斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』



 斎藤美奈子著『文庫解説ワンダーランド』(岩波新書/907円)読了。

 現在活躍中の文芸評論家のうち、いちばん文に「芸」があるテクニシャン・斎藤美奈子――。本書も、彼女らしい技巧が冴え渡る一冊だ。
 
 文庫本の巻末に付される、評論家や作家などの筆になる「解説」。そのうち、おもに有名文学作品の解説を俎上に載せ、批評していくコラム集である。
 
 ダメな解説は完膚なきまでにメッタ斬りにし、素晴らしい解説は「どこが素晴らしいのか?」を鮮やかに腑分けして称賛する。
 また、ロングセラーとなり、多数の文庫化がなされている名作については、解説の変遷の中に、その作品についての評価の変遷をも浮き彫りにする。

 文庫解説という狭いフィールドを素材に、これほど多彩で知的興奮に満ちた評論が成り立つとは、私には想像すらできなかった。企画の勝利、柔軟な批評眼の勝利である。
 
 私がいちばんスゴイと思ったのは、川端康成の『伊豆の踊子』と『雪国』を取り上げた回。
 三島由紀夫などの大家が書いた文庫解説がいかにダメであるかをズバリと解説したあとで、著者は『伊豆の踊子』『雪国』の「正しい」解説の手本を示してみせるのだ。

 ほかにも、『走れメロス』を取り上げた回、『智恵子抄』を取り上げた回などは、作品を見る目が一変するほど驚きに満ちている。文庫解説を批評するというフィルターを通して、斎藤美奈子ならではの名作解題の書にもなっているのだ。

 斎藤自身がこれまでにかなりの数の文庫解説を書いているし、これからも書いていくのだろうから、既成の文庫解説にケンカを売るような本を書くこと自体、ものすごい勇気の要ることだと思う。

 全23編のコラムの中には調子の出ない回もあるが、それでも、ここまでの「芸」を見せてくれれば十分。
 斎藤美奈子は、相変わらずバツグンに面白い本の書き手だ。

■関連エントリ
斎藤美奈子『文芸誤報』
関川夏央『「解説」する文学』

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小谷野敦『芥川賞の偏差値』



 小谷野敦著『芥川賞の偏差値』(二見書房/1620円)読了。

 1935年の第1回から今年1月の最新156回まで、芥川賞の歴代全受賞作(164作)を俎上に載せ、「偏差値」の形で点数をつけ、批評した一冊。

 現代日本の作家の作品に点数をつけて評価した類書に、福田和也の『作家の値うち』(2000年)がある。
 本書は、芥川賞作品に的を絞り、しかも著者自身が芥川賞候補に2度のぼった実作者でもある点で、『作家の値うち』とは異なる価値を持つ。
 
 「受賞作なし」の回についても候補作などが紹介され、著者の評価が示される。また、長文の「まえがき」で芥川賞の成立事情をくわしく綴るなど、簡便な「芥川賞事典」としても読める構成になっている。

 私自身が読んだことのない受賞作もけっこうあるが(1940年代までのものはほとんど読んでいない)、読んだ作品についての評価は著者とかなり違う(同意できる評価も多いが)。
 畑山博の『いつか汽笛を鳴らして』、長嶋有の『猛スピードで母は』、池澤夏樹の『スティル・ライフ』、髙樹のぶ子の『光抱く友よ』、南木佳士の『ダイヤモンドダスト』、北杜夫の『夜と霧の隅で』など、私の好きな受賞作の評価が軒並み低く、ちょっと悲しくなった。

 が、それはそれとして、著者の歯に衣着せぬ作品・作家評は総じて痛快で、一気読み。

 嫉妬心など、自分の心のネガティブな部分を隠そうともせず、赤裸々に書いてしまうのがこの著者のすごさで、それは本書でも十全に発揮されている。
 たとえば、自作が候補になり落選した回の受賞作「九年前の祈り」(小野正嗣)についての文章は、次のように結ばれている。

 小野は受賞作としては売れず、その後出したのも売れていないようだ。ざまあ見ろ。



 かつて筒井康隆は、直木賞に落選した私怨を、直木賞(作中では「直廾賞」)の選考委員全員を主人公が惨殺する傑作小説『大いなる助走』で晴らした。
 本書は、“小谷野敦にとっての『大いなる助走』”として書かれたのかもしれない。

 卓見や痛烈な皮肉など、読みどころも随所にある。たとえば――。

 世間で「カルチャーショック」などと言われているものの大半は、その正体は単なる言語的障壁だと私は思っているが、言語藝術である文学が、そういうものをちゃんと書いてこなかったのは不思議である(私の「鴎たちのヴァンクーヴァー」には書いてある)。李良枝の「由熙」も、そこのところを描いているから名作なのである。



