『全裸監督』



 以下は、上に書影を貼ったノンフィクション『全裸監督 村西とおる伝』(本橋信宏著)の感想ではなく、同書を基にNetflixで映像化されたドラマ『全裸監督』の感想である(同作はまだソフト化されていないため)。



 ちなみに、私は現時点では『全裸監督』未読。
 ただし、本橋信宏が村西とおるを描いたもう一つの著作『AV時代――村西とおるとその時代』 (幻冬舎アウトロー文庫)は、前に読んだことがある。

■関連エントリ→ 本橋信宏『AV時代――村西とおるとその時代』

 ツイッターのTL上で、『全裸監督』に言及しているほぼ全員が絶賛していた。そのことに背中を押され、観てみたしだい。
 なるほど、これは傑作だ。シリーズ1の全8話を、半日かけてイッキ見してしまうくらい面白かった。

 隅々にまで、ものすごくお金と手間ヒマがかかっている。そして、そのことが一目瞭然にわかる。
 たとえば、後半の舞台となる1980年代の新宿歌舞伎町をリアルに描くために、町ごと再現する大規模なセットを組んだという。スゴイ話だ。
 また、脇役にまで主役級の役者を使ったりして、キャストも豪華だ。

 村西とおる役・山田孝之の体を張った熱演を筆頭に、役者たちもこぞって好演。
 もう一人の主人公ともいうべき黒木香役の森田望智(みさと)も素晴らしい。顔立ちはとくに似ているわけではないのに、物語後半での演技は黒木香になりきっている。

 村西とおるのサクセスストーリーの背後に、ビニ本→裏本→AVという80年代アダルトメディア興亡史が二重写しとなる……という構成もなかなかのものだ。

 ただ、原作はノンフィクションだが、本作は事実そのものを描いているわけではない。随所にフィクションが織り込まれているし、物語の都合に合わせて時系列が入れ替えられたりしている部分も多いのだ。

 たとえば、シーズン1の終盤で、村西と関わりを持つヤクザの古谷(國村隼)が殺人を犯したりする『アウトレイジ』的描写。このへんは当然フィクションである。

 また、ハワイでAV撮影を行ってFBIに逮捕された村西が、黒木香のAVデビュー作の大ヒットによって司法取引費用を捻出して釈放される描写。実際には逮捕前に黒木のデビュー作は大ヒットしており、ここにも時系列の改変がある。

 むろん、作品を面白くするためにはそうした潤色もあってしかるべきで、目くじら立てる気はない。ただ、本作が事実をありのまま描いているという勘違いはすべきではないだろう。

 あと、本作は世代によってかなり評価が分かれる作品だと思う。80年代アダルトメディアの興亡をリアルタイムで知っている人ほど面白く観られるが、いまの20代・30代には面白さが半分くらいしか伝わらない気がする。

 とくに、村西や黒木香が「時代の寵児」となったころの空気を肌で知っているか否かで、本作の受け止め方は大きく異なるはず。
 マンガ家の田中圭一氏がツイッターで、本作について「50代以上で村西とおる監督を知っている人は絶対に視聴すべし!」と書いていた。まさに、私のような50代にこそドンピシャな作品なのである。

 一つだけ難を言えば、村西とおるがあまりにもカッコよく描かれすぎている。

 本作の村西は、日本にある種の「性革命」をもたらしたダーティ・ヒーローとして描かれている。
 だが、本来はヒーローというよりキワモノ的な魅力の持ち主なのだろうし、ここに描かれていない暗部をたっぷり抱え込んだ人だと思う。

 ノンフィクション作家の佐野眞一が、『アエラ』の「現代の肖像」で村西を取材して描いたことがある(佐野の著書『人を覗にいく』に収録)。そこにはこんな一節があった。


 村西は、こと女優に対しては、本物の猫でも出せないような猫なで声を連発し、割れ物でも運ぶように扱うが、いざ男性スタッフに向き合うと、態度をガラリと豹変させる。ちょっとしたミスにも、二度と立ち直れそうにないくらいの雑言を吐き散らし、ときには殴る蹴るの行状にも及ぶ。村西の暴力に耐えかねて逃げ出したスタッフは一○○名を下らず、なかには、タバコを買いに出かけたまま姿をくらましたスタッフもいる。村西軍団はこのため、サンドバッグ軍団とも呼ばれている。



