岸本佐知子『ひみつのしつもん』



 岸本佐知子著『ひみつのしつもん』(筑摩書房/1760円)読了。

 もう18年もつづいている『ちくま』(筑摩書房のPR誌)の長寿連載「ネにもつタイプ」の書籍化第3弾。
 それ以前の『気になる部分』から数えれば、岸本佐知子の4冊目のエッセイ集である。

 私は、第1弾『ねにもつタイプ』、第2弾『なんらかの事情』もそれぞれ愛読してきた。
 7年ぶりの本書も、前2冊同様、ほかの誰にも書けない奇天烈なユーモア・エッセイの連打である。

 奇妙な味わいの海外小説の名訳者として知られる著者だが、このシリーズのエッセイにも、奇妙なショートショートのような味わいのものが少なくない。
 本書もしかり。とくに「河童」は、絶品のショートショートとしても読めると思った。

 版元がつけた惹句は「奇想天外、抱腹絶倒のキシモトワールド、みたび開幕!」というもの。
 「奇想天外」はそのとおりで、想像力を超えた「妄想力」の炸裂がこのシリーズの見どころである。

 だが、「抱腹絶倒」はちょっと違う気がする。
 クスっとする笑いは随所にあるし、思わず吹き出す一節も少なくないが、「キシモトワールド」の笑いはもっとジワ~ッと広がる奇妙な笑いであって、しゃべくり漫才的な爆笑とは異なるものだ。

 著者の妄想にこちらがうまくノレないというか、何が言いたいかわからないエッセイが8分の1くらいある。これは前2冊も同様だった。

 シリーズの中でとくに面白いエッセイをセレクトして、「ベスト・オブ・ネにもつタイプ」を私的に作ってみたい。そんな衝動にもかられるくらい、私はこのシリーズが好きだ。

■関連エントリ
岸本佐知子『なんらかの事情』
岸本佐知子『ねにもつタイプ』
岸本佐知子『気になる部分』

立花隆『知的ヒントの見つけ方』



 立花隆著『知的ヒントの見つけ方』(文春新書/994円)読了。

 著者が2011年から連載している、『文藝春秋』の巻頭随筆をまとめた新書の第2弾(第1弾は2014年刊の『四次元時計は狂わない』)。

 書名から、立花が自分の「知的生産の技術」を開陳した本だと思って手に取る人もいるだろう。が、そういう話はまったく出てこない。

 立花の「知的生産の技術」本としては、『「知」のソフトウェア』(古い本だが、いまでも十分読む価値がある名著)や、『ぼくはこんな本を読んできた』所収の「体験的独学の方法」「『実戦』に役立つ一四ヵ条」がすでにあるので、それらを読むとよい。

 「巻頭随筆」というと、大物作家が日々のよしなしごとを綴るような内容を連想する向きが多いだろう。が、立花はジャーナリストだけあって、本書のエッセイに身辺雑記的なものはない。
 科学や政治などの分野を中心に、その月に起きた出来事を俎上に載せた時評的内容のエッセイである。

 立花のその手の著作というと、昔『週刊現代』に連載していた時評をまとめた『同時代を撃つ』というのがあった。これはなかなか優れた時評集で、講談社文庫版の全3冊を私は何度も読み返したものだった。

 週刊誌連載だった『同時代を撃つ』に比べ、本書は月刊誌連載だけにもう少しゆったりとした、スパンの長いテーマが選ばれている。

 老いたりとはいえ、立花の時代を見抜く目にはまだまだ鋭いものがある、と感じさせる一冊になっている。

 終盤には立花へのインタビューをまとめた2本の長い記事――「最先端技術と10年後の『日本』」と、「ノーベル賞興国論」――を収録。
 2本とも内容が濃く、読ませる。日本の未来について明るい希望が湧いてくるような内容である。

カレー沢薫『やらない理由』



 カレー沢薫著『やらない理由』(マガジンハウス/1188円)読了。

 マンガ家兼コラムニストとして、すっかり売れっ子になったカレー沢薫。つねづね言っていることだが、私はこの人をマンガ家としてよりもコラムニストとして評価している。

 本書は、日常生活の中のささやかなジレンマを一つずつ取り上げ、そのジレンマに悩んで自己嫌悪や反省をしがちな読者に対し、〝反省など必要ない。『○○したくない』という貴様の気持ちは正しい!〟と訴えかけるコラム集である。

