フランス・ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』



 フランス・ドゥ・ヴァール著、松沢哲郎監訳、柴田裕之訳『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』(紀伊國屋書店/2376円)読了。書評用読書。

 動物行動学の奇才が、自らの研究をふまえて一般向けに書いた科学啓蒙書シリーズの最新作。

■関連エントリ
フランス・ドゥ・ヴァール『道徳性の起源』
フランス・ドゥ・ヴァール『共感の時代へ』

 彼の著作はいつもそうだが、随所にちりばめられた動物たちの驚愕エピソードを読むだけでも、十分に面白い。本書の中の例を挙げると……。

 チンパンジーは一コミュニティ当たり一五~二五種類の道具を使い、その種類は文化や生態環境の状況によって変わってくる。たとえば、あるサバンナのコミュニティは先を尖らせた棒を使って狩りをする。これは衝撃的だった。狩猟用の武器を使うようになったのも、人間ならではの進歩と考えられていたからだ。



 このようなエピソードが山盛り。しかも、著者の専門である霊長類のみならず、さまざまな動物についての話が広く集められている。

 そうしたエピソードを楽しんで読むうち、著者が提唱する「進化認知学」の面白さが、すんなりと理解できる。
 進化認知学とは、「人間とそれ以外の動物の心の働きを科学によって解明するきわめて新しい研究分野」(松沢哲郎の「解説」より)である。

 「人間だけが○○できる」というたぐいの思い込みが、近年、動物の認知の研究によって次々と覆されてきた。本書はそうした研究の最前線を手際よく伝える、秀逸なサイエンス・ノンフィクションである。

 『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』という挑発的なタイトルは、原題の直訳。
 このタイトルには、「この世界で人間だけが特別だ」と考える人間中心主義への痛烈な批判が込められている。

 認知には唯一の形態など存在せず、認知能力を単純なものから複雑なものへと格付けすることにはまったく意味がない。ある種に備わった認知能力は一般に、その種が生き延びるのに必要なだけ発達する。



 にもかかわらず我々は、人間に備わった認知能力の形態だけを唯一の尺度として、動物にもあてはめてきた。人間の基準で動物をテストし、「人間にある認知能力が備わっていないから、この動物は劣っている」と決めつけてきたのだ。

 だが、本書に紹介された“動物たちの驚くべき認知の世界”に触れると、一つの基準で認知能力を比べることの愚かしさがわかる。
 そして、「そもそも賢さとは何か?」という根源的な問いをも、著者は読者に突きつけるのだ。

長沼毅『世界の果てに、ぼくは見た』『辺境生物はすごい!』



 昨日は都内某所で、生物学者の長沼毅さん(広島大学大学院教授)を取材。

 長沼さんの著書『世界の果てに、ぼくは見た』(幻冬舎文庫/626円)、『辺境生物はすごい! ――人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』(幻冬舎新書/842円)を読んで臨む。

 私は理系の学問は苦手なのに、なぜか科学者を取材する機会がけっこう多い。
 まあ、一般向けの科学啓蒙書のたぐいを読むのは好きだし、科学者の方のお話は新鮮で楽しいのだが。

 『世界の果てに、ぼくは見た』は、ロマンの薫り高いサイエンス・エッセイ。
 極地・深海・砂漠など、極限環境の生物をおもに研究されてきた「辺境生物学者」「科学界のインディ・ジョーンズ」(これは茂木健一郎氏の命名)である長沼さんが、研究がらみの辺境への旅の思い出を主に綴った、“科学紀行エッセイ”ともいうべき内容だ。帯には、「『辺境科学者』と、知の旅に出よう。」という惹句が躍っている。

 科学のみならず、歴史についての該博な知識も駆使して、知的刺激に富むエッセイが展開される。上品なユーモアをちりばめながらも、文章は詩的で格調高い。

 もう一つの『辺境生物はすごい!』は、辺境生物研究から得た知見を人生論にブレイクダウンした内容。



 『世界の果てに、ぼくは見た』が純粋に知的な愉しみとして読むべき本であるのに対し、こちらはやや自己啓発書寄りである。

 とはいえ、凡百の自己啓発書が放つ独特の臭味のようなものはない。“科学者の目線で語られる生き方論”ゆえの説得力があるのだ。

 たとえば、「失敗は成功の元」という教訓を、著者は進化の仕組みをふまえて語る。
 進化(を促す突然変異)は遺伝子のミスコピーから始まるのだから、かりに地球の生物がミスをまったくしなかったら、我々はいまも海の中の単細胞生物のままだったかもしれない。ゆえに「ミスは成功のためのコスト」なのだ、と……。