 村西のそのような一面は、ドラマ『全裸監督』には描かれていない。
 あるいは、近く作られるシーズン2では、そうした暗部まで突っ込んで描く腹づもりなのだろうか。

 また、シーズン2では、黒木香が自殺未遂をしてメディアから消えた背景(くわしい事情は不明だが、そこまで彼女を追いつめたのは村西に違いない)も赤裸々に描いてほしい。
 そこまでやってこそ、このドラマは真に傑作たり得るのだと思う。

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『こんな夜更けにバナナかよ』



 『こんな夜更けにバナナかよ』を映像配信で観た。



 大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した、渡辺一史の傑作ノンフィクションの映画化。
 難病「筋ジストロフィー」と闘う鹿野靖明(1959~2002)と、彼を支えるボランティアたちの日常を描いている。

 脚本(橋本裕志)がすこぶるウェルメイドである。最初から最後まで、少しも退屈がない。

 こんなふうに、障害者の日常を笑いをまじえて描く映画というのは、日本映画にはこれまで例がなかったのではないか(洋画なら『最強のふたり』などがあるが)。

 これまで、日本の映画やテレビドラマではもっぱら、身障者は哀れみの対象として、また、清らかで欲望も悪意も持たない、いわば〝純粋弱者〟として描かれてきたからである(邦画のわずかな例外は『ジョゼと虎と魚たち』くらいか)。

 しかし、自分では寝返りすら打てない重度身障者であっても、欲望もあれば悪意もある。あたりまえのことだ。本作はその「あたりまえ」を、軽快かつリアルに描いている。

 身障者を描いた映像作品としては、1979年放映の山田太一脚本作品「車輪の一歩」(連続ドラマ『男たちの旅路』の一話)が、画期的であった。
 それまでの「欲望も悪意も持たない清らかな身障者」像から離れた、等身大の身障者像が初めてテレビドラマに描かれた作品だったのだ。



 『こんな夜更けにバナナかよ』は、「車輪の一歩」から40年の時を経て、〝映像に描かれた身障者像〟の期を画した作品だと思う。

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『乾いた花』



 『乾いた花』を映像配信で観た。



 篠田正浩による、石原慎太郎の短編小説の映画化。
 和製フィルム・ノワールであり、〝ヌーヴェルヴァーグなヤクザ映画〟である。タイトルだけは知っていたが、初めて観た。

 1964年――つまり、前の東京オリンピックの年に作られた映画。
 いまから55年も前の作品なのに、すこぶるクールでスタイリッシュ。封切り当時に観ていたら、さぞ斬新に思えたことだろう。

 モノクロの画面に躍動する、光と影のダイナミックなコントラスト――。暗い夜の場面が多いのに、ヴィヴィッドな色彩感覚が感じられる。撮影が素晴らしい。

 組のために人を殺して服役し、出所してきたばかりのヤクザ・村木(池部良)と、賭場に現れては後先考えない金の張り方をする謎めいた若い女・冴子(加賀まりこ)。2人の出会いと別れの物語だ。

 賭博のスリルくらいにしか生の実感を感じられない2人が、少しずつ破滅に向けて歩を進めていくプロセスが、物語の主軸となる。

 一般的なヤクザ映画のようなカタルシスはなく、むしろ奈落の底に落ちていくようなデカダンスに満ちた、奇妙な味わいのヤクザ映画。

 「手本引き」など、ヤクザが仕切る賭博をじっくりと描いたギャンブル映画としても貴重だ。
 ハードボイルドな雰囲気を全身から発散する池部良がやたらとカッコよく、「妖精」と呼ばれていた若き日の加賀まりこがチャーミング。