 取り上げられているジレンマはたとえば、「お金は欲しいが、働くのは嫌」「痩せたいが、食べるのを我慢するのは嫌」「話は聞いてもらいたいが、あれこれ言われるのは嫌」……などというたぐい。

 それらのどうでもいいジレンマに対し、カレー沢薫はアクロバティックな文の芸を駆使して、読者をやみくもな自己肯定に導いていく。たとえば――。

 遠足も当日より前夜のほうが楽しいものである。ダイエットに成功するよりも、ダイエットに成功した自分を想像するほうが楽しい。(中略)
 つまり永遠にダイエットに挑戦&失敗することで、死ぬまで遠足前夜の気分が味わえるということだ。逆に成功してしまうことにより「痩せても無意味」という事実に直面してしまうことがある。自分で己への希望を断ち切るという愚か極まりない行為だ。つまり「ダイエットに失敗した」というのは「明日へ希望を繋いだ」ということである。



 ……とまあ、こんな感じの〝屁理屈芸〟が、33問・33答分くり返される。

 そこそこ面白かったが、最初期の『負ける技術』のように「何度読み返しても面白い」というレベルにはとうてい達しておらず、「一度読んだらもういいかな」という感じの出来。
 カレー沢薫の本を読んだことがない人には、まず『負ける技術』『もっと負ける技術』をススメたい。

■関連エントリ
カレー沢薫『負ける技術』
カレー沢薫『もっと負ける技術』
カレー沢薫『ブスの本懐』

 なぜクオリティが下がってきたかを考えるに、いまのカレー沢薫はあまりに忙しすぎるのだろう。
 いまやマンガ/コラムあわせて20本近くもの連載を抱えているそうだし、なおかつ月~金のOL生活もいまだに続けているというのだから、筆が荒れても仕方ない。

 大谷翔平の二刀流をディスる江本某のように、「カレー沢選手は、いまのままではマンガとコラム、どちらでも大成できません。どちらか一本に絞るか、もしくは会社を辞めるべきでしょう」と進言したい。

 それでも、随所にこの人ならではの独創的フレーズがちりばめられていて、そこにはまだ才能のきらめきが感じられる。たとえば――。

 「普通は嫌だ」そんな想いが、いつでも俺たちを普通以下にしてきた。その雄姿は卒業アルバムや文集にしかと刻まれ、それを見るたびに「普通」の尊さを知るのである。



 非リア充の朝は早い。毎朝4時には起き、邪神像に向かい、リア充の爆発を祈る。



 コミュ症の特徴として「世間話ができない」というのがある。どんな世間話を投げかけても全く続けられず、1ターンで終わらせるため、周りはそのうち世間話すら投げかけるのを止めるのだ。「世間にとやかく言われるには世間に入れていないとダメ」なのだ。



小田嶋隆『上を向いてアルコール』



 小田嶋隆著『上を向いてアルコール――「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社/1620円)読了。

 ベテラン・コラムニストが、20年余の断酒経験を経て、「現役」のアルコール依存症患者だった時代を振り返った本。
 高田渡が亡くなったとき、ブログで〝アル中をロマンティックに美化する世間の風潮〟に異を唱えた文章を書いたり、部分的に触れたことはあったが、このようにまとまった形で振り返ったのは初めてである。

 言葉遊びの書名が、オダジマの初期作品(『仏の顔もサンドバッグ』など)を彷彿とさせて楽しい。

 基本は「語り下ろし」(本人の語りを文章にまとめている)で作られているので、コラムにおける「オダジマ節」の魅力は希薄なのだが、それでも随所にこの人ならではの言葉の冴えが見られる。

