橘玲『言ってはいけない』



 一昨日の新幹線で読んだ本の2冊目は、橘玲著『言ってはいけない――残酷すぎる真実』(新潮新書/842円)。

 帯には「遺伝、見た目、教育に関わる『不愉快な現実』」とある。
 進化論、遺伝学、脳科学、行動経済学など、さまざまな分野の研究・統計調査の結果から、一切のキレイゴトを排して「残酷すぎる真実」を浮き彫りにしていく本。

 「残酷すぎる真実」とは、たとえば次のようなこと。

 美貌を5段階で評価し、平均を3点とした場合、平均より上(4点または5点)と評価された女性は平凡な容姿の女性より8%収入が多かった。それに対して平均より下(2点または1点)と評価された女性は4%収入が少なかった。(中略)
 経済学ではこれを、美人は8%のプレミアムを享受し、不美人は4%のペナルティを支払っていると考える。


 
 ……このような、「それを言っちゃあオシマイよ」な話が、次から次へと登場する本なのだ。

 本書は、当ブログでも取り上げた同じ著者の『「読まなくてもいい本」の読書案内』の、スピンオフ本として生まれたものだという。

 『「読まなくてもいい本」~』は、複雑系科学・進化論・ゲーム理論・脳科学・功利主義の5分野の概要と最前線を、手際よく紹介した概説書であった。それに対し、本書はさまざまな分野の最新研究から、身もふたもない話を選り抜いて紹介した本なのだ。

 著者は研究者ではないから、本書はさまざまな分野の研究をパッチワークした、いわば「受け売り本」である。しかし、著者の受け売りは洗練された見事なものであるため、「他人のフンドシで相撲を取るお手軽本」という印象を与えない。
 たかが受け売りも、ここまで巧みなら立派な「芸」になるのだ。

 本書は読み物としては大変面白いし、たんに「話のネタ」とする分には有益な雑学本といえる。
 ただ、内容を鵜呑みにするのは危険だ。ベースになっているのが科学者の研究であっても、その研究が正しいとは限らないのだし……。

小酒部さやか『マタハラ問題』



 小酒部(おさかべ)さやか著『マタハラ問題』(ちくま新書/864円)読了。仕事の資料として読んだ。

 著者は自らもマタハラ(マタニティ・ハラスメント)に遭って会社を辞めたあと、マタハラ問題の解決に取り組むNPO「マタハラNet」を設立し、代表理事に就任。マタハラ被害者としての私憤を、世の女性たちのための公憤に替えたわけだ。
 そして、マタハラNetの活動を通じて、我が国におけるマタハラ問題の可視化に大きく貢献。昨年にはその功績により、米国務省が主催する「世界の勇気ある女性賞(International Women of Courage Award)」を、日本人として初めて受賞している。



 本書は、全5章中の第1章が著者自身のマタハラ体験を振り返る内容。残りの4章がマタハラ問題の概説になっている。

 マタハラ問題の概説書としては、前に溝上憲文の『マタニティハラスメント』を読んだことがある。これもけっして悪い本ではなかったが、本書のほうがはるかに優れている。当事者ゆえの「熱さ」に満ちているし、マタハラ問題の全体像を手際よく示す構成も見事だ。

 そして著者は、日本のマタハラが先進国で突出して深刻である理由――すなわちマタハラを生む社会構造にまで斬り込んでゆく。日本社会論としても秀逸な一冊だ。

マシュー・バロウズ『シフト』



 また風邪を引いて熱を出してしまった。今月初めに風邪を引いて治ったばかりだというのに……。喉が痛い。
 今日の予定だった打ち合わせを、一つ延期してもらった。

 最近、行く先々で風邪引いてる人多すぎ。あと、ここ何日か寒すぎ。
 まあ、今回は食欲も普通にあるので、正月の症状よりはかなりましだが。

 寒気がするので、昨夜から寝床に入りっぱなし。書き仕事ができないので、とりあえず書評用の本を読んだ。
 マシュー・バロウズ著、藤原朝子訳『シフト――2035年、米国最高情報機関が予測する驚愕の未来』(ダイヤモンド社/2160円)である。

 アメリカの最高情報機関NIC(国家情報会議)の分析・報告部長として、『グローバル・トレンド』(約4年ごとに発表されてきた、今後15~20年間の世界を予測した報告書。一般向けに市販もされており、邦訳もある)の直近2号で主筆を務めた著者が、NIC辞任後に発表した未来予測の書。約20年後の至近未来である2035年の世界を、さまざまな角度から読み解いている。