 マーティン・スコセッシやフランシス・コッポラにも影響を与えた映画だそうだ。
 また、関川夏央原作の一連のハードボイルド劇画(『真夜中のイヌ』や『事件屋稼業』『海景酒店』など)も、明らかにこの映画に影響を受けている。
 たとえば、『事件屋稼業』にも「乾いた花」と題した一編があった(ストーリーは別物)。また、ハードボイルド短編集『海景酒店』所収の「東京式殺人」は、賭場のシーンやラストシーンなどが、明らかに『乾いた花』へのオマージュとして作られている。

 「東京式殺人」は当時、フランス人アラン・ソーモンが書いた脚本を関川が潤色したという形で発表されたが、ソーモンは架空の人物であることを、最近関川が明かした。

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谷岡一郎『ランキングのカラクリ』



 谷岡一郎著『ランキングのカラクリ』(自由国民社/1512円)読了。

 この著者の本は、前に『「社会調査」のウソ――リサーチ・リテラシーのすすめ』(文春新書)というのを読んだことがある。これはとても面白い本だった。

 本書も、『「社会調査」のウソ』の類書、応用編だ。
 社会調査論を専門分野の一つとする研究者である著者が、豊富な専門知識をふまえ、世にあるさまざまな「ランキング」の裏側を暴いた書なのである。

 「世にはびこる多くのランキングは、遊びの範囲で楽しむものでしかなく、意味のないものなのだ」と、著者は言い切る。

 本書でやり玉にあげられるのは、「大学ランキング」「住みたい街ランキング」「理想の上司ランキング」「理想の父ランキング」「良い病院ランキング」「赤ちゃんの名前ランキング」など……。
 それらのうち、「大学ランキング」「住みたい街ランキング」「良い病院ランキング」あたりは、たしかに、マジメに受け取ってしまうと人生すら左右しかねないだろう。

 大マスコミや大企業などが手掛けるそれらのランキングに、いかにいいかげんでバイアスが多いかを、著者は指摘していく。
 とくに、大学ランキングに対する批判は、著者が長年大学の経営サイドに身を置いてきた人(大阪商業大学学長)だけに、緻密かつ執拗で、読み応えがある。

 個人的には、各種「幸福度ランキング」に潜むバイアスを指摘した部分が、大変有益であった。
 日本が幸福度ランキングで先進国中下位に甘んじている「謎」に、初めて得心のいく解答が得られた思いになった。

 なお本書は、指標と指数の違い、相関関係と因果関係の違いなど、統計学の基礎の基礎についてもくわしく説明されており、統計入門としても有益である。 

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澤村伊智『などらきの首』



 澤村伊智著『などらきの首』(角川ホラー文庫/690円)読了。

 「比嘉姉妹シリーズ」4冊目にして、初の短編集である。

 収録作6編がそれぞれタイプの異なる作品で、多彩。
 「ワンパターンには陥らず、どんどん新しい趣向に挑戦するぞ」という作者の覚悟を感じさせる。その意気やよし。

 のちに結婚する比嘉真琴と野崎の最初の出会いが描かれた「ファインダーの向こうに」、『ずうのめ人形』で非業の死を遂げた比嘉美晴(真琴の姉で琴子の妹)の小学生時代を描く「学校は死の匂い」、野崎が高校生のころに出合った最初の怪異を描く表題作……などが収録されている。

 一見、「比嘉姉妹シリーズ」と無関係に見える作品もある。
 「悲鳴」は、比嘉姉妹の誰も登場しない。だが、シリーズの愛読者なら、登場人物の一人が『ずうのめ人形』で呪いの発信源となった「あの女」であることがわかる。つまり、これは『ずうのめ人形』の前日譚なのだ。

 また、「居酒屋脳髄談義」は、途中までは居酒屋で3人のおっさんサラリーマンが部下のOLにモラハラ・セクハラ的議論を吹っかけるだけの話に見える。ところが、最後まで読むと、じつは比嘉姉妹シリーズであることがわかる仕掛けなのだ。

 澤村伊智は技巧的構成を得意とする作家だが、本書の6編にもその才がいかんなく発揮されている。
 「ああ、こういうオチね」と思わせておいて、その先にさらなるどんでん返しのオチがあったりして、トリッキーな仕掛けが幾重にもなされているのだ。

