ゲイ・タリーズ『覗くモーテル 観察日誌』



 ゲイ・タリーズ著、白石朗訳『覗くモーテル 観察日誌』(文藝春秋/1912円)読了。

 電車の中では読みにくいようなタイトルとカバーの本だが、内容は真面目なノンフィクションである。

 米国の大御所ノンフィクション作家であり、「ニュー・ジャーナリズムの父」とも呼ばれるゲイ・タリーズ。
 彼が1981年に刊行した『汝の隣人の妻』は、性革命以後のアメリカの新しい性の動向を捉えた衝撃的な作品であった。著者自らが性風俗店を経営してみたり(!)、スワッピングの場に潜入してみたりして書かれた問題作だったのである。

 この 『汝の隣人の妻』が話題になっていた1980年に、タリーズの元に匿名の速達が届く。
 そこには、「自分はモーテルの経営者だが、宿泊者の様子を覗き見できる仕組みを作り、長年にわたって彼らの性の営みを観察し、詳細な記録をつけてきた。その記録があなたの作品に活かせると思うので、話を聞いてほしい」(主旨)とあった。

 ただし、実名が明かされたら罪に問われるため、名前やモーテルの場所は書かないでほしい、というのだった。
 作品はすべて実名で書くという信念を持つタリーズは、男の話を作品化するつもりはなかった。が、好奇心にかられ、現地に取材に赴き、その後は手紙のやりとりを重ねた。

 そして、出会いから30年以上を経た2013年になって、すでにモーテルを廃業し、80歳近くなった男から「出訴期限がすぎ、覗かれた人々から訴えられるリスクがなくなったため、日誌を公表してもらって構わない」(主旨)との申し出を受ける。
 そうした経緯から作品化されたのが、本作なのだ。

 江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』を地で行く話だが、本書はまぎれもないノンフィクションであり、読み始めたら下世話な興味にかられてページを繰る手が止まらない。
 もっとも、ポルノグラフィー的要素は意外に希薄で、むしろ「生きる哀しみ」、ペーソスが基調として感じられる書である。

 内容の半分程度を、男(ジェラルド・フースという)の「観察日誌」の引用が占めている。そのため、タリーズの他の作品に比べ、薄味であることは否めない。それに、「奇書」のたぐいでもある。
 が、昔の『噂の眞相』風に言うなら「ヒューマン・インタレストあふれる」本で、面白いことは間違いない。

■参考→ 「文春オンライン」で、本書巻末の解説(青山南)の全文が読める。
 

森達也『死刑』



 昨日は、後輩ライターの結婚披露宴に参加するため、埼玉県深谷市へ――。
 心あたたまるよい披露宴であった。

 行き帰りの電車で、森達也著『死刑』(角川文庫/761円)を読了。仕事の資料として。

 オウム真理教元幹部への取材をつづけてきた森達也は、幹部の多くが死刑囚であるため、日本の死刑制度に深い関心を抱くようになった。そこから手掛けた、最初の死刑関連書である(その後、何冊かの類書を出している)。

 これは素晴らしい本。死刑について関心を持った人が最初に読むべき本としておすすめしたい。

 章ごとに多くの当事者(死刑執行経験のある元刑務官、犯人が死刑となった犯罪被害者の遺族、死刑制度反対運動を続ける弁護士、冤罪を晴らして生還した元死刑囚、死刑囚本人など)を取材していくルポルタージュである。
 と同時に、日本の死刑制度や死刑存廃問題の論点、各国の制度などについての入門書としても、大変よくできている。

 本書を書き始めた段階では、森達也は死刑廃止派・存置派のいずれでもない。そして最後の章まで、自分はどちらの立場に立つべきかを迷いつづける(最後にやっと廃止派としての旗幟を鮮明にする)。
 そのことが、結果的に本書の美点になっている。廃止派・存置派いずれかの立場に寄った、バイアスのかかった本になっていないのだ。

 その点で、本書は死刑制度を描いたマンガの白眉である『モリのアサガオ』(作者・郷田マモラも本書に登場)と、よく似ている。
 『モリのアサガオ』でも、主人公の新人刑務官は、最後まで死刑に対する自らのスタンスを決めかね、迷いつづけるのだ。

 『A』『A2』以来、森達也の作品に通底するのは、善悪二元論によりかかる「思考停止」を排し、他者への想像力を研ぎ澄まそうというメッセージだ。本書もしかり。
 森達也らしい、彼の書き手としての美点が十全に発揮された本になっている。

■関連エントリ→ 『A』『A2』

斎藤友佳理『ユカリューシャ』



 昨日は、午前中に国立の一橋大学で守島基博教授を取材。

 で、隣町なので一度家に帰り、夕方に目黒の「東京バレエ団」本部にて、バレリーナの斎藤友佳理さんを取材。
 まったく分野の異なる取材のダブルヘッダーなので、頭を切り替えなければならず、一度帰れたのはちょうどよかった。

