水島治郎『ポピュリズムとは何か』



 今日は、都内某所で打ち合わせが一件。

 行き帰りの電車で、水島治郎著『ポピュリズムとは何か――民主主義の敵か、改革の希望か』(中公新書/886円)を読了。仕事の資料として。

 ポピュリズムが破壊的作用を及ぼした2つの歴史的事件――イギリスのEU離脱と、米国のトランプ大統領誕生――が起きた直後に刊行されるにふさわしい、ポピュリズムの概説書である。
 トランプの当選が昨年11月で、本書の刊行日は昨年12月25日だから、トランプ当選後についての記述は突貫工事で加筆したのだろうが、そのことを感じさせない丁寧な内容になっている。

 著者はオランダ政治史、ヨーロッパ政治史が専門の政治学者だから、ヨーロッパのポピュリズムについての解説には厚みと説得力がある。
 逆に、日本のポピュリズムについては、橋下徹と「維新」への言及が随所にあるのみ。ただし、欧米や南米のポピュリズムについての解説がそのまま日本の状況にもあてはまるから、日本の政治を考えるためにも大いに参考になる。

 日本では、「ポピュリズム政治家」という呼び方自体が蔑称であるようなイメージがある。しかし、著者は「ポピュリズム=民主主義の敵」とするような単純な二元論には陥っておらず、ポピュリズムのプラス面も虚心坦懐に評価している。
 たとえば、ポピュリズム政党の台頭は、「ラテンアメリカではエリート支配から人民を解放する原動力となり、ヨーロッパでは既成政党に改革を促す効果も指摘される」という。

 ポピュリズムの歴史と現状、そして先行のポピュリズム研究を、著者はじつに手際よく概観している。
 英国のEU離脱とトランプ大統領誕生の背景にあるものを、見事にあぶり出した好著だ。

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中川淳一郎『バカざんまい』



 中川淳一郎著『バカざんまい』(新潮新書/821円)読了。

 『週刊新潮』連載のコラムの書籍化。
 世にはびこるさまざまなバカを「鋭いツッコミで成敗していく」「現代日本バカ見本帳」とのことだが、あまり笑えなかったし、痛快でもなかった。

 私は中川淳一郎がこれまでに出してきた、“ネットにはびこるバカども”を笑い飛ばす本はわりと好きだ。

■関連エントリ 
中川淳一郎『ウェブはバカと暇人のもの』
中川淳一郎『ネットのバカ』
中川淳一郎『ウェブを炎上させるイタい人たち』

 中川はネットニュース編集者であり、ネット言論については専門家だから、ネットに的を絞るかぎり、プロならではの鋭い視点が感じられた。
 しかし、本書のように社会全般にフィールドを広げると、たちまち底の浅さが露呈してしまう。

 中には面白いコラムもあるが(本書でもネット・ネタの回はわりと面白い)、首をかしげる主張も目立つ。

 たとえば、「『行列』を持ち上げるバカ」という項目があって、新製品を買うために行列する人々などを揶揄しているのだが、著者が自明の前提のように書いている次のことが、私には理解できない。

 行列に関しても「好きなものに情熱を注ぐのは悪くないネ」「新しいものに関心を示すのは見上げたもんゼ」みたいに持てはやす風潮があります。



 行列する人=善意の人という世間の了解、本当にそれでいいの?



 そんな「風潮」や「世間の了解」が、いったいどこにあるのだろう? むしろ世間全般が、行列する人たちに対して冷ややかなのでは?

 このコラムにかぎらず、“連載のネタに困って、無理くり「バカ」を作り上げているような苦しさ”が目立つ本である。

 この手の本では、呉智英の80年代のベストセラー『バカにつける薬』が最も優れていたと思う。
 同書の冒頭に収められたコラム「折々のバカ」は、「折々のうた」を模したスタイルでさまざまな「バカ」をやり玉に上げたものだが、見開き2ページのコラム(元は『噂の眞相』に連載されたもの)の中に見事な「文の芸」があり、感心させられた。

 本書にも呉智英に対する言及があるし、他の週刊誌では中川と呉智英が週替りでコラムを連載しているから、中川も当然『バカにつける薬』は読んでいるだろう。

 呉智英の「洗練された悪口の芸」を手本に、中川はもう少し芸を磨くべきだと思う。 

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中野信子『サイコパス』



 昨日は都内某所で、取材兼打ち合わせが一件。
 行き帰りの電車で、中野信子著『サイコパス』(文春新書/842円)を読了。

 文春新書は、タイトルに飾り気やアクがなさすぎて損をしていることが多い。本書も、あまりにそっけないタイトルだ。まあ、逆にそのそっけなさを「潔い」と感じる人もいるだろうが。

 本書は、本文の前に構成者の名が明記されている。ライターの飯田一史氏が中野さんにインタビューして話をまとめたものなのだ。一般読者はそういうことを意識しないだろうが、私は仕事柄、構成者が気になる(ライターが構成した本であっても、構成者の名は出さないケースも多い)。
 本書の飯田一史氏は、じつにうまいまとめ方をしていると思う。

