのたびに「あと二時間待って」といい続けたそうである。うんざりした編集者が、どうせ二時間待っても書いてないに決まってるからと気をきかせて四時間待って電話をかけたら、その作家氏は「せっかく原稿を書いたのに、二時間たっても電話がかかってこなかったから、頭にきて破いちゃったよ。お前のせいだ」と文句をつけたそうだ。もう完全にやぶれかぶれである。



 ううむ……。
 まあ、これは極端な例としても、昔の小説家には総じて社会的な力があったから、〆切を破っても許されたのだろう。

 私が知人の編集者から昔聞いた話を、1つ紹介する。
 〆切日に「先生、原稿はいかがでしょうか?」と電話をしたところ、とある高名な作家はこうのたまったそうである。
「キミねえ、物書きってのは〆切が来てから書き始めるものなんだから、〆切日に原稿が上がっているわけがないだろう」

 本書には〆切を破らない稀有な作家たち(吉村昭、村上春樹、北杜夫、三島由紀夫など)の話も載っているが、「〆切を守る作家」が神のごとき存在として目立ってしまうのだから、オソロシイ世界だ。
 もっとも、本が売れないいまは、〆切を平気で破る作家はほとんどいなくなったらしい。そんな作家はすぐさま干される時代だからである。

高橋順子・佐藤秀明『恋の名前』



 高橋順子・佐藤秀明著『恋の名前』(小学館/2592円)読了。

 詩人・高橋順子と写真家・佐藤秀明のコンビによるワンテーマ歳時記――「まほろば歳時記」シリーズの第4弾。
 これまでに出た『雨の名前』『風の名前』『花の名前』は、いずれもロングセラーとなり版を重ねている。
 
 本書は、詩歌や小説などに登場する恋にまつわる言葉を集め、解説をつけた“恋の歳時記”である。
 オールカラーで、佐藤秀明による美しい写真が全編を彩る。

 合間に、古今の歌人・俳人が実人生で経験した恋を小説仕立てで描いた「恋の私がたり」(見開き2ページの短いもの)が、11編収められている。これもなかなか読ませる内容だ。高橋順子は本格的に小説を書いたらよいと思う。

 高橋さんは昨年、伴侶の小説家・車谷長吉を亡くされたばかり。本書を書き進めながら、亡夫との恋の日々を思い出さずにおれなかったことだろう。そう思うと切ない。

■関連エントリ→ 高橋順子『けったいな連れ合い』

 本書を読んで改めて思うのは、日本の「恋の文化」の豊穣さ、裾野の広さである。恋を語り、綴るための日本語の、なんと多彩で豊かなこと。

 登場する、恋をめぐる美しい言葉の例を挙げる。

「春負(はるまけ)」――恋わずらいのこと。春は恋の季節だから、ということだろう。

「解語(かいご)の花」――超絶美人のこと。並外れて美しい女性を、「人の言葉を解する花」に喩えたのである。元は、唐の玄宗皇帝が楊貴妃を指して言った言葉。

「恋の瀬踏(せぶみ)」――相手に気があるのかどうか、確かめる行為。「瀬踏」とは、川に足を踏み入れて深さを確かめること。

 本書を読んで知った、メモしておきたいような知識もいくつか挙げる。

・中国語では、配偶者・恋人のことを「愛人(アイレン)」という。

・「相対死(あいたいじに)」――元禄時代、近松門左衛門らの世話浄瑠璃の影響で男女の心中が美化され、流行したことから、将軍吉宗は「心中」に代えてこの語を用いさせ、心中した男女の埋葬を禁ずるなどの禁令を出したという。
 いまの感覚だと、「相対死」のほうが美しい言葉に思える。

・「勿忘草」(忘れな草)の名は、恋人のために水辺のこの花を摘もうとして水に落ちた若者が、「僕を忘れないで」と言って水底に消えたという悲しい伝説に由来する。英名は「フォゲット・ミー・ノット」で、和名はそれを訳したもの。

2015年に読んだ本BEST10



 大晦日の今日は、今年読んだ本のBEST10を――。

 「小説は除く」という縛りをかけ、今年刊行の本から選んだ。順不同(読んだ順に並べただけ)。タイトルをクリックするとレビューに飛びます。

 この中から強いてBEST1を選ぶなら、ミチオ・カクの『フューチャー・オブ・マインド』かな。これは本当に目からウロコの連続で、知的興奮に満ちた本であった。

 小説はあまり数を読んでいないが、一冊だけ選ぶなら宮下奈都さんの『羊と鋼の森』。1月発表の直木賞の候補にも上っている。
 直木賞をとるにはちょっと内容が地味かなァ、という気もするが、受賞してもおかしくない秀作だと思う。

 あと、面白かった本として、町田康訳『宇治拾遺物語』を挙げておきたい。池澤夏樹個人編集『日本文学全集』の第8巻に収録されたものである。
 オリジナルではなく訳業だから、BEST10にはそぐわないと思って外したが、個人的には「今年いちばん笑った本」であった。
 
 それではみなさん、よいお年を!


ミチオ・カク『フューチャー・オブ・マインド』

最相葉月『れるられる』

ヘドリック・スミス『誰がアメリカンドリームを奪ったのか?』

松尾豊『人工知能は人間を超えるか』

ポール・ロバーツ『「衝動」に支配される世界』

船橋洋一ほか『検証 日本の「失われた20年」』

四方田犬彦『犬たちの肖像』

清水潔『騙されてたまるか』

武田砂鉄『紋切型社会』

ジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会』

次点:校條剛『作家という病』

■関連エントリ
2014年に読んだ本BEST10
2013年に読んだ本BEST10


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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