 『グローバル・トレンド』をまとめるために著者が行った丹念な調査・取材をふまえた内容であり、机上の空論は一つもないといってよい。
 ただ、副題に言う「驚愕の未来」というのは少し大げさ。目からウロコが落ちるような衝撃的な未来予測はあまり見られない。むしろ、いまの国際情勢の延長線上にごく自然に思い描けるような、順当な予測のほうが多い。

 この手の未来予測の本ではとかく、いたずらに危機感を煽ったり、逆に過剰なまでにバラ色の未来を描いてみせたりと、両極端に振れがちだ。
 しかし、著者の筆致は終始冷静でバランスが取れており、過度の悲観にも楽観にも陥っていない。そのぶん派手さはない本だが、冷静さが好ましい。

 未来予測の書というより、むしろ、世界のメガトレンドを把握することにより、現在の世界を見る目がクリアになる本である。

武田砂鉄『紋切型社会』



 武田砂鉄著『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社/1836円)読了。

 ライターの世界に新人賞があったなら、今年の受賞者は武田砂鉄となったに違いない。
 河出書房の編集者としてのキャリアがあったとはいえ、ライター専業となったのは昨秋。にもかかわらず、今年さまざまなメディアで名前を見かける。大活躍である。

 そのブライテストホープの初の単著を、遅ればせながら読んでみた。本年度「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」(藤原新也選考)受賞作でもある。

 「育ててくれてありがとう」「全米が泣いた」「逆にこちらが励まされました」「あなたにとって、演じるとは?」などという、メディアにはびこる紋切型の言葉を素材に、日本の「いま」を批評する軽やかな社会時評集。

 全20本のコラムはどれも、構成も文章も凝りに凝っていて、文の「芸」としてなかなかのものだ。小田嶋隆(本書の帯に讃辞を寄せている一人)の時評コラムを、もう少し批評寄りにした感じ。
 このインタビュー記事では、「『紋切型社会』を書いたときは、影響されすぎないように小田嶋さんの本や連載を読まないようにしていた」と言っているくらいだから、かなり強い影響を受けているのだろう。
 こういう時評コラムが書けるライターって、若手ではほかに見当たらないし、たちまち売れっ子になったのも道理だ。

 ただ、最後の一編「誰がハッピーになるのですか?」では本田靖春や竹中労へのリスペクトを熱く綴っていて、小田嶋隆よりはノンフィクション志向が強いのだろうが……。

 デビュー作でこれだけの本が書けるというのは、大したものだ。
 まあ、20本のコラムは玉石混交でもあるし、私は読んでいて途中で飽きてきたけど。

片山智行『孔子と魯迅』



 片山智行著『孔子と魯迅――中国の偉大な「教育者」』(筑摩選書/2052円)読了。書評用読書。

 中国文学者で、とくに魯迅を専門的に研究してきた著者が、孔子と魯迅に通底するものを浮き彫りにした評伝である。

 魯迅といえば、激烈な儒教批判で知られている。小説家としてのデビュー作「狂人日記」の隠れたテーマも儒教批判であったのだ。
 したがって、魯迅と孔子に「通底するもの」などなさそうな気がするが、そうではないと著者は言う。
 魯迅が批判したのは、孔子本人の思いを離れ、支配階級に都合のいい封建道徳に変質した後代の儒教であって、孔子その人の思想とは深く響きあうものがあったのだ、と……。

 この見立てが面白いし、孔子についても魯迅についても、教えられるところの多い書ではあった。

 しかし、一冊の本として見た場合、そもそもこういう形にすべきだったのか、疑問を抱いた。
 本書の前半は孔子の評伝であり、後半は魯迅の評伝である。それぞれ評伝としての質は高いと思うのだが、肝心の“孔子と魯迅をつなぐもの”についての記述はごくわずか。分量でいえば3~4ページ分くらいしかないのだ。

 これを『孔子と魯迅』と銘打った書にする必然性があったのだろうか? 別々の本にして出せばよかったのでは?
 孔子と魯迅、中国古代と近代を結ぶ“真に中国的なるもの”の水脈が壮大に論じられる本だと期待したのに、大いに期待ハズレであった。


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
31位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
23位
アクセスランキングを見る>>