 たとえば、酒をやめたことで生じた独特の寂しさを、次のように表現するところ。

 たとえばの話、私の人生に四つの部屋がある。とすると、二部屋くらいは酒の置いてある部屋だったわけで、そこに入らないことにした。だから二部屋で暮らしているような感じで、ある種人生が狭くなった。酒だけではなくて、酒に関わっていたものをまるごと自分の人生から排除するわけだから、それこそ胃を三分の二取ったとかいう人の人生と一緒で、いろいろなものが消えた気がしているのは確かです。



 このような、「うまいこと言うもんだなー」と感心する箇所がちりばめられている。
 
 語られているアル中体験はかなり壮絶なのだが、それが軽やかなユーモアと明晰な知性でシュガーコーティングされているので、面白く読める。
 「明晰な知性」をとくに感じるのは、アル中時代の自らの心の動きを、過剰な思い入れを排して冷静に分析しているところ。医療者ではなく患者自らが、〝アル中心理〟にこれほど鋭いメスを入れた書物は稀有ではないか。

 対談もしたという吾妻ひでおの話が、何度も出てくる。吾妻の『アル中病棟』が、自らのアル中体験を娯楽マンガに昇華した傑作であったように、本書も著者のアル中体験を上質なエッセイ集に昇華した好著といえる。

■関連エントリ→ 吾妻ひでお『失踪日記2 アル中病棟』

 章間のコラムと、最後に収録された短編(小説に近い体裁)は本人が書いているのだと思うが、ここがさすがの読み応え。

 発売から2ヶ月が経とうとしているいま、TOKIOの山口達也が起こした事件によって、かつてないほどアルコール依存症への注目度が高まっている。
 山口は記者会見で、自分がアルコール依存症であることをかたくなに否定したが、本書にも「オレはアル中じゃない」という章がある。アルコール依存症は「否認の病」と呼ばれ、当初はなかなか病識が持てないことも特徴なのである。

 幸か不幸か、山口の事件によって本書にも注目が集まるだろう。

 ……などと他人事のように書いているが、私自身、アル中の一歩手前ぐらいまでは行った時期がある。
 本書にも書かれているように、フリーランサーは家で仕事をするだけに、アルコール依存症になりやすい面があるのだ(朝から飲んでいても、咎める者は家族以外にないし)。
 「他人事ではないコワさ」を感じつつ読んだ。

ゲッツ板谷『そっちのゲッツじゃないって!』



 ゲッツ板谷著『そっちのゲッツじゃないって!』(ガイドワークス/1620円)読了。

 ゲッツ板谷氏、「約12年ぶりのコラム集」だそうである。
 「えっ、そんなに間が空いていたっけ?」と思って当ブログ内を検索したら、前に板谷氏の著作を取り上げたのは『やっぱし板谷バカ三代』のときで、この本は9年前の2009年に出ている。

 また、私は未読だが、『とことん板谷バカ三代  オフクロが遺した日記篇』も、2015年に出ている。12年ぶりじゃないじゃん。

 本書の「はじめに」で、板谷氏が〝コラム集は12年前に出した『妄想シャーマンタンク』以来〟と書いているので、『板谷バカ三代』シリーズは「コラム集」に数えておらず、「エッセイ集」と位置づけているのだろう。

 そんなことはともかく、内容は相変わらず楽しめる。
 『そっちのゲッツじゃないって!』というタイトルは、「ゲッツ!」で知られるダンディ坂野と間違われることが多い板谷氏の自虐ギャグ。
 
 ゲッツ板谷氏は、私と同じ町内、しかも同じ丁目に住んでいるご近所さんである。そのため、本書にも立川ネタ・近辺ネタが多く、私にはいっそう楽しめるのだ。巻末の西原理恵子との対談も面白い。

 ただ、ネタの宝庫であった板谷氏のおばあちゃんとお父さんの「ケンちゃん」(=「板谷バカ三代」の初代・二代)がすでに亡くなっているため、かつての大傑作『板谷バカ三代』に比べると爆笑度が下がっていることは否めないが……。

 ともあれ、2006年に脳出血で倒れ、医師からは「残念ですが文筆業という今の御職業を続けられるのは難しいと思います」と宣告された(「はじめに」の一節)板谷氏が、見事に完全復活されたことを寿ぎたい。


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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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