アンドレア・ウルフ『フンボルトの冒険』



 アンドレア・ウルフ著、鍛原多惠子訳『フンボルトの冒険――自然という〈生命の網〉の発明』(NHK出版/3132円)読了。書評用読書。

 フンボルト海流やフンボルトペンギンなど、多くの事績・地名・動物等にその名を冠された、ドイツの博物学者・探検家アレクサンダー・フォン・フンボルトの伝記である。

 多くの日本人にとって、フンボルトは「名前は知っているけど、何をやった人なのか、よくわからない」存在だろう。私にとってもそうだ。
 欧米等でも事情は同じらしい。本書によれば、フンボルトは「英語圏ではほぼ忘れ去られている」という。

 だが、存命のころには「世界でナポレオンに次ぐ有名人」とも呼ばれ、「科学界のシェイクスピア」などという輝かしい異名を持っていた。

 フンボルトの業績として、「等温線」の考案、「磁気赤道」の発見、「植生帯」「気候帯」の概念の提唱などがある。
 しかし、彼のなし遂げたことで最も重要なのは、「私たちの自然観を根本的に変えた」ことだと、著者は言う。

 自然の中のあらゆるものに関連性を見出し、「この壮大な因果の連鎖がある限り、独立して考えられるものは一つもない」と、フンボルトは書いた。現代の「生態系」の概念、地球を一つの生命体と見なす「ガイア理論」などは、フンボルトの自然観から生まれた“子ども”なのだ。

 フンボルトは、人類の営為によって気候が変わってしまう危険性を初めて指摘した。つまり、「環境保護運動の父」でもあるのだ。

 また、フンボルトは終生奴隷制否定論者であり、あらゆる民族は平等な価値を持つと考えた、先駆的な人権感覚の持ち主でもあった。

 フンボルトが独自の自然観を構築するまでの道筋を、著者は丹念に辿っていく。その自然観は、長期的な南米大陸探検など、フンボルトがくり返した探検調査によって培われたものだった。
 何度も命の危険にさらされた、書名通りの「冒険」であったそれらの旅を、著者はつぶさに描き出す。作家・歴史家である著者の文章は映像喚起力に富み、臨場感と豊かな詩情を併せ持っている。

 また、フンボルトが交友を結んだ綺羅星の如き人々――生涯の親友ゲーテや、南米解放の革命家シモン・ボリバル、第3代合衆国大統領ジェファーソンなど――の横顔も綴られ、それぞれ興趣尽きない。

 そして後半では、フンボルトが後代に与えた広範な影響についても、詳述されていく。
 ダーウィンは、フンボルトの著作に強い影響を受けて、歴史的なビーグル号の航海に出た。ダーウィンの進化論もまた、フンボルトの影響下にあるのだ。
 ほかに、『森の生活』のソロー、「生態学」の概念を提唱したヘッケル、自然保護の父ジョン・ミューアらがフンボルトの強い影響を受けていることが、それぞれ一章を割いて明かされていく。

 本書は丹念に書かれた第一級の伝記であり、科学史/科学ノンフィクションとしても抜群の読み応えがある。
 フンボルトの子ども時代が綴られる序盤はやや退屈だが、そこを超えれば、印象的なエピソードの連打で一気読みできるだろう。

リチャード・ワイズマン『よく眠るための科学が教える10の秘密』



 リチャード・ワイズマン著、木村博江訳『よく眠るための科学が教える10の秘密』(文藝春秋/1620円)読了。
 英国の心理学者が、自らが「夜驚症」(睡眠障害の一種)を克服した体験を機に睡眠の科学を学び、その成果をまとめた本。