 私が気に入ったのは、「学校は死の匂い」「ファインダーの向こうに」「ゴカイノカイ」の3編。

 とくに「学校は死の匂い」は、今年の日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞したことでもわかるとおり、短編としてすこぶる完成度が高い。
 よくある「学校の怪談もの」のホラーと思わせておいて、じつはその怪談の裏には過去の隠蔽された事件が……というどんでん返しのミステリになる構成が見事。ラストシーンのゾワっとくる怖さも鮮烈だ。

 澤村伊智は短編もうまいなァ、と感心させられる一冊。

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藻谷浩介・NHK広島取材班『里山資本主義』



 藻谷(もたに)浩介・NHK広島取材班著『里山資本主義――日本経済は「安心の論理」で動く』(角川新書/843円)読了。

 6年前(2013年)に刊行されベストセラーになった本だが、仕事上の必要があって、いまごろ初読。
 「40万部突破」だそうで、私の手元にあるものは2018年2月の第19刷。

 スタジオジブリの近藤勝也による描き下ろしイラストを用いた、特製の「全面帯(新書の全面を覆う帯)」で飾られている。
 全面帯は通常の帯よりコストがかかるため、よく売れた本や売れるであろう本にしか使われないのだ。

 中国地方限定で放映された、NHKのドキュメンタリー番組がベースになっている。

 「里山資本主義」とは、本のカバーに書かれた定義によれば、「かつて人間が手を入れてきた休眠資産を再利用することで、原価ゼロからの経済再生、コミュニティー復活を果たす現象」のことだという。

 これだと、ちょっとわかりにくい。
 「かつて人間が手を入れてきた休眠資産」とは、具体的には「里山」など〝自然の中の休眠資産〟を指す。
 安い輸入材に駆逐されて無用の長物と化していた里山の木材などを、これまでとは違う形で再利用することで、過疎地域に新しい自立の道を拓くのが「里山資本主義」なのである。

 本書で「里山資本主義」と対置されているのが、「マネー資本主義」。資本主義の爛熟の果てに生まれた、〝マネーゲームを中心に据えた投機的資本主義〟を指している。

 日本の中国地方山間部や、瀬戸内海の島しょ部、さらにはオーストリアの小さな地方都市で展開されている、「里山資本主義」による地域再生の事例が紹介される。

 田舎暮らしをロマンティックに推奨する本だけの本なら、山ほどある。そこから一歩踏み込んで、地方再生の方途としての〝田舎暮らし2.0〟を論じたのが本書なのである。

 リーマンショックと「3・11」によって、「マネー資本主義」の脆弱性が決定的に露呈し、〝経済的価値観のパラダイムシフト〟を求める機運が高まったことが、本書の背景になっている。

 ただし、本書は〝里山資本主義がマネー資本主義に取って代わる〟とか、〝原発に完全に訣別して自然・再生エネルギーだけで暮らす〟などという、「お花畑」な夢物語を述べたものではない。

 著者たちは「里山資本主義」を、「マネー資本主義の生む歪みを補うサブシステムとして、そして非常時にはマネー資本主義に代わって表に立つバックアップシステムとして」捉えているのだ。
 エコロジストにありがちな極端な主張に陥らない、冷静な論調に好感が持てる。

 何より、とかくネガティブに捉えられがちな日本の少子高齢化・地方の限界集落化などがポジティブに捉え直され、日本の未来に希望を抱ける書である。だからこそベストセラーになったのだろう。

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春日武彦・平山夢明『サイコパスの手帖』



 春日武彦・平山夢明著『サイコパスの手帖』(洋泉社/1404円)読了。
 精神科医と鬼畜作家による対談集の第4弾。
 
 この2人の対談集は一貫して狂気をテーマにしているが、本書は前作『サイコパス解剖学』につづき、サイコパスをめぐる対談集の第2弾である。

■関連エントリ
春日武彦・平山夢明『サイコパス解剖学』
春日武彦・平山夢明『「狂い」の構造』

 春日が「おわりに」で、「またしても顰蹙ものの放談大会である」と書いているとおり、これはサイコパスについて真面目に考察する本というより、「サイコパスを面白がる」不謹慎な本である。
 著者2人の不謹慎ぶりに耐性がある人――具体的には平山夢明の鬼畜小説を楽しめる人など――なら、本書も楽しめるだろう。