 作家は、自分の親について書いた時にひとつ山を越える、という気がする。



 大学の文学研究者などには、いかに一般世間が「文学」などどうでもいいと思っているか理解していない者が多く、「大学の文系学部の一部廃止」とかに反論しているが、これは別に悪辣な政治家が考えているのではなく、一般世間がそんなもの要らないと考えているのだ。



 もし、芥川賞をとる秘訣はと問われたら、といっても、そもそも候補になること自体が難しい場合もあるのだが、それは措いて、
「退屈であること」
 がまず第一にあげられるだろう。ただし、いかにもうまいという風に書いて、かつ退屈であることが重要なのである。



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深町秋生『探偵は女手ひとつ』



 深町秋生著『探偵は女手ひとつ』(光文社/1620円)読了。

 30代後半でシングルマザーの私立探偵、椎名留美を主人公にした短編連作。本書には6編が収められている。
 作者の地元・山形を舞台にしており、飛びかう山形弁がいい味出してる。

 探偵の仕事がしょっちゅうあるわけではないため、留美は半ば「便利屋」と化している。さくらんぼの収穫手伝いや雪かき、パチンコ屋の開店待ち並び代行など、なんでもやって自分と娘の生活費を稼ぐのだ。そうした設定がリアルでよい。山形あたりには、現実にもそんな探偵がいそうな気がする。

 「便利屋」的仕事の合間に探偵としての調査依頼がきたり、「便利屋」仕事が縁となって探偵仕事が派生したりする……という感じのストーリー展開である。

 留美は元刑事で、やはり刑事であった夫が殉職したことから、生活のために探偵を始めたという設定になっている。
 夫を亡くした女刑事というと、深町の「組織犯罪対策課八神瑛子シリーズ」を思い出すが、本作はあのシリーズほどハードタッチではなく、もっとほのぼのとしている。

 各編とも、ラストには事件の謎解きがなされるミステリ仕立て。ただし、ハードボイルド系の小説だから、謎解きの面白さは主眼になっていない。

 本作の価値はむしろ、登場する人々の生活が確かなリアリティで描かれている点にある。
 さくらんぼ農家の苦労、雪かきの大変さ、スーパーで万引きする独居老人の孤独etc……。ハードボイルド小説としては例外的なほど、濃密な生活感が全編に満ちているのだ。

 深町秋生作品にしては薄味な気もするが、そこそこ楽しめるし、連続テレビドラマにしてもいい気がする(話が地味なので映画には向かないだろう)。

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『ミュージアム』



 『ミュージアム』を映像配信で観た。
 巴亮介の同名マンガを、大友啓史監督/小栗旬主演で実写映画化したサイコサスペンス。ストーリーはおおむね原作に忠実だ。 

 基本設定は、デビッド・フィンチャーの『セブン』をあからさまに踏襲している。快楽殺人者による猟奇的連続殺人を描いている点も、主人公の刑事の妻が犯人の標的となる点も……。
 ただし、「たんなるパクリ」と言わせないだけのアレンジと創意工夫が、本作にはある。

 あまり期待せずに観たせいか、意外と面白く感じた。
 まあ、犯人の「カエル男」(妻夫木聡)があまりにも超人的で、たった一人で警察をきりきり舞いさせすぎなので、その点興醒めではある。
 しかし、どのシーンも演出には力がみなぎっているし、国産サイコサスペンスとしてはかなり頑張っているほうだと思う。

 元々演技のうまい尾野真千子(小栗旬の妻役)や松重豊のみならず、小栗旬も意外な熱演で好感を抱いた。
 
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『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』



 昨日は、後輩の結婚式。50歳にして初婚で、15歳下のお嫁さんを迎えるという、世の独身中年男たちの希望の光となるようなケースである。
 で、昼間から酔っ払ってしまったので仕事はオフにし、映像配信で映画を観てダラダラすごした。

 『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』と、クエンティン・タランティーノの『ヘイトフル・エイト』を観た。どちらも面白かった。
 
 前者は、『闇金ウシジマくん』の映画化第4弾にして最終作(らしい)。
 いちいちこのブログに書かなかったが、これまでの3作も私はすべて観ている。全4作の中では、この『ザ・ファイナル』がいちばんよいのではないか。



 主人公・丑嶋馨と、主要キャラである柄崎・加納の中学生時代のエピソードを大きくフィーチュアした「ヤミ金くん編」の映画化である。
 現在と過去が交錯する形でストーリーが進むが、貧困ビジネスの闇を扱った現在部分よりも、中学生時代のパートのほうが面白い。

 『クローズ』などのヤンキー・マンガ(と、その映画版)よりも、はるかに荒涼とした不良少年たちのバトルが描かれる。「テメェ、コラァ!」「殺すぞコラァ!」と、野獣のような雄叫びを上げつつ虚勢を張り合う少年たちが、ふとした瞬間に見せるあどけない一面が微笑ましい。
 『スタンド・バイ・ミー』の流れを汲む“少年映画”として、見ごたえある一編になっている。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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