 これは、サイコパスの概説書として上出来な本だ。
 サイコパスの概説書としては、ロバート・ヘアの『診断名サイコパス』や、マーサ・スタウトの『良心をもたない人たち』あたりが、すでに「定番」としてある。ただ、2冊とも10年以上前の本だから、その後のサイコパス研究の進展がフォローされている本書のほうが、いまから読む最初の概説書としてはふさわしいだろう。

■関連エントリ→ マーサ・スタウト『良心をもたない人たち』

 心理学・脳科学を中心としたサイコパス研究の成果が手際よくまとめられており、読み物としてもなかなか面白くできている。
 著者の中野さんは脳科学者だから、第2章「サイコパスの脳」が、本書の「ウリ」ということになろう。

 ただ個人的には、「なぜ人類のなかにサイコパスのような個体が、一定の割合でいるのか」を考察した第4章「サイコパスと進化」を、いちばん面白く読んだ。

 サイコパスが淘汰もされず、爆発的に増えることもなく、一定の割合(研究によって幅があるが、だいたい1%前後)でいるということは、“人類という種の繁栄のためにサイコパスが必要だった”ということになる。
 その必要性とはなんだったのかを探っていくうちに、「なぜ人類は『心』を持つようになったのか?」を解く鍵につながっていく……という展開がスリリングである。
 
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中村平治『ネルー』ほか



 仕事でインド初代首相のネルーについて調べているのだが、日本語の資料が驚くほど少ない。評伝・ノンフィクションのたぐいでは、清水書院の「人と思想」シリーズの一冊(上に貼ったもの)しか生きておらず、それすら新刊では入手が難しい。

 あとは、昭和期の大物ジャーナリスト・大森実が書いた「人物現代史」シリーズの一巻『ネール』くらいしかない(もちろん、ネルーが娘のために書いた『父が子に語る世界歴史』シリーズはまだ生きているが)。……ので、古書で手に入れた。
 
 ネルーの師匠であるガンジーに関する本が、21世紀の日本でさえ汗牛充棟であるのに対し、ネルーはほとんど忘れ去られているのだ。
 1957年にネルーがインド首相として来日した際には、国を挙げて大歓迎し、新聞は軒並み一面トップで報じていたのに……。
 ガンジー並みとまではいかなくても、ガンジーの半分程度の尊敬は払われてしかるべき人だと思うのだが。

 こうしたガンジーとネルーの「落差」の原因はさまざま挙げられるだろうが、枝葉を取り払って一言で言えば、「ガンジーはキャラが立っていたのに、ネルーはキャラが立っていなかった」ということに尽きるのではないか。
「カリスマ性」というものも、言いかえれば「プラスのキャラ立ちが際立ってる」ってことなわけだし。

 キャラ立ちというのは、政治家などのリーダーにとっては非常に大事なことだと思う。『リーダーのための「キャラ立ち」講座』というテーマで新書一冊くらい書けそうだ。



 もうあるか(↑)。いや、でもこれは「セルフブランディング」の本のようだから、私が思い描いているものとは違う。

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エフ=宝泉薫『痩せ姫』



 エフ=宝泉薫著『痩せ姫――生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ/1944円)読了。

 摂食障害による「生きづらさ」を抱えた女性たちについて、さまざまな角度から綴った本。
 精神医学の視点から、あるいは社会問題として摂食障害を取り上げた本なら、これまでにもたくさんあっただろう。そうした過去の類書では当然、摂食障害は「治療すべき心の病」としてのみ扱われてきた。だが、本書はその点が大きく違う。

 著者は1964年生まれ(私と同い年)の男性であり、「痩せ姫」(摂食障害で極度に痩せた女性たち)の「容姿と精神性」に「特別な魅力を感じている」人物。いわば「痩せ姫萌え」の人なのである。

 そんな特異な嗜好をもつ著者が、「病気や不幸といった世間的枠組みに幽閉されているかのような痩せ姫たちの真の魅力を伝えることで、本人そして周囲になんらかの変化が生じ、その生きづらさが少しでも軽減されればと願って」書いたのが、本書なのだ。

 おそらく、世界的に見ても珍しい奇書。「摂食障害をこんなふうに扱うのは不謹慎だ」と眉をひそめる人もいるだろうし、「痩せ姫萌え? キモいおっさん!」と思う女性もいることだろう。

 だが、私は本書を大変面白く読んだ。書き手が本気で「売れようが売れまいが、誰にどう思われようが、俺はこの本を書きたくてたまらないんだ」と思って書いた本にしか出せない熱さが、全編にみなぎっている。著者のこの本に対する愛情が、ビンビン伝わってくる。

 本書は、著者がやっているブログ「痩せ姫の光と影」を通じた、たくさんの痩せ姫たちとの交流史でもあり、痩せ姫をめぐる文化史・メディア史でもある。そして、痩せ姫たちの生活のディテールと心のありようが、ヴィヴィッドに描かれた本でもある。

 痩せ姫というテーマをめぐって、こんなに豊かな文化的広がりを持つ本が書けるとは、私は想像すらしなかった。 
 
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。52歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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