 本書は一部が、サイコパスがらみの映画を取り上げた〝トラウマ映画ガイド〟になっている。その点が前作とのいちばんの相違点である。ともに映画好きである2人の映画談義は、なかなか読ませるものになっている。

 「ためになる」というタイプの本ではないが、前作よりも内容は濃いと感じた。
 印象に残った一節を引いておく。

多頭飼いは心の隙間を猫や犬とかで埋めるわけじゃない。猫屋敷とゴミ屋敷って、俺から言わせれば、心の隙間を猫で埋めるかゴミで埋めるかの違いだけだよ(春日の発言)



平山 気配りって、作品を作るうえではあまりプラスにならないんですよね。
春日 全然ならないよ。気配りって、つまり平均や中庸を目指すものだから、創造の敵ですよ。



(整形依存に陥る理由の説明として)自分が想像する整形後のイメージとさ、実際の手術後のイメージが完全に一致するのって、難しいんじゃない。整形前は「ここさえなんとかすれば」ってひたすらピンポイントで思っているけど、整形後は全体のバランスのなかでメスを入れた部分を眺めるんだから、ギャップが生じて当然だよね。そのギャップが大きければ大きいほど、それを埋めようとしてさ、どんどんハマっていくような感じがあるんじゃないかな(春日の発言)



実は人類とか生命体は、サイコパすぃな人がある一定の割合で存在しないとダメなんじゃないですかね。なんか、サイコパスが存在することで、いい感じのバランスが保たれているみたいな(平山の発言)



 これは他のサイコパス本でもよく言われることで、たとえばマーサ・スタウトはその理由を戦争に求めている。サイコパスはきわめて優秀な殺人者になれるから、戦争がある以上、人類はサイコパスを必要とするのだ、と。

■関連エントリ→ マーサ・スタウト『良心をもたない人たち』

サイコパスな奴らって、課題とか目標がないですからね。(中略)強いて目標みたいなことでいえば、どれだけ相手が「参った」って言ったかが、サイコパスの心の貯金箱に入る。チャリンチャリン入るだけだから、相手が参ったって言う回数が多ければ多いほど嬉しいんですよ(平山の発言)



 平山夢明らしい独創的な言語感覚も随所で炸裂している。「香ばしい」みたいな感じで頻用される「サイコパすぃ」という言葉が妙におかしくて、私も使いたいと思った。

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『漫画家本SPECIAL  闇金ウシジマくん本』



 『漫画家本SPECIAL  闇金ウシジマくん本』(小学館/1512円)を読了。
 今年2月に完結した〝国民的アウトロー・マンガ〟『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)のファン・ムックである。

 「漫画家本」とは、1人の人気マンガ家を深掘りしたファン・ムックのシリーズ。「あだち充本」「吉田秋生本」「藤田和日郎本」「浅野いにお本」などが、すでに出ている。
 今回は「真鍋昌平本」ならぬ「闇金ウシジマくん本」だから、通常の「漫画家本」とは異なるということで「SPECIAL」となったのだろう。

 全編を一読した感想として、まず「期待したよりも内容が薄い」と感じた。
 「15年も連載して、累計1700万部も売れた超人気作の完結記念に出す本が、こんなクオリティなの?」と、愛読者としては正直ガッカリした。

 「内容の薄さ」の例を挙げよう。
 『闇金ウシジマくん』第1話のネーム(コマ割り、各コマの構図、セリフ、キャラクターの配置などを大まかに示したもの)を、20ページ以上も費やしてそのまま掲載している。
 こんなの、作者のサイトで無料公開でもすればよいことで、商業書籍でやるべきことじゃないと思う。

