宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』



 宮口幸治著『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書/792円)読了。

 現在、新書分野のベストセラーになっている本。
 類書は多いのに、本書だけがベストセラーになった理由はよくわからない。キャッチーなタイトルの効果であろうか。

 著者は、発達障害・知的障害を持つ非行少年が収容される医療少年院で長く働いた経歴を持つ児童精神科医(現在は立命館大学教授)。

 経験をふまえ、非行少年の中には軽度知的障害や境界知能の事例が多いことが明かされていく。
 重度ではないがゆえに彼らの障害は見過ごされ、支援の手が差し伸べられないまま、学校などで生きづらさを抱えていた例が多い。

 彼らの多くがいじめのターゲットとなり、そのことで溜めたストレスのはけ口として犯罪に走る例が目立つという。同時に、犯罪の重大性を認識できない認知能力の低さも、非行の背景にある。

 本書の前半では、非行少年たちの認知能力の低さを示す衝撃的な実態が紹介される。

 『ケーキの切れない非行少年たち』とは、紙に書いた円をケーキに見立て、「3人で食べるために、平等に切ってください」と書かせる問題に、正答できない少年が多かったことを指す。

 円を3等分することすらできない。「100-3」程度の簡単な計算すらできない。漢字も読めず、日本の総理大臣の名前すら言えず、日本地図を示して「自分の住んでいたところはどこ?」と聞いても答えられない。

 そのように、知識も認知能力も社会生活に不十分な少年たちが、重大な犯罪を犯して少年院に送られてくる。そして反省することを強いられるのだが、「反省以前」だと著者は言う。

 これまで多くの非行少年たちと面接してきました。凶悪犯罪を行った少年に、何故そんなことを行ったのかと尋ねても、難し過ぎてその理由を答えられないという少年がかなりいたのです。更生のためには、自分のやった非行としっかりと向き合うこと、被害者のことも考えて内省すること、自己洞察などが必要ですが、そもそもその力がないのです。つまり、「反省以前の問題」なのです。(22ページ)



 反省できるだけの能力を育むことから始めなければ、更生できるはずもない、と……。

 後半の6、7章では、そんな彼らに社会がどう対処すべきかという処方箋が語られている。
 現在の学校教育、医療分野で行われている支援は、まったく不十分だと著者は指摘する(6章)。
 そのうえで、最後の7章では、著者が実際に行い、多くの非行少年たちを劇的に変わらせた「認知機能に着目した新しい治療教育」が紹介される。

 著者の眼目――いちばん主張したいことは、処方箋が提示される6、7章にこそあるのだろう。

 しかし、タイトルのつけ方が示すとおり、版元は前半のセンセーショナルな実態のほうを強調したがっているようだ。
また、そうした売り方をしたからこそベストセラーになった面もあるだろう。

 実際に読んでみれば、著者の筆致に煽情的な部分はない。非行少年たちの更生をひたすら願う真摯な内容である。

 印象に残った一節を引く。

 矯正教育に長年携わってきた方が、こう言っていました。「子どもの心に扉があるとすれば、その取手は内側にしかついていない」。まさにその通りだと思います。子どもの心の扉を開くには、子ども自身がハッとする気づきの体験が最も大切であり、我々大人の役割は、説教や叱責などによって無理やり扉を開けさせることではなく、子ども自身に出来るだけ多くの気づきの場を提供することなのです。(153ページ)



川﨑二三彦『虐待死』



 川﨑二三彦著『虐待死――なぜ起きるのか、どう防ぐか』(岩波新書/842円)読了。

 著者は32年間にわたって児童相談所に勤務し、その後は児童虐待問題の研究・研修を行う「子どもの虹情報研修センター」で働いている人物(現在は同センター長)。

 つまり、一貫して児童虐待問題の最前線に身を置き、その防止に尽力しつづけてきた当事者なのだ。

 本書は、その著者が児童虐待の究極――「虐待死」問題の全体像を示すべく書いた概説書である。
 センセーショナルな一つの虐待死事件を深く掘り下げた書は多い一方で、「虐待死の全体を視野に入れて論じた書物は意外に少ない」(「まえがき」)ものだ。

