『ちはやふる -上の句-』



 『ちはやふる -上の句-』を動画配信で観た。



 言わずと知れた人気マンガの映画化で、前後編形式の前編にあたるもの。
 末次由紀の原作は、最初の3巻くらいまで読んだことがある。まあまあ面白かったが、「これは私のようなオッサンが読むものではないな」と思って読むのをやめてしまった。

 この映画版も、甘酸っぱい王道青春映画であり、やはりオッサンが観るようなものではないかもしれないが、けっこう楽しめた。

 ヒロイン役の広瀬すずは全体にオーバーアクトぎみで、観ていて苦笑してしまう部分もある。
 が、随所にハッとするほど美しく撮られたショットがあり、そこだけでも観る価値がある。たとえば終盤、対戦相手の男子高校生をキッと上目遣いで見据えるシーンの眼の輝きとか……。つまり、アイドル映画としてなかなか上質なのだ。

  後編『-下の句-』も観てみよう。

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鈴木良雄『人生が変わる55のジャズ名盤入門』



 鈴木良雄著『人生が変わる55のジャズ名盤入門』(竹書房新書)読了。
 KindleUnlimitedに入っていたので読んでみたもの。

 この手のジャズ名盤ガイドは山ほど出ていて、名盤のラインナップも内容も似たり寄ったりなわけだが、本書はジャズベーシストの巨匠・鈴木良雄が著者である点がミソ。
 過去の類書はジャズ評論家やジャズ喫茶の名物マスターが著者のものが多く、プレイヤー視点から作られたものは意外にありそうでなかったからだ。

 70年代末から80年代には渡辺貞夫や日野皓正のフュージョン系アルバムがバカ売れしていたわけで、あのころにナベサダやヒノテルが著者の「ジャズ名盤ガイド」が作られていたら、絶対売れていたはずだ。なかったのが不思議。

 本書は鈴木良雄と彼のジャズ仲間(ミュージシャンやジャズ喫茶のオーナー、評論家、プロデューサーなど。タモリも参加)50人が選んだ名盤のデータを集計し、約1000枚の中から上位55枚をセレクトしたガイド。その一枚一枚について、ライターが鈴木に話を聞いて構成(=文章にまとめること)している。

 55枚のセレクトはド定番中心なので、意外性は皆無。ただ、鈴木の話自体が「へーえ、ジャズ・プレイヤーはそんなふうに感じるんだ」という発見に満ちていて、面白く読める。
 鈴木自身が交流のあったアーティストについては随所で思い出話も語っていて、ジャズ・ジャイアンツのエピソード集としても楽しめる。

 一つだけ難を言えば、構成したライターが「(笑)」を多用しすぎていて、読んでいてちょっとウルサイ。
 談話を構成する場合、取材で笑いが起きた箇所に全部「(笑)」を入れると、すごく不自然になる。その場でしかわからない面白さというものがあって、読者には何がおかしいのかわからない場合が多いからだ。

 ちなみに、対談・座談会などの記事に「(笑)」を使う手法は、菊池寛が『文藝春秋』誌上で始めたとか。

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名カヴァー・ベスト20



 小坂忠のニューアルバム『Chu Kosaka Covers』(日本クラウン/3240円)は、じつに素晴らしい洋楽カヴァー集だ。

 同作に感動したので、「名カヴァー・ベスト20」を選んでみた。
 以下、カッコ内左側がオリジナル・アーティストで、矢印の先がカヴァー・アーティストである。

「キープ・ミー・ハンギング・オン」(シュープリームス→ヴァニラ・ファッジ→ロッド・スチュワート)
――シュープリームスのドリーミーなポップスをヘヴィーなロックに生まれ変わらせたのはヴァニラ・ファッジの功績だが、ロッド・スチュワートのヴァージョンはさらにドラマティックなハードロックになっていて、「これが完成形だ」と感じさせる。ロッドのロックシンガーとしての底力を見る思いがする。
 ちなみに、小坂忠も『Chu Kosaka Covers』でこの曲をカヴァーしている。これまた絶品である。


「ヘルター・スケルター」(ビートルズ→U2)
――チャールズ・マンソンが、この曲を聴いて“啓示”を受けたことから女優シャロン・テートを惨殺した、呪われた名曲。それをU2が『魂の叫び(ラトル・アンド・ハム)』でカヴァー。冒頭でボノが「これはチャールズ・マンソンがビートルズから盗んだ歌だ。いま、俺たちが盗み返す!」と言い、始まる轟音リフ。あまたあるビートルズ・カヴァーの中でも屈指の名カヴァーであろう。