 また、〝歴代スタッフによるウシジマ同人誌〟なるものが、24ページも費やして掲載されている。
 これは、よくいえば真鍋の「スタッフを大切にする心」を示しているのかもしれない。だが、一般読者から見れば、「アシスタントが作った同人誌を、なぜここで読まされなければならないのか?」という思いになる。

 映画版でウシジマを演じた山田孝之と真鍋の対談(過去に『スピリッツ』に掲載されたものの再録)、ウシジマくんファンだという芸人・ケンドーコバヤシと真鍋の対談(CS番組の再録)あたりは、まあ「賑やかし」としてあってもいい。

 ただ、評論パートと資料パートが弱い。
 たとえば、今年4月に出た『総特集 石ノ森章太郎』(河出書房新社)の評論パート・資料パートの充実ぶりと比べると、スカスカな印象である。



 本書の評論パートでよかったのは、呉智英による『闇金ウシジマくん』論だけだ。
 『社会学ウシジマくん』という研究本を出した難波功士など、ウシジマくんを論ずるにふさわしい論客はほかにも多いはずで、もう少し充実させてほしかった。

■関連エントリ→ 難波功士『社会学ウシジマくん』

 本書には、語り下ろしの対談が2つある。一つは真鍋と弘兼憲史の対談。もう一つは真鍋といましろたかしの対談。
 2つのうち、弘兼憲史と真鍋昌平では何の共通項もない気がするが、意外にも真鍋は弘兼作品に大きな影響を受けているのだという。そのためか、一見ミスマッチに思えるこの対談は、予想外に面白かった。

 逆に、いましろたかしとの対談は、作風的には好マッチングに思えるが、中身がグダグダだった。

 ……と、ここまでさんざんディスってしまったが、いいところもある。
 とくに、本書の核ともいうべき真鍋昌平へのロングインタビューは素晴らしい。

 真鍋へのインタビューは2部に分かれていて、第1部はおもに取材の舞台裏を聞く内容。『闇金ウシジマくん』は綿密な取材に基づいて作品が作られていたことで知られるが、その内幕が明かされているのだ。

 インタビュアーの島田文昭(ライター/編集者)は、『闇金ウシジマくん』のコミックスの奥付に「取材協力」として名前がクレジットされていたことで、ファンにはおなじみ。真鍋の取材に同行することも多かったらしく、さすがにウシジマくんについて知り尽くしている。ゆえに質問も的確で、インタビューとして中身が濃い。

 ロングインタビューの第2部は、『闇金ウシジマくん』の第1話「奴隷くん」編から最終の「ウシジマくん」編まで、シリーズ各編について真鍋に振り返ってもらう内容。

 「ゲイくん」編を描くために真鍋が新宿二丁目で「実際にウリセンの男のひとを買ってみた」とか(相手が勃たず、行為には至らなかったそうだ)、「そこまでやるか」という驚愕のエピソードがちりばめられている。

 このロングインタビューを読むと、『闇金ウシジマくん』がどれほど厚い取材に裏付けられていたかがわかり、感動的ですらある。

 たとえば、「ギャル汚くん」編のラストで、イベントサークル代表・純はハチミツ入りのワインを身体にぶっかけられ、樹に縛られて樹海に放置される。
 あの衝撃的ラストシーンも、昆虫研究家への取材に基づいていたという。樹海ならどのような虫が多いか、虫を呼び寄せるためのいちばん効率的な方法は何かを聞いたうえで、あのように描かれたのだ、と……。

 このロングインタビューとともに、ファンにとって必読なのが、真鍋が描き下ろした10ページの『闇金ウシジマくん』特別編「もしも…くん」である。

 これはもう明かしてもネタバレにはならないと思うが、『闇金ウシジマくん』の最終回でウシジマは命を落とす。この「もしも…くん」編は、「もしもあの日、ウシジマが死ななかったとしたら?」という想定で描かれた「アナザー・ストーリー」になっている。

 全体として内容の薄いムックだが、真鍋へのロングインタビューとこの「もしも…くん」だけは、ファンにとって大きな価値がある。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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