 ゆえに、「通読することで、虐待死の問題に関する歴史、現状、取り組むべき課題のエッセンスがつかめるよう」(「あとがき」)に書かれた本書の意義は大きい。
 また、児童相談所の現場を知り尽くした人だけに、隅々にまで豊富な蓄積が感じられる好著になっている。

 虐待死についてのノンフィクションの中には、いたずらにドギツい場面を強調する、過度に煽情的なものが少なくない。
 「感動ポルノ」という言葉があるが、その手の煽情的ノンフィクションも、ある意味で「感動ポルノ」だろう。

 それに対し、本書は一貫して抑制的な筆致を保っており、煽情性を注意深く避けて書かれている。
(その美点を裏返せば、「お役所文書的」な堅苦しさが随所に感じられるという欠点にもなるのだが、それはさておき)
 多くの現場を目の当たりにしてきた著者は、もっと感情を込めようと思えば込められたはずだが、あえて冷静に書いているのだ。

 以下、印象に残った一節を引用。

 援助を求めること自体が、実は一つの能力であり、そうした力を持たない人がいることを援助者は知っておく必要があろう。(93ページ)



 三歳女児を三畳の和室で生活させたところ、調味料をこぼすなどしたため両手両足をひもで縛り、段ボール箱に入れて出さず死亡させた事例もあった。本来同一空間で過ごすのが家族だとしたら、この子どもたちは、養育放棄どころか、いつの間にか家族の一員から除外されていたと言っても過言ではあるまい。(98ページ)



 嬰児殺について考えるために、戦国時代から説き起こしてここまで見てきたが、こうして歴史を追っていくと、まるで人権意識の発展をたどるような感覚が生じてくる。換言すれば、生まれたばかりの命を一個の人格をもった人間として認めるために、私たちの社会は長い時間を要したのかもしれない。(123ページ)



 二◯◯◯年度ですら、児童福祉司等の人員不足が大きな問題となっていたのに、それから二◯年近くを経て、いまや一人の児童福祉司が抱える虐待相談件数は、当時と比べても三倍以上に膨らんでいる。そのため、一日五件もの安全確認を求められることがあると、期せずして複数の県の職員から聞かされた。(193~194ページ)



 テーマがテーマだけにヘビーな内容だが、児童虐待について知りたい人が、まず全体像をつかむため1冊目に読むべき本だ。

■関連エントリ
慎泰俊『ルポ 児童相談所』
黒川祥子『誕生日を知らない女の子』
杉山春『ルポ 虐待――大阪二児置き去り死事件』
石川結貴『ルポ 子どもの無縁社会』
森田ゆり『子どもへの性的虐待』
ささやななえ『凍りついた瞳』
夾竹桃ジン『ちいさいひと 青葉児童相談所物語』

谷岡一郎『ランキングのカラクリ』



 谷岡一郎著『ランキングのカラクリ』(自由国民社/1512円)読了。

 この著者の本は、前に『「社会調査」のウソ――リサーチ・リテラシーのすすめ』(文春新書)というのを読んだことがある。これはとても面白い本だった。

 本書も、『「社会調査」のウソ』の類書、応用編だ。
 社会調査論を専門分野の一つとする研究者である著者が、豊富な専門知識をふまえ、世にあるさまざまな「ランキング」の裏側を暴いた書なのである。

 「世にはびこる多くのランキングは、遊びの範囲で楽しむものでしかなく、意味のないものなのだ」と、著者は言い切る。

 本書でやり玉にあげられるのは、「大学ランキング」「住みたい街ランキング」「理想の上司ランキング」「理想の父ランキング」「良い病院ランキング」「赤ちゃんの名前ランキング」など……。
 それらのうち、「大学ランキング」「住みたい街ランキング」「良い病院ランキング」あたりは、たしかに、マジメに受け取ってしまうと人生すら左右しかねないだろう。

 大マスコミや大企業などが手掛けるそれらのランキングに、いかにいいかげんでバイアスが多いかを、著者は指摘していく。
 とくに、大学ランキングに対する批判は、著者が長年大学の経営サイドに身を置いてきた人(大阪商業大学学長)だけに、緻密かつ執拗で、読み応えがある。