 斎藤さんの自伝『ユカリューシャ――不屈の魂で夢をかなえたバレリーナ』(文春文庫)を読んで臨む。
 これはとてもよい本。とくに、左ひざ靭帯断裂の大ケガを負って再起不能と言われながら、そこから奇跡的な復活を遂げるプロセスが感動的だ。

 印象に残った一節を引く。
 

 バレエダンサーにとっての身体は、音楽家にとっての楽器のようなものである。楽器の調子が悪かったからいい演奏ができなかった、という言い訳は通用しない。体型、体力、体調を常に良い状態にキープしておくのは、ダンサーの務めだ。



「踊れなくなって初めて、バレエが自分にとってどれほど大切なものだったかがわかる」
 と、コーリャが言ったのは、現役を引退した後だった。本当の大切さがわかったときには、もう踊れないという残酷。
 まだ踊れる可能性を残しているあいだにそれに気づくことができた私は、幸運だったとしか言いようがない。



 バレエという芸術が、観る人を一瞬にして夢の世界に引きずり込む力を持っているとしたら、それは、ダンサーが最高に輝ける時期があまりに短いからこそではないだろうか。



 斎藤さんは、鈴を鳴らすような声でソフトに話される方だった。しかし、そのやわらかい外面の奥に、運命に屈しない強靭さが秘められているのだ。
 

小林美希『ルポ 保育崩壊』



 小林美希著『ルポ 保育崩壊』(岩波新書/864円)読了。仕事の資料として。

 保育園をめぐる問題というと、まず頭に浮かぶのが「待機児童問題」であり、その原因たる保育園不足・保育士不足にばかり目が向けられがちだ。
 これは逆に、“保育の質・保育士の質の低下こそが深刻な問題なのだ”と主張する本である。

 利益優先で、人件費を削るために低賃金重労働になり、疲弊する現場。保育士の人数を確保するために採用の間口を広げ、経験不足の保育士に重くのしかかる責任。……などという実態から、保育の質が劇的に低下し、崩壊の危機にあるのだと、著者は警鐘乱打する。

 ていねいな取材がなされたルポだとは思うが、あまりにもマイナス面ばかり強調しすぎだと思った。まず「保育崩壊」というタイトルありきで、それにふさわしいひどい事例ばかり集めている印象なのだ。

 登場してコメントしている議員が共産党・社民党・民主党(現・民進党)だけだったりして、取材対象の偏りも感じられる。「保育崩壊というテーマにかこつけて安倍政権を叩きたいだけちゃうんか」と言いたくなる。

 本書を読むと、「保育園は、子どもが事故死したり、虐待まがいの扱いを受けたりしかねない恐ろしい場所だ」という、極端なネガティブイメージだけが心に残ってしまうだろう。
 中にはひどい保育園もあるだろうが、それはごく一部なのではないか。

 いずれにせよ、読後感はけっしてよくない本である。

岩岡千景『セーラー服の歌人 鳥居』



 岩岡千景著『セーラー服の歌人 鳥居――拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)読了。

 本書と同時に第一歌集『キリンの子』を上梓し、マスコミにも多数取り上げられている話題の歌人・鳥居の半生をたどったノンフィクションである。著者は『中日新聞』の記者。

 小学5年のときに目の前で母に自殺され、その後に保護された児童養護施設ではひどい虐待を受け、ホームレス生活を経験し……といった壮絶な半生を、著者は克明に追う。

 この手の本では、著者が「いかに悲惨な体験をどぎつく書いて、読者の目を引くか」しか考えていないようなものも散見する。

 たとえば、「女性の貧困」をテーマに底辺風俗を取材にくる記者の中には、「いまの子、普通すぎるのでちょっと……。もっと悲惨な子はいませんか?」と店側に要望するような者もいるらしい。その場合、取材対象者は「読者受けするキワドイ話のための素材」でしかないわけだ。

 それに対して、2人の娘をもつ40代シングルマザーである著者は、“母の目線”で鳥居を見ている。彼女を見世物にするのではなく、一人の表現者としてきちんととらえようとする視点が感じられるのだ。その点が好ましい。

 胸を打つのは、過酷な体験をしてきたサバイバーである鳥居が、短歌と出合ったことによって「生きる力」を得たという事実である。

「芸術は、私にとっては贅沢品でも嗜好品でもなく、生きるために必要なもので――食費を削っても……実際、3日に1食で暮らしていた時でも、私は美術館や図書館に行くほうを選びました」

 

 文学の力、文学がもたらす「救い」について考えさせられる一冊。
 彼女の表現者としての歩みは、ちょっと柳美里さんを思わせる。どこかの雑誌で2人の対談をやったらいいと思う。 




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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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