カウンツ・ジャズ・ロック・バンド『Count’s Jazz Rock Band』



 カウンツ・ジャズ・ロック・バンドの『Count’s Jazz Rock Band』を聴いた。

 聞き慣れないバンド名だと思うが、これは1998年に49歳の若さで世を去った名ギタリスト・大村憲司が、キャリアの最初期に当たる1969年から1971年にかけてやっていたジャズ・ロック・トリオ。
 「バンブー」や「カミーノ」を組むよりもさらに前、大村がスティーヴ・マーカスの『Count's Rock Band』(69年発表の、ジャズ・ロックの源流の一つとされる名盤)に影響されて始めたトリオなのだ。

 ほかのメンバーは、山村隆男(ベース)とマーティン・ウィルウェバー(ドラムス)。
 山村が個人で所蔵していたライヴ/スタジオ音源を、リマスタリングしてまとめたアルバムだという。

 発掘までの経緯からして仕方ないのだが、音はモコモコしていてよくない。
 しかし、演奏はすごい。全編インストのジャズ・ロックで、たしかに『Count's Rock Band』からの影響が強く感じられるが、曲によってはもっとヘビーでブルージー。60年代末から70年代初頭の日本に、これほどの演奏をするジャズ・ロック・トリオがいたのかと驚かされる。
 
 とくに、大村は当時20歳そこそこであったにもかかわらず、ここでの演奏は「ギタリストとしてすでに完成されている」という趣。
 アルバム中、最もジャズ寄りの曲「The Waltz 2」ではウェス・モンゴメリーばりのギターを聴かせ、最もブルース寄りの「Count's Rock Blues」ではマイク・ブルームフィールドばりにギターを歌わせる。この時点でもう自在に弾きこなせたのだ。

 「赤い鳥」時代からの盟友・村上“ポンタ”秀一が、『自暴自伝』の中で大村のことを「エリック・クラプトンよりすごいギタリストだった」と絶賛していた(本が手元にないのでうろ覚えだが、主旨はこの通り)。この若き日の発掘音源を聴くと「なるほど」と思う。

■関連エントリ→ 村上“ポンタ”秀一『自暴自伝』

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ハミングバード『密会』『ダイヤモンドの夜』ほか



 1974~77年にかけて活動した短命なバンド、「ハミングバード」が遺した3枚のアルバム――『ハミングバード』『密会』『ダイヤモンドの夜』――を、まとめて聴いた。
 YouTubeとかで断片的に聴いたことはあるが、アルバム全編を聴いたのは初めて。

 ハミングバードは一言で言えば、第2期ジェフ・ベック・グループの残党が作ったバンドだ。
 第2期ジェフ・ベック・グループ、とくに『ラフ・アンド・レディ』(1971)や『ジェフ・ベック・グループ』(1972)は、ベックの数あるアルバム中、ブラック・ミュージックの影響が最も顕著に現れたものであった。
 基本はハードロックでありながら、ファンキーでソウルフル。演奏にはフュージョン的要素も強く、洗練された大人のロックを展開した時期だったのだ。

 とくに、「オレンジ・アルバム」の別名で知られる『ジェフ・ベック・グループ』(↓)はまことに素晴らしく、個人的には「ベック・ボガート&アピス」のアルバムなどよりもずっと好きである。



 その第2期ジェフ・ベック・グループのサウンドをそっくり受け継いだのが、このハミングバードなのだ。

 ジェフ・ベックこそいないものの、マックス・ミドルトンやボブ・テンチなど、ジェフ・ベック・グループのキーパーソンが参加。
 また、『ダイヤモンドの夜』では、ベックの名盤『ワイアード』のオープニング曲「レッド・ブーツ」のヴォーカル入りカヴァー(※)を、オープニングに据えている。本人たちも、ベックとのつながりを十二分に意識していたわけだ。

※「じつはハミングバード版のほうが先に作られていて、ベック版こそカヴァーではないか」とする説もある。リリース時期は『ワイアード』のほうが1年早いが、そもそも「レッド・ブーツ」の作曲者はハミングバードのキーボーディスト、マックス・ミドルトンなのである。くわしくは、この点について検証した、よそのブログ記事を。

 ハミングバードの3枚のアルバムは、いずれ劣らぬカッコよさ。ブリティッシュ・ロック、ファンク、ソウル、フュージョンのいいとこ取りをした、いぶし銀な大人のロックを聴かせてくれる。

 ただ、アルバムごとに微妙に音の傾向が変わっていて、ラストアルバムになった『ダイヤモンドの夜』では、ロック色はかなり薄れている。ホーン・セクションの比重が高まり、アース・ウインド&ファイアーの「ユー・キャント・ハイド・ラヴ」をカヴァーしていたりして、サウンド面でもかなりEW&Fに接近しているのだ。
 それはそれでカッコいいのだが、私はいちばんロック色が強いファースト『ハミングバード』がいちばん好きだな(むろん、好みの問題でしかないが)。

 ボブ・テンチの渋いヴォーカルを入れた曲とインスト・ナンバーがあるのだが、そのどちらもよい。
 以下、私のオススメ曲をいくつか貼っておく。


↑「Horrors」(邦題は「戦慄」)。同時期に発表されたジェフ・ベックの『ブロウ・バイ・ブロウ』と相通ずる、テンションみなぎるジャズ・ロック。


↑「Scorpio」。ツインリード・ギターがメチャメチャカッコいい。


↑「Got My "Led Boots" On」。ジェフ・ベックの「レッド・ブーツ」に歌詞をつけたヴォーカル入りカヴァー。


↑「Music Flowing」。ボブ・テンチのソウルフルなシャウトにもかかわらず、まったく汗臭くない。洗練された大人のロック。

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野村直之『人工知能が変える仕事の未来』



 今日は都内某所で、AI研究者にしてベンチャー企業家の野村直之さんを取材。
 野村さんは、1990年代にMITの客員研究員を務め、「人工知能の父」マービン・ミンスキーやノーム・チョムスキーらの薫陶も受けた本格派である。