 邦題の印象から、「熟睡のための科学的方法を説く実用書」を期待して手に取る人が多いだろう。
 実用書としての側面もあるし、熟睡のノウハウをまとめた章もあるのだが、それだけではなく、もっと幅広い「睡眠学入門」というべき内容である(原題は、“Night School: Wake up to the power of sleep” )。
 たとえば、後半は夢をめぐる科学的考察が中心であり、「明晰夢」を見るためのコツに一章が割かれていたりする。

 そういう本であることを承知のうえで読めば、大変面白い。

 質のよい、十分な睡眠が心身の健康にとってどれほど大切であるかが、データやエピソードをふまえてくり返し強調される。
 断眠競争(どれだけ長時間眠らずにいられるか)に勝った人が、それを機に人格が変容してしまい、人生を台無しにした、というエピソードにゾッとした。
 断眠の危険性がわかったことから、『ギネスブック』の「不眠の最長記録」のカテゴリーは削除されたという。

 そういえば、以前精神科医を取材したときに、こんな話を聞いた。

「診察の際、患者さんには『よく眠れていますか?』と必ず聞きます。ちゃんと眠れてさえいれば、心の病気があってもわりと大丈夫なものなのです。逆に、『最近、よく眠れなくて』というのは危険な徴候です」



 私自身は、眠りすぎて困ったこと(仕事的に)は多々あるが、眠れなくて困ったことは一度もない。いつなんどき、どこででも眠れるし、眠るのも夢を見るのも大好きである。これは、わりとよいことなのだな。

 現代人は食欲や性欲の飽くなき追求に余念がないのに、三大欲求のうち睡眠欲だけは、ひどくおざなりに扱われている。
 さまざまな社会的条件から、睡眠時間は世界的に減少傾向にあるという。

 一九六◯年にアメリカで百万人以上を対象にした調査では、大多数の人が毎晩八時間から九時間眠ると答えている。二◯◯◯年前後にアメリカ国立睡眠財団その他の組織が行った調査結果では、睡眠時間は七時間に落ちた。二◯◯六年に医学研究所は、アメリカで慢性睡眠障害の人の数を、およそ六千万人と推定した。そして最近の調査結果によると、アメリカ人の三分の一は睡眠時間が七時間以下である。



 睡眠の質の向上は、国家的・文明的課題といえよう。

ピーター・ウォードほか『生物はなぜ誕生したのか』



 熊本・大分の地震、心よりお見舞い申し上げます。

 たまたま昨夜からふるさと納税関連の原稿を書いていて、ふるさと納税ポータルサイト最大手「ふるさとチョイス」で災害支援寄附の受け付けが始まっていることを知った。

 少額ではあるが、私もさっそく寄附をした。
 茨城県境町が受け入れ窓口になっている。被災地の各自治体はそれどころではないから、手続きを代行しているのだろう(寄附金は境町から熊本に送付される)。

 返礼品は当然ないが、来年度の確定申告で控除の対象となる。ふるさと納税をすでに経験している人なら手続きは2、3分で済むので、おすすめしたい。

 ちなみに、同じ「ふるさとチョイス」のサイト内で、熊本大地震・被災者緊急支援のクラウドファンディングも行われている。


 ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク著、梶山あゆみ訳『生物はなぜ誕生したのか――生命の起源と進化の最新科学』(河出書房新社/2376円)読了。書評用読書。

 著者の1人ピーター・ウォードには、一般向け科学書の著書が多くある。私も、そのうちの一冊――『生命と非生命のあいだ』という本を読んだ。
 本書は、ウォードが研究者仲間のカーシュヴィンクとともに書き上げた、地球における生命進化の通史である。

 この分野では過去20年来、画期的な新発見が相次ぎ、生命史が大きく書き換えられてきた。
 たとえば、ウォード自身が主要研究者と目される「宇宙生物学」は、90年代中盤まで分野自体が存在しなかったのだ。

 近年の新発見・新解釈をふんだんに盛り込んだ新たな通史である本書の登場によって、過去の類書は去年のカレンダーのように用済みになった。そう言い切ってもよいくらい、価値ある一書。

 著者たちの語り口は上品なユーモアとウイットに富み、読みやすい。そして、随所に常識をひっくり返す驚きがある。知的興奮の連打で、400ページ超の本を一気読みした。

 再読、三読に値する、第一級の科学啓蒙書である。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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