 個人的には、各種「幸福度ランキング」に潜むバイアスを指摘した部分が、大変有益であった。
 日本が幸福度ランキングで先進国中下位に甘んじている「謎」に、初めて得心のいく解答が得られた思いになった。

 なお本書は、指標と指数の違い、相関関係と因果関係の違いなど、統計学の基礎の基礎についてもくわしく説明されており、統計入門としても有益である。 

コンラート・パウル・リースマン『反教養の理論』



 昨日は雨の中、羽田空港まで赴き、ソーシャルワーカーの藤田孝典さん(NPO法人「ほっとプラス」代表理事)を取材。ご多忙のなか、飛行機に乗るまでの時間を割いていただいたのである。
 
 行き帰りの電車で、コンラート・パウル・リースマン著、斎藤成夫、齋藤直樹訳『反教養の理論――大学改革の錯誤』(法政大学出版局/3024円)を読了。書評用読書。

 ウィーン大学哲学科教授の著者が、ヨーロッパの大学改革を痛烈に批判した書。

 原書は2006年に出たもの。11年後のいまになって邦訳が刊行されたのは、日本でいままさに文科省が進めている大学改革への批判の嵐が巻き起こっているからであろう。
 本書が出た7月に、『反「大学改革」論――若手からの問題提起』、『「大学改革」という病――学問の自由・財政基盤・競争主義から検証する』という類書も刊行された。

 要は、欧米でも日本でも、資本主義の爛熟が大学までも侵し、「すぐ役に立つこと」「すぐお金になること」を目指した経済効率一辺倒のありようになってきたということであろう。
 教養なんて、そもそも実用性とは無縁のものなのだから、大学が実用性偏重になれば「反教養」の場と化していくのは当然だろう。

 “教養とは何か?”を突きつめて考察した書としても、読み応えがある。ヨーロッパの話ではあるが、日本の大学改革にもあてはまる話ばかりだ。

石田淳『一〇〇歳時代の人生マネジメント』ほか



 石田淳著『一〇〇歳時代の人生マネジメント――長生きのリスクに備える』(祥伝社新書/842円)、小島貴子著『女50歳からの100歳人生の生き方』(さくら舎/1512円)を読了。仕事の資料として。

 リンダ・グラットンほかの『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』が日本でも18万部突破のベストセラーになったこともあり、「人生100年時代の生き方」をテーマとした書籍が続々と刊行されている。この2冊もその一部である。

 『女50歳からの100歳人生の生き方』は、書名のとおり、女性読者に対象を絞ったもの。著者は東洋大学准教授で、ライフカウンセラー。
 一方の『一〇〇歳時代の人生マネジメント』は、男性のみが対象というわけではないが、どちらかといえば男性向け。取り上げられたエピソード等も男性のものが多い。著者は、「行動科学マネジメント研究所」の所長。

 内容もまったく対照的だ。
 『女50歳から~』が終始ポジティブで「女性のみなさん、100年人生を楽しみましょうね!」という感じなのに対し、『一○○歳時代の人生マネジメント』は、「人生100年時代」の暗い側面、リスク面にもっぱら目を向けている。

 いまや100歳人生が現実に! どう楽しく生きるか! 50歳で生き方をリセット、自分が主役の人生を!(『女50歳からの100歳人生の生き方』の帯の惹句)



 あなたは、自分が長生きするという喜ばしい理由によって、想像を絶する苦しみを味わうことになるかもしれない。すなわち、命は長らえているのに、そこにお金も健康も心のやすらぎもないという、あまりにもつらい日々が待っているのである。(『一〇〇歳時代の人生マネジメント』の帯に引用された「はじめに」の一節)



 同じテーマを扱いながら、これほど対照的な内容になるのも面白い。
 「妻に先立たれた中高年男性は総じて意気消沈し、平均余命5年程度であるのに対し、夫に先立たれた中高年女性はむしろ元気になる」という話を思い出してしまった(笑)。
 2冊併読すると、バランス的にちょうどよいかも。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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