 先月出たばかりの野村さんの著書『人工知能が変える仕事の未来』(日本経済新聞出版社/2376円)を読んで臨む。
 約500ページの大著であり、中身も非常に濃密な本だ。

 巷では、「AIの進歩が雇用を破壊する」、「いまある仕事の半分はAIに奪われる」、「2045年前後に起きるシンギュラリティ後、人類はAIによって支配される」などという「AI脅威論」がかまびすしい。

 それに対して本書は、AIがもたらすポジティヴな面ばかりがもっぱら紹介されている。読んでいて未来に希望が湧いてくる本である。

 さりとて、無根拠な楽観論ではない。主張の一つひとつが、AI開発と研究の現場を熟知した人ならではの見聞に裏打ちされている。
 シンギュラリティ論への反論(野村さんは、“シンギュラリティなど、今世紀中には起きない”と見る立場)は非常に説得的だし、「AIが雇用を破壊する」という脅威論への論駁も鮮やかだ。

 また、ディープラーニングの本質についての解説などもわかりやすく、最新のAI入門として優れている。
 ヘタな新書10冊分くらいの内容がギュッと詰まっているので、価格以上の価値がある本といえる。

 野村さんはキャラが立っていて話も面白いので、もっとテレビとかに出演されたら人気が出る方だと思う。

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『エクス・マキナ』



 『エクス・マキナ』をDVDで観た。
 映画館で観たいと思っていたのだが、上映館数も少なく、公開もすぐに終わってしまって観損ねた作品。



 期待通りの面白さだった。

 マッド・サイエンティストがひそかに創り上げた人間そっくりのロボットが、やがて人間のコントロールを振り払って暴走し……という骨子は、それこそ『メトロポリス』(1927年)まで遡れるほど使い古されたものだ。

 しかし、その手垢にまみれたアイデアを、本作は2010年代後半ならではのリアリティで巧みにアップデートしている。古い革袋に入れた新鮮な葡萄酒のように。

 『エクス・マキナ』でマッド・サイエンティストの役割を果たすのは、世界的検索エンジン企業「ブルーブック」を一代で築き上げた、天才プログラマー兼CEO。

 「ブルーブック」がグーグルを意識させずにおかないため、アメリカ映画のような気がしてしまうが、イギリス映画だ。
 そして、観終わってみれば、「ああ、このヒネリ具合はやっぱりイギリス映画ならではだなァ」と思わせる。

 「チューリング・テスト」や「シンギュラリティ」といった、AIを語るには欠かせないネタを盛り込んだ、すこぶる知的な大人のエンタテインメント。かなりエロティックでもあるから、お子ちゃまには理解不能だろう。

 「AIが長足の進歩を遂げていった果てに、意識や感情はそこに生まれるのか?」という問いに、この映画は一つの答えを提示する。
 AIについて何冊か本を読むなど、ある程度の知識があってこそ楽しめる作品。SFサスペンスとしても上出来で、映像もスタイリッシュだ。

 美しき女性型ロボット「エヴァ」を演じるアリシア・ヴィキャンデルが、強烈な印象を残す。
 SF映画におけるロボットのイメージが、この映画によって革新された。比較的低予算でありながら、アカデミー賞視覚効果賞を得たのもうなずける。

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『この世界の片隅に』



 今日は、取材で八王子へ――。
 その帰途、立川シネマシティに寄って、『この世界の片隅に』を観た。



 言わずと知れた、各界絶賛の話題作である。
 町山智浩が本年度ベスト1に挙げ、ライムスター宇多丸も「おそらく日本映画史に残る大傑作」「5千億点!」と大絶賛。斎藤環に至っては、「人類の作り上げてきた映像文化史上、最高の作品のひとつ」とまで言っている。
 宇多丸や斎藤環の言葉はさすがに過大評価だという気がするが、大変な傑作であることはたしか。

 私はこうの史代の原作も好きだし、名作だと思うが、このアニメ版は原作を超えていると思う。
 遊郭の娼妓・リンと周作の関係を描く場面が割愛されているなど、ごく一部にアレンジが加えられているほかは、原作に忠実なストーリー展開。それでも、原作以上に胸に迫るシーンがたくさんあった。
 たとえば、すずが空襲の中でシラサギを追う場面や、すず・周作夫妻と母を被爆で亡くした孤児との出会いのシークエンスでは、その美しさ・哀切さ・迫力に鳥肌が立った。

 戦時中の広島や呉の街や自然が、隅々まで丁寧な作画によって見事な質感で表現されており、圧倒される。

 徹頭徹尾、「銃後」の視点・庶民の視点・日常生活の視点から描かれた戦争――。
 我々戦争を知らない世代(そもそも、原作者も監督も「戦争を知らない世代」だが)に、これほど戦争を日常の延長にあるものとして「実感」させ得た日本映画は、幾多の実写戦争映画の中にもなかったのではないか。 

 かつて野坂昭如は、自らの小説を高畑勲がアニメ化した『火垂るの墓』を観て、「アニメ恐るべし」と書いた。こうの史代も、この映画を観て同じように思ったのではないか。私も、本作を観て「アニメ恐るべし」と思った。

 なお、原作についてのネットで読めるレビューの中では、ネット界屈指のマンガ読み巧者である「漫棚通信ブログ版」さんのものがベストだと思う。なんと深い読み解きであることか。
 原作を読んでからこれを読み、その後にアニメ映画版を観ると、いっそう深く味わえるはずだ。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。52歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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