「サティスファクション」(ローリング・ストーンズ→DEVO)
――原曲をなぞるのではなく、グシャグシャに換骨奪胎するカヴァーの手本。ビデオクリップも名作。


「ユー・リアリー・ガット・ミー」(キンクス→ヴァン・ヘイレン)
――エディ・ヴァン・ヘイレンの度肝を抜くギターによって、まったく新しい曲に生まれ変わった名カヴァー。


「グロリア」(ゼム→パティ・スミス)
――パティ・スミスのファーストアルバム『ホーセス』の冒頭を飾った傑作カヴァー。歌詞まで一部変えており、原曲は素材として扱われている。


「エイント・ザット・ペキュリアー」(マーヴィン・ゲイ→ジャパン)
――元がモータウン・ナンバーだとは思えない換骨奪胎ぶり。ドラムスとベースが織りなすリズムの迷宮の中を、デヴィッド・シルヴィアンの耽美的ヴォーカルがたゆたう。


「ロンドンは燃えている(London's Burning)」(クラッシュ→アナーキー)
――アナーキー版は「東京イズバーニング」。「あったまくるぜーまったくよー」などというDQN全開な言語感覚がサイコー。ごく素朴な天皇制批判を込めた歌詞によって右翼からの抗議を受け、この曲を収録したファーストアルバムは回収措置に。のちのCD版では曲自体がカットされている。


「フロッタージュ氏の怪物狩り」(石川セリ→矢野顕子)
――矢野顕子には名カヴァーがあまりに多いのだが、あえて一曲選ぶならこれ。原曲とはまったく別物になっていながら、原曲の「核」の部分は損なっていないという、矢野顕子流カヴァーの到達点。

「マネー」(バレット・ストロング→ビートルズ→フライング・リザーズ)
――フライング・リザーズ版は、演奏という概念を突き崩すほどアヴァンギャルドでありながら、なおかつポップでカッコいい。原曲の素晴らしさゆえであろう。


「ウォーク・オン・バイ」(ディオンヌ・ワーウィック→ストラングラーズ)
――原曲は、バート・バカラック/ハル・デヴィッドの黄金コンビによる、洗練された大人のポップス。それをストラングラーズがカヴァーすることによって、ドアーズの「ハートに火をつけて」を彷彿とさせる、サイケ風味のロックナンバーに昇華。


ここまでがベスト10。以下がモア10。

「私は風」(カルメン・マキ&OZ→中森明菜)
「アイ・ショット・ザ・シェリフ」(ボブ・マーリー→エリック・クラプトン)
「ダーティー・ディーズ」(AC/DC→ジョーン・ジェット)
「ロッタ・ラブ(溢れる愛)」(ニール・ヤング→ニコレッタ・ラーソン)
「イッツ・ソー・イージー」(バディ・ホリー→リンダ・ロンシュタット)
「星空に愛を(コーリング・オキュパンツ)」(クラトゥ→カーペンターズ)
「ブルドッグ」(フォーリーブス→近田春夫&ハルヲフォン)
「ファンキー・モンキー・ベイビー」(キャロル→AKIKO)
「ラブ・ミー・テンダー」(エルヴィス・プレスリー→RCサクセション)
「傷だらけの心/Shouldn't have to be like that」(フラ・リッポ・リッピ→ザバダック「水のソルティレージュ」)

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中上健次『路上のジャズ』


 
 中上健次著『路上のジャズ』(中公文庫/972円)読了。

 故・中上健次の遺した作品から、ジャズがらみのものを集めて一冊に編んだ文庫オリジナル。
 よく知られた「破壊せよ、とアイラーは言った」などのジャズ・エッセイを中心に、ジャズを題材にした小説や詩、ジャズ評論家・小野好恵による中上へのロングインタビューまでを収めている。

 初期の小説(「灰色のコカコーラ」など)や詩は青臭くて鼻白んでしまったが、ジャズ・エッセイは素晴らしい。

 それらのエッセイはみな、中上が18歳で上京してから、新宿のジャズ喫茶に入り浸ってフーテンをしていた約5年間の放蕩の日々が背景になっている。
 つまり、中上にとってジャズは自らの青春と分かち難く結びついた音楽なのであり、青春を語るようにジャズについて綴っているのだ。

 その中には、コルトレーンを論じた「コードとの闘い」に見られるように、ジャズ論として傾聴に値する卓見もある。
 が、全体としては評論色は希薄で、ジャズを詩的な言葉で表現した、他に類を見ない音楽エッセイになっている。たとえば――。

 ジャズはモダンジャズ喫茶で聴くものである、と言えば、いいだろうか? 路上で聴くものだと言おうか? 町中のジャズ。ジャズは野生の物であって、自分の小市民的生活の背景音楽になど似合っていない、と私は、ステレオを買って初めて分かった。
 ジャズは、単に黒人だけのものではなく、飢えた者の音楽であると言おう。(中略)例えば、アルバート・アイラーを聴く。スウィングを無視したそのサックスの音のうねりから、貧しくて腹一杯飯を食うことも出来ずにいる少年が見えると言うと、うがちすぎだろうか?
(中略)
 路上のジャズ、野生のジャズを聴くには、町が要るし、その飢えた心が要る。語るにしてもそうである(「路上のジャズ」)



 興味深いのは、中上の小説作品はジャズからの強い影響を受けている、と自己分析している点。

 私の初期の長い文章や、メタファの多用、「岬」の頃の短い文章、読点の位置、それに、「枯木灘」のフレーズの反復は、ジャズならごく自然のことなのである。今、現在、私が言っている敵としての物語、物語の定型の破壊も、これがジャズの上でならジョン・コルトレーンやアルバート・アイラーのやったフリージャズの運動の延長上として、人は実に素直に理解できると思うのである。ジャズは私の小説や文学論の解析の大きな鍵だ(「新鮮な抒情」)



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古川智映子『きっと幸せの朝がくる』



 先週の金曜に、作家の古川智映子さんを取材。
 朝ドラ『あさが来た』の原作(原案)『小説 土佐堀川――広岡浅子の生涯』の作者である古川さんの初エッセイ集『きっと幸せの朝がくる――幸福とは負けないこと』(講談社/1188円)の著者インタビューだ。

 『土佐堀川』執筆の舞台裏や、『あさが来た』放映の波紋についても書かれているが、全体としては自らの来し方を振り返った自伝的エッセイ集である。

 帯に、「私は人生の敗北者になり、福の積み方を知りました」との言葉がある。
 「敗北」とは、30代初頭のころ、大学教授の夫が女子学生と不倫関係になり、家を出ていったことを指す。何不自由なく育ち、人もうらやむ暮らしをしてきた古川さんは、そのとき初めて人生のどん底を味わった。
 そこから、教師として働いて暮らしを立て、夫が出ていった家のローンを一人で払う。そのかたわら、「自分の生きる指針」を追い求めて、「一人立つ」生き方をつらぬいた近世・近代日本の女性たちについて調べ始める。

 なんとかして立ち直りたいと思った私は、過去の女性たちから何かを学びたいと考え、女性史関係の本を探しました。



 そのときに出合ったうちの一人が、広岡浅子であった。この運命的な出合いから、古川さんは小説家として立つ決心をする。

 本書は、自伝的エッセイの形を借りた幸福論でもある。
 恵まれた暮らしが幸福なのではなく、どんな逆境に出合ってもそれに負けない強さを持つことこそが幸福なのだと、古川さんは言葉を変えて何度もリフレインしている。ゆえに、副題が「幸福とは負けないこと」なのだ。

 物書きのハシクレとして、随所に示された「作家としての覚悟」にも胸を打たれた。たとえば――。

 本を出してくれる出版社がないときには、生活をきり詰めて貯金をし、自費で出版しました。小説は私にとって損得を超えたものでした。たとえ一生名前が出なくても、売れないもの書きで終わっても、こうした自分の生き方に後悔はしないと決めて続けました。



 本の売れ行き、賞の当落、読者や評論家からの評価……そんなものに一喜一憂して揺れ動いてばかりいるのが小説家というものだろうが、古川さんの心は一点に定まって微塵も揺るがなかった。長い長い雌伏の時代にあっても、いつか花咲く日を確信して、けっしてあきらめなかった。そこがすごい。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。52歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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