シッダールタ・ムカジー『遺伝子――親密なる人類史』



 シッダールタ・ムカジー著、田中文訳、仲野徹監修.『遺伝子――親密なる人類史』(早川書房/上下巻各2700円)読了。書評用読書。

 前作『がん――4000年の歴史』でピュリッツァー賞を受賞した著者が、こんどは〝遺伝子全史〟に挑んだ大作である。
 著者は医師で、がん研究者(米コロンビア大学メディカルセンター准教授)。がんは遺伝子が暴走し、細胞の増殖が制御できなくなる病だから、がん研究を続ける著者が遺伝子についてもくわしいのは当然のことだ。

 くわえて、著者には遺伝的な精神疾患を持つ家系に生まれたという個人的背景があった。著者が生涯の中で精神疾患を発症するリスクは高い。だからこそ、遺伝は彼にとってきわめて切実なテーマだったのである。
 本書は随所に、著者一族の精神疾患をめぐる物語が挿入され、読者に「親密さ」を感じさせるアクセントになっている。

 メンデルとダーウィンを中心とした〝遺伝子前史〟から説き起こされる本書は、ポストゲノム時代(「ヒトゲノム計画」完了以後のゲノム研究)までの約一世紀半を丹念に辿り、最後に未来を展望して終わる。

 本書の内容は、学術論文として、または研究者向けの専門書として読めば、一般読者にとっては難解で無味乾燥だろう。それが著者の手にかかると、科学に疎い読者にも楽しめる、格調高い〝遺伝子の叙事詩〟になるのだ。

 ビル・ゲイツは本書に寄せた推薦の辞の中で、著者を「ほれぼれするストーリー・テラー」と評している。まさにそのとおり。著者は文筆専業の道を選んでいたとしても、ひとかどの作家になれた人だろう。

 著者の文章のカッコよさの例を挙げよう。

 自然界を取り憑かれたように観察したふたりの男、ダーウィンとメンデルは「自然」はどのように生まれたのかという同じ質問を異なる形で投げかけることによって決定的な大ジャンプをした。メンデルの質問は顕微鏡的だった。生物はいかにして子に情報を伝えるのか? ダーウィンの質問は巨視的だった。生物は何世紀も経るあいだにいかにして自らの特徴についての情報を変化させるのか? やがてこのふたつの視点が収束して、近代生物学における最も重要な統合と、ヒトの遺伝についての最も力強い説明がもたらされることになる。



 薫り高い比喩なども随所にあり、本書を味わい深いものにしている。
 たとえば――。

 その現象はまるで遺伝的な月蝕のようだった。ふたつのまれな症例が重なりあい、きわめてまれな症例をもたらしたのだ。



 私が建物の中に入りかけたとき、駐車場を渡っていく彼女の姿が見えた。スカーフがまるでエピローグのように後ろにたなびいていた。



 ちなみに、日本が誇る山中伸弥博士も、下巻の登場人物の一人である。

櫻井武『睡眠の科学』『〈眠り〉をめぐるミステリー』ほか



 昨日は、筑波大学の「国際統合睡眠医科学研究機構(I I IS)」に赴き、副機構長である櫻井武教授を取材。
 「I I IS」(「トリプルアイエス」と発音すると関係者ぽくてカッコイイw)は、日本が誇る世界トップレベルの睡眠研究拠点である。 

 「つくばエクスプレス」が開業してから、つくばには行きやすくなった。東京の西の端・立川から行っても、つくばまで2時間かからないのだ。

 櫻井教授の著書『睡眠の科学 改訂新版』(講談社ブルーバックス)、『〈眠り〉をめぐるミステリー』(NHK出版新書)、『最新の睡眠科学が証明する 必ず眠れるとっておきの秘訣!』(山と渓谷社)の3冊を読んで、取材に臨む。

 3冊とも、最前線の睡眠科学をふまえた一般書だが、それぞれ角度が異なる。
 『睡眠の科学』は、睡眠科学の概説書。『〈眠り〉をめぐるミステリー』は、「読み物」色が濃い科学ノンフィクション。『必ず眠れるとっておきの秘訣!』は、よく眠るための実用書である。

 うち1冊だけ読むなら『睡眠の科学』であろうが、『必ず眠れるとっておきの秘訣!』も、たんなる実用書ではなく、科学ノンフィクションとしても楽しめる。

 3冊とも、睡眠についての誤った常識が覆され、目からウロコが落ちまくる。
 一例を挙げよう。「満腹になると眠くなるのは、消化のために胃腸に血液が集まって脳に行かなくなるから」という、一見もっともらしい〝常識〟が、次のように否定されている。

 脳は全身でもっとも血液が必要な臓器であり、脳への血流はつねに、できるかぎり確保されるように調節されている。たとえば大出血があった場合も、消化管や筋肉、皮膚などの血流を少なくして脳に集める機能がある。ましてや消化のために脳の血流を犠牲にすることなどありえないのだ。



フランス・ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』



 フランス・ドゥ・ヴァール著、松沢哲郎監訳、柴田裕之訳『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』(紀伊國屋書店/2376円)読了。書評用読書。

 動物行動学の奇才が、自らの研究をふまえて一般向けに書いた科学啓蒙書シリーズの最新作。

■関連エントリ
フランス・ドゥ・ヴァール『道徳性の起源』
フランス・ドゥ・ヴァール『共感の時代へ』

 彼の著作はいつもそうだが、随所にちりばめられた動物たちの驚愕エピソードを読むだけでも、十分に面白い。本書の中の例を挙げると……。

 チンパンジーは一コミュニティ当たり一五~二五種類の道具を使い、その種類は文化や生態環境の状況によって変わってくる。たとえば、あるサバンナのコミュニティは先を尖らせた棒を使って狩りをする。これは衝撃的だった。狩猟用の武器を使うようになったのも、人間ならではの進歩と考えられていたからだ。



 このようなエピソードが山盛り。しかも、著者の専門である霊長類のみならず、さまざまな動物についての話が広く集められている。

 そうしたエピソードを楽しんで読むうち、著者が提唱する「進化認知学」の面白さが、すんなりと理解できる。
 進化認知学とは、「人間とそれ以外の動物の心の働きを科学によって解明するきわめて新しい研究分野」(松沢哲郎の「解説」より)である。

 「人間だけが○○できる」というたぐいの思い込みが、近年、動物の認知の研究によって次々と覆されてきた。本書はそうした研究の最前線を手際よく伝える、秀逸なサイエンス・ノンフィクションである。

 『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』という挑発的なタイトルは、原題の直訳。
 このタイトルには、「この世界で人間だけが特別だ」と考える人間中心主義への痛烈な批判が込められている。

 認知には唯一の形態など存在せず、認知能力を単純なものから複雑なものへと格付けすることにはまったく意味がない。ある種に備わった認知能力は一般に、その種が生き延びるのに必要なだけ発達する。



 にもかかわらず我々は、人間に備わった認知能力の形態だけを唯一の尺度として、動物にもあてはめてきた。人間の基準で動物をテストし、「人間にある認知能力が備わっていないから、この動物は劣っている」と決めつけてきたのだ。

 だが、本書に紹介された“動物たちの驚くべき認知の世界”に触れると、一つの基準で認知能力を比べることの愚かしさがわかる。
 そして、「そもそも賢さとは何か?」という根源的な問いをも、著者は読者に突きつけるのだ。

長沼毅『世界の果てに、ぼくは見た』『辺境生物はすごい!』



 昨日は都内某所で、生物学者の長沼毅さん(広島大学大学院教授)を取材。

 長沼さんの著書『世界の果てに、ぼくは見た』(幻冬舎文庫/626円)、『辺境生物はすごい! ――人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』(幻冬舎新書/842円)を読んで臨む。

 私は理系の学問は苦手なのに、なぜか科学者を取材する機会がけっこう多い。
 まあ、一般向けの科学啓蒙書のたぐいを読むのは好きだし、科学者の方のお話は新鮮で楽しいのだが。

 『世界の果てに、ぼくは見た』は、ロマンの薫り高いサイエンス・エッセイ。
 極地・深海・砂漠など、極限環境の生物をおもに研究されてきた「辺境生物学者」「科学界のインディ・ジョーンズ」(これは茂木健一郎氏の命名)である長沼さんが、研究がらみの辺境への旅の思い出を主に綴った、“科学紀行エッセイ”ともいうべき内容だ。帯には、「『辺境科学者』と、知の旅に出よう。」という惹句が躍っている。

 科学のみならず、歴史についての該博な知識も駆使して、知的刺激に富むエッセイが展開される。上品なユーモアをちりばめながらも、文章は詩的で格調高い。

 もう一つの『辺境生物はすごい!』は、辺境生物研究から得た知見を人生論にブレイクダウンした内容。



 『世界の果てに、ぼくは見た』が純粋に知的な愉しみとして読むべき本であるのに対し、こちらはやや自己啓発書寄りである。

 とはいえ、凡百の自己啓発書が放つ独特の臭味のようなものはない。“科学者の目線で語られる生き方論”ゆえの説得力があるのだ。

 たとえば、「失敗は成功の元」という教訓を、著者は進化の仕組みをふまえて語る。
 進化(を促す突然変異)は遺伝子のミスコピーから始まるのだから、かりに地球の生物がミスをまったくしなかったら、我々はいまも海の中の単細胞生物のままだったかもしれない。ゆえに「ミスは成功のためのコスト」なのだ、と……。

アンドレア・ウルフ『フンボルトの冒険』



 アンドレア・ウルフ著、鍛原多惠子訳『フンボルトの冒険――自然という〈生命の網〉の発明』(NHK出版/3132円)読了。書評用読書。

 フンボルト海流やフンボルトペンギンなど、多くの事績・地名・動物等にその名を冠された、ドイツの博物学者・探検家アレクサンダー・フォン・フンボルトの伝記である。

 多くの日本人にとって、フンボルトは「名前は知っているけど、何をやった人なのか、よくわからない」存在だろう。私にとってもそうだ。
 欧米等でも事情は同じらしい。本書によれば、フンボルトは「英語圏ではほぼ忘れ去られている」という。

 だが、存命のころには「世界でナポレオンに次ぐ有名人」とも呼ばれ、「科学界のシェイクスピア」などという輝かしい異名を持っていた。

 フンボルトの業績として、「等温線」の考案、「磁気赤道」の発見、「植生帯」「気候帯」の概念の提唱などがある。
 しかし、彼のなし遂げたことで最も重要なのは、「私たちの自然観を根本的に変えた」ことだと、著者は言う。

 自然の中のあらゆるものに関連性を見出し、「この壮大な因果の連鎖がある限り、独立して考えられるものは一つもない」と、フンボルトは書いた。現代の「生態系」の概念、地球を一つの生命体と見なす「ガイア理論」などは、フンボルトの自然観から生まれた“子ども”なのだ。

 フンボルトは、人類の営為によって気候が変わってしまう危険性を初めて指摘した。つまり、「環境保護運動の父」でもあるのだ。

 また、フンボルトは終生奴隷制否定論者であり、あらゆる民族は平等な価値を持つと考えた、先駆的な人権感覚の持ち主でもあった。

 フンボルトが独自の自然観を構築するまでの道筋を、著者は丹念に辿っていく。その自然観は、長期的な南米大陸探検など、フンボルトがくり返した探検調査によって培われたものだった。
 何度も命の危険にさらされた、書名通りの「冒険」であったそれらの旅を、著者はつぶさに描き出す。作家・歴史家である著者の文章は映像喚起力に富み、臨場感と豊かな詩情を併せ持っている。

 また、フンボルトが交友を結んだ綺羅星の如き人々――生涯の親友ゲーテや、南米解放の革命家シモン・ボリバル、第3代合衆国大統領ジェファーソンなど――の横顔も綴られ、それぞれ興趣尽きない。

 そして後半では、フンボルトが後代に与えた広範な影響についても、詳述されていく。
 ダーウィンは、フンボルトの著作に強い影響を受けて、歴史的なビーグル号の航海に出た。ダーウィンの進化論もまた、フンボルトの影響下にあるのだ。
 ほかに、『森の生活』のソロー、「生態学」の概念を提唱したヘッケル、自然保護の父ジョン・ミューアらがフンボルトの強い影響を受けていることが、それぞれ一章を割いて明かされていく。

 本書は丹念に書かれた第一級の伝記であり、科学史/科学ノンフィクションとしても抜群の読み応えがある。
 フンボルトの子ども時代が綴られる序盤はやや退屈だが、そこを超えれば、印象的なエピソードの連打で一気読